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厚生労働科学研究費補助金(厚生労働科学特別研究事業)
医療における安心・希望確保のための専門医・家庭医(医師後期臨床研修制度)のあり方に関する研究

第8回班会議 会議録


日時:平成21年2月9日(月)17:10−19:30
場所:国際会議場(国立がんセンター築地キャンパス内 国際研究交流会館3階)
出席:土屋(班長)、江口、葛西、川越、阪井、山田、渡辺
    ロジャー・ネイバー先生(英国家庭医学会前会長)

発言者 発言内容 進行・要旨
○土屋
開催挨拶
今回の進め方
それでは、定刻を10分過ぎましたので、始めさせていただきます。10分間、お待ちいただいて、どうもありがとうございます。

今日は第8回の班会議ということで、英国家庭医学会の前会長でありますロジャー・ネイバー先生をお招きして、先生のご講演とディスカッションということで用意をさせていただきました。これは班員の1人であります葛西先生の大きなご努力で実現できたことを、あらためてこの場をかりてお礼申し上げたいと思います。

開催挨拶
本日は、葛西先生にこの講演のご司会をお願いしてあります。そして、機材の使い方は事務局からご説明しますが、同時通訳がついておりますので、日本語での質問も快く受けていただけます。ぜひ活発なご質問をお願いしたいと思います。

英国の事情については新聞そのほかでも私どもは知ることはできますが、やはり間接的ですと話が曲がってきますので、直接当事者からお話を伺うという利点を生かして、正確な情報を私どもの班で得たいと思いますので、よろしくご協力をお願いします。

それでは、事務局のほうから説明をお願いします。

今回の進め方
○渡邊(事務局)
本日の議題
事務局の渡邊でございます。本日の議題は「英国における家庭医と医師の専門医教育研修制度のあり方」ということで、英国の家庭医学会前会長であられますロジャー・ネイバー先生をお招きしてご講演いただくことになっております。

お手元にレシーバーがございますが、チャンネル1が日本語、チャンネル2が英語となっております。そして、前面のメインスクリーンは英語が表示されまして、左右に2つのサブスクリーンで日本語が表示されます。お手元の資料は、英語、日本語、どちらもございますので、そちらをお使いいただければと思います。質問も、英語、日本語、どちらでもお受けできますので、よろしくお願いいたします。それから、電池がもし切れている場合は、手を挙げていただければ事務局の者が参りますので、お申し出ください。

本日の議題
○土屋 ありがとうございます。いくつかの項目に分けていただいて、その都度ディスカッションをしながらということで、2時間たっぷりありますので、フルに使って事情をお伺いしたいと思います。

それでは、葛西先生よろしくお願いいたします。

 
○司会(葛西)
司会挨拶
ネイバー先生ご紹介
家庭医を育ててきた実績を伺う機会
土屋先生、どうもありがとうございました。皆さん、こんにちは。福島県立医大の葛西でございます。今日は、ネイバー先生をお迎えして、これから班会議の講演の司会をさせていただきますので、どうぞよろしくお願いいたします。

司会挨拶
最初に、ロジャー・ネイバー先生のご紹介をさせていただきます。

ロジャー・ネイバー先生は、2003〜2006年まで直前の英国家庭医学会の会長をされていました。英国家庭医学会は1952年に設立され、家庭医の学会としては世界で最も伝統と実績のある学会であります。先生は1971年にケンブリッジ大学医学部のキングス・カレッジを卒業しております。その前に心理学で修士を取られてから、医学に進んでおられます。

英国家庭医学会の会長になる2003年まではロンドン郊外のアボッツ・ラングレーというところで家庭医として働いておりまして、家庭医として働きながら医学教育のエキスパートでもありまして、今日の講演の中でも出てきますけれど、英国家庭医学会の指導医として、そして指導医を指導する教育プログラムのコーディネーターとして活躍されました。特に英国家庭医学会の専門医の試験(MRCGP:Membership of the Royal College of General Practitioners)の試験官を20年間お務めになりまして、1997〜2002年まではMRCGPの首席試験官を務められております。

医療と臨床教育の心理面、そして行動面についての実績、造詣が深くて、診療については「The Inner Consultation」という本、教育に関しましては「The Inner Apprentice」という本、いずれも医学教育あるいは家庭医の教育や診療の面では世界の家庭医から読まれている本を書かれております。

医学以外のところでは、バイオリンはセミプロ級の演奏者でありまして、私も教会の新年コンサートで弾いていらっしゃるのを聞かせてもらったこともあります。それから、シューベルトの研究もされたり、英国で禅の修行を受けているとか、人間としても非常に魅力的な方であります。

ネイバー先生ご紹介
最初は2005年に私が臨床教育のワークショップを日本で開催された家庭医療学の国際学会の後にやらせてもらったときに、リーダーの一人として来ていただきまして、それ以来のおつき合いで、今回が4回目の来日となります。その間、日本の家庭医療の実際の診療・教育現場にも回っていただきまして、いろいろな人たちとディスカッションをして、日本の実情についてもかなりお詳しいという方であります。ですから、日本で家庭医療のことがディスカッションされるときに、どうしても核心を突いた議論になりにくいのは本格的な家庭医療を知る人が少ないためで、海外の情報でも家庭医療を本当に実践し家庭医を育ててきた人の意見やその実績を我々が直接知れなかったということがありますが、今日はまさにその中心にいる当事者に直接に聞ける非常にいい機会だと思います。

それでは、ロジャー・ネイバー先生にご講演をいただきたいと思います。

家庭医を育ててきた実績を伺う機会
○ネイバー
はじめの挨拶
講演の進め方と全体の構成
日本と英国の医療の類似点と相違点
英国では病院の専門医と家庭医はほぼ同数
英国の家庭医療の5つの重要な特徴
英国における家庭医の役割の実際
医療制度、ヘルスケアの概要のまとめ
「こんにちは」──私が日本語でお話しするのは以上です。土屋先生、そして研究班の先生方、まず冒頭に、本日お招きいただきましたことを感謝申し上げます。

日本から我々は学びたいと思っております。英国、日本ともに、医療を国民に提供する上で同じような問題を抱えているからです。

日本では、すばらしい病院のケアを提供なさっています。英国では、日本のその状況をうらやましく思っております。一方、英国では、30年にわたり若い医師が家庭医になるための教育を行ってまいりました。本日は、その経験に関して皆様にご紹介したいと思います。葛西教授に座長をしていただくということで、大変光栄に思います。

はじめの挨拶
お手元に資料が配布されているかと思いますが、それに基づきながら少しお話を広げていきたいと思います。

5つのセクション(章立て)から構成されております。それぞれのセクションに関して簡単にお話しした後、葛西先生の座長のもと、ディスカッションをしていきたいと思います。何かご質問がありましたら、それにお答えするという形にしたいと思います。また、私の講義の終わった段階で十分時間をとって、両国の状況に関して議論をしていきたいと思います。

まず、日本の医療、そして英国の医療の制度がお互いに似通っている点と、お互いに違っている点に関して、幅広く見ていきたいと思います。

2つ目に、病院を基盤とする専門医と地域を基盤とするジェネラリスト(家庭医・総合医)のシステムがどう違うのかということを見て、それぞれの制度の強み、長所を見ていきたいと思います。

3つ目に、日本に家庭医療を整備することで期待される利益を、特に高齢者、小児科、産婦人科、そしてメンタルヘルスケア(心の健康)の領域で見ていきたいと思います。

4つ目に、英国の病院勤務医と家庭医の養成制度に関しても触れたいと思います。そして、特に家庭医の養成制度に関して、カリキュラム、教育方法、そして評価方法に関してご紹介したいと思います。

そして、最後に簡単に、英国の卒後医学教育の計画準備と管理運営に関してご紹介をして、そして質疑応答と結んでいきたいと思います。よろしいでしょうか。

講演の進め方と全体の構成
それでは、まず日本と英国の医療、ヘルスケアの類似点と相違点を見ていきたいと思います。

ここで簡単な質問をしたいと思います。まず、医者の数は何名いるかということです。日本の人口は約1億2,700万人、そして英国の人口はその半分弱の約6,000万人でございます。こちらは世界保健機関の統計からとりましたが、日本の医師数は約28万人、そして英国は13万5,000人です。これで計算しますと、同じような数字になってまいります。すなわち、英国、日本とも人口1万人当たりの医師数が22〜23名ということで、大変類似した状況であります。

しかしながら、大変重要な違いがあります。すなわち、病床数ですが、日本において人口1万人当たりの病床数は141床です。一方、英国においては、大変少ない国ということで、39床しかありません。この数の大きな違いから、我々2カ国の医療制度の違いがわかるわけです。

それでは、この病床数の1万人当たりの違いはどう解釈すべきかです。医師の数は同じなのに、なぜなのか。日本人の患者は英国人患者より3倍重症なのか。もちろんそういうことではありません。もちろん、日本のほうが高齢者数は英国より多いわけです。しかし、この相違を説明するには十分な理由ではないでしょう。というのは、例えば、心疾患、がん、脳卒中といった重症の疾患の発症率は両国でほぼ同じだからです。もしかすると、日本の国民のほうが英国民よりも3倍ぐらい健康なのでしょうか。日本人のほうが英国人よりも健康であるわけですが、3倍健康だとは言えないでしょう。日本人の寿命のほうが英国人より3年長いわけです。

しかしながら、私の理解では、この差異というのは、日本人の遺伝的なもの、そして大変おいしい食事の因子、そして生活習慣の要因によるものがほとんどで、よりハイテクな医療によるものではないと考えられるわけです。

日本と英国の医療の類似点と相違点
こちらのスライドに2カ国の重要な違いがあります。英国の13万5,000人の医師の内訳を示しております。68%の医師が病院で勤務をしております。この中には研修医も含まれております。そして、すべての英国の医師のうち32%が家庭医として地域で働いております。

実は病院を基盤とする医師のうちコンサルタントと呼ばれる各科の専門医の数は4万3,000人であります。ですから、病院の専門医と地域の家庭医が大体半々ぐらいであるというのが現在の状況です。

英国では病院の専門医と家庭医はほぼ同数
それでは、英国における家庭医療の重要な特徴をご紹介したいと思います。

1つ目に、英国市民はすべて家庭医療の診療所に登録をしています。すなわち、その市民とその地域にいる家庭医(GP)が登録関係にある、契約を結んでいるということです。

2つ目に、1人の家庭医が約2,000人の患者をケアしております。

3つ目に、家庭医は地域で通常3〜5人ぐらいが共同で、設備の整った診療所で、スタッフやさまざまな管理運営的な資源を共有しながら働いております。

4つ目が、英国のプライマリケアの制度と日本の制度の重要な違いであり、そして、プライマリケアを持つ国でも英国と違うこともある点がこの点です。英国では、ほとんどの場合、家庭医が患者の健康サービスにおける最初の接点となります。英国では患者が病気になると、ほとんどの場合、まず家庭医に行きます。救急の場合は、例えば交通事故であったり、心臓発作になった場合には、もちろん患者は(家庭医でなく)救急部に送られます。

