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2022年度東京都立三田高等学校実習

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2022年度東京都立三田高等学校実習 [2022/08/13 15:33] oshikane2022年度東京都立三田高等学校実習 [2024/03/03 12:46] (現在) – 外部編集 127.0.0.1
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-=====2022年8月17日(予定)東京都立三田高等学校実習=====+=====2022年8月17日()東京都立三田高等学校実習=====
 8/17(水)3~4限で実施する予定でいます。 8/17(水)3~4限で実施する予定でいます。
  
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 <wrap hi> <wrap hi>
 ※この様に、少し理解が難しいかもしれませんが、原理について説明してみました。 ※この様に、少し理解が難しいかもしれませんが、原理について説明してみました。
-確かに実験所作としては、アレ入れてコレ入れて遠心して…という感じで +確かに実験所作としては、アレ入れてコレ入れて遠心して…と 
-レシピを見ながらお料理する感覚で実験はできてしまうかもしれません。+レシピを見ながらお料理する感覚で実験はできてしまうかもしれません。 
 +もちろんキチンと結果を伴って実験が出来るということは大切です。 
 +しかし、実験原理を知らないで所作だけ覚えても何も意味が無いと私は考えます。\\ 
 +\\ 
 +例えばBoom法を思い付いたBoomは、当然のことながら化学的な原理を考えながらBoom法を開発したはずです。 
 +PCRもそうですが、今当たり前となっている技術は、開発当時は当たり前でなかったわけです。 
 +どうやって「当たり前じゃない」を「当たり前」にするか? 
 +それは原理に即した深い考察が重要になってくることは自明です。\\ 
 +\\ 
 +当たり前に享受している技術というのも、実は先人たちのそうした知恵が詰まっています。 
 +その知恵、つまり原理を理解することは、次のイノベーションの基礎となります。 
 +当たり前を当たり前とせず、その原理を知っていく姿勢を若い方に伝えることこそが 
 +教育という意味で重要と考え、この様なコラムを書かせて頂いています
 </wrap> </wrap>
- 
- 
  
 ====発展学習2 遠心分離について===== ====発展学習2 遠心分離について=====
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 ということが配列から既に予想できると思います。 ということが配列から既に予想できると思います。
  
 +====発展学習5 電気泳動について====
 +先ずゲル電気泳動の原理についてざっくりとお話したいと思います。
 +電気泳動に用いるゲルは繊維が網目状になっています。
 +泳動する分子が大きければそれだけ網目に引っ掛かることで泳動速度が遅くなる、
 +反面、泳動する分子が小さければそれだけ網目に引っ掛かる確率が低くなるので、泳動速度が速くなる。
 +ゲルの網目としての性質を利用することで、長さによって分離が出来るというのが原理です。
 +ちなみに、泳動距離は分子の大きさの対数に比例することが知られていますので、
 +片対数グラフを用いてプロットすることによって直線(1次関数)になることを利用して
 +その分子の大きさを知ることもできます。
 +
 +ゲルの種類について。
 +一般にDNAの電気泳動はアガロース電気泳動を用いることが多いです。
 +比較的簡易に電気泳動が出来ることが利点で、
 +ゲル濃度は分離したい塩基数(bps)によって選択し、大体0.5%~2.0%を用います。
 +ゲル濃度が低いと、それだけDNAが網目に引っ掛かる確率が減りますので、大きいDNAを可視化したい時に便利です。
 +反面、高いゲル濃度のゲルは、小さいDNAを可視化したい時に使います。
 +cf: https://catalog.takara-bio.co.jp/product/basic_info.php?unitid=U100003517\\
 +
 +また、これは研究現場的な記載になりますが、
 +アガロースといっても色んなグレードがあり、寒天培地に用いるものから電気泳動用のものがあります。
 +電気泳動用のものは精製度が高いことが特徴であり、
 +培地用の寒天を使うと泳動の再現性が取れないなど色んな問題が起こるで注意。
 +
 +アガロース電気泳動における泳動バッファーは、一般的にTAEバッファーというのを使います。
 +(※TAEの他、TBEというのを使うこともありますが、その辺は研究レベルの話なので割愛します。)
 +勿論単なる水では電流は流れませんから、何かしらの電解質を入れる必要があります。
 +T:Tris(p//K//<sub>A</sub>8.1のバッファー)、A: acetate(酢酸 TrisのpHを合わせるために使用)、E: EDTA エチレンジアミン四酢酸の略で、
 +TとAは、目的のpH(pH 8.3)にしたいということが分かると思います。
 +Eの意味は良く問われることなのですが、EDTAは化学で出てきたかもしれませんが**キレート剤**というものです。
 +キレート剤は2価イオンをトラップするという特徴を持った試薬で、Mg<sup>2+</sup>をトラップする為に使われます。
 +では、何故Mg<sup>2+</sup>をトラップする必要があるのでしょうか?
