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社会による死産の受け止め方の違い

社会による死産の受け止め方の違い

                               室月 淳 (2012年4月29日)

 はじめに

社会学的にみると,「人」の出生とはこの世に生まれてある共同体に新しく受け入れられることであり,死亡とは既存の共同体から認められている「人」が亡くなっていなくなることである.そうであるとすると死産というのはひとりの人間の誕生でも死亡のどちらでもなく,あるいはそのどちらでもあるかも知れない.出生前と出生後のどの段階で児を「人」とみなすかは,その属する文化や宗教によって,あるいはその時代によってさまざまである.

夫婦が死産を悲しむ気持ちは人類共通と考えられるが,死産をどのように受け止め昇華していくかは文化的・宗教的背景によってかなり異なっている.文化人類学の分野ではいくつかの興味深い事実が報告されている.歴史的にみて洋の東西を問わず各文化は死産した児を一人前の人間と見なさず,迅速に処置し,忘却すべきものとして扱ってきたが,現代では,特に先進諸国では死産児をひとりの人間として扱う傾向が強くなっている.本稿では世界のいくつかの地域と時代をピックアップして,文化・宗教,時代の違いにより,死産ないしは死産児はどのように受け止められていたのか,夫婦の悲嘆はどのように昇華されていたのかを文献からみていきたい.

ただしこれは取り上げた国や時代の特徴を一般化するものでないことは言うまでもない.あくまでもある特殊な例として取り上げ,伝統や宗教といった文化的な背景の違いによって,死産を経験した夫婦の悲しみを癒す装置がどのようなものであるかをみるものである.

 サハラ以南のアフリカ

サハラ以南のアフリカ(sub-Saharan Africa)の諸国は,現代でも周産期死亡率,乳児死亡率と並んで死産率が世界でもっとも高い地域である.

ケニア西部における伝統医療の調査研究(1)によると,伝統的な病気観として,病気は人を襲うさまざまな不幸のひとつであり,何らかの外在する力によって世界と自分の調和が乱されている結果と考えられている.したがって人々は病気になったとき,呪医(Witch doctor)を訪ねて身体に影響を与えている超人間的な外部の力を特定してもらい,それを鎮める儀式を行ってきたという.流死産の場合,それは特に女性が不貞,姦通を犯すなど,何らかの共同体のタブーを破ったための祖先の霊の罰と考えられる.治療としては罪を清めるための一連の儀式が用意されている.

近代医学と学校教育がある程度普及した現代では,人々は病院を訪れて治療を受けたるようになったが,そのような近代医学による治療が十分な効果を示さない場合,伝統的な治療法を利用する者が多いとされる.特に流産や死産を繰り返す場合など,人々は超人間的な力が作用していると考え,こういった伝統的な治療法や儀礼に頼ることが多い.その担い手は呪医や産婆などの伝統的医療従事者である.

タンザニア南東地域のヤオ族では,1930年代のキリスト教改宗以前,胎児や死産児,あるいは先天奇形をもって出生した児は人として認められなかった(2).産婆が生まれた直後に児をていねいに調べ,これは人であると宣言して初めて人として認められた.それでもなお,流産や死産が起こらないようにできる限りの努力は行われた.もし流死産が起きてしまったら母親の健康を取り戻すための治療行為がなされた.

妊娠や出産は単純に女性やその夫だけに属するものではない.妊娠とは家族や血縁に新しいメンバーをもたらすものとして一族から大いに期待される.そのため死産は多大なる悲嘆を夫婦のみならず一族にももたらすが,それは死産が血の繋がりを絶えさせるのではないかと不安を与えるためでもある.妊婦の「失敗」に,社会的,医学的に正当化される説明が要求されることになる.ヤオ族の人間は,もし病気になったり流死産を起こしたりすると,それはたまたまそうなったわけではなく,ある人間が呪いをかけたためと考える.死産も夫婦やその親族と他の人間との争いの犠牲として生じるものであったり,先祖の霊の祟りの結果とされている.

