Japanese Journal of Cardiovascular Surgery Vol50,No.3

Handing Down the Surgical Skills
Goro Matsumiya

2017年から2019年発行の本学会誌には,U-40企画「今更聞けない心臓血管外科手術手技」として,それぞれの施設での基本的心臓血管手術手技に関するアンケート調査が掲載されていた.開胸,閉胸,人工心肺の糸掛け,カニューラの選択,テーピングなどの基本的手技でさえも,細かい点まで含めるとさまざまな方法があって興味深かった.手技の標準化という点では好ましくないという指摘もあるかもしれないし,また好き嫌いを押し付けているだけという解釈もあるだろう.よく理由はわからないが,仕方なしにその方法に従っているという若手の先生も多いかもしれない.しかし,少なくとも各施設内ではやり方を統一しておいたほうが,チームとしての効率,医療安全といった視点からは好ましいと思われる.また,「学ぶ」という言葉は,「まねぶ(学ぶ)」,さらに戻すと,「真似る」と同じ語源だそうである.すなわち,何かを習得するのは,模範となるべきものを見つけだし,これを正確に模倣することから始まるといえる.
 私自身,日本,海外を含めてさまざまなmentorの手術に立ち会い,人工心肺への送脱血管の糸掛け,カニューラの選択,逆行性冠灌流カテーテルや左室ベントの挿入方法など,それぞれの術者のこだわりがあるさまざまな方法を経験した.それぞれ,その手技を選択するようになった理由や歴史を語ってくれた先生も多く,それは今でもよく覚えていてそれぞれのやり方にはそれぞれの理由があることも学んだ.特にその根拠になっているのは,いわゆる痛い目に遭った経験ということが多く,それを未然に防ぐという意味でたいへん貴重なお話をきかせてもらったと今でも感謝していることが多い.
 そのmentorの手術で人工心肺にのせたり,さらに主要な手術手技をやらせてもらったりするときは,その先生のやるとおりに真似て進行することが肝要であることも経験した.当時の私は経験が浅かったので,とにかくmentorの一挙手一投足をよく観察して覚えてそのままやるようにしたが,他の施設で少し経験してから移ってきた同僚がそうしなかったために,mentorの機嫌が悪くなったり,次からやらせてもらえなくなったりすることをよくみてきた.若手の先生からすると,そんな手技は必要ないのではとか,自分の習ってきた方法のほうが簡単とか思っているかもしれないが,それぞれの術者にはその方法をとるようになった歴史があり,自分の目の前で特に自分のこだわっているポイントでそれ以外の方法がとられることは許容しがたいという気持ちは術者をやるようになってからよく理解できるようになった.
 そういった経験から,私も自分のこだわっている手技の背景にはこれはこういう理由があってこうしているというのはなるべく説明するようにしている.しかし,すべての手技に根拠があるわけではなく,率直に言って必ずしもどの方法が正しいとは言えないこともある.私はそういった部分については,茶道や華道の流派と一緒なので,まずは手順を丸ごと覚えるようにと指導しているが,速やかにそれを取り入れて完璧にこなす人もいれば,いつまでも覚えようとせず,自分のやり方に固執する人もいる.
 まずは,先人から学ぶ,歴史から学ぶ.という姿勢が大切で,その上に自らの独創が生み出される.「模倣なくして,創造なし」である.私は,「さまざまな経験をして,それぞれの施設でのやり方を学び,最終的に自分で責任をもって手術をするようになったときには,自分が最も良いと信じる方法でやればよい.それは今の私がやっている方法と違ってももちろん構わない.」とよく医局員に話している.
 自分自身の方法も時代とともに変わってきており,特に年々,安全性という点により大きな比重をおいて方法をmodifyしてきた.特にこだわりのない部分はスピードや経済性を優先することが多いが,少し間違えると大きな合併症につながったり,再手術になる可能性があるといった手技では,時間をかけても細部にこだわって実施するように指導している.その根拠となったのはやはり自分で経験したさまざまな合併症であったり,学会やその後の飲み会で会ったいろいろな先生から聞いた「この前,こんな恐ろしい目に遭った」といった話である.対面式の学会が開催できないここ数年はそういった話ができないことは本当に残念である.
 わが国の物づくりの現場では,昔ながらの徒弟制度みたいなものが若い人にとって魅力的に映らないことで後継者不足が深刻という話があるが,いまの師匠となる人たちが従来の徒弟制度のなかで学んできた,「見て覚える」「盗んで覚える」ということ以外に,教え方がわからないということも大きいという.われわれの手術手技の伝承はまさに日本の物づくりと技能の形成過程に似たものである.しかし,昔ながらの徒弟制度では許容されたかもしれない,職人は教え下手であっても仕方がないということではなく,特に手技の背景やその理を教えることが最も肝要であろう.若手の立場から「今更聞けない手術手技」であってはならず,繰り返しその方法をとるようになった理由や経験を話すことが,よい外科医の育成につながるということを肝に銘じたい.

PAGE TOP ▲