 +
 +基本的に**DNAを切ったり貼ったりするにはMg<sup>2+</sup>が必要**と考えて良いです。
 +生物でこれまで出てきたと思われるDNAポリメラーゼやリガーゼ、制限酵素(DNase)など、
 +DNAを切ったり貼ったりする酵素はMg<sup>2+</sup>を補因子として必要とします。
 +特に電気泳動をする上で困るのはDNaseの混入であり、
 +DNaseが混入してしまっては折角の自分のDNAが電気泳動中に切れてしまうかもしれません。
 +しかし、補因子であるMg<sup>2+</sup>をEDTAでトラップしてしまえば、
 +仮にDNaseが混入してしまっても活性を持つことは出来ません。
 +要するにDNA試料中や泳動バッファーにDNaseが混入してしまっても大丈夫な様にEDTAを入れている、ということになります。
 +
 +次に試料を電気泳動する際に、loading dyeという青い液体を混和してからウェルにロードします。
 +このloading dyeが青い理由は、化学で出てきたかもしれませんがBPB(ブロムフェノールブルー)が入っているからで
 +BPBは単に色付けのために入れている、と考えて良いです。
 +そもそもDNA試料が何でウェルの中に沈むのか?というと、loading dyeの中にグリセロールが入っているからです。
 +グリセロールは水に比べて重い(比重は1.26)ので、沈む方向にいきます。
 +ただ透明だと良く分からないので、BPBを入れてその動きを知れるようにしているということです。
 +またBPBは電気泳動ではゲルの中に入っていき、泳動度は1%ゲルでは大体1000塩基対くらいと一緒ですので
 +ある種のマーカー代わりにもなります。
 +
 +一番端にマーカーと呼ばれるDNAサイズが既知の試料を流しますが、
 +他のDNA試料と一緒にヨーイドンをすることによって、自分のDNA試料の大きさを確認する為に流します。
 +古典的には例えばλファージと呼ばれるファージ由来のDNA(λDNA)をHindIIIと呼ばれる制限酵素で完全消化した
 +λHindIIIなどを使うことが多かったですが(cf. https://www.nebj.jp/products/detail/374)、
 +現在では綺麗な数字になるようなDNAを人工的に合成してマーカーとしたものが多く、
 +今回の実習でも人工的なマーカーを用いています(https://apro-s.com/item/470/)。
 +
 +アガロース電気泳動では、実習で行う様に”ミニゲル”というのを良く用います。
 +100 Vで30分程度行うことが一般的です。
 +一般的に電気泳動では"smiling"という現象が知られています。
 +どうしてもゲルの真ん中の方が、端っこよりも電流が流れやすいために、
 +ヨーイドンで始めた電気泳動の像が、「ニコ」っとした感じで曲がる現象が知られています。
 +smilingの為に、電気泳動では特に端っこの方が歪んでしまうことが多いので、
 +だから自分の試料は真ん中に、マーカーなど一応流す程度のものは真ん中にすることが多いです。
 +
 +このsmilingを防ぎたいときは、例えば低電圧(例えば50 V)で流すのも1つです。
 +その分、時間がかかってしまいます。
 +逆に電気泳動がさっさと終わって欲しいと思って電圧を100 Vより上げて電気泳動自体は可能の様に思えますが、
 +150 Vくらいになると電気泳動によって発するジュール熱によって最悪ゲルが(部分的に)溶けてしまい、
 +泳動像がグチャグチャになってしまうこともあります。
 +どうか100 Vで30分くらい、待ってあげて下さい。
 +
 +最後に泳動像の可視化ですが、一般にエチジウムブロマイド(EtBr)という試薬を使うことが多いです。
 +EtBrはDNAに特異的にインターカレート(空間的に挿入)することが知られています。
 +EtBrはUV光を照射すると蛍光を発することが知られていますが、
 +DNAと結合したEtBrではその蛍光が強くなることを利用して可視化をします。
 +EtBrは研究レベルでは良く使うのですが、変異原性(発がん性)があって危険でもあるので、
