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妊娠中の薬のリスク評価とリスク管理

妊娠中の薬のリスク評価とリスク管理

                                  (室月 淳 2012年7月7日)

松本城天守(長野県松本市)

「妊娠中は内服してはいけない」とされる薬を内服し,あとから妊娠と気がついて人工妊娠中絶を勧められる,あるいは中絶を選択する「悲劇」が後をたちません.実際にほとんどの場合は何の問題も起こらないのです.なぜ妊娠中に「禁忌」とされる薬剤がそのまますぐに中絶の理由とならないのか,専門的で慎重な評価を必要とするのか,その理由を考えてみます.

 薬の添付文書の理解

薬の添付文書では妊産婦や授乳婦に対する投与の注意が書かれています.「投与しないこと」や「投与しないことが望ましい」とされている薬剤がありますが,これらの中にも,「催奇形を疑う症例報告がある」というものから,単に「妊娠中の投与に関する安全性は確立していない」というものまでさまざまです.

これから妊婦に処方する場合は,この「投与しないこと」という注意は守られるべきと考えられます.しかしすでに妊婦に投与してしまって,妊娠継続の可否を問われたときは,この注意書きは参考にしてはいけないと考えられます.それはなぜでしょうか?

 薬のリスク評価とリスク管理

上記のことは薬の「リスク評価」と「リスク管理」をきちんと分けて考えなければなりません.「リスク評価」は医学的事実に基づき,「リスク管理」は児の催奇形の防護の考え方を規定するポリシーを導きます.たとえばある薬が「妊娠中の投与に関する安全性は確立していない」というのは医学的事実となります.

他方,「リスク管理」として,「安全性の確立していない」薬は投与しない方がいいという立場がとられます.この添付文書に注意書きの根拠は「妊娠中は投与しないことが望ましい」という医学的事実です.これは安全面に配慮した防護思想に基づくものです.

このポリシーのもと一般的には妊娠中には投与が避けられることになります.しかしすでに妊婦に投与してしまったときの評価とは異なります.また母体の偶発合併症の治療にはあえて投与されることもあります.これは医学的事実である「リスク評価」はかわりませんが,状況に応じてリスクに向き合う態度(「リスク管理」)を変える必要があるからです.「添付文書に投与しない方がいいと書かれているのに飲んでも大丈夫なのか?」と聞かれることがありますが,方針が変化するのが,この注意書きがそもそも医学的事実(リスク評価)ではなく,防護上の目安(リスク管理)だからこそです.

妊娠中の薬の医学的な「リスク評価」と,その防護上の指針(リスク管理)を混同するべきではありません.「妊娠中には投与しないこと」というのは,催奇形性に関する医学的なデータではなく,安全を充分に見込んだ上での防護上の目安に過ぎないのです.逆にこの目安に固執し過ぎると,母体の偶発合併症自体による胎児への影響が出てくることになります.

 風疹の生ワクチンの例

一例をあげると,風疹の生ワクチン投与後は一時的にウイルス血症になり,また中絶胎児からもウイルスが分離されたという報告もありますので,添付文書のとおり妊婦には投与すべきではありませんし,投与後2か月間は避妊すべきと考えられます.しかしこれまで,妊娠中に誤って投与された風疹生ワクチンによって先天性風疹症候群の児が生まれたとする報告はまだありません.もし夫婦が挙児を希望していれば妊娠の継続を進めるべきでしょう.

この場合,風疹生ワクチン投与後に一時的にウイルス血症となるが,しかし先天性風疹症候群の児が実際に生まれたという報告はまだないというのが「リスク評価」であり,添付文書のとおり妊婦には投与すべきではありませんし,投与後2か月間は避妊すべきというのが「リスク管理」となるわけです.

 まとめ

妊娠中に「禁忌」とされる薬を内服して,あとから妊娠とわかった場合でも決して早まってはいけません.必ず専門家のもとを受診し,あるいは主治医は専門家に紹介して,「妊娠と薬」カウンセリングを受けるようにしてください.現在は「妊娠と薬」についてのデータベースが完備しており,正確で詳細なリスク評価が可能となっています.専門的な評価のうえでのカウンセリングをぜひ受けられることをぜひお勧めいたします.

 参考文献

佐藤孝道:妊婦と薬物療法.産婦人科治療1995;70:487-493

中西準子他編:化学物質リスクの評価と管理―環境リスクという新しい概念,産総研,2005

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カウンタ 4131 (2012年7月7日より)