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各論のレジュメ

各論のレジュメ

 ミトコンドリア病

病態について

ミトコンドリア病の特殊性は,ミトコンドリアDNAのマルチコピー性にある.細胞1個の中に核DNAは1組だが,ミトコンドリアDNAは数千個存在する.変異mtDNAは細胞内で野生型と混在しており(ヘテロプラスミー),変異型が優位になったときにはじめて細胞に障害が発生し,結果として症状が出現する.一般にすべてのひとに変異mtDNAがわずかであるが存在しており,ミトコンドリアDNAの変異の存在が必ずしも病気の発症を意味しないので注意が必要である.

また血液に存在する変異型の比率で,筋や脳などの障害度を予測できない.血液や羊水細胞,絨毛に変異型が存在しないからといって,ほかの組織に存在しないという根拠にはならない.また細胞やミトコンドリアごとに変異率が異なるため,同一病名であっても重症度や病態が異なる.発症するためには変異の比率の閾値があり,多くの場合80〜90%という値である.

ミトコンドリア病というとすぐ「母系遺伝」という言葉がすぐ頭に浮かぶが,実際に母系遺伝を示すのは,MELASとMERRFの約80%,Leigh脳症では約20%,慢性進行性外眼筋麻痺ではほとんどがsporadicである.基本的に点変異はほぼ母系遺伝としてよいが,構造異常である単一欠失の場合はほとんどが散発例であり,多重欠失の場合には常染色体劣性または優性と考えられる.またミトコンドリア蛋白はミトコンドリア遺伝子と核遺伝子の双方からコードされていることが多く,ケースによって遺伝形式が千差万別となる.

遺伝カウンセリング

このようにミトコンドリア病には遺伝学的には問題を多々含んでおり,遺伝カウンセリングに高度の知識と技術が必要な疾患のひとつといえる.ミトコンドリア病の診断の難しさから病因の確定していない例が多いこと,「母系遺伝」という言葉が世の中で独り歩きしており,特別な配慮を必要とすることが,遺伝カウンセリングを施行するにあたって最大の問題である.

次世代に受け継がれるミトコンドリアDNAは卵子由来のみで構成されているため,ミトコンドリア病=母系遺伝という考えが広まり誤解を招いている.「母系遺伝」というイメージにより母親が責められることになりかねない.遺伝形式についての正しい認識を理解してもらうことがまず必要である.今後は「母系遺伝」という言い方をやめて「細胞質遺伝」という言葉に統一することが望ましい.

診断の難しさから病因の確定していない例が多い.クライアント夫婦のミトコンドリア病についての知識をきちんと確認する必要がある.病気を診断する検査では「分からないことがある」ことを知らせることもたいせつである.骨格筋で変異があったからといって必ずしも病気の発症を意味するものではなく,変異率が高いあるいは低いからと言って他の臓器の重症度は判定できない.

mtDNAの変異の存在が判明したとき,母や母方親族に過度の心理的負担を与えないように配慮する必要がある.MELAS患者の母や変異DNAをもっていても,臨床的症状はないか,あっても軽いことが多い.だれの遺伝子検査をするかという問題がでてくる.患者のmtDNAに変異が証明されれば,その母にも同じ部位の変異が検出できることがほとんどであり,患者の検査だけでじゅうぶんとも考えられる.

罹患児をもった両親にとっては次子をもうけることへの強い不安があるが,羊水細胞,絨毛に変異型が存在しないからといって,ほかの組織に存在しないという根拠にはならないため,出生前診断は難しいことが多い.

 

 SMA(脊髄筋委縮症)

SMAについて

SMA(Spinal Muscular Atrophy)は,脊髄の前角細胞の変性による筋萎縮と進行性筋力低下を特徴とする常染色体劣性遺伝病である.国際SMA協会の診断基準によると,近位筋優位の対称性筋力低下と,舌の線維束性攣縮や手の振戦などの脱神経症状を示し,かつ中枢神経機能障害,関節拘縮,知覚障害などを伴わないものである.発症年齢と重症度により3型に分類される.

SMA I型(重症型,Werdnig-Hoffmann disease):発症は生後6ヶ月まで.生涯を通じて座位保持は不可能.発症後,運動発達は停止し,フロッピーインファントの状態を呈する.哺乳困難,嚥下困難,誤嚥,呼吸不全を伴う.舌の線維束性攣縮や萎縮がみられ,深部健反射は消失する

SMA II型(中間型):発症は1歳6ケ月まで.座位保持は可能ですが,生涯を通じて起立および歩行は不可能である.舌の線維束性攣縮や萎縮,手指の振戦がみられる.健反射は減弱または消失.次第に側彎が著明になる.