 +今回の実習ではミドリグリーン(https://www.n-genetics.com/products/search/detail.html?product_id=4297)と呼ばれる試薬を使います。
 +ミドリグリーンもEtBrと同様にDNAに結合することで蛍光を強く発する試薬です。
 +
 +最後に、ゲル染め方として、先染め、ゲルに入れる、後染めの3種類があります。
 +先染めとは、DNA試料内にEtBrなどの蛍光試薬を混和して電気泳動する方法、
 +ゲルに入れるとは、アガロースゲル作成時にゲルに混和させる方法、
 +後染めとは、電気泳動終了後にEtBrなどの蛍光試薬が入ったバッファーで数分間染めた後に観察する方法です。
 +研究者によってどの方法にするかは趣味になるのですが、今回は「ゲルに入れる」を採用しています。
 +予め蛍光試薬(ミドリグリーン)をゲルに入れた状態で皆さんにお配りします。
 +
 +----
 +=====アンケートに対するpoint-to-point回答 8/18=====
 +改めて今回の実習に関わって下さった先生方、学生の皆さん、お手伝い頂いた方々、有難うございました。
 +皆さんから頂いたアンケートにつきまして、幾つか類型ごとにまとめた形でフィードバックさせて頂きたいと思います。
 +
 +**Q1: PCR実験がしたかった**\\
 +A1: この意見が最も多かったと思います。PCRは、どの教科書にも掲載されている事柄ですので、百聞は一見に如かずでやってみたい方も多かったかもしれません。今回の実習ではPCRの結果のバンドのみ入れることで代替としてしまいましたが、今回PCRを入れなかった一番の原因は時間的制約です。PCRだけで2時間くらいかかってしまうので、1日で終わらせるにはちょっと大変かと思い、割愛させて頂きました。また実験所作といっても、鋳型DNAとプライマーや必要な試薬(ポリメラーゼ等)を混ぜるだけであり、あとは2時間待ち(条件を良くすれば1時間くらいで可視化に充分な量、増幅できるのかもしれませんが)となってしまうところが懸念点でした。
 +ただPCRも、自分でプライマーを設計して目的の配列の増幅を目指す、という課題であれば、恐らく実習としても成り立つのではないかと思います。その為には、上で紹介した様なApeといったDNA編集ソフトやデータベースの使い方などが必要なので、PCRだけで少なくとも2日は取るかなと思います。例えばプライマーの設計についてYouTubeなどで紹介動画を作っておき、それに基づいて宿題的にプライマーを各自で設計して頂いて、当日PCR・電気泳動をして確かめる、こんな実習の流れはアリだと思います。
 +私自身、こういう感想を頂くことで、よりよい実習の在り方を考えるきっかけとなり参考になります。有難うございます。
 +
 +**Q2: (自分も含めて)ヒトを対象としたPCR。遺伝子を扱いたかった**\\
 +A2: ヒトのDNAは究極的な個人情報なので、倫理的問題がつきまといます。例えば大学などの研究機関では、たとえ実習内でもヒトDNAを用いるとしたら、倫理申請関連の書類を提出し、各大学の倫理委員会による第三者的諮問・承認を経て、やっと実施可能となります。もちろん自身のDNAを使って、例えばお酒に強いのかどうか?などを頬の上皮細胞から抽出したDNAを鋳型とし、アルデヒド脱水素酵素(ALDH2)を標的としたPCRなどで調べることは可能ですが、最近はCOVID-19の影響によって自身のDNAを採取するステップでの感染リスクが高まってしまいますので、私自身も少なくともCOVID-19がおさまるまでは、植物など問題とならないサンプルで実習すべきという風に考えています。
 +
 +**Q3: プラスミドの作成や制限酵素を扱いたかった**\\
