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HPAとDOHaD

視床下部−下垂体−副腎系(HPA axis)とDOHaD

                                      (室月 淳 2013年)

総説として2013年に書かれたものです.前掲論文とほぼおなじ内容ですが,胎児ストレスによるHPA axisへの影響を中心テーマとして書かれたものです.

 抄 録

DOHaD仮説は子宮内プログラミングから説明が可能であるが,その鍵となるのはコルチゾールである.長期低酸素ストレスによる胎児下垂体-副腎系機能の賦活化による慢性的なコルチゾール増加,さらには腎における11β-HSD2活性の低下によるコルチゾールのミネラルコルチコイド作用の増強が上げられる.またコルチゾールによる心血管の器質的および組織学的変化,さらには動脈圧受容体反射における閾値圧の変化などが考えられる.

 1. はじめに

従来より高血圧などの生活習慣病の発症には遺伝的素因が重視されてきたが,近年,その起源を胎児期の低酸素,低栄養状態に求めるいわゆるDOHaD(Developmental Origins of Health and Disease)仮説が注目をあつめている.DOHaD仮説はもともと疫学的データにより導きだされ,その後動物モデルを用いた研究により病態生理学的な発症メカニズムについての解明が進んできた.一般に,胎内での発育分化における重要な時期に低酸素や栄養障害に曝された胎児は,環境に適応するために臓器や組織の構造や機能に何らかの変化を起こすと考えられている.子宮内環境の悪化に対する適応反応は胎児期の生存には有利に働くが,臓器や組織に起こった変化は永続的に続くため,出生後にさまざまな影響を及ぼす.成人後の高血圧,糖尿病,心疾患の発症リスクの増大もおそらくこういったことが関係するだろうと予想される.この考え方は「子宮内プログラミングintrauterine programming」と呼ばれている.

本稿では,胎児の視床下部−下垂体−副腎系(hypothalamus-pituitary-adrenal axis; HPA axis)系に着目し,胎児期における過剰なコルチゾールの分泌ないしは曝露が成人後のさまざまな疾患の発症リスクを高める,すなわちコルチゾールが子宮内プログラミングの鍵となるという仮説を中心に説明する.

 2. 胎児HPA系の発達

副腎皮質から分泌されるステロイドホルモンであるコルチゾールには胎児の組織の分化成熟を促進する働きがある.母体へのステロイド投与により胎児の肺成熟が進むことはよく知られた事実である.コルチゾールはまた胎内での多数の遺伝子発現の調節因子でもあり,たとえば妊娠ヒツジにコルチゾールを投与すると,胎仔の発育が抑制され,生理機能と代謝が影響を受けて永続的な高血圧となることが報告されている(1).また慢性的なコルチゾールの過剰分泌を示すクッシング症候群では,しばしば高血圧,耐糖能異常,動脈硬化,血管病変などの症状を認める.これらの事実から,胎児期における過剰なコルチゾールの分泌ないしは曝露が,成人後のさまざまな疾患の発症リスクを高めるのではないかと予想される.

胎児の内分泌系の生理的発達は妊娠ヒツジでくわしく研究されている.ヒツジ胎仔の生理的な状態では胎齢125日(満期148日)以降にHPA系が活性化され,それにともなって胎仔血中コルチゾール濃度の急激な上昇が起こり,臓器の成熟と分娩発来の双方をきたすと考えられている(2).胎児発育の過程で適切な時期に適切な遺伝子発現を促すためのコルチゾール分泌の調節メカニズムにはふたとおり存在する.ひとつは胎仔副腎でのコルチゾール産生が,ヒツジでは胎齢125-130日以降の妊娠末期に限られていること,もうひとつはコルチゾールは胎盤はほとんど通過することできない,すなわち母体のコルチゾール分泌の影響を受けないということである.

胎児期のコルチゾールの調節に重要な働きをもつのが11β-hydroxysteroid dehydrogenase type2(11β-HSD2)である.11β-HSD2はコルチゾールを代謝して不活化しコルチゾールに変える酵素で,主に胎盤と腎尿細管に多く分布している.胎盤ではコルチゾールを代謝して不活化し,母体の高コルチゾール環境から胎児を守る働きがある.腎尿細管ではコルチゾールがミネラルコルチコイドレセプターと結合して活性化するのを防いでいる.血中のコルチゾールレベルはアルドステロンの1000倍にもなるといわれ,11β-HSD2による不活化作用がないとミネラルコルチコイドレセプターと強く結合し,血圧上昇を引き起こすことになる.