5つ目ですが、しかし、通常は、英国の患者は、まず家庭医に診てもらって、その家庭医からの紹介があって、2次ケア、病院の先生に診てもらうということになっております。これが英国のヘルスケアの制度となっております。

英国の家庭医療の5つの重要な特徴
その結果、最初の接点である家庭医は10の診療のうち9を2次ケアへ紹介することなく取り扱うという状況になっております。10人の患者が家庭医のところに来たとしたら、そのうち病院に行くのは1人のみです。家庭医はさまざまな検体検査ですとか放射線検査、血液検査や細菌などの検査、CTやMRI検査、そういったものもオーダーして利用することができます。

そして、家庭医は、看護とか、注射・点滴・採血をしたり、カウンセリングや栄養士のサービスを提供したり、さらにへき地におきましては薬剤提供を行っております。さらに、慢性疾患──糖尿病、喘息(ぜんそく)、甲状腺疾患、高血圧、小児発達、妊娠・出産前のケアなどの専門外来を提供しています。さらに、多くの家庭医は、専門分野にも臨床的興味を持っています。例えばポピュラーなものといたしましては、皮膚科学、心臓病学、小児科学、内視鏡などの専門分野が挙げられます。地域を基盤としながらも、特定の分野に臨床的興味を持ち、そしてそれを患者にサービスとして提供していくということを行っております。

英国における家庭医の役割の実際
こちらが要約となりますが、イギリスの市民がどのように医療制度を使うかということです。まず、日本と同じように、多くの人たちは自己ケアを行っています。親せきや友人に聞いたり、または薬局で尋ねたりします。そして、その10%は家庭医のところへ行きます。図の真ん中から上のところです。そして、その10%から2次ケアに行くのは1%のみです。

では、葛西先生、1つ目のセクションのヘルスケアの前半についてお話をいたしましたので、班員の方から何か質問がありましたら、ここで質問を受けたいと思います。

医療制度、ヘルスケアの概要のまとめ
○葛西
日英のヘルスケアの類似点と相違点のまとめ
ネイバー先生の講演は5つのパートに分かれておりますので、それぞれのパートが終わるごとに、内容について明確にしたいこと、疑問のあることについて質疑応答をしまして、それで理解ができたところで次に進み、最後に全体を通してのさらに突っ込んだディスカッションをする、そういう進め方にさせていただきたいと思います。

それでは、最初の日本と英国のヘルスケアの類似点や相違点について、皆さんから、明確にしておきたいこと、あるいはご質問等がございましたら、お願いいたします。

日英のヘルスケアの類似点と相違点のまとめ
○土屋
家庭医の担うグループ診療と専門診療、少人数での診療
「英国家庭医療の重要な特徴−1」のスライドの3つ目で、「家庭医は地域で、通常3人以上で共同して、設備の整った診療所で働いている」という記載がありますが、これはいわゆるグループ診療的に考えてよろしいでしょうか。そうであれば、次のスライドの「重要な特徴−2」の中で、専門外来を持っているというのは、自分は糖尿病だ、自分は高血圧だと、それぞれが特徴を持ってやっているのかどうか。そして、それぞれについて特別に専門的なトレーニングをどこかで受けているか。

もう一つ追加すると、人口が1,000人や2,000人を超えて5,000〜6,000人であれば3人の共同でいいのですが、人口の少ない町、1,000人とかぎりぎりのところで、定員として1人ぐらいしかいないというときにどうされているか。その点を教えてください。

家庭医の担うグループ診療と専門診療、少人数での診療
○ネイバー
グループ内での専門化と役割分担
土屋先生、ご質問ありがとうございます。まず、この共同で診療するという方法ですが、医師は、通常、その場所を所有していて、同僚を自分で選ぶというビジネス的な手法でやっております。そして、その中でいろいろと専門領域が違います。私の関心は皮膚科、小児、精神分野ですが、私のパートナーは特に糖尿病と高齢者のケアに関心を持っています。

ですが、この専門化というのは、それほど専門分化したものではなく、ほとんどの者は高血圧、糖尿病など基本的なものに関しては共通に診られます。ただ、あるクリニックでは特別な専門外来を持っていたり、また、ある患者で何らかの難しい問題を抱えている場合には、同僚の間で相談をするということで、非公式的な専門化というのをこのパートナー間で持っているという状況です。

それから、人口の少ない地域ではどのようになっているのかという御質問をいただきましたが、英国ではそれほど小さな村というのは実はないんです。例えば、スコットランドのハイランド、もしくはスコットランドの島にはそういった人口の少ない村はありますが、1人しか家庭医がいないというところは本当に限られております。ほとんどは2人もしくは3人の家庭医がいるところでやっております。というのは、輸送も整っておりますし、医師がその村の間をうまく移動できるということです。ですから、遠隔地であっても1人しか家庭医がいないというところは英国ではめったにありません。

グループ内での専門化と役割分担
○葛西 ありがとうございました。そのほかにいかがでしょうか。

阪井先生、どうぞ。

 
○阪井
家庭医の「契約」の考え方
阪井といいます。スライド(「英国家庭医療の重要な特徴−1」)の最初の点についてですが、すべての国民は1人の家庭医に登録されている、契約を結ぶとおっしゃっていましたけれど、それは自由に選べるのでしょうか。つまり、嫌になればほかの人に代われるのでしょうか。

逆に、医師のほうも、先生はcontractとおっしゃいましたけれど、それが契約ということであれば、もし嫌になれば、その契約を延ばさずに、「ほかの医者に行ってください」ということが言えるのでしょうか。

家庭医の「契約」の考え方
○ネイバー
契約による医師と住民の関係
市民の権利と責任
阪井先生、ありがとうございます。確かにこれは契約で、そして署名を行う契約であります。そして、患者は自由に選択をすることができます。もちろん、へき地であればその選択肢はそこまで広くありませんけれど、これは自由な選択で、そして理由もなしに医師を替えることもできます。例えば、私は5人のパートナーがいましたけれど、皆さんが私のところに登録しているとして、しかし、私が嫌いであった場合に、ほかの方へ登録をすることができます。別の医者のところへ行くことができるわけです。

そしてまた、こういったケースはなかなかないのですが、その逆もあるわけです。医師のほうから、「この患者は嫌だ」と言うことができます。例えば、暴力的であったりなどの理由があるときは、医師のほうから契約を切ることができます。しかし、それはまれです。実際には、自分が心地よいと思える医師を見つけることができるということがほとんどです。

契約による医師と住民の関係
2週間前、新しいヘルスケア法(Health Care Constitution)というものを政府が出しました。これはもちろん政府側の見解にあふれたものであるわけですが、しかしその中で、市民は医師に対する権利があるとともに、そのサービスを誠実に使う責任があるということが書かれております。こういった新しいイニシアチブが2週間前に出てきました。

市民の権利と責任
○川越
在宅の看取り
看護師との協働
質問ですが、日本の場合は家で亡くなる方が13%ぐらいあります。がんですと6%ぐらいですけれど。イギリスの場合、GPは在宅死のことをどのくらい看取っているのでしょうか。

在宅の看取り
そして、もし可能でしたら、もう1つの質問は、看護師の協働ということにこれから触れられるのでしょうか。もし触れられる予定がなければ、ナースとどういう協働をしているかについて教えていただければと思います。

看護師との協働
○ネイバー
ホスピスにおける緩和ケア
トリアージや地域における看護師の役割
ありがとうございます。家庭での死亡は、英国と日本の制度ではかなり違うと思います。はっきりとした数字は持っておりませんが、私の記憶では、英国民の60%が家で、もしくはホスピスで亡くなります。英国の制度で、日本でもホスピスがあるかと思いますが、地域でのターミナルケア──介護のようなところです。例えばがんの患者の場合は、家で、もしくはホスピスで亡くなります。急性期の病棟で亡くなるということは英国ではありません。

ホスピスというのは、家の環境と病院の環境が合わされたような環境になっています。緩和ケアということが提供されます。そして、医師がいるわけですが、急性の医療の現場のような状況ではありません。ですから、親族などもホスピスではその患者と一緒にいられます。

ホスピスにおける緩和ケア
それから、看護師のことですけれど、ここで少し触れたいと思います。プライマリケアにおいて、家庭医は看護師を雇うことになります。例えば、私の診療所では5名の医師がおりまして、4名の看護師を雇っています。そして、看護師は開設機関の中におりまして、軽微な疾患に関しては対処できますし、また、重要なトリアージ(ふるい分け)という役割がありまして、例えば、医師のケアが必要であるという際にトリアージの役割も果たします。それから、ディストリクトナースと呼ばれる地域で働く看護師というのもおります。それは術後の患者を診る、もしくは慢性の疾患の患者を診るというのが役割です。

これでお答えになっておりますでしょうか。

トリアージや地域における看護師の役割
○川越
地域看護師の在宅医療における役割
5人のナースがいるということはよくわかったのですけれど、そのナースは、地域で在宅訪問することがあるのでしょうか。もし、しないとすれば、在宅訪問はディストリクトナースがやるのでしょうか。その辺のところを教えてください。

地域看護師の在宅医療における役割
○ネイバー その診療所の看護師というのは、例えば血液検体を取りに行ったりとか傷などを見るということですが、慢性の患者というのはディストリクトナースが診ます。ただ、そういう看護師というのはすべて家庭医が雇っているということになります。お答えになっておりますでしょうか。

 
○葛西
終末期医療における家庭医の役割
川越先生の質問を明確するために私のほうからもお聞きしますけれど、在宅で、あるいはホスピスでターミナルケアが行われるときに、そこでの家庭医の役割はどのようなものでしょうか。

終末期医療における家庭医の役割
○ネイバー
医療上の決定を行うことと、精神的な支援を行う役割
ターミナルケアにおける家庭医の役割ですけれど、いくつかあります。

1つは、臨床上の決定、例えば疼痛モルフィンの用量とか、酸素吸入ができるようなベッドを用意するとか、そういった医療上の決定を下します。

また、家族にとって大変厳しい状況の中で、家庭医と家族の関係が大変近しくなるわけです。そして、そういう状況での家庭医の役割というのは、感情的な支援を家族に対して行います。患者が亡くなる前、そして後にも行うということが役割として大変重いわけです。ですから、臨床上の役割、そしてそういう精神的な役割を果たしているということです。