すなわち妊娠出産だけではなく,死産ですらその夫婦に属するのではなく一族の問題となるのである.そこには凝った服喪の儀式はないが,死産後の女性は親族や隣人から厚く労われ,多くの慰め,助言といったものを得ることになる.死産を忘れ,勇気と情熱をもって前向きに生きるよう励まされる.出生した児が人として認められ社会に受け入れられるのも,死産によって傷ついた女性や夫を癒すのも,血縁によって構成された共同体そのものの働きによってである.

 南アジア

インド,パキスタン,バングラデシュといった南アジアは人口増加率が世界でもっとも著しいが,サハラ以南アフリカと並んで周産期死亡率,乳児死亡率,死産率が高い地域でもある.

インドの女性にとっては子どもを産むことは個人的にも社会的にも非常に重要なこととして捉えられている(3).それは将来,自分たちが年老いたときに働いて支える世代を再生産するという切実な理由である.逆に,不妊症であったり流死産によって子どもを失うのは女性にとって非常に不幸とされる.それは夫によって離縁されたり,別な女性を家庭内に入れる正当な理由となるからである.

女性は月経発来の遅れに気がついたときでも,それを妊娠とせず「月経の遅れ」と言う.その段階で性器出血があれば,流産ではなく「月経の遅れた発来」であり,自他ともに流産のストレスから回避することができる.妊娠とされるのは少なくとも胎動があってからで,このとき初めて胎児が根づき,生命あるいは精霊(jan)が入り込んで胎児の体が発達を初める.下腹痛や性器出血を認めた妊婦は,流死産を防ごうとして伝統療法を求める.体を冷やし,消化のいい豆入りのライスを取り,熱いものや性交を避け,症状が収まるまで激しい労働を休む.もちろんこれらの努力にもかかわらず流死産となることもある.そんなときの唯一の治療は「汚い」血液をすべて出してしまうために逆に熱い食物を取ることである.悪霊に取り付かれたか,彼女の妊娠に嫉妬した誰かの悪意のこもった眼で見られているかと解釈され,次の妊娠のときは魔除けのお守りを身につけることになる.

女性は我が子が亡くなったときは強い悲しみを表現する.その一方で,流産,死産,あるいは生まれてすぐ死んだ場合は,あまり感情を表すことがない.乳幼児が死んだときの女性の嘆きが強いようには,流死産ではあまり表だって長々と嘆き悲しんだりはしない.実家からの弔問客が,他のすべての女性が新生児や乳幼児を亡くした経験をもっているのだから,この流死産をあまり大ごとに捉えないように,泣いたりしないように忠告を与えるのである.子どもの死と比べると流死産は一般に軽く見られていて,何か葬式のような儀式や女性に対する特別なケアといった何か特別なイベントがあるわけではなく,せいぜい女性の親族の弔問客が訪れるくらいである.こういった流死産の過小評価は多産多死に彩られた地域ならではのことである.流死産は女性の分娩歴にも,女性の仕事や食事にも,子どもたちの生存率にも影響を与えない.また女性の分娩歴によって流死産に対する反応が異なってくる.若くてまだ子どものいない女性は,流死産をかなり深刻な体験として考えるが,多産婦にとって流死産とは一種の休憩と捉える場合すらあるという.

 カリブ海地方

カリブ海のラテン諸国は早くから文化的,経済的にアメリカの影響を受けてきた.ジャマイカはカリブ海の中央に位置し,秋田県とほぼ同等の面積を有する小さな島国であるが,人口は260万人と人口密度は高い.ひとり当たりの国民総生産も114,600ジャマイカドル(約2,500米ドル)とサハラ以南のアフリカ諸国と比べると一桁高く,中進国グループに属している.首都キングストンには医療レベルの高い大学病院といくつかのプライベートホスピタルがあるのに対し,地域医療は全国に336存在するヘルスセンターによってまかなわれているが,十分な医療・保健サービスがなされているとは言い難い(4).