SMA III型(軽症型,Kugerberg-Welander disease):発症は1歳6ケ月以降.自立歩行を獲得するが,次第に転びやすい,歩けない,立てないという症状がでてくる.

根本的治療はいまだない.I型やII型の乳児期発症では,授乳や嚥下が困難なためチューブ栄養が必要なときがある.呼吸器感染,無気肺を繰り返し,これが予後を大きく左右する.NIPPV(マスク式陽圧人工呼吸器)が有効.III型では,機能維持をなるべく長期にできるようにリハビリテーションを行い,装具の使用などを検討し,小児神経医,神経内科医,整形外科医,機能訓練士の連携が必要である.

SMAの遺伝子と出生前診断について

染色体5q13にsurvival motor neuron(SMN)遺伝子とneuronal apoptosis inhibitory protein(NAIP)遺伝子の2つが同定されている.それぞれコピー遺伝子があり,テロメア側をSMN1とNAIP,セントロメア側をSMN2とNAIPΨと示される.90%以上のSMA患者では,臨床病型とは関係なくSMN1遺伝子欠失が認められる.I型の患者の40%にはNAIP遺伝子欠失があるが,II型,III型患者の大多数にはNAIP遺伝子の欠失が認められない.すなわちSMAの責任遺伝子はSMN1であるが,NAIPが重症度と関係すると考えられる.

近接した運動ニューロン疾患として,X連鎖性劣性である球脊髄性筋萎縮症(SBMA)との異同に注意する.いずれも遺伝子診断が可能と考えられる.欧米ではSMA,特にI型とII型については出生前診断の適応とされている.最も多くの症例の報告としてはWirthらの論文(Prenat Diagn 1995;15:407-417)がある.出生前診断としては,直接的診断であるSMN,NAIP両遺伝子の欠失診断と,間接的診断であるSMN1領域のDNAマーカーを用いたハプロタイプのDNA多型解析を組み合わせて行う.

SMAの遺伝カウンセリング

SMAの遺伝カウンセリングにおいては,ー栖気亡悗垢訐気靴ぞ霾鵝き∪騎里平巴任塙霖痢き0篥岨區巴任よび出生前(遺伝子)診断の問題,タ翰的あるいは社会的援助などが内容となる.

確定診断と告知に伴い心理的な動揺が起こるので,クライアントの感情的な反応に配慮しながら言葉を選んで慎重に伝える必要がある.いかに悪い知らせを伝えるかであるが,たいていのクライアントにとって新しい情報を理解するまでには時間がかかるため,何度も繰り返して伝える必要がある.また子ども本人には,子ども自身の身体の理解,身体認知の段階に応じた内容を説明する必要があるが,それには医療者の介入が非常に大事になってくる.

出生前遺伝子診断においては,実施による影響を充分に考慮し,クライアントの自己決定を支援していく.出生前検査以前に夫婦が結果をどのように考えるかを熟慮する必要がある.しばしばあるのが次子を妊娠してからあわてて来院するケースであり,日頃からの遺伝カウンセリングが重要となる.万が一中絶となった場合は,中絶後の精神の回復のフォローが必要である.時間が経ったあとの夫婦の意識の落差にも注意しなければならない.

教育を含むどのような社会的援助があるかについてもある程度の知識が必要となる.障害者施策(障害者手帳など),難病対策(難治性疾患克服研究事業など),社会保障制度(社会手当や公費負担医療など).親の会などのサポートグループは重要な社会資源といえる.

最後に,児がなくなった直後の遺伝カウンセリングの問題である.対象喪失object lossと呼ばれる愛情や依存の対象を死などによって失う体験となる.その場合失った対象への想いを大事にするmourning work(喪の仕事)が必要となってくる.亡くなった児からの精神的回復がなされる前に次の子をもつのは待った方がいいだろう.亡くなった児の生まれ変わりと思ってしまったり,亡くなった児の経過と比較してしまうからである.まして児が亡くなって1年以内の妊娠で出生前診断を希望する場合,もし胎児が罹患していた場合中絶を選ぶことになるだろうが