医療上の決定を行うことと、精神的な支援を行う役割
○渡辺
家庭医の配置の仕組み
質問ですけれど、2,000人に1人という割り当てを、ドイツの事例などですと強制配置になっているのですが、イギリスの場合にはどのように2,000人に1人という割り当てができるような仕組みになっているのでしょうか。

家庭医の配置の仕組み
○ネイバー
地域による配置の仕組み
おそらく世界共通であると思いますが、医師の人たちはよい地域で働きたいと考えております。そしてまた、文化的な施設が整っているところ、よい学校のあるところで働きたいと考えております。貧困地域では働きたくないと考える人がほとんどで、それは世界共通であると思います。

イギリスにおきましては、貧困地域で働くための医師のインセンティブがあります。ロンドンにおきましては、そういうところで働けば給与が少し高くなるといったインセンティブがあります。また、へき地で働くことに関しましても手当があります。

しかし、医師の中には、へき地で働くことを好む人もいます。特にアウトドアが好きな方たちや山登りが好きな医師たちです。

また、患者と医師のそういった小さなコミュニティにおける関係というのは大変密接なものがありますので、そういうところに好んで行く人もいます。

ある医師が亡くなって空きが出た場合には、地方自治体のほうからそういった空きを埋めるためのコミッション(依頼)を得なければいけません。そして、このようにして入れ替えが行われていくということになります。

地域による配置の仕組み
○渡辺
家庭医における給与の体系
サラリー(給与)はNHS(National Health Service)で支払われるのだと思いますが、その場合にサラリーに地域差があるというのは、どういう仕組みで地域差がつけられるのでしょうか。診た患者に応じてNHSが支払うのかと私は思っていたのですけれど。

家庭医における給与の体系
○ネイバー 給与の体系ですけれど、英国の家庭医の場合には大変複雑です。まずは固定給の部分があります。2つ目に患者の数に応じたものです。3つ目は、5年前に始まったもので、給与の60%は臨床的なアウトカムファクター(結果の指標)によるもの、すなわち糖尿病ですとか高血圧などで設定されたのスタンダード(基準)に到達することで支払われるものです(Quality and Outcomes Framework)。こういったかなり複雑な体系になっていますが、家庭医の給与は地域による、というそこまでの格差はありません。

 
○土屋
診療所での検査設備
いわゆる検査機器についてお聞きしたいのですが、こういう診療所ではどの程度の検査機器を用意されているのか。それから、血液検査などはどうされているでしょうか。


診療所での検査設備
○ネイバー ほとんどの家庭医の診療所では検査機器というのは少なくて、例えば超音波の機器であったり、血液検査の機器はありますが、通常は検体ラボに毎日血液検体を届けるという形でしています。

X線の施設に関しては、診療所にはルールとしては置いているわけではありません。このルールは少し変わりつつありますが、例えば複雑な患者の場合には病院に行くことになります。

 
○葛西 そのほかにいかがでしょうか。

それでは、セクション2に進みたいと思います。よろしくお願いします。

 
○ネイバー
専門医と家庭医の診療の違い
家庭医の患者の背景(コンテクスト)を見る視点
家庭医・総合医としてのアプローチが好ましい場面
家庭医・総合医による継続的なケア
病院でのケアが望ましい場面
地域に基盤を置いたケアが望ましい場合
では、次に、専門医の診かたと家庭医がどのようにして診ているかの違いを見ていきたいと思います。これはすごく見えにくいところではあるのですが、大変重要な点でありますので、説明していきます。

専門医としてトレーニングを受けた人であれば、まずは機械としての体について学びます。どういう疾患が起こり得るのか、そして生物学的機能不全として疾患を捉え、それにはどのようなものがあるのかということについて学びます。

そして、そういった中で、疾患の経過に集中する──何がうまくいかなかったのか、どこに異常が起きたのか、それを同定し、それを修正して通常の状態に戻そうとします。私にしましても、世界中の医師にしても、このような形で専門医の教育を受けているわけです。このようなアプローチは大変効果的です。

専門医と家庭医の診療の違い
それに対しまして、家庭医ですけれど、家庭医ももちろんそういう見方をしますが、それに加えて、さまざまな見方をします。生物学的機能不全だけではなく、家庭医としての見方を加えていきます。家庭医には、患者を生物学的な機能としての体として見るだけでなく、さまざまなコンテクスト(背景)で見るということが重要になります。家族とか社会的なグループ、あるいは職業、雇用、そういう観点からも見ていくことになります。

なぜなら、そういうコンテクストにおいても不全が起きることがあるわけです。家族や職場で何かうまくいかなかったり、または人間関係でうまくいかなかったりということで、生物学的な機能不全が不調を引き起こすのと同じような不調を引き起こすことがあります。

このように、家庭医は身体的な観点からも診断をつけますけれど、それだけではなく、心理学的および社会学的な観点からも診断していきます。さらに、病気が、職業、人間関係、そして環境に与える影響を考慮していきます。このようなコンテクストからも考えるわけです。

さらに、患者の人間関係、職業や社会的な環境、そして家族の環境が病気とそこからの回復にどのような影響を与えていくかということも見ていきます。

家庭医の患者の背景(コンテクスト)を見る視点
では、ここで、スペシャリストのアプローチよりジェネラリストのアプローチが適用される方が良い場合はどういうときなのかについてお話をしていきたいと思います。

理想的な家庭医は、ときによってはスペシャリストとして、そしてときとしてはジェネラリストとして考えられるということがベストです。どちらか二者択一ではありません。両方ともできなければいけないわけです。ただ、つけ加えておきたいことは、ときによっては臨床的にベストアプローチとして、ジェネラリストのアプローチをとるということが好ましいときがあります。

例えば、病理学的基盤が不明の場合──神経性の過敏症ですとか片頭痛、そういった何が生物学的におかしくなっているのかということが不明な場合が挙げられます。

また、ジェネラリストのアプローチが好ましいのは、診断や最良のマネジメントについて臨床的に不確実性が高い場合です。例えば、早期の場合ですと症状がはっきりしない場合があり、教科書的な経過をたどらないときがあります。一体何が正しいのか、そして診断としては何をするべきなのか、マネジメントとしては何が一番いいのかということがわからないときがあります。プロトコールがないとき、ガイドラインや研究がまだないとき、そのときにはジェネラリストのアプローチをするほうが好ましい場合があります。

また、心理学的、家族的、社会的局面が病気に大きく影響している場合は、単に純粋に生物医学的なアプローチのみをするということが好ましくない場合があります。

さらに、高齢者にアプローチをするときには、多くの問題を同時に抱えている場合が多いわけです。例えば65歳以上の場合は、1つの疾患だけを抱えているということは少なくなっていきます。高齢者の場合は、糖尿病あるいは高血圧だけではなく、その双方を抱えているときがあります。また、変形性関節症ですとか、貧困の問題、または寂しいといった孤独を抱えているときもあります。

そういう場合は、治療をすべてやっていくということが最善というわけではありません。過治療になってしまうことがあるからです。そういう場合には、ジェネラリストのアプローチをとって、妥協点を見つけ、どこが一番いいのかということを探っていくことが必要になるわけです。

家庭医・総合医としてのアプローチが好ましい場面
英国の家庭医療で行われていることは継続的なケアです。何年も治療をし、そして人の意思に継続的にかかわっていくことによって、ある1人の患者を大変よく知ることができるということです。これには大変多くの利点があります。ただ、政治的になかなかできなくなってきつつありますが、私はこの30年間この分野でやってきて、1人の人を小さいときから大人になって結婚をするまで診たりですとか、その両親が年老いて死に直面するといった状況も見てきました。

そして、このように継続的に見ていくことによって、病気が発生したときにそれに対応することがやりやすくなるということがあるわけです。病院を基盤にした治療になりますと、このような継続的なケアということが難しくなります。多くの研究によりまして、患者さんの多くはこのような継続的なケアを望んでいます。そうすることによって、医師の信頼性を増すことができ、何が起こっているのかを理解することができるからです。

また、英国と日本に共通して言えることですが、なかなか病院にアクセスすることができない患者さんもたくさんいます。病院に行くまでの交通手段がないですとか、そういった問題に直面している患者さんもいます。病院に行くために職場を休まなければいけなかったり、または家族に連絡して連れていってもらわなければいけなかったり、そういう場合にはジェネラリストとしての家庭医が診ることのほうがよい場合もあるわけです。こういう場合には、ジェネラリスト・アプローチのほうが望ましいと言えます。

しかし、私がここで地域を基盤としたケアが良くて病院でのケアが悪いということを言おうとしているのではありません。そこは誤解しないでください。

家庭医・総合医による継続的なケア
病院のケアは、特定の場合においては大変効果を発揮します。例えば、救急ケアの場合、患者が重症の場合、病気がまれで複雑な場合、または診断がつかない場合、さらにハイテクの検査や治療が必要な場合などです。まれな病気の場合にはスペシャリストが常駐で病院にいて、そういった専門的な治療を患者さんに対して行うことがよい場合もあります。さらに、患者が、理学療法やリハビリテーション、言語療法などの専門化された治療を受けるときには、病院を基盤としたケアがよいと言えます。

病院でのケアが望ましい場面
地域に基盤を置いたケアがよいと考えられるのは、軽症の場合ですとか、緊急を要しない場合、さらに慢性疾患を取り扱うためなどが挙げられます。糖尿病ですとか喘息、高血圧症、関節炎、認知症などです。こういった慢性の治療を行っていくのは、地域を基盤とした家庭医が診たほうがよいということが臨床研究によってわかっております。短期的に病院で診るのではなく、長期にわたって家庭医療を用いたほうがよいというリ研究エビデンスがあります。

また、小児の発達ですとかワクチンの接種、あるいは予防医学のため、さらに多数の診断を持つ患者で全体にわたるマネジメント計画を立てるためなどが挙げられます。

では、ここで一回止めまして、質問があるかどうか聞いてみたいと思います。

地域に基盤を置いたケアが望ましい場合
○葛西 確認しておくことや質問のある方がいらっしゃいましたら、お願いいたします。

 
○川越
家庭医・総合医としての視点の歴史的な背景とホスピスケアについて
すごく参考になったのですけれど、質問したいことがあります。GPの患者さんの見方というのが専門医と違うということはよくわかりましたが、今、日本ではそういう見方をしなければいけないと。今までは専門的なところだけで患者さんを診るというのでいろいろ問題が起きているということが取り上げられているんです。そのときに、イギリスでこういう患者さんの見方が出てきた歴史的な背景ですが、どうしてこういうものが出てきたのかについて教えていただきたいと思います。

というのは、日本人の写真が出てきたスライドですが、身体的、心理学的、社会的、そういう視点から患者さんを診ていくということは、まさにホスピスケアで非常に言われていることなのですが、家庭医の発達ということの中に、イギリスで誕生したホスピスケアというものは影響しているのでしょうか。その辺のことも含めて教えてください。

