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6年目の変更点

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                                     (2017年3月11日 室月淳)

目のまえで自分の患者が亡くなることほど,医者としてつらく,苦しく,切ないものはありません.なんとか助けてあげられたのではないかと悔いの念にいまでも苛まれます.ましてなにより,若くして突然の死をむかえたその家族の無念さはいかばかりのものでしょうか.

こういったとき医学はどこまで有効なのでしょうか.これからもわれわれは医学的なエビデンスをつみかさね,生と死にかんする知見をふかめていき,すこしでもひとの生をのばしていこうとする努力をつづけなければなりません.それは人間社会にたいする貢献として評価されるのでしょうか.

しかしそれでも,ひとはいずれ死ぬべき存在にすぎないという真実はすこしもかわりません.なぜそうなのか? どうして死はあるのか? なぜ助けられないのか? ときには若くして不条理に死ななければならないのか? 家族は,医療者は,なによりも自分自身はそれをどう受けいれればいいのか?

医学的なエビデンスをいくら蓄積しても,そういった疑問は解決されません.それが解決されないかぎり,医学的な生の延長にはなんの意味ももたないでしょう.いくら医学が,あるいは科学そのものが進歩しても,われわれの生と死が本質的にもつ不条理性はなにも解消しないのです.

医学はそれをなりわいとするわれわれ自身も救いません.仮にある医者が医学をきわめるということがあったとしても,彼自身が病気にかかればごくふつうの患者になります.ふつうの患者とまったくおなじように,病気をおそれ苦しみ,死に絶望することになるでしょう.このとき医学の専門性はまったく無力です.

医学知識の向上や,その応用である医療技術の進歩は,われわれの生老病死の苦しみを救いません.他人を救えないどころか,自分も救えず,最終的にはただ失望にいたるだけです.それはなぜか? 医学的な真理にはそういったものが欠けているからとしかいいようがありません.

東日本大震災ではおおくのひとが亡くなりました.亡くなったかたのおおくには家族がいました.すべての死は不条理ですが,とりわけ子を亡くした親のかなしみはなかなか癒えることはありません.みずから慈しみ育てた存在が,自分より先にこの世からいなくなる.いわゆる逆縁の不孝です.

先日の「クローズアップ現代」で,津波で行方不明となった娘さんを,さまざな困難のなか毎日さがしているある父親の姿が紹介されていました.そして昨年の12月にとうとう娘さんの歯の一部がみつかったとのことでした.

娘にもう一度だけ会いたい.遺体の一部でもみつかれば,そんなせつない思いがすこしでもいやされるかと思った.しかしいざそれが現実化しても,実はまったくそんなことはなかった.インタビューでそのように語ったその父親は,いまも娘さんをさがしつづけています.

そのさがしつづけていること自体で,娘さんとつながっていると信じるようになった,とのコメントが強く印象にのこっています.父親にとっては,行方不明の娘さんをさがしつづける行為こそがわが子の鎮魂なのであり,同時にみずからをも救おうとする儀式でもあるのです.

娘さんをさがしつづけて,みつけたのは娘さんのからだではなく,みずからの魂のありかだったのでしょう.さがしつづけるというながい労力によって,みずからがすこしずつ変わっていく.その変化のなかにこそなにかしらの真実がかくされているのだと思います.それは認識によっては得られないものです.

真理はわたしたちを救わない.死についての認識を深めても,みずから死に直面するもの,近親を喪ったものを救うのはむずかしい.死に理解だけでは死をのりこえる力にはならない.死をのりこえる力は生のなかにしかない.生きつづけることによってみずから変わっていくほかない.

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