伝統的なジャマイカ社会においても,相互依存と利他主義に基づいた親族共同体で成り立っている(5).しかしときに個々の人間関係に緊張や敵意が伴うことがある.魔術師sorcererがあやつる悪霊duppiesは死んだ人間の霊であり,夜間睡眠中に男性の霊と交わると妊娠しても流産したり奇形児を出産し,女性の霊は陣痛の床の下に悪霊が待ち構えていて生まれた赤ん坊をさらっていく.これが死産と考えられている.近隣の女性との不和や嫉妬,他の死産した女性の恨みがあると,そういた女性と契約を結んだ魔術師が悪霊を使って女性の妊娠出産に不幸を起こすと信じられている.一方,伝統的な治療師healerは薬草などを使った治療も行うが,共同体の伝統に基づいたさまざまな儀式をとり行う.治療師も魔術師ももともとは土俗的宗教から生じた同一の起源をもつものであるが,キリスト教を受けて入れて以来,教会の公認を得た者が治療師と呼ばれ,教会から異端視された者が魔術師となった.

医学的に「流産」と定義できる状態のときは,妊婦はやはり通常の病院に治療を受けに行くし,伝統的な治療師もそれを勧める.しかしそれが医学的に治療可能であっても,今回の妊娠が流死産に終わっても,治療師の助けがないと根本的な問題は解決されないとされる.他人の恨みや嫉妬が呼ぶ悪霊がもともとの原因であるから,治療師の儀式によってしかそれを鎮めることができないと考えられる.流死産の悲しみと呪いをかけた他者への怒りを鎮め,次の妊娠出産を安心して迎えるように治療師の行う癒しは,いくつかの複雑で儀礼的なプロセスを通って行われる(6).

 日本古来の伝統

日本の祖霊信仰という伝統的な死生観では赤ん坊の魂と肉体を二元論的に捉えており,新生児の魂は誕生のときに祖霊界より現れ,その肉体に宿るとされた.死産は,魂の宿る前のまだ人間になっていない者が人間になれずに終わることである.胎児や出生直後の新生児が死ぬと,肉体に宿るはずの魂がそのまま祖霊界に帰っていく.赤ん坊は誕生後の数々の出産儀礼を経て初めて人間になるのだから,これらの儀式を通過しないうちは人間とは考えなかったのである(7).いわゆる「間引き」という行為も,胎児と出生直後の新生児ははまだこの世とあの世を行き来する不安定な身分であり,この状態にある児をあの世に戻すだけであると合理化されたのだろう.

図1. 棚畑遺跡(長野県)出土の土偶(縄文時代中期).「縄文のヴィーナス」と命名されている  

このような伝統は縄文時代まで遡ることができる(8).縄文時代の住居には,しばしば入り口に甕の形をした深鉢形の土器を埋設されていることがある.専門家によって一般に「埋甕」と呼ばれているこの習俗の意味と目的については,きわめて興味深い解説がある8.それによると当時の人たちは,死んで生まれたり,あるいは生後すぐに死んでしまった赤ん坊を特別に憐れんで,住居に住むその母親がいつもまたいで通る場所に,逆さにした甕に入れて埋葬した.そうすればその甕の上を母親がまたぐときに,死んで埋葬された子の魂が股間から体内に入って,また妊娠し生まれてくることができると信じられていたからだという.母の胎内に帰りまた生まれてほしいという願いを示す一種の呪術的行為と考えられる.

図2. 御所前遺跡(山梨県)出土の人面把手付き深鉢(縄文時代中期).土器中央に人の顔が表されており,出産を表現した土器と考えられている.「今まさに母親の胎内から生まれ出ようとする赤ちゃんと,苦痛にたえる母の表情を描いた大形の深鉢である」(森浩一氏).   

アイヌにもまったく同じ文化が伝えられている(9).アイヌの死生観は,人は死ねば祖先の待っているあの世に往き,しばらく滞在して,また同族の子孫となってこの世に帰ってくる.すべての人は祖先の誰かの生まれ変わりで,人はこの世とあの世を行き来する.そこで問題となるのは,死産したり生まれてすぐ死んだ子どもをどのように葬るかである.こういった子どもも祖先の霊が再び帰ってきたものであるが,そういう霊をすぐにあの世へ送るのはかわいそうであるし,また甦った祖先の霊にすまないことである.そこでアイヌの人たちはその霊を遠いあの世に送らずに,再び母の胎内に戻して次の子となって生まれることを祈る.幼児の遺体は大人とは別に家の入口のところに埋められ,人がよく踏むようにして,早く次の子になって再生することを願って葬られるという.