家庭医・総合医としての視点の歴史的な背景とホスピスケアについて
○ネイバー
英国における家庭医の歴史
家庭医学会の歴史、専門性と独自の研修制度などの導入
ホスピスケアの成り立ち
川越先生、ありがとうございます。お恥ずかしい話ですけれど、150年ほど前ですが、1850年ごろまではすべての英国の医師というのはGP(古典的一般医)でした。これは世界中そうだったと言えると思いますが、科学がそれほど発展していなかったからです。1850年から1900年まで、医学の科学的な理解というものが拡大してまいりました。すなわち、医学のサイエンスというものが提供できるものが大変多かったというのがその時期です。そして、病院も病院の技術も発展していき、最高の医師が病院に勤務するようになり、英国におきましては1950年ごろまで最高の医師は病院で勤務しておりました。

そして、1954年に極めて有名な議論が公になりました。それは我々の大先輩のロード・モレンという英国の医師がおりまして、彼は英国のロイヤルファミリーのお抱え医師だったのです。当時、GPというのは昇進のはしごから外されてしまった医師──すなわち最高の医師というのは専門医で、どの医師も昇進の階段を上っていきたいが、その階段から落ちた人がGPになるというふうに見られておりました。1950〜1960年ごろまでは英国ではそのような考え方が一般的でした。私のはるか前任者でありますその会長は、その議論を転換させました。

英国における家庭医の歴史
1分ほど歴史について申しますと、私どもの家庭医学会は1952年に設立されました。それは家庭医療というものが劣っている専門であるという考え方に対抗するためでした。

そして、家庭医(現代的GP)が専門医と比べてどういうところが特徴であるかということを議論し、両方ともに価値があるということになってきたわけです。そして、1960年代に英国家庭医学会が家庭医療というものを専門性のあるものとして高めていったわけです。専門性と独自の研修制度などを導入することによって、そういった考え方を打ち立ててきました。そして、家庭医療の専門医と他科の専門医は、それぞれ強みを持った対等のものであるとしてきたわけであります。そういう対等の関係にするまでにはかなりの年数がかかったということを申し上げて、歴史的な御説明としたいと思います。

家庭医学会の歴史、専門性と独自の研修制度などの導入
それから、ホスピスケアのこともお伺いになったと思いますが、ホスピスの英国における動きは1970年から出ておりまして、Cicely Saundersという看護師がこれをつくり上げました。彼女がノーベル賞を受賞したかどうかはわかりませんが、ホスピスケアの創設者ということで大変著名です。

ほとんどのホスピスは家庭医が緩和医療の特別な研修を受けて、そしてがんの専門家、神経の専門家の支援を得ながらやってきたわけです。そういう分野におきましては専門医とジェネラリストが緊密に連携をしながら協力をしてやっております。

ホスピスケアの成り立ち
○葛西 ありがとうございました。それでは、セクション3に行きたいと思います。よろしくお願いいたします。

 
○ネイバー
プライマリケアの死亡率改善に与える影響についての研究
日本において家庭医が果たすことができる役割(高齢者のケア)
病院の専門医の負担減
産科・婦人科における家庭医の役割
小児科、小児保健における家庭医の役割
心の健康における家庭医の役割
病院の医療とプライマリケアの併存による利点
プライマリケアの費用対効果の利点
患者の高い満足度
プライマリケアによるさまざまな利点
日本において、家庭医療、プライマリケアを発展させる利点
トレーニングの話に入る前に、質の高い家庭医療を整備するとどのような利益があるのかを話したいと思います。私は外国人として日本の皆さんに、自分たちの国において学んだ教訓が日本にとって利するところがあるかもしれないということで、私どもの経験についてお話をしたいと思います。

ジョンズ・ホプキンス大学にBarbara Starfield教授という方がいらっしゃいます。彼女はたくさんのリサーチをされておりまして、プライマリケアが死亡率にどのような影響を与えるのかということについて研究を行ってきました。そして、彼女が最近発表した統計でとても興味深いものがあったので、ご紹介いたします。

がんや脳卒中や心臓発作などの死亡原因などの統計をもとに編み出した数字といたしまして、10万人の人口があるところに対して1人の家庭医を増やすと、その家庭医が自分の活動の中で34人の命を救うことができると言ったわけです。これは彼女の統計ですけれど、これだけの影響を死亡率にもたらすことができるのは家庭医だけだと彼女は言っています。神経専門医や心臓専門医などに関しましては、人数が増えても救える命はそこまで変わらないのですが、家庭医の場合はその数を増やすことによって救命に大きな影響を与えることができるわけです。

プライマリケアの死亡率改善に与える影響についての研究
では、日本において家庭医が果たすことができる役割について考えていきたいと思います。

まず、高齢者のケアから始めたいと思います。日本も英国も高齢者の割合が増えてきておりますし、ヘルスケアの多くの資源を使うポテンシャル(可能性)があります。高齢者というのは多くの疾患にかかるわけですが、地域で治療することによって、病院の日常業務の負担が軽減されます。高齢者のケアは定期的なものであります。例えば、投薬の確認をしたり、フォローアップをしたり、モニタリングをするということです。また、その薬に関して調整をしたり、簡単な検査を行ってその治療の監視をするわけですが、そういったものは地域でできますし、また、地域ですれば病院の負担が大きく軽減できるというメリットがあります。

日本において家庭医が果たすことができる役割(高齢者のケア)
また、これによって病院の専門医が、重篤で専門性が必要な患者に時間や資源を向けることができます。家庭医は、複数の診断を持った患者さんの治療の合理化をすることができます。また、家庭医というのは地域の状況をよく理解しています。ですから、その地域の例えばデイケアであったり、休息介護であったり、外来のケアなど、その地域社会でのサービスとのリンクづけも家庭医がよくできるでしょう。また、家族をよく知っている医師が依頼するほうがほかの家族のメンバーからのケアも得やすいということがあるでしょう。

また、家族全員が病院に一緒についていくということはなかなかないわけですが、家庭医というのは家族全員をケアしているので、家族全員を巻き込んだケアを患者に対してやりやすいという状況があります。そのことで病院の専門医の負担を減らすことができることになります。

病院の専門医の負担減
次に、産科と婦人科に関して見ていきたいと思います。日本では産科・婦人科医が不足しているという状況だと聞いておりますが、英国におきましては通常の妊娠・出産前後のケアは家庭医がしております。妊娠をすれば女性は病院の専門医に最初の段階で受診して、その後36週目と出産の段階では専門医に会うわけですけれど、ほかの定期的な検査は家庭医が行っています。そして、出産後のケア、そして赤ちゃんの定期検診も家庭医が行います。

そして、家庭医は避妊や性関連の保健サービスももちろん提供しています。そういう場合は特別なクリニックに患者は行く必要はありません。

また、別の例ですが、家庭医は女性が閉経期に近づくとホルモン補充療法なども取り扱います。こういったものはもちろん病院でもできますが、地域で行えば、その分専門医はほかの診療を行うことができます。

産科・婦人科における家庭医の役割
次に、小児科、そして小児保健という分野で見ますと、ここでも家庭医の役割は大きいわけです。通常の小児のケアをすることができます。例えば、小児の発達評価や予防接種も行いますし、また、小児の発達段階が正常であるかという確認もできます。

また、ほとんどの小児の疾患というのは、風邪であったり耳の感染であったり、ちょっとおなかが痛かったりということで、そういう小児は病院に行く必要はありません。英国では、子供たちは、病院で白衣を着た医師、そしていろいろな大きな機械、そして忙しいところを見るとびっくりしますので、子供の治療はほとんどの疾患に関しては家庭医で診ることができます。そして、重篤な小児の疾患であっても家庭医がうまく管理することができますし、例えば喘息の場合には、明確なガイドラインがすべての段階であります。また、湿疹に関しても、哺乳(ほにゅう)の問題に関しても、夜尿症といった行動的なものであっても、また学習困難などの子供であっても、その地域社会でうまく管理することができるようになっています。

ご存じだと思いますが、小児期の問題というのは、身体的な問題だけではなく、人間関係の問題であったり、家族の問題であることが多いわけです。また、夫婦間の問題や、新しい赤ちゃんが生まれたことによって子供の行動に影響が出るということは広く理解されておりますし、プライマリケアで治療されています。

例えば、日本の子供はどれくらい学校嫌いかというのはわかりませんが、不登校の児童は日本では英国ほど多くはないと思います。英国では、子供が不登校になった場合、そしてあまり重篤ではない精神的な問題に関しては家庭医が診ることになっています。

小児科、小児保健における家庭医の役割
また、忙しい病院の先生方の負担を精神保健問題やメンタルヘルスでも軽減することができます。うつと不安のほとんどの場合は重篤ではありません。そういう場合には家庭医が抗うつ剤やほかの投薬、そして個人をカウンセリングして行動に関するアドバイスをすることによって、ほとんどの場合は管理をすることができます。

また、家庭医というのはその家庭をよく知っているわけですから、初期の段階で複雑な心理的な状況に関しても介入をすることができます。そうすることによって、大きな危機的な状況を回避することができます。例えば、夫がアルコール依存症であったり、妻が不倫をしているといった場合には、大きな問題になる前に家庭医が初期の段階で提案をしていき、コントロールできないまでにならないうちに、管理をしていきます。また、例えば、統合失調症や躁うつ症や強迫神経症といった重篤な問題に関しても、家庭医は病院の精神科医と分担しながら、患者の慢性的な疾患であっても管理することができます。

また、多くの家庭医は、カウンセリングやいくらかの精神療法を引き受けております。その患者さんとの人間関係があるわけです。ですから、そういう関係を使ってカウンセリングなどを行う。そして、多くの家庭医がこういう分野でも技術的にも改善していて、その価値も良く理解されております。
心の健康における家庭医の役割
まとめとして、もし強力な病院における医療に加えて強力なプライマリケアがあった場合には、どのような利点があるのかということをお話しします。

まず、両方があれば、病院と専門医はその専門手技と資源を真に必要な患者に集中することができます。

それから、ハイテク検査、高価な治療、そして検査をより適切に本当に必要な患者のために利用することができます。そして、すべての患者にそういったハイテクな検査治療を行う必要はなくなるわけです。

また、遠隔地においても、しっかり訓練を受けた家庭医療の専門性に関して深い知識・技術を持ったプライマリケアの医師がいることによって、へき地・遠隔地でのケアの水準は高くなります。

それから、ここでは健康の不平等ということが問題として挙がっています。例えば、貧しい患者や失業者、あるいは遠隔地に住んでいる患者の医療、ヘルスケアは、裕福で豊かな地域に住んでいる患者より劣っているという問題があります。そういう状況でも質の高いプライマリケアを利用することによって、そういう不平等の問題も改善されるでしょう。

