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早い時期での決断を

早い時期での決断を−無侵襲的出生前遺伝学的検査(NIPT)について

                                 (2012年12月11日 室月 淳)

分娩進行中にNRFSを疑う状況に遭遇したとき,どんな決断を行うか? それがどんな決断内容となろうとも,早い決断に「誤った」決断は存在しません.逆に時期を逃した遅い決断は,そのことだけで決定的な誤りとなります.これは産婦人科医ならば明瞭なことだと思います.

ある難しい問題に直面して決断が必要とされるとき,議論に時間をかければかけるほど正しい判断に近づくというのは単なる思い込みです.決断を引き延ばし,実行に思いつくかぎりの条件をつければつけるほど,それが思慮深くまた倫理的な姿勢と考えるのはまったくの幻想です.どんな決断内容になろうとも,時期を逃した遅い決断はそれだけで誤りとなるのは臨床と同じです.

すでに2年以上前からこの問題の存在は明らかだったはずです.これまで本格的な議論を棚上げにして,すべての対応を現場に任せてきたのですから,いまになっておこってきた多少の齟齬などにいちいち動揺せず,きちんとしたイニシアチブを発揮して必要なタイミングで決断していただくことを願っています.

現在準備されている枠組みを生かして,やるならばやる,あるいは禁止するなら禁止する,とどちらでも構わないので結論はとにかく早めに出すべきです.現在のNIPTをめぐる学会の議論をみていると,8月末に問題が大きく取り上げられてから4か月間議論が続いていながら方向性をまとめきれていません.ここにきて学会が新たにパブコメを募るといううわさを聞いて,強い危機感を感じた次第です.

事態は切迫しています.すでに外資系の複数の企業が動き出しており,決定の時期を逃すと産婦人科医のコントロールを離れて,たいへんな社会的混乱を引き起こす可能性があります.社会的に多少の批判があるからといって,多くの方面からの意見をお聞きしますとか,充分に論議を尽くします,施設条件をさらに追加します,といった表面的な対応でいたずらに時間を費やすと取り返しのつかないことになります.

臨床遺伝専門医や遺伝カウンセラーは自らのプロフェッションをかけてこの問題に真剣に取り組んできました.倫理に対する議論も徹底して尽くしてきました.非専門家の指導者層が,社会の一部からの批判に動揺して,決断を先延ばしにしようとするのはあきらかな間違いです.仮に学会の決断が,日本では時期尚早とか,生命倫理的に問題があるから当面は禁止といった決断であったとしても,もちろんわれわれは素直に受け入れるでしょう.とにかくいまは決断のときです.

わたしはコンソーシアムの一員ですが,あくまでも辺縁の立ち位置にいるため,中心メンバーがどのように考えているのかは正確に知りません.ですから以下はあくまでもまったくの私見です.

わたしは基本的にはNIPTには「反対」です.この検査は明らかにslipping slopeです.胎児染色体スクリーニングは最初の一歩にすぎず,数年以内に胎児のエクソーム解析が実用化され検査が始まると断言できます.すなわち胎児の遺伝子スクリーニングが世界的に開始されます.

日産婦学会の非専門家の指導者層が,仮に高度な政治的判断で,NIPTの国内での施行は原則禁止と打ちだしていただけるのならば,わたしはそれを喜んで受けいれます.これは決してレトリックなどではなくまったく本音です.怒涛のように押しよせている国外からの流れを押しとどめ,なんとか秩序あるものに飼いならそうとしているわれわれの必死の努力を,学会そのものが責任をもってきちんと肩代わりしていただけることになるからです.

「なぜ臨床研究なのか?」という疑問が多く聞こえてきますが,私見では,おそらくこれはNIPTの開始段階をコントロールする意味合いが強いと思います.臨床研究であれば,研究参加のための条件を自主的に厳密に設定できますし,参加施設は厳密な倫理委員会の審査を必要とすることになります.コンソーシアムはあくまでも自主的な組織であり,なんの強制力をもつものではありません.NIPTの検査を開始するにあたって,検査の対象はどのようにあるべきか,どういったカウンセリングを行うべきか,また検査を行うものはどういった専門性とスキルを必要とするか(どういった資格が必要か),などを社会にむかってモデルとしてきちんと提示するために行うものなのです.

どうがんばったとしても,いずれNIPTは数年以内には全国的に広く行われる検査になってしまうでしょう.それまでになんとかして医療と社会に規範となる検査システムとカウンセリングマインドを定着させなければなりません.そのためにも混乱が起こる前のいま,コンソーシアムの厳密な検査体制によるスタートが必要とされるのです.

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カウンタ 3330(2012年12月11日より)