 +A3: これはcDNAクローニングを実習対象にすれば可能と思います。ただ現場的に言うと、制限酵素で切断した後のリガーゼが中々問題でして、これの成功率が非常に低いです。理由としては、1つはリガーゼ自身が失活を受けやすいことから、例えばピペット操作で泡立ててしまうなどによって簡単に失敗してしまいます。2つ目として、リガーゼの反応自身非常にデリケートで、目的DNA以外の夾雑物を出来るだけ排除することが求められるのですが、中々技術的に難しいところがあり、慣れと経験を必要とします。3つ目として、リガーゼ処理(ライゲーション反応、とかいいますが)が成功したかどうかは、ライゲーションに続く形質転換(トランスフォーメーション)で大腸菌に取り込ませて、次の日にコロニーが生えるか?でやっと分かりますので、少なくとも実習に2日必要ということになります。
 +ただ、どんな教科書にも載っている様な所ですので、実際にやってみたいですよね。。。もう少し現実的な落としどころを考えてみたいと思います。有難うございます。
 +
 +**Q4: 遺伝子発現の調節しているところを見てみたい**\\
 +A4: 高校生物でジャコブ・モノーのオペロン説が出てくることから、Q4のご意見が出てきたのかと思います。難しいこと、ちゃんと勉強されていますね。可視化という意味で一番分かりやすいのが、形質転換+誘導物質です。例えばGFP遺伝子を組み込んだプラスミドを大腸菌に形質転換させ、誘導物質を含んだ培地に塗布する、かな?と思います。このオペロン説の流れは、現在も人工的にタンパク質を作成するときに使われている技術の基盤となっており、目的遺伝子をオペロン内にクローニング(挿入)し、プラスミドの形で大腸菌に形質転換した後、その遺伝子組換え体に対して誘導物質を与えることによって、強制的にその目的タンパク質を発現させるという技術があります。これによって、原理的に自分の設計したタンパク質が自由に作成することができます(もちろん、設計したはずなのに上手くいかないとか、いろんな問題はつきものですが…)。
 +その様な人工的なタンパク質(遺伝子組み換え技術によってできたタンパク質ですので、リコンビナントタンパク質と呼ばれます。リコンビナントとは「遺伝子組み換えの」という意味です。)の先駆例としては、インスリンやヘモグロビンがありますので、興味ある方は調べてみても良いかもしれません。
 +古典的にはプラスミドに挿入するDNAはPCRにより目的断片を増幅し、制限酵素で切断することでプラスミドに入れていましたが、最近では人工遺伝子合成といって、数千残基レベルの長いDNA鎖をプライマーを作る感じで有機化学的に全てを全合成してしまうという技術も生まれてきており、色々と応用されています。
 +
 +…と、全体的に教科書には載っているものの、見えないものを可視化してみたいというご意見が多かったと思います。
 +特に最近では「可視化」というのは生物学ではキーワードとなっています。「可視化」ということは、「存在するのにたまたま見えていないだけ」のものを「何等かの技術」で持って「見える化をする」ことに他ならず、「何等かの技術」の開発や、その技術を対象や目的を変えることによる応用など、多くの研究があります。例えば皆さんご存知と思われるGFPも(持ってくれば良かったですね…)、対象となる分子にGFPを融合させることによって、対象分子の動きが分かるという「可視化」に役立っています。最近では「透明化」という技術がトレンドとなってきている様子で、動物や植物における透明化技術の開発も盛んに行われています。
 +
 +この様に、現在の生物学は色んな技術、特に物理・化学的な原理に基づいた方法論によって支えられています。上でも述べさせて頂きましたが、ある技術に対する単なるエンドユーザーになってしまうのではなく、難しいけれども技術の原理を理解した上で、次の技術を考えられるディベロッパーの立場で物事を見られる様になると、次々と面白いものが見えてくるかもしれません。それこそ「自分の見える化」、かもしれませんが。
 +
 +1日間の実習ではございましたが、私も皆様の将来にとって何かのキッカケになって頂ければと思います。また質問や相談などもいつでも受け付けますので、気軽にメール(oshikane-h@phs.osaka-u.ac.jp @を小文字にして下さい)を頂ければ幸いです。
 +私こそ貴重な体験をさせて頂き、有難うございました。
  
2022年度東京都立三田高等学校実習.1660372420.txt.gz · 最終更新: 2024/03/03 12:46 (外部編集)