 3. 長期低酸素ストレスによる胎児HPA系の反応

コルチゾールはストレスホルモンのひとつであることは周知のとおりである.もし胎児が子宮内で長期低酸素のストレスにさらされ,過剰なコルチゾールが胎児の循環系と代謝系を永続的に変化させるとすると,それが出生後のさまざまな疾患の発症リスクを高める可能性がある.胎児がコルチゾールの過剰分泌ないしは過剰曝露の状態となるためには,長期低酸素により胎仔のHPA系が活性化され高コルチゾール状態を示すようになるか,あるいは長期低酸素により胎盤の11β-HSD2の発現が低下し,母体由来のコルチゾールが胎仔に移行する可能性が予想される.

妊娠ヒツジを用いて長期低酸素による胎仔のHPA系の反応を調べた研究がいくつかある.ヒツジ胎仔の胎盤をマイクロスフェアによって塞栓し,21日間の胎仔長期低酸素ストレスを与えた実験(3)では,胎仔血中ACTHは低酸素開始直後に上昇し,その後一度コントロールレベルに戻るが,10日目以後は持続的に高値を示した(図1).コルチゾールはずっと低い値を維持し,胎齢128日になって初めてストレスに反応して増加を示した.胎齢128日は通常でも胎仔副腎が低酸素ストレスに反応してコルチゾールを分泌するようになる時期であり,この場合長期低酸素によってもHPA系の早期成熟はおこらないことが推定された.

  • 図1.21日間胎盤塞栓による長期低酸素におけるヒツジ胎仔血中ACTHおよびコルチゾール濃度(mean±SEM).血中ACTHは4日目で有意に上昇し,その後コントロールレベルまで一度戻るが,10日目以降は再度高値となった.血中コルチゾールは18日目までコントロールと同じ低いレベルにあったが,20日目に急激に上昇を示した.*p<0.05 vs. control

Pro-opiomelanocortin(POMC)は下垂体前葉で産生され,プロセッシングを受けてACTHとなる大分子の前駆体である.ヒツジ胎仔下垂体のPOMC mRNAの発現に対する長期低酸素の影響を調べたところ,長期低酸素群とコントロール群の間に有意な差を認めなかった(図2)(3).21日間の長期ストレスによって胎仔血中ACTHが持続高値を示しているにも関わらず,下垂体POMC mRNA発現はコントロールレベルまで戻っていることになるが,これはおそらく実験20〜21日目に認められた血中コルチゾール増加によるネガティブフィードバックの結果と考えられる.POMC遺伝子の発現がコントロールと差がないのに血中ACTH値が有意に増加しているのは,post-translationの過程でACTH産生を増加させるような何らかの機序が成立しているのかもしれない.すなわち胎仔のHPA系機能が慢性的に賦活化され,より多くのACTHとコルチゾールが分泌されるようなリセッティングが胎内における長期ストレスによって生じたといえる.

  • 図2. ヒツジ胎仔下垂体におけるpro-opiomelanocortin(POMC)mRNA発現.羊特異DNAプローブによるin situ hybridizationによる.IUGR群,コントロール群ともに下垂体前葉の下半にPOMC mRNAの発現を強く認めたが,densitometric analysisによりPOMC mRNA発現を比較したところ,両群の間に有意差を認めなかった

妊娠ウサギにおいて胎内でストレスを与えると,新生仔のHPA系機能が変化し,その後のストレスに対するホルモン分泌に永続的な変化を来すことが証明されている(4).すなわち胎内で低酸素,低栄養,アルコール,感染などさまざまな刺激を受けた児は,出生後にHPA系が高いレベルで活性化され,コルチゾールの分泌が増加している.これは胎内で高コルチゾール状態にさらされることにより,ネガティブフィードバックを行なう海馬におけるグルココルチコイド受容体の数が減少するためと考えられている4.ヒトにおいても低体重で出生した児に関して尿中のコルチゾール代謝産物の増加が報告されており(5),胎内のストレスによってHPA系が賦活化されていることを示唆している.