病院の医療とプライマリケアの併存による利点
現在、世界的な同時不況ですので、金銭的なことには触れたくありませんが、医療に対しての予算が決まっている場合に、強力なプライマリケアがあれば、同じような予算であっても効果的に使うことができます。

すなわち、国内総生産(GDP)比が同じ予算であっても、プライマリケアを強力にすれば状況を改善することができます。投資効果がよくなるということを表現として申し上げたいです。アメリカでも言われております。

プライマリケアの費用対効果の利点
それから、患者(有権者)の満足がより高くなるということです。英国では数年に1回、患者というのは投票者にもなります。少なくとも英国においては、その有権者は、定期的な調査を行っていろいろな専門医に関する人気投票をしますが、家庭医に関しましては満足度が90%を超えております。英国の政治家の人気はどうかといいますと、7%です。

患者の高い満足度
このスライドに関してはお読みいただければいいと思いますが、世界中でさまざまな研究がなされ、プライマリケアが十分に発達していれば、さまざまな利点があることが示されています。糖尿病、高血圧、心疾患の臨床アウトカムが改善されます。アルコール症、喫煙、肥満も減ります。ライフスタイルの変化に関しても、プライマリケアがしっかりしているとよい結果が出ます。狭心症、心不全、肺炎での入院率も下がっております。がんの診断に関しましても、患者をよく知っている家庭医であれば、患者が重篤な症状に関して訴えた場合に、早期の段階で病院に紹介する必要があるのかという判断もできるわけです。

そして、それ以外の利点についてもいくつか並べております。

プライマリケアによるさまざまな利点
日本に関して、家庭医療、プライマリケアを発展させることが、このような助けになるのではないでしょうかということでご提案申し上げたいと思います。

現在、日本では、小児科、産科・婦人科で医師不足があると聞いておりますが、プライマリケアでより多くのケアをすることによって、その医師不足が緩和できるのではないでしょうか。また、遠隔地・へき地においてヘルスケアを改善する、そしてその医師の仕事量を増やすことなく、その病院の仕事量を増やすことなく、より効果的なヘルスケアを提供することができるでしょう。そして、病院の医師の仕事量は減るでしょう。

また、医療というのは大変高価なものですが、プライマリケアを行うことによって医療費の増大を抑制することもできるでしょう。

また、次のセクションでご紹介しますが、若い医師に対して家庭医療というのは大変魅力的なキャリア選択となります。

ここで少し質問の時間をとれればと思います。

日本において、家庭医療、プライマリケアを発展させる利点
○葛西 それでは、ネイバー先生に2時間集中して話していただいて質問するのはすごく大変で非人間的ですので、この後少し休憩をとりたいと思いますが、その前に、今までのところで確認やご質問がございましたら、どうぞ。

 
○渡辺
家庭医による周産期、分娩
出産のことでお聞きしたいのですが、日本では少子化が進んで、しかも高齢出産のハイリスクの妊婦さんが増えていて、そのリスクを負いたくないという風潮になっているがために、余計に産婦人科の専門医が忙しくなっているという現状がございます。

それで、イギリスの状態を教えていただきたいのと、GPがお産を取り上げて、ハイリスクの場合に訴訟という問題があるかどうかということをお聞きしたいと思います。

家庭医による周産期、分娩
○ネイバー
英国における出産のほとんどは病院で行われる
渡辺先生、ありがとうございます。英国では、出産を扱う家庭医はほとんどおりません。女性は家庭医に頼むのですけれど、ほとんどの家庭医は「ノー」と言います。というのは、今おっしゃったようなリスクがあるんです。妊娠というのは致命的な疾患ではありません。もちろん母親や子供が死ぬというのは最悪の状況です。ですから、ほとんどの出産は病院で行われます。そしてほとんどの場合は助産婦が病院で行っています。もちろんそのときに惨たんたる状況になったりすることも英国でもあります。家庭医が出産を行わない理由は、そのおそれがあるからです。

ほとんどの出産、そしてリスクの高いものに関しましては病院で行います。そして、高齢の女性の妊娠であったり、双子などの複数の妊娠の場合は、ほとんど病院で行われています。

英国における出産のほとんどは病院で行われる
○川越
妊娠管理における家庭医の役割
今の質問と若干関連しますが、GPが妊娠・出産に関してどのくらいのことをされるのか。つまり、妊娠のリスクが高いときというのはお産のときではなくて、特に妊娠の初期は非常にリスクが高いわけです。流産が起きたり、あるいは今は赤ちゃんの大きさで予定日を変えたりということをしますので、最低は超音波を使った診断などにかなり専門的な知識と技術が我々ですと要求されるわけですが、そういうところまでやるのでしょうか。

妊娠管理における家庭医の役割
○ネイバー 川越先生、ありがとうございます。妊娠のときには、まず初期に病院に行きます。それはリスクがあるかどうかを見るためです。例えば、帝王切開が必要か、複数の妊娠をしているか、または高齢出産であるかといったことを確認します。そして、妊娠36週、またはその前にもし家庭医が心配がある場合には、もう一度スキャン(超音波検査)などをします。そして、この段階においてコンサルタント(専門医)によって決定がなされ、妊娠を中断すべきかといったようなことについてみていきます。

このセーフガード(安全策)があるわけですが、特に妊娠におきましては予期せぬ事態が起こり得るわけです。そういう意味で、家庭医がそのような予期しない異常な事態を見極めて行動をとるということが必要です。

 
○渡辺
家庭医の全医師における割合
この前のセクションに関する質問ですが、先ほど地域のバランスのことをお尋ねしたのですが、今度は科の偏在といいますか、GPの数が32%ということですけれど、イギリスの場合は医師がかなり不足していて、最近また増やしているという状況の中で、この32%というのは常に変わらないのか、それとも32%を維持するために何らかの誘導というのはあるのでしょうか。

家庭医の全医師における割合
○ネイバー
女性家庭医の増加と勤務体系の変化
医学の進展による医療の大きな変化
医師不足から現在の養成バランスの変化
ありがとうございます。医療従事者の計画というのは大変難しいものです。ですから、だれも正しい答えは持っていないと思いますけれど、家庭医の割合は変わっておりません。何が変わったかといいますと、彼らの勤務時間が変わっております。例えば、私が卒業した際には、家庭医の40%が女性でした。今は60%に増えています。理由ははっきりしていまして、女性の医師は出産休暇をとったり、家族のケアをするためにパートタイムで業務をしたりしております。

女性家庭医の増加と勤務体系の変化
もう1つは、だれも医学の進展に関しては予測することができません。例えば、私が資格を取ったころは、胃潰瘍(かいよう)があった場合には手術をしなければいけませんでした。今後、医学医療において大きな変化が起きた場合に、例えば認知症を解決するような手術が発見された場合、それを防ぐような手術が発明された場合に、状況はガラリと変わるでしょう。多くの国では、そして英国でも、医療のニーズに関して振り子のようにそのサイクルを経験しているわけです。

医学の進展による医療の大きな変化
例えば、5年前は医師の重大な不足がありました。そこで、ヨーロッパやインドやほかの国々から医師を輸入している状況でした。一方、現在は状況が変わりまして、英国の医学校から多くの卒業生を輩出しておりまして、そのバランスが変わってきました。

こういう分野に関して私は専門家ではありません。同じ問題があるということは認識しておりますけれど、申しわけありませんが、お答えになるようなものはありません。

医師不足から現在の養成バランスの変化
○葛西 よろしいでしょうか。それでは、4時半からスタートしますので、それまで短い休憩をとりたいと思います。

 
 
(休憩)

 
○葛西 それでは、残りの部分を始めたいと思いますので、ご着席をお願いいたします。

次は、英国の家庭医がどのように養成されるのか、などについてお話をいただきたいと思います。

 
○ネイバー
英国の医師養成制度
2年間の基礎研修
専門研修プログラム
家庭医の専門研修プログラム
各診療科のローテーションと後期研修、学会の認定試験
家庭医療後期研修の内容
指導医の要件
師弟関係による家庭医専門研修
家庭医の教育方法
診療外教育活動
家庭医療研修のカリキュラム、家庭医であることの意味
家庭医療の診療
家庭医のカリキュラムの詳細
研修医の評価の仕組み
家庭医療専門医認定試験の3つの要素
知識の試験
臨床技能評価
職場基盤評価
皆様、忍耐強く聞いていただきまして、ありがとうございます。英国の生活がいかに複雑かということを自分が説明をするまで気がつきませんでした(笑)。

それでは、英国での家庭医の養成に関して、日本の皆様も我々と同じような轍(てつ)を踏まないようにということで、ご紹介したいと思います。

英国の医師養成制度
英国での医師の養成制度ですが、まず、医学校での期間が5〜6年、そして最終試験があります。そして、数年前から、2年の基礎研修という新しい制度ができております。これは最終試験を受けた後、2年間受けるものです。最初の基礎研修では、病院勤務を4カ月、それを3回行います。例えば、産科であったり、麻酔科、外科、一般内科、精神科などをローテーションします。

その基礎研修の1年目が終わりましたら、我々のGMC(General Medical Council:医事委員会あるいは医療監察委員会)という委員会への医籍登録を行います。ここでフルの医師となるわけです。ただ、その後ももう1年間基礎研修が行われます。これも4カ月×3回の病院勤務となっております。この2年目の基礎研修期間中に、4カ月×3の1回は家庭医としての研修になります。少なくとも家庭医療について1回は基礎研修を受けるということです。これは専門医になると決めている人でもそういうことを行います。

これはよいことで、脳外科の先生であっても、地域社会でどのようなケアが行われているのかということをこの基礎研修で勉強していただくことができるわけです。

2年間の基礎研修
そして、この2年間の基礎研修が終わりますと、専門研修プログラムの選択となります。この段階で専門医となるのか家庭医となるのかということを決めて、それぞれの研修を受けるわけです。

例えば、各科の専門医になるということであれば、その研修を受けます。その期間は、3年、4年、5年と、診療科によって違います。麻酔科は3年間、放射線科は5年間、そして外科は何年間というふうに決まっております。そして、各科の専門研修の最終段階で各科の専門医の認定試験が行われます。ここで若い医師は自分を専門医であると名乗ることができます。

こちらが各科の専門研修です。そして、この専門研修プログラムの選択段階で、家庭医になることを選んだ場合には、家庭医療の専門研修というのを受けることになります。現在はこの期間は3〜3年半になっています。そして、今後2年以内にこの家庭医療専門研修というのは、3年から、4年ないし5年に延びると見られています。というのは、この家庭医療というものが大変複雑になってきているからです。これが英国での医師養成となっております。

