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日本はもしかすると世界でもっとも検査要件のゆるい国になったかもしれない

「新出生前診断」について 日本はもしかすると世界でもっとも検査施行要件のゆるい国となったのかもしれない

                                (室月 淳  2013年3月11日)

3月11日,「母体血を用いた新しい出生前遺伝学的検査に関する指針」が,日本産科婦人科学会のホームページで公開されました.これにより新しい出生前検査は,4月から国内でも導入され検査が開始されるみとおしになりました.

「母体血を用いた新しい出生前遺伝学的検査に関する指針」

専門医の自主的組織である「コンソーシアム」が昨年の9月にうちだした施設要件,検査対象妊婦の要件ともに大幅にゆるめた内容となっています.今回の「指針」では施設要件にかんして詳細に記されているようにみえますが,実質的な条件は産科医か小児科医のどちらかが「臨床遺伝専門医」であればいいだけになっています.これにより全国の80大学はすべて検査可能となります.

もともとの「コンソーシアム」の施設要件では,産婦人科に複数の臨床遺伝専門医がいる必要があり,さらに小児科医も臨床遺伝専門医であることがのぞましいというものでした.この条件をみたす医療施設は,国内では10-20か所程度にすぎなかったため,学会内では「妊婦の検査を受ける権利を阻害する」,「現実的ではない」というつよい批判がありました.しかしこれらの施設は,これまで出生前診断と遺伝医療に真剣にとりくんできたところばかりです.NIPT検査開始にあたってそれだけの準備と覚悟が必要だったはずです.

高齢妊婦についても「35歳以上」という条件が削除されました.「この条件では35歳以上の妊婦は検査を受けなければならないという暗黙のプレッシャーを逆にあたえる」という批判があったからだそうですが,だからといって年齢条件を削除してしまうのは本末転倒でしょう.実質上,血清マーカー試験とおなじように希望者には任意の検査が可能となりました.

しかしもっとも問題となりそうなのは,「コンソーシアム」の「30分以上のカウンセリング」という条件を削除し,「十分な時間をとって行う」という抽象的な表現にかえたことかもしれません.いやしくも臨床遺伝専門医であれば,NIPTのカウンセリングには30分どころか,すくなくとも1時間はかかることはよく理解しています.実際に羊水検査だって通常は30分以上のカウンセリングが必要でしょう.

おそらくこの「指針」では,将来の検査拡大,一般レベルでの開始を念頭に入れ,上記の要件の緩和のひとつとして「30分」のしばりの撤廃したのではないかという気がします.というのも外来でひとり30分以上かけていたら,通常の病院では採算にあわないだろうからです.非専門家の「カウンセリング」のイメージは,NIPTの検査としての説明にすぎないのでしょう.だからこそ「説明書」をつくって能率よくこなしていくという発想が生まれてくるわけです.

21万円の検査料のうち「カウンセリング料」として病院は2万円弱をうけとることになっています.しかし,「コンソーシアム」に参加している複数の施設は,その「カウンセリング料」を妊婦さんから取らないという方針としています.これまで議論を積み重ね,臨床研究という形でおこなうNIPT検査で病院が利益を得るのは倫理的に問題があるという結論になったためです.

ですからもともとの「コンソーシアム」のコアメンバーには,この検査で利益をえるとか業績をあげるという発想はありません.というかそういったことを忌避するところから議論を積み上げてきたのに,今回の「指針」ではそういったことがすべてひっくりかえったというのが正直な感想です.

最近,あちこちから参加希望施設が増えています.極論ですが,NIPTでは病院の手数料はいっさいなしと決めたらいいのかもしれません.そうすれば遺伝専門医の社会的責務として真にとりくみたいという施設のみにおのずと限定され,おおくの問題は自然に解決していくような気がします.

「コンソーシアム」の施設要件や検査対象妊婦の要件は,決して「厳しすぎる」のではありません.なぜならこれはアメリカ人類遺伝学会,およびアメリカ産婦人科学会のうちだした要件とほぼ同じだからです.そして世界的にもほぼ同じ要件で施行されています.もしそれが「現実的でない」のならば,それは日本の産科医療の体制が世界標準からみて「現実的でない」からなのでしょう.

日本産科婦人科学会は今回の一連の検討において,産婦人科医会や小児科学会,人類遺伝学会などの他学会,専門職団体,患者団体,行政などと意見交換をくりかえし,よくいえばそれぞれの意見を最大限とりいれて,わるくいえば政治的な妥協によって今回の「指針」を策定いたしました.「指針」の前段であれほど「倫理的な問題がある」と強調しながら,結果としてでてきた検査施行にかんする要件は,世界のなかでもっともゆるいものとなったような気がします.

これは「選択的人工妊娠中絶」の問題ときとまったくおなじ態度です.日本の法律ではひとことも胎児異常による中絶をみとめると言っていないのに,世界のなかでは選択的中絶の要件のもっともゆるい国であるのとよく似ています.

日産婦「指針」にかんする評言はこの書き込みで最後にするつもりです.「出生前診断」についてはいつかどこかで真正面からきちんと取りくむ必要がありました.いまはまさにその時期だとおもいます.これからわたしは,いろいろな思惑が渦巻く喧騒からは一歩引いて,これからは出生前診断の将来を考えるための前向きの議論に集中していこうと思っています.

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