 4. 腎における11β-HSDの遺伝子発現と酵素活性

胎盤と胎仔腎における11β-HSDのmRNA発現をNorthern blot analysisで,酵素活性をradiometric conversion assayで調べた(6).胎盤では11β-HSD1, 11β-HSD2ともに遺伝子発現,酵素活性に有意差を認めなかった.興味深いことにIUGR群の胎仔腎では,コントロール群に比べて11β-HSD2 mRNA発現が44%減少し,酵素活性も有意に減少していた(図3).母体由来コルチゾールのほとんどは胎盤における11β-HSD2によって不活化されるが,低酸素ストレスによっても胎盤でのこのバリア機能は変化しないことが示された.逆に胎仔腎における11β-HSD2の発現と活性の低下は,血中コルチゾールがミネラルコルチコイド受容体を直接活性化することにより血圧上昇を引き起こす可能性が示唆された.

  • 図3.21日間胎盤塞栓による長期低酸素後のヒツジ胎仔腎における11β-HSD2 mRNAの発現.(上)11β-HSD2 mRNAのNorthern blot.(下左)18S rRNAをコントロールとした11β-HSD2 mRNA発現(Mean±SEM).(下右)Radiometric conversion assayによる11β-HSD2の酵素活性(Mean±SEM).11β-HSD2の遺伝子発現,酵素活性ともにIUGR群で有意の減少を認めた.

ヒトにおいて11β-HSD2をコードする遺伝子の異常は,syndrome of apparent mineralocorticoid exess(SAME)と呼ばれる先天性の高血圧を発症させる.腎の11β-HSD2活性低下によるコルチゾールのミネラルコルチコイド作用の増強,すなわち見かけ上のミネラルコルチコイド過剰状態が高血圧と低カリウム血症を引き起こすことになる.本態性高血圧患者の少なくともその一部に11β-HSD2活性の低下を認めることがしられている(7).胎児期の長期低酸素ストレスが腎における11β-HSD2の遺伝子発現や酵素活性を低下させ,それが出生後にも影響を及ぼすとすれば,将来の高血圧発症の原因となる可能性が考えられる.

以上に示してきた長期低酸素ストレスによる胎児下垂体−副腎系機能の賦活化および慢性的なコルチゾール増加,さらには胎児腎における11β-HSD2活性の低下によるコルチゾールのミネラルコルチコイド作用の増強が,子宮内プログラミングのひとつめの本態と考えられる.

 4. 胎仔循環系に対する影響

上記実験(3)において胎齢128日以降のヒツジ胎仔では,低酸素ストレスに反応して血中コルチゾールが増加した.コルチゾールはそれ自体に血圧上昇作用があるほか,血管壁のアンギオテンシンII感受性を亢進させることが知られている.また胎仔心拍出量の半分ちかくが胎盤へ向かうため,胎仔側胎盤塞栓による胎盤血管抵抗の増加そのものが,胎仔血圧の上昇,心の後負荷の増大を引き起こすことが予想される.胎仔の血圧調節機能,すなわち動脈圧受容体反射機能は妊娠後期に発達するため,もし胎仔が慢性的に血圧上昇に晒されていればその機能発達に何らかの影響を及ぶことも考えられる.

21日間のヒツジ胎仔長期低酸素における心拍数,血圧の変化を図4に示した(8).コントロール群では胎齢とともに直線的に血圧が上昇し,基準心拍数は低下した.長期低酸素群においては,胎盤塞栓直後より有意な血圧の上昇を認め21日間にわたって高血圧を持続した.それにともなって心拍数は有意に低下したが,19日目以降はコントロールレベルに復帰した.血圧が有意に上昇しているのみのかかわらず心拍数がコントロールに戻ったのは,この段階で圧受容体反射機能に何らかの変化,すなわち一種のリセッティングが起きた可能性を示唆している.

