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出生前診断総論

出生前診断総論

                                  (室月 淳 2015年5月4日)

 もし「出生前診断」について議論するならば、「出生前診断」を総体的に取り上げていただければと思います。マスコミや社会一般がいういわゆる「出生前診断」は、妊娠中期の時期に、ある特定の先天異常をターゲットとして、人工妊娠中絶を暗黙の前提に診断する行為を指しています。

しかし当然のことですが、出生前診断はもっと広い医療行為を意味します。もちろん妊娠22週未満に限定されるものではなく、児の分娩直前までのあらゆる時期に行われます。「出生前診断」の目的にもさまざまあり、主には以下のみっつがあげられます。

第一に、「診断」は「治療」と対となる概念です。すなわち、出生前の子宮内の胎児の予後を改善する広い意味での処置(せまくは胎児治療や胎児手術)をおこなう目的で行われます。もちろん胎児治療はまだまだ限定的ではありますが、それでもここまで少しずつ進歩してきています。

第二に、出生前には治療は不可能、あるいは不要な場合であっても、病児の分娩の時期や方法、場所などについて検討し、また分娩前に関連各科と必要な話し合いを行って分娩後の管理方針を決めるという目的があります。実際に出生前診断のもっとも多い目的はこれになります。

第三に、可能な妊娠時期であれば妊娠を継続するか否かの自己決定を促す、あるいは出生後の積極的管理の当否、またあるいは看取りの選択肢の提示などがあります。マスコミなどが好んでとりあげる出生前診断はこれにあたります。狭義の出生前診断とでもいえばいいのでしょうか。

自分が妊娠した場合、出生前診断を受けたいか? 胎児に障害がわかったらどうするか? こういった問題はいつでも起きます。児の治療のため、あるいは安全にお産をするため、すなわちどのような目的の診断においても、なんらかの異常が見つかってくるということがあります.

だから狭義の出生前診断のみをとりあけ、その是非を問うたり、それのみを禁止したりすることは難しい。もし母児を安全にみていくのならば出生前診断はたいせつであり、そのなかの一部のみを論ずることは、こと医学的には意味のないことが多いのです。

たとえば当院は県内の胎児異常のほぼ全例が紹介されてきます。最近では妊娠中期に、心奇形をはじめとしたさまざまな異常が見つかります。もちろんそのなかには少なからずの割合で染色体疾患が存在し、出生前診断され選択をせまられたり、フォロー中に胎児死亡に陥ったりします。

ですから「狭義」と「広義」の出生前診断を分けることはそもそも不可能なのです。狭義の出生前診断を問題とするひとたちは、ひとことで言って「選択的中絶の倫理的な可否」をその中心にすえています。しかしもしそれが倫理的に許容されがたいとしても、禁止や抑制することは難しい。

すくなくとも中期中絶が実質的に自由にな日本で、選択的中絶のみを禁止する根拠を見つけることは容易ではありません。出生前診断をしなければ自由に中絶できるのに、出生前診断をして胎児異常が見つかったときだけ中絶が抑制されるという考え方は説得力がないのです。

「検査法の限界や安易に検査をうけることの是非について」は、マスコミ報道や倫理学者などがほぼ同じ内容の主旨の発言を繰り返していますが、現実の妊婦さんやそのパートナーには届かないのです。わたしはなにもここで出生前診断-選択的中絶を擁護したいわけではありません。

むしろその逆です。しかしテレビや大手新聞でNIPTのことが特集されると、その内容がいかに良心的、批判的なものであろうと、翌朝には病院に電話での問い合わせが殺到するという現実があります。報道側の意図に反して、皮肉にもそれは単なるNIPTの宣伝にしかなっていないのです。

すでに「命の選別」といった表現が、10年も20年も決まり言葉のように繰り返された結果、陳腐化して説得力を失っています。しかし注意してみてください。いまでもマスコミは、十年一日のごとく「命の選択」という見出しをつけ続けています。思考停止を起こしているのです。

もしこのことを他人に伝えたいとするならば、よほど真摯にその問題を考え続け、自分の経験による自分のことばで表現するほかないと思います。こればかりは勉強をして、すでに他人がいったようなことばを切り貼りしてもあまり意味も説得力をもつことはできません。

国内の倫理学的議論の到達点は,現在のところ立岩真也の「私的所有論」ではないかと個人的には思います(すでに原著は15年くらい前のものですが)。もしこれからこの問題を論ずるならば、ここから始める必要がありますし、わたしもそのつもりで発言しようと思っています。

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カウンタ 1807 (2015年5月4日より)