図3. 唐渡宮遺跡出土(長野県)の埋甕に描かれた絵.埋甕に葬られた児の魂が,大きく開かれた母親の股間から,今まさに体内に入って行くありさまを描写するとされる.   

アイヌの生死観は日本人の心の基底にある生死観でもあるだろう.子どもの生命は神仏から授かったものであり,生命は再生するという思想である.次の機会にもここまで生まれてくるようにとわが家の床下に埋めたり,霊魂が鳥の形をしている信仰に基づいて両腋に鶏の羽を挟んで埋めたりするのは,近代までの伝統であったことが知られている(10).

 現代アメリカにおける「死産」

死産した児の魂が生まれかわり次子となって戻ってくるという宗教的な救い,あるいは親族共同体や地域共同体の中で死産した女性を支え合う援助システムは,現代においてはもはや機能し難くなっている.死産した夫婦がもっとも反発するのが「今度は丈夫な子が生まれてくる」「またがんばればいい」といった励ましであることはよく知られている.また多くの夫婦は,親しい友人や親族がいつも心の支えになってくれるとは限らないと述べている(11).現代の文化は死の現実性を否定する傾向にあり,周囲の人間は死産がどれだけ悲劇的なことであり,強い悲しみの反応を引き起こすものであることを認識できない場合があるという.

死産した母親を支える現代のコミュニティは「サポートグループ」である.それは1970年代に生まれ,90年代半ばまでに急速に成長し,全米で900以上のグループが存在するまでになった(12).死産した夫婦は,同じような経験をもつ他の夫婦から,もっとも貴重な援助を受けることができるのである.それがたとえ他人であっても,児を亡くした他の夫婦と会話することによって,夫婦はその心の奥底にある感情を外に出すことが可能となる.他人と自分の感情を分かちあうことは,回復の過程で非常に重要な経験となる.多くの人たちにとって,深い悲しみから回復するために,同じような境遇の人と感情を分かちあうことこそ唯一の方法なのである.

従来,死は忌むべきもの,触れられるべきではないという考えから,死産は夫婦にとって少しでも早く忘れられるべき事実と考えられてきた.しかしそういった死を直視せず,死そのものを実感できないようなやり方では,死を現実のものとして受け入れることができず,悲嘆の過程を遅らせるという主張がなされるようになった(13), (14).死産が起きたことの理解と現実直視が必要なため,さらに死産児に対するアイデンティティをつくりあげるために,死産児を見たり抱いたりすることを両親に促した.死産児を見たり抱いたりする経験は,一次的に両親の悲しみを深めるかも知れないが,それは正常な悲しみの過程を促進させるためなのである. Louisらのこの勧め(13), (14)は当時では画期的なものであったが,現代では,「死産児を抱き,生きているのと同じように着飾り,葬儀を行い,形見を残す」ことは一種の流行のようにもなっている.

Louisらの主張は,おそらく個々人の主体性による自由な決断と,これに対する責任という近代的な「個人」を背景としている.そしてどんなものであれ自己欺瞞はいけないとする彼の態度は,自分自身について真実を知ることは自分のためになるという合理的な確信に裏打ちされている.人間は自分に不都合な真実を防衛機構によって意識から追い払ってしまう,という臨床心理学の抑圧説の根底にあるものと同一である.抑圧されたものは心の奥底でひそかに悪化し,さまざまな不都合な現象を引き起こすと考えられている.

アメリカの心理学者ハロルド・サッカイムは次のように述べている(15).その根底には次の二つの考え方がある.ひとつは,自己欺瞞は不快なことを避けるのに役立つ.もうひとつは,しかし自己欺瞞は結局のところ精神の健康を損なうというものである.しかし,少なくとも後者は,社会心理学や臨床心理学の最近の研究によって否定されている.むしろ幻想や粉飾された自己認識というものが,精神の健康にとって不可欠な要素であることが証明されてきている.不愉快な経験は気にしないのがいちばんというわけである.