  • 図4.21日間胎盤塞栓による長期低酸素におけるヒツジ胎仔心拍数および血圧(mean±SEM).心拍数は5日目より有意に低下したが,19日目以降はコントロールレベルに戻った.血圧は塞栓後より有意に上昇し21日間高い値を示した.*p<0.05 vs. control

胎盤血管抵抗が上昇しているIUGR胎仔においては,胎仔血圧の上昇,心の後負荷の増大に慢性的にさらされるため,心循環系のいくつかの適応が,結果的に出生後の病的現象を生み出すことになる.圧受容体反射機能では閾値圧の高血圧領域へのシフトと調節機能の感受性の低下を来すことが考えられ,血圧上昇傾向を来すと予想される.内分泌的には血中カテコラミンの増加が認められ,これがまた血圧上昇や心筋肥厚,血管壁の病的変化を起こす働きがあると考えられる.またコルチゾール自体にも心筋肥厚をひきおこす作用が示唆されている(9).心肥大と心筋肥厚という器質的変化が将来的な心疾患の発症と関係する可能性がある. 肥大心筋にみる相対的な心筋血流量の増加と酸素消費量増加に加え,加齢により予備力が低下したり冠動脈効果病変が加われば,ストレスにより容易に虚血性心疾患を発症するようになると予想される.

以上の結果より,低酸素ストレスによる血中コルチゾールやカテコラミンの増加,また胎盤血管抵抗による胎児心の後負荷の上昇による胎児心や血管の器質的および組織学的変化,さらには動脈圧受容体反射における閾値圧の変化などが,子宮内プログラミングのふたつめの本態と考えられる.

 7. まとめ

子宮内プログラミングとは,胎児が発達分化のクリティカルな時期にストレスや侵襲に晒され,生理的あるいは代謝的プロセスが永続的に変わることをいう.生活習慣病の起源を胎児期の低酸素,低栄養状態に求めるDOHaD仮説もこの子宮内プログラミングから説明が可能であろう.その機序として,長期低酸素ストレスによる胎児HPA系機能の賦活化による慢性的なコルチゾール増加,さらには腎における11β-HSD2活性の低下によるコルチゾールのミネラルコルチコイド作用の増強が上げられる.もうひとつの機序として,コルチゾール,カテコラミンによる作用や高血圧による後負荷増大による心血管の器質的および組織学的変化,さらには動脈圧受容体反射における閾値圧の変化などが考えられる.

これらふたつのことは一見ばらばらの現象にみえるが,いずれも胎内におけるコルチゾールの働きが鍵となって起こると考えられる.胎児期におけるコルチゾールは発育を遅延させ低出生体重児とするのみならず,将来の高血圧や血管系疾患などの発症リスクを高くすると考えられる.

 文 献

  • 1. Tangalakis K, et al: Effect of cortisol on blood pressure and vascular reactivity in the ovine fetus. Exp Physiol 1992;77:709-717
  • 2. Norman LJ, et al: Changes in pituitary responses to synthetic ovine corticotrophin releasing factor in fetal sheep. Can J Physiol Pharmacol 1985;63:1398-1403
  • 3. Murotsuki J, et al: Effects of long-term hypoxemia on pituitary-adrenal function in fetal sheep. Am J Physiol 1996;271:E678-E685
  • 4. Barbazanges A, et al: Maternal glucocorticoid secretion mediates long-term effects of prenatal stress. J Neurosci 1996;16:3943-3949
  • 5. Clark PM, et al: Size at birth and adrenocortical function in childhood. Clin Endocrinol 1996;45:721-726
  • 6. Murotsuki J, et al: Chronic hypoxemia selectively down-regulates 11β-hydroxysteroid dehydrogenase type 2 gene expression in the fetal sheep kidney. Biol Reprod 1998;58:234-239
  • 7. Wilson RC, et al: A genetic defect resulting in mild low-renin hypertension. Proc Natl Acad Sci USA 1998;95:10200-10205
  • 8. Murotsuki J, et al: Chronic fetal placental embolization and hypoxemia cause hypertension and myocardial hypertrophy in fetal sheep. Am J Physiol 1997;272:R201-R207
  • 9. Lumber ER, et al: Effects of cortisol on cardiac myocytes and on expression of cardiac genes in fetal sheep. Am J Physiol 2005;288:R567-R574

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