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地域中核病院での遺伝カウンセリング外来の取り組み

地域中核病院での遺伝カウンセリング外来の取り組み

                               (室月 淳  2012年6月19日)

これは某地域中核病院での遺伝カウンセリング外来の立ち上げについて2003年に書いたものです.すでにマザリスクプログラムについても意識していました.

稲佐の浜 弁天島(島根県)

 目 的

われわれ産婦人科医が,先天性疾患の児の出生を取り扱い,その両親から次子の出生に関する相談を受けたりすることは,日常の医療の中でしばしば経験することである.遺伝性疾患や先天異常について一般的な理解が進むとともに,いわゆる遺伝相談の潜在的需要は増加していると考えられる.一方で「遺伝」というものに対する一般の誤解や偏見はいまだに根強く,遺伝相談を気軽には受診できないという現状もある.中には遺伝相談そのものの存在を知らない人間や,その必要性すら思い浮かばない人間も少なくないだろう.地域住民に遺伝相談に対する関心があり,また需要があるとすれば,その地域の医療にたずさわる医師として,われわれ自身がその対応の方法を考えなければならない.

当院は成育医療基幹施設のひとつである.成育医療基幹施設としての到達目標がいくつか定められているが,その中には「胎児診断の実施」「遺伝相談外来の実施」という項目が定められている.特に後者の遺伝相談外来の実施については,到達目標として「産科医,小児科医等のチームによる,遺伝相談外来の設置及び小児遺伝性疾患の診断の実施体制の整備」,対応策として「専門医等の養成,遺伝相談体制の整備,遺伝子診断の相互ネットワークの整備」などが上げられている.われわれは成育医療基幹施設として上記の到達目標を達成しなければならないのだが,いまだ病院として遺伝相談の専門外来を設置するには至っていない.

今回われわれは,地域遺伝カウンセリングシステム構築に向けての臨床的検討を行うことを目的として,産婦人科外来の中に遺伝相談およびその周辺の課題に関わる専門外来をおく試みを行った.

 

 方 法

毎週木曜日の午後を完全予約制として,それまで個々のケースにばらばらに対応してきた「遺伝に関する相談」「出生前診断に関する相談」「妊娠と薬に関する相談」などを,そのときにまとめて行うようにした.地域の開業医の先生方に対しても,適応となる患者がいる場合に積極的に紹介していただくよう広報を行った.また羊水穿刺などの出生前診断検査も同時間帯に行うようにした.相談医は臨床遺伝専門医と産婦人科専門医の資格をもつ2名が担当した.

専門外来として単純な医療相談にとどまらないために,その基本理念と方法論を確認して行った.遺伝相談については,ハーパーにしたがって,「おそらく遺伝的に考えられる疾患をもつ患者やその血縁者が,疾患の予後,発症や遺伝の可能性,さらに予防あるいは治療方法のアドバイスを受ける過程である」と定義した(1).すなわち単なる相談に終わらせず,診断(すべての助言は遺伝性疾患の正確な診断なくしては根拠をもちえない),危険率の推定,説明と援助がきちんとなされるようにした.出生前診断に関する相談は,高齢,遺伝病や染色体転座保因者,ウイルス感染などの胎児診断がかかわってくる場合を対象とし,羊水穿刺などの出生前診断検査を行う場合にはカウンセリングが先にきちんと行われるようにした.

基本理念としてはクライアントの自己決定を尊重するとともに,自己決定概念の限界にも留意した(2).薬と妊娠に関する相談については,カナダ・トロント小児病院におけるMotherisk programを参照して行った(3).最初にまず簡単な問診を行い,その内容を正確に記録する.その際各種資料に目を通しながら,相談内容,どの資料に基づいて返答したか,ベースラインリスクについて説明したかなどを逐次記録していく.ここで最も重要な点は,相手の質問を適切に把握し,できるだけ新しくて正しい情報を提供することにある.これらの各種カウンセリングについては1回あたり30分程度の時間をかけることを原則とした.

 

 結 果

2002年1月から12月までの実際の相談件数は表1のとおりである.

 表1. 遺伝相談件数
分類 件数 内容
「遺伝相談」 6件 メンデル遺伝病の遺伝相談 3
非メンデル遺伝病の遺伝相談 2
近親婚の問題 1
「出生前診断外来」 16件 高齢妊娠 8
Nuchal translucencyほか 4
前児染色体異常 2
胎児共存奇胎 2
そのほか 2
(うち実際の羊水診断例) (8件)
「妊娠と薬相談」 6件 妊娠初期の薬内服 4
妊娠初期のX線被曝 3
妊娠初期のウイルス感染 1
合計 28件
 

狭義の「遺伝相談」としては6件あり,その中で遺伝性疾患の再発危険率についてが5件,近親婚の問題が1件であった.その中で非妊時,すなわち妊娠前に行われた相談は2件のみであった.その中で他院からの紹介は2件であった.