まず、卒前教育を終わって、最終試験を受けてから2年間は皆さん同じ研修を受けます。そして、そこから専門研修を受けるのか、もしくは家庭医療の専門研修を受けるのかと選択してまいります。
専門研修プログラム
次に、この家庭医療の専門家になると決めた場合にどのような研修を受けるのかということです。

まず、家庭医療専門の研修プログラムを受けるためには、研修医として選抜される段階があります。自分が家庭医になりたいと思っても、それでなれるわけではありません。この家庭医というのは若い医師でなりたがる人が多いのです。いろいろな理由があるのですが、競争率が大変高くなっております。それで、募集研修医の数よりも応募者の数のほうが多くなっています。ですから、後ほどお話しするような選抜プロセスというのが出てまいります。そして、この家庭医の研修プログラムに入った医師は、3年間の研修の最初の6カ月間を家庭医療の分野で研修を受けます。そこで基本的な臨床や家庭医療の知識、そして技術、医師-患者関係、診療の方法であったり、いかに地域のサービスを使うのかということを最初の6カ月で学びます。

それから、6カ月間×4ということで、病院でのローテーションを4回行います。もう一度、合計2年間にわたって病院で勤務をするわけです。6カ月が1回で、それを4回病院で行います。

家庭医の専門研修プログラム
そこでは、さまざまな科の研修が入ります。例えば、救急であったり、高齢者ケア、産婦人科、小児科、精神科、内科、腫瘍科、そして緩和ケアといったところでローテーション研修を受けます。

どこの科をローテーションするかというのは、医師本人もしくは研修プログラムのオーガナイザーが決めます。その期間が終わりますと、家庭医療の後期訓練期間ということで、通常は12カ月ですが、18カ月という場合もあります。例えば、これまでの訓練の成果がよくない場合には18カ月となります。そして、この後期の訓練期間の12カ月というのが、若い医師が最も重要な研修を受ける期間です。この内容に関しては後ほどご説明したいと思いますが、その合計3年半が終わりますと、次の試験として、英国家庭医学会専門医(MRCGP)の認定試験があります。

この試験は、不合格になれば診療ができないというものです。家庭医として診療する免許がこれに合格することで与えられますので、若い医師にとって大変重要な試験となります。この認定試験に受かりますと、家庭医療の道に入っていけます。その方向というのはいくつかあります。

もし何かご質問がありましたら、このいろいろなパスに関しては後ほどご紹介いたしますが、家庭医としてさまざまなチャンスがあるということだけ、今の段階では申し上げたいと思います。

各診療科のローテーションと後期研修、学会の認定試験
この大変インテンシブ(集中的)な12カ月〜18カ月の家庭医療後期訓練期間ですが、これは「GPアタッチメント」と呼ばれ、若い医師が地域社会で家庭医療の指導医に師事するというものです。この研修を行っていくためには、この診療所は臨床的にも組織的にも、そして教育的にもスタンダード(基準)を満たさなければいけません。きちんとスタッフがそろっているということ、また、トレーナーと呼ばれる指導医は家庭医療の教育的なメソッド(方法論)を身につけていなければいけません。

家庭医療後期研修の内容
そういう意味で、このような指導医になるためには厳格なプロセスを経た選考を経なければいけません。大変厳格な指導医選考のプロセスがあります。

指導医となりたい医師たちは、現在たくさんいますけれど、高いスタンダードを満たさなければいけません。教育的にも技術がなければならず、さらにその能力を定期的に評価されることになります。

指導医の要件
このGPアタッチメントの期間ですが、家庭医療専門研修医は指導医と1対1の師弟関係を結ぶことになります。これは大変温かい師弟関係で、さまざまな困難を率直に話すことができ、かつ、その医師のニーズを的確に把握することができるような関係を結ぶことができます。それをあらわす表現といたしまして、私たちはApprenticeshipという言葉を使っています。師弟関係です。

そして、師事する関係、技術を学ぶための大変集中的な関係を結ぶことになります。若い医師はさまざまなことを行います。レジストラー(専門研修医)と呼ばれる若い医師たちは、自分の患者を持ちます。そして、少なくとも週に1回の正規教育セッションを持ちます。そして、トレーナーとともにさまざまな臨床的な面などにつきまして定期的な個別指導を受けます。12〜18カ月の間、研修医は診療所になくてはならないフルメンバーとして存在するわけです。

師弟関係による家庭医専門研修
さまざまな教育方法がこの期間とられていくことになります。まず、経験のある医師の業務に同席したりですとか、見て学ぶということを行います。また、自分自身で患者を診療します。その際に、その指導医はそこにいないという状況をつくります。もちろん必要なときに連絡したりバックアップできる距離にはいるようにします。指導医とその診療の後に話すことができるような環境はつくられています。

このコンサルテーション(診察)の時間は、英国では大体10分ですが、研修医の場合にはもう少しゆっくりしたペースで、15〜20分ほど使っていきます。さらに、指導医との定期的な個別指導も受けることになります。そして、家庭医療のカリキュラムがきちんとカバーできるようなテーマを設定した指導となっています。甲状腺の疾患ですとか、てんかんの発作についてですとか、肩の関節の診療の仕方ですとか、そういうテーマを設定していきます。また、遭遇した事例などに基づいた症例などの検討も行っていきます。

また、診療を定期的にビデオ録画していくということも行います。そうすることによって、後々に臨床的なプロセスの分析を行ったり、コミュニケーションスキルを見たりといったことができるからです。ビデオ録画という手法がよく行われるようになっています。さらに、参考文献を読んだり、e-ラーニングなども行っています。

家庭医の教育方法
また、毎週1日または半日、研修医はほかの家庭医療研修医と会って、診療外教育活動に参加することになります。これは診療外の集中的な教育活動で、大変貴重な時間です。先ほども申し上げましたが、家庭医というのはさまざまな予期しない複雑な状況に遭遇しますので、若い医師が狭い考え方から広い考え方に移行することができるような教育を行っていく必要があります。

診療外教育活動
私どもの学会では、家庭医療研修のカリキュラムを発表しています。これは400ページほどのカリキュラムです。その核心にありますのはコアステートメントです。家庭医であることについての意味、これが中心となる声明文となっております。さまざまな社会的な側面、心理学的な側面からみていくといったことが中核に置かれています。
家庭医療研修のカリキュラム、家庭医であることの意味
そして、そこを中心にいたしまして、1つ目に、家庭医療の診療を行っていくという項目があります。この診療の意味ですが、患者と過ごす10分間にどのようなコミュニケーションが行われるかということです。イギリスにおきましてはこのプロセスに重点を置いておりまして、どのように診療を組み立てるか、そしてどのような結果を出さなければいけないのかということをしっかりと定めています。こちらに関しましてはかなり重点を置いております。

家庭医療の診療
また、家庭医となる若い医師には医療関係以外の知識も必要です。例えば倫理ですとか患者の安全、そういったことも身につけていかなければいけません。

また、英国における家庭医というのは、小さなビジネスのような側面もありますので、ファイナンスですとか管理や意思決定、情報技術(IT)、そういったものにつきましても学んでいかなければいけません。ビジネスに関連する事項をこのように学んでいくわけです。病院においては事務担当者がやっていきますが、家庭医の場合にはそれを自分でやらなければいけないわけです。

さらに、先ほども言いましたけれど、家庭医療というのは疾病の予防をしたり健康を増進するためのイニシアチブをとっていくには最適の地でもあります。また、各専門分野のケアも行うことができる必要があります。ということで、このような項目が右側に示されております。

皆さんにこのようなものをお示ししたのは、臨床的な医療を知るというだけでは家庭医はできないということを示したかったからです。患者と医師との人間関係ですとか、または倫理的な職業上の責任、ビジネス上の責任、そういうものがあります。それが追加的に加わってきます。

ウェブサイトのURLを載せておきました。ご興味がありましたら、ぜひアクセスしていただきたいと思います。このような情報があるということを頭に置いておいていただければと思います。今はこちらについては詳しくは語りません。

家庭医のカリキュラムの詳細
しかし、このような教育がどのように評価をされていくのかということについては少し触れておきたいと思います。英国家庭医学会において認定試験を行っているわけですが、その中ではどのようなことを行ったのかのフィードバックが必要であると感じます。

研修期間内におきましてどのような評価が研修医に与えられるかということですが、まず、堅苦しくないインフォーマル(非公式)なフィードバックが指導医から行われます。他のスタッフも参加して現場での活動について360度にわたって評価します。

そして、評価に当たりましては、ビデオ録画も活用しています。大変広範囲にビデオ録画を行っております。教育的な手法といたしまして、さらに評価を行うに当たってもビデオ録画を行っています。若い医師たちが患者とどのように接しているのか、そしてその患者との接し方を指導医とどのような形で見ていたのかということを、ビデオを通じて見ることができます。そして、「ここを直したほうがいい」といった指摘を指導医から受けます。

最近になりまして、英国家庭医学会におきましては、研修医によるオンラインの研修記録の集積(e-ポートフォリオ)を行うということが認められることになりました。どのような学習をしたのか、どのような資料にアクセスしたのか、そしてどのような評価をし、自己評価および指導医の評価はどのようなものになっているのか、そういうことをオンラインで集積いたしまして、その評価に用いていくということになります。実際にそれをどのように行っているのかということは、今は触れる時間はありません。

研修医の評価の仕組み
総括的な評価といたしましては、MRCGP(英国家庭医学会認定家庭医療専門医試験)──家庭医として活動することができることを認定する免許試験があります。このスライドにおきましては、MRCGPについて説明されております。どのようなクオリティーコントロール(質の管理)を行っているのか、そして信頼性を確保するためにどのようなことが行われているのか。それには3つの要素があります。

家庭医療専門医認定試験の3つの要素
1つ目、左側ですけれど、まず知識のテストがあります。臨床応用テストです。これは多肢選択問題です。コンピューターで受ける試験でありまして、3時間で200問解きます。英国には150の試験センターがあります。その150のセンターにおきまして年3回受験をすることが可能ですので、もし落ちた場合でも何カ月かに1回受けることができます。また、問題の割合ですけれど、80%は臨床医学について、10%は批判的な吟味ですとかエビデンス(根拠)に基づいた診療(EBM)についてです。さらに10%は健康情報科学と管理・運営となります。これが知識に関連するテストです。

知識の試験
そして、この試験の2つ目の要素は臨床技能評価です。これは模擬診療形式の試験です。おそらくどのようなものかは皆さんご存じかと思います。医師が試験会場に来て、自分の行っているような診療を12の場面でロールプレイの役者たちに対して行っていくことになります。模擬診療を行っていくわけです。