実際,最近Lancetに注目すべき研究報告がでた(16).死産児を見て抱擁した両親とそれをしなかった両親を比べたところ,抑うつ,不安,心的外傷後症候群(PTSD),次子との関係性構築のすべての評価項目で,前者の両親の方が有意に悪化していたという.たとえば抑うつに陥った母親は,死産児を抱擁した場合39%,見ただけの場合21%,見なかった場合6%であった.死産児を見た母親は,見なかった母親に比べ,不安が強くなり,心的外傷後症候群も重度であり,次子との関係性構築もうまくいっていなかったのである.

 おわりに

ある場合には地域あるいは親族コミュニティ,またある場合には民間宗教や伝統的思考といった違いはあるが,いずれもそれぞれの民族におけるある種の「物語」の中で,自らに起こった胎児との死別という現象を確認し再解釈することにより,死産を体験した女性の癒しを行っている.おそらく伝統的日本においても同じような癒しのための装置があったと推定される.

翻って,周産期死亡率が世界でいちばん低くなった現代日本では,伝統的コミュニティでのケアも信仰による癒しも影が薄くなり,女性とその配偶者はオートノミーの名のもとに死産というむき出しの不条理の世界に投げ出されている.医療者のわれわれが新しい「物語」を作り出さなければならないのか,「セルフヘルプグループ」という新しいコミュニティがその役割を担うことになるのか,いまだその新しい道筋は見えてきていない.

 文献

1.Tanaka K: Medical anthropological study in Western Kenya and its implications for community health development. International Development Center of Japan, 2000. http://www.idcj.or.jp/4Publications/wp55.pdf

2.Wembah-Rashid JA: Explaining pregnancy loss in matrilineal Southeast Tanzania. In: Cecil R, ed. The anthropology of pregnancy loss. Berg, Oxford, UK, 1996, pp75-93

3.Jeffery P, Jeffery R: Delayed periods and falling babies: the ethnophysiology and politics of pregnancy loss in rural North India. In: Cecil R, ed. The anthropology of pregnancy loss. Berg, Oxford, UK, 1996, pp17-37

4.中路重之,三田禮造:ジャマイカにおける保健・医療事情.治療2003;85:555-559

5.Sobo EJ: Cultural explanations for pregnancy loss in rural Jamaica. In: Cecil R, ed. The anthropology of pregnancy loss. Berg, Oxford, UK, 1996, pp39-58

6.Wedenoja W: Mothering and the practice of “Balm” in Jamaica. In: McClaon? C ed. Women as Healer: cross-cultural perspectives. Rutgers University Press, Canada, 1989

7.新村拓:出産と生殖観の歴史.法政大学出版局,1996

8.渡辺誠:再生の祈り―祭りと装飾.梅原猛,渡辺誠編:縄文の神秘.学習研究社,東京,1989

9.梅原猛:縄文土偶の謎.古代幻視.文春文庫,文藝春秋,東京,1997

10.宮本常一他編:日本残酷物語1: 貧しき人々のむれ,平凡社,東京,1995

11.クラウス,ケネル:親と子のきずな.医学書院,東京,1985

12.Layne LL: Motherhood lost-a feminist account of pregnancy loss in America. Routledge, New York, 2003

13.Lewis E, Page A: Failure to mourn a stillbirth: an overlooked catastrophe. Br J Med Psychol 1978;51:237-241

14.Lewis E: Inhibition of mourning by pregnancy: psychology and management. Br Med J 1979;6181:27-28

15.Sackeim HA, Gur RC: Self-deception, self-confrontation, and consciousness. In: Schwartz GE, Shapiro D, eds: Consciousness and self-regulation. Plenum Press, New York, 1978, pp139-197

16.Hughes P, Turton P, et al: Assessment of guidelines for good practice in psychosocial care of mothers after stillbirth: a cohort study. Lancet 2002;360:114-118  

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