「出生前診断外来」,すなわち羊水検査を含めた出生前診断についての相談が16件あった.羊水検査の適応としては,高齢妊娠のためが8件(紹介1件),nuchal translucencyやpyeloectasisといった妊娠初期の超音波マーカーを指摘されたものが5件(紹介4件),前児染色体異常が2件などであった(重複例を含む).その中で実際に羊水検査が行われたのは半分の6件であり,5件は最終的に羊水検査を本人が望まず,1件は羊水穿刺当日にキャンセルとなった.外来で行われた羊水検査8件に関しては全例が正常の結果であった.その他,母子センターの入院患者において胎児異常を適応として羊水穿刺4件,臍帯穿刺による胎児採血1件が行われ,18 trisomy 2例,21 trisomy 1例,正常2例という結果であった.

「妊娠と薬相談」では重複も含め,妊娠初期に内服した薬のリスクについての相談が4件,妊娠初期のレントゲン被曝についての相談が3件,妊娠初期のムンプス罹患についての相談が1件であった(うち紹介が3例).薬内服群の中の1例では,実際の胎児催奇形性のリスクは高くないと考えられたが,本人の中絶希望の意志が固く,実際にその後に妊娠中期中絶が行われた.

 

 考 察

保健婦を対象とした全国アンケート調査によると,わが国の遺伝相談の需要は年間5.4〜6.5万件と推定されている(4).対象を遺伝性疾患から腫瘍や生活習慣病に拡大すると,年間30万〜100万件に増加するという予測すら存在する.また,医療をとりまく技術の急速な進歩による出生前診断や遺伝子診断において,遺伝性疾患にかかわる知見が得られた際の遺伝カウンセリングの必要性がそれぞれのガイドラインの中で明記されるようになったため,今後さらに遺伝カウンセリングの新たな需要が高まってきている.その中でわれわれが,地域遺伝カウンセリングシステムをどのように構築するか,遺伝カウンセリングの研修やスタッフの養成をどうするか,遺伝カウンセリングを支える情報をどように検索しどのように提供していくかなど課題となることは多い.

近年,分子遺伝学や胎児診断技術の急速な進歩にともない,今まではわからなかった胎児の異常が妊娠中に判明するようになり,日常の産科診療における遺伝カウンセリングの必要性は年々高くなっている.「産科診療における遺伝カウンセリング」とは,遺伝カウンセリングの中で特に産婦人科医と深い関わりがあるもので,産科診療において直面する遺伝的な問題を取り扱うカウンセリング,すなわち妊娠中の胎児や将来の妊娠(妊娠前)についての遺伝カウンセリングを指す.合わせて奇形や先天異常児をもった両親,あるいはその結果として流死産を起こした両親への援助なども入ってくる.次回妊娠についての助言を行うのも産婦人科医の役割である.

今回のわれわれの遺伝相談外来の試みは表1のとおりの結果であった.遺伝相談の潜在的な需要は高いはずであるが,専門外来としてまだまだ知られていないため,件数としては低いものであった.また内容としても,産婦人科での外来という背景を反映してか妊娠中の相談が圧倒的に多く,一般的な意味での遺伝相談はそれほど多くはなかった.しかし,前児が遺伝性疾患であったり,いとこ婚を周囲に反対されているカップルなどが他医から相談のために紹介されてきたりしており,少しずつ認知されてきていると思われる.

今後の目標として2つ上げたい.ひとつは,専門外来としての遺伝相談外来を院内に認知してもらい,成育医療基幹施設としての目標を達成すること,および人類遺伝学会・遺伝カウンセリング学会共同による臨床遺伝医研修指定病院の資格を得ることである.もうひとつは対外的な面での認知をはかって,地域の先生方からの紹介患者を増やし,また保健所との連携,特に青葉区健康福祉センターで行われている仙台市遺伝相談事業との連携をはかることである.

 

 参考文献

1. Herper PS(松井一郎他訳):遺伝相談の実際,医学書院,東京,1989.

2. 佐藤孝道:出生前診断−いのちの品質管理への警鐘,有斐閣,東京,1999.

3. 松田典子:カナダ,トロント小児病院におけるマザーリスク・プログラム−妊娠中,授乳中母体の薬物摂取安全プログラム.The Informed prescriber 2002;17:8-10.

4. 平成9年度厚生省心身障害研究「遺伝相談に関する研究」報告書,1998年.

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カウンタ 1702 (2012年5月19日より)