こうすることによりまして、よくみられる状態をどのように取り扱っているか、問題解決と意思決定をどのように行っているか、さらに医師のコミュニケーション能力ですとか診療技術を見たり、倫理、尊敬などの職業的な態度を見ていくことになります。この際には、プロのロールプレイ患者(役者)を使います。このような形で臨床の技能を評価していきます。

臨床技能評価
3つ目の要素ですけれど、これはフォーマルな試験ではないのですが、累積された職場における評価です。これは職場基盤評価と呼ばれています。これはどのようなものかといいますと、医師が知っていなければいけないこと、そしてやることができなければいけないことなどに関する評価です。指導医または教育的なスーパーバイザーが行い、それをeポートフォリオに累積して記録していきます。1回の試験というよりは、職場において医師がどのような評価をされていたのかということを見るものです。コミュニケーションスキルですとか理論的な知識、そういったものをあわせて見ていくことになります。

次のセクションも先にやってしまうことによって、最後のディスカッションのために時間を残しておきたいと思います。

職場基盤評価
○葛西 それでは、次のセクションも続けて最後までお話しいただいて、それから質問を受けたいと思います。

 
○ネイバー
卒後教育に責任を持つディーナリー
ディーナリーの役割と権限
指導医の選考過程
家庭医の研修医募集の仕組み
世界的な家庭医に関する取り組み
こちらのスライドを見ていくことによりまして、事務的にだれが責任を持つのかということを見ていただけるかと思います。

英国におきましては、卒後教育は、医師・歯科医師はすべてディーナリーが統括していくことになります。このディーナリーですが、地区ごとに分かれておりまして、その地区というのは日本における県と同じくらいの大きさです。そして、ディーナリーは医師や歯科医師の卒後教育と生涯教育にすべて責任を持って資金を供給しています。これは卒後医学教育研修委員会(PMETB)の一部です。そして、英国議会によって指名された人が委員になるわけですが、多くは医学関係者です。
卒後教育に責任を持つディーナリー
さらに、家庭医のトレーニングだけではなく、病院におけるトレーニングについても責任を持ってスーパーバイズしていくことになります。

そして、もし許容できる臨床的または教育的な基準を満たしていないということであれば、そのような教育をやめさせる権限もあります。
ディーナリーの役割と権限
また、指導医やコース責任者、教育監督者を募集、選考、訓練、監視する役割を持っています。指導医になるということは英国におきまして大変大きなステータスを持つことになりますが、ディーナリーはそういった指導医を選ぶに当たりまして厳格なプロセスを経て、よい医師を採用し、自分たちが指導担当している医師とうまい関係を築くことができる指導医を採用する努力をしています。

指導医の選考過程
そして、最後に、質問に入る前に皆さんにお伝えしておきたいことがあります。それは、どのように家庭医をめざす研修医を募集しているかという点です。

家庭医というのは現在大変ポピュラーになっております。それは若い医師たちにさまざまな臨床の機会を提供するからです。そして、自分でコントロールすることができる環境を与えてくれるものであるからです。また、英国におきましては家庭医の給与はかなり高くなっております。英国の家庭医の多くは英国におけるコンサルタント(専門医)よりも少し高い給与を得ております。そのようなことから家庭医がよりポピュラーになっているわけです。

家庭医になりたいと思い、募集に応じたいというときには審査を経なければなりません。厳格な審査です。その第1段階といたしまして、資格審査を受けます。資格のある医師であるかどうか、または外国の資格を持っているかどうか。

次に、総合的な審査が行われ、選抜が行われます。例えばエッセーを書いたりですとか、そういう試験が行われます。問題解決能力ですとか職業的ジレンマについての筆記試験が行われます。

このアセスメント(評価)が1日をかけて行われます。これをうまくクリアすることができれば、2日目に面接やロールプレイ、そして患者とのシミュレーションの試験が行われます。大変難しい試験です。

このような審査過程を経ることによりまして、一定の高いレベルを保つことができるわけです。すなわち、家庭医はもはや昇進のはしごから落ちてしまった医師ではないということです。そういう状況になっているのは私にとってうれしいことです。葛西先生とは4年間さまざまなイニシアチブ(セミナー、ワークショップなどの教育的イベント)を一緒に行ってきましたが、日本においても家庭医に関するイニシアチブが多々行われてきたと聞いております。そして、その一部になれたことを大変うれしく思っております。

家庭医の研修医募集の仕組み
世界各国におきましても、このような慣行を打ち立てようという試みが行われております。日本でも家庭医に関連する試みが行われていること、それがうまくいきつつあるということについて、おめでとうございますと申し上げたいと思います。

もしジェネラリストの医師として考えることができるのであれば、スペシャリストとしてもよい医師になれます。そして、さらにプライマリケアに携わることができれば、最高の医師になれるでしょう。

では、ここで質疑応答に移りたいと思います。土屋先生、そしてそのほか先生方、もし私が助けられることがあれば、今であっても、または将来であっても、何か質問がありましたら喜んでお答えしていきたいと思いますし、また、私の紹介できる人がいれば紹介していきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。

ご清聴ありがとうございました。(拍手)

世界的な家庭医に関する取り組み
○葛西 どうもありがとうございました。もう時間が来てしまいましたけれど、残りの質問やコメント、あるいは確認を少しお受けしたいと思います。いかがでしょうか。

 
○川越
専門医から家庭医への移行
家庭医人気の背景
たくさんのことをお伺いしたいのですけれど、2つお願いします。

1つ目は、スペシャリストを選んで、その後、GPになりたいという方は多いのでしょうか。そして、その場合は、さっきの図ではどこから入っていくのか教えてください。

専門医から家庭医への移行
2つ目は、今、家庭医は非常に人気があるということをお伺いしたのですが、イギリスではなぜそういう形で家庭医になりたいという方が増えてきたのか、思い当たるような理由があったら教えてください。

家庭医人気の背景
○ネイバー
専門研修から家庭医療研修への移行
家庭医人気の背景
川越先生、ありがとうございます。1つ目の質問ですが、だれかがこちらのほうにいたけれど、こちらのほうに行くのはどうしたらいいかということだと思うのですが、まず、各科の専門研修の経験のうち、いくつかが家庭医療の研修と同等に扱われるところもあります。例えば、だれかが外科医になろうということで研修をして、18カ月やって、その後、やはり家庭医になりたいと思った場合には、外科医の訓練の12カ月分はこちらに充当できます。そういう形で相互に移動させることが可能です。

家庭医で最高の若い医師というのは、まず病院ですばらしい専門医の経験を持って、その後、その専門性を持ってその地域の中で家庭医になるということは大変価値があると思います。けれど、これは一般的ではありません。といいますのは、2年目の基礎研修でかなりの時間を使いますので、その段階ではある程度臨床の経験と専門性を持っているわけです。それから、4カ月の家庭医の経験もこの中には入っているわけですから、この段階ではおそらく選択に関しては満足しているでしょうけれど、例えば後で進路転換をしたい場合には、ある一定の期間を充てることはできます。

専門研修から家庭医療研修への移行
それから、なぜ家庭医が人気が出たかというご質問ですが、家庭医の臨床上の評判というものが高まってきたということだと思います。これは最近、家庭医の給与面の変更があったということと、そしてよい収入を得ようと思えば臨床的に質の高いケアを提供する必要があるわけです。例えば、糖尿病の患者さんはHbA1c(ヘモグロビンA1c)のしっかりとした管理をする、心疾患の患者さんはその脂質をしっかりとモニタリングするということが重要です。ですから、家庭医療において高い臨床スタンダードを達成できるようになってきたということが1つの理由です。

もう1つの理由としては、病院における若い医師の環境というのは以前ほどよいわけではありません。病院に勤務する若い医師にとっては、かなりプレッシャーが高まってきています。日本はどうかわかりませんが、ヨーロッパにおいては、ヨーロッパの労働時間指令というのがあります。医師の1週間当たりの勤務時間は52時間です。私が若いときはもっと長時間、52時間以上働いていました。土屋先生も、若いころにはおそらくもっと長く働いていらっしゃったのではないでしょうか。

これはどういうことかといいますと、昔は若手の医師がやっていたことを、シニアの先生が最近はやるようになってきたということで、若い先生が専門医になってもあまり楽しくないという状況が出てきたというのも2つ目の理由です。

家庭医人気の背景
○土屋
ディーナリーの組織
ディーナリーのことについてお聞きしたいのですけれど、卒後医学教育研修委員会のもとでやるということですが、資金的なものがどの程度の予算規模で、教育研修委員会のメンバーの数、あるいはその下の事務局の規模、その辺を教えていただきたいと思います。そして、各ディーナリーもどの程度の予算規模で、どのくらいの陣容でやっているのか、教えていただきたいと思います。

ディーナリーの組織
○ネイバー
ディーナリーの担う予算と事業
ディーナリーの構成
すぐにそれについてお答えすることができない状況にあります。頭の中にすぐ予算が思い浮かぶわけではないので。でも、詳しい数字については後ほどお送りすることができます。

ディーナリーに関しましては、まず医師そして研修医の給与すべてが予算として割り当てられることになります。そして、指導医は手当がありますので、その分も予算に組み込まれることになります。また、教育的なイニシアチブ、すなわちセミナーですとか教材ですとか教育的なイベント用の予算も組み込まれます。その予算の正確な数字は今すぐには出てきませんが、ディーナリーの予算はそれぞれの地域の大きさや研修医の数によっても割り当てられることになります。また、ロンドンに関しましては、北と南で1つずつディーナリーがあり、スコットランドは1つのディーナリーということになります。そして、それぞれのディーナリーは人口にして300万〜400万人をカバーしています。

ディーナリーの担う予算と事業
メンバーについては、PMETB(Postgraduate Medical Education and Training Board)という組織ですが、これは保健省から任命された人が座長でありまして、医師ではありません。これは医師が力を持ち過ぎてしまうことがあるので、それを抑制していくためにも、医師ではない人がPMETBに入るということが大変重要なわけです。そして、医師に加えまして、一般人も入れております。そして、彼らがマネジメントや教育者としてかかわっています。この情報に関しましてはPMETBからも送りたいと思います。

ディーナリーの構成
○山田
病気になったときの受診の具体的な流れ
どうもありがとうございました。GPのすばらしい教育も含めた包括的なシステムを確立して、しかも、それがグローバルなヘルスケアシステムから、イギリスにおいて患者さんの満足度も非常に高く機能しているということに大きな敬意を表したいと思います。

私の質問は、患者さんの側からの視点です。1人の患者さんが、例えば自分で自覚症状を持ったときに、契約したGPの先生に連絡して、どのくらいで受診ができて、その後、どういう具合になって、例えばがんの疑いがあった場合に、がんの確定診断がついて、実際に病院で手術ができるまで、そういう流れについて少し具体的に説明していただきたいと思います。

病気になったときの受診の具体的な流れ
○ネイバー
家庭医へのアクセス時間
時間管理の問題
病院サービスの遅れの原因
ありがとうございます。まず、家庭医へのアクセス時間ですけれど、どのくらい時間がかかるかということですが、実は家庭医の収入に大きく貢献をしているものです。現在、緊急に家庭医に受診したいという患者さんは2日以内に受診できなければいけないという要件が規定されております。ほとんどの場合、1日以内に家庭医に診てもらうことができます。患者によっては、ある特定の家庭医に診てほしいという場合、例えば私が今診療していれば、私は日本に2週間来ているわけですから、明日受診したいと言っても私に受診することはできません。それで、私のパートナーに、今日か明日診てもらうことはできますが、私に診てほしいということであれば、待ってもらわなければいけないということになります。

家庭医へのアクセス時間
ということで、英国の制度の弱点の1つを突かれたのではないかと思います。この時間管理というのが弱点の1つです。もちろん喜んでお話をしたいと思いますが、英国の制度というのは、救急に関しては優れていますけれど、慢性機能のケアに関しては時間という観点ではそれほど優れていません。なぜそうなっているかというと、これは逆説的な話になりますが、現在、我々は病院サービスの投資が過小になっています。日本は逆だと思うのですが、例えば、だれかが吐血してしまったという症状があった場合に、その日に、もしくは遅くともその翌日には家庭医に診てもらうことができます。

例えば、家庭医がこれは何か疑わしいと思った場合には、2週間以内にその患者の病院での治療を始めなければいけないということになっています。これは政府が目標として置いているもので、そうしなければならないとしています。例えば、重篤な病気を家庭医が2日以内に診て、それからすぐに病院に紹介をして、2週間以内に病院で治療を受けるということになります。その英国の状況というのは、ヨーロッパ諸国と比較しますと速い場合もありますし、遅い場合もあります。

時間管理の問題
例えばフランスでは、5日以内に専門医に診せるということ、そして手術に関しては2週間以内に受けられます。フランスは、医療に予算の12.3%を使っています。病院のサービスをクローズダウンしているところもありますが、現在、英国では、病院に対する予算が大変少ないという状況があります。病院サービスのアクセスが遅れるというのは、実は看護師の数の問題があります。病院の病床をケアする看護師の数が足りないということが病院での治療の遅れの原因になっています。

病院サービスの遅れの原因
○阪井
家庭医における専門分野の位置づけ
家庭医の多くの方が、自分の興味がある分野、あるいは得意な、自分が関心のある分野があるとおっしゃっていました。つまり、皮膚科とかリウマチ学とかエンドスコピー(内視鏡)とかとおっしゃっておられまたしが、例えば内視鏡と、内視鏡専門医に比べたら、内視鏡の一番最近のところを自分の技術も知識も維持していくのは難しいのだろうと思います。そのあたりを内視鏡に興味のあるGPの方というのはどのように考えておられるのでしょうか。

例えば、それを私はやろうというのでスペシャリストになろうとされるのか、内視鏡学会なんていうものがもしあれば、そこの会員になって勉強しようというのか。あるいはそうではなくて、家庭医として内視鏡ができる家庭医として生きていけばそれでいいというふうに考えるのか。そのあたりが日本の現状を見た場合になかなか想像しにくいところなのですが、教えていただければと思います。

家庭医における専門分野の位置づけ
○ネイバー
専門知識を持つ家庭医としての認識の変化
大変重要な質問であると思います。過去5〜6年だと思いますが、契約に変化が生じてきました。保健所との契約におきまして、家庭医が専門知識を持つ家庭医として契約を結ぶことができるようになってきました。今おっしゃったことは大変重要なことなんです。家庭医に診療を受ける患者さんが二級の手当を受けるのではなくて、最善の治療を受けることができるようにするということは大変重要なことです。英国におきましては31の専門学会がありますが、内視鏡または皮膚科医に関しましても、家庭医学会と協力をしております。

そして、例えば、私が内視鏡の専門医になりたいと考えた場合、外科学会と連絡をとりまして、内視鏡の専門家としてトレーニングを受けられるような指導医を指定してもらうわけです。そして、そういうトレーニングを受けまして、一定のレベルに合うようにします。

ですから、病院でのグレードはよくわかりませんが、私は、内視鏡専門医というよりは、病院に勤務する登録の内視鏡医ということで診療することになります。33のトレーニングステートメントと呼ばれるものがありまして、カリキュラムが規定されており、品質管理に関するアドバイスがあります。そして、さまざまな専門分野もありますし、私の学会とほかの専門学会との協力関係でやっています。

専門知識を持つ家庭医としての認識の変化
○葛西
指導医の研修、家庭医の生涯教育、再認定の仕組み
司会者の特権として1つだけ質問させていただきますけれど、イギリスで家庭医の質を高める、あるいは家庭医療の質を高めるために非常な努力をしているということを伺いましたが、家庭医を教える指導医がどのように指導医としてのトレーニングを受けて、その資格があるのかないのか。それから、家庭医であり続けるための生涯教育がどのようにされていて、認定が何年かごとに更新されることになっているのかどうか。そして、今、認定が家庭医として働く免許の試験になっていますので、免許更新制になっていくのかどうか。その辺を最後にお聞かせください。

指導医の研修、家庭医の生涯教育、再認定の仕組み
○ネイバー
指導医研修の仕組み
医師の再認証制度
済みません、質問されているとは思いませんでした(笑)。議長として何かお話をされていると思っておりましたので。

指導医をどのように教育しているのかということと、指導医養成コースがあるのかということですね。私は、指導医というのは大変人気があるというお話をしましたけれど、5〜10年ぐらい診療していると、もう指導医はできるんじゃないかと思ってきます。そして、魅力があるので教えたいと思ってくるんです。その指導医を指導するコースというのはあります。

それには選抜というのがありますが、臨床上の基準をまず満たさなければいけません。そして、施設が十分整っているかとか、カリキュラムのことをしっかり理解しているか、試験に関しても理解しているか、教育法に関しても十分に知識があって、効果的な指導医になれるかということを、私たちの診療所に2〜3人の経験ある指導医が訪問して見るということがあります。

また、指導医のコースもあります。いろいろとありますが、1つの方法は、例えば1週間のレジデンシャル(合宿式の)研修プログラムというものもありますし、もしくは、モジュールごとに、例えば月に1日受けて6カ月やるというようなコースもあります。そして、それでうまくいったら、条件承認ということで、18カ月、指導医となることができます。その期間、1人、研修医を受けることができます。そして、その後、うまくいったら3年間指導医になれます。そして、3年ごとに品質管理をするためにディーナリーからの訪問があります。

それは簡単にずっと続けられるものではないのですが、なぜ皆さん指導医になりたくなるのか。業務も増えますし、お金をたくさんもらえるというわけではないのです。私が知っている指導医、そして英国で葛西先生がお会いになった指導医も、皆さん指導医になりたくてなっているんです。

というのは、仕事に関してすごく熱意があって、本当に楽しみでもあるし、名誉なことであります。自分の仕事を楽しんで、そして自分の経験を若い人たちに伝えることができるという楽しみがあります。ほとんどの指導医というのは、通常、診療を5年、8年、10年ぐらいやったら自分も指導医になりたいなと思ってなろうとします。通常、少なくとも5年は診療しないと指導医の候補にはなれません。そして、選抜プロセス、研修プロセス、そしてクオリティーコントロールのプロセスが定期的に行われます。

指導医研修の仕組み
葛西先生からもお話がありました再評価のシステムですが、日本にそういう再評価システムがあるかどうかわかりませんけれど、英国で初めて、アメリカで長年使われていた制度を導入しました。それはすべての医師が再認証を5年ごとに取らなければいけないということになっています。これは家庭医だけではなくて、すべての医師が5年ごとに再認証をしなければいけない。

これは学会も含めて常に最先端の状況を認識しているか、卒後の研修も参加しているのかということでその制度が導入されたのですが、実は実施に当たっては、医師の中には、長年経験を積んでいる医師なのにまた評価をされるということに関して不満を持っている医師もおりますけれど、最近、英国においては、それほど専門的なレベルが高い先生ばかりではないという状況も見られておりますので、再評価システムというものが昨年の8月に導入されました。

医師の再認証制度
○葛西 座長のセッションをこれで終了して、土屋先生のほうにお返しいたします。ありがとうございました。

 
○土屋
謝辞
医療制度、卒後教育制度での議論
閉会挨拶
葛西先生、どうもありがとうございました。

それでは、班長の権限でそろそろ閉じたいと思いますが、ここで私から感謝の気持ちを申し述べたいと思います。

今日は、英国の家庭医というテーマで、それを窓口に、英国の医療制度全体も見えるような大変すばらしいプレゼンテーションをしていただいたと思います。英国の医療制度についていろいろな情報が飛び交っておりましたが、おかげさまでかなり正確に理解ができたのではないかと私は思っております。特によい点について深い理解が得られたと思っております。

謝辞
これが日本のこれからの医療制度の変革、そして特に卒後教育制度の確立に大変参考になると思います。ただ、そうはいっても、英国と日本とでは社会的な背景も違いますし、特に地政学的にはかなり異なるだろうと。日本は関東平野と北海道の大部分はかなりフラット(平たん)ですけれど、それ以外は山国あるいは島国ですので、イギリスの島国とはちょっと事情が違って、かなり人の住んでいる島も多いということもありますし、岩手県や長野県のように谷合いに小さな村落がいっぱい存在するという状況は、先ほどのネイバー先生のお話とは大分異なる点だと思いますので、これを参考にしながら、我が国独特のものを自分たちで考えていかなければいけないのではないかと、私は今日そういう印象を強く受けました。

医療制度、卒後教育制度での議論
これからもネイバー先生は私どものご援助をしてくださるということで、最後に、メールアドレスを言ってくださいましたので、おそらくこれに私どもはしがみついて、ここからたくさんの情報を得たいと思いますので、これに懲りずに今後とも長くおつき合いをお願いして、今日のこの講演会を終わりたいと思います。
班員の皆さん、そして傍聴された皆さん、特に報道陣の皆さんも時間を延長してまでおつき合いいただいて、本当にありがとうございました。

今後は、班員同士の今までの情報の範囲でどう考えていくかというのは、お互いのディスカッションの機会をつくりたいと思います。これについてはまた事務局のほうからご連絡いたしますので、よろしくご協力をお願いいたします。

それでは、最後に、もう一度皆さんでお礼の拍手をして、感謝の気持ちをお伝えしたいと思います。どうもありがとうございました。(拍手)

それでは、これで終わります。

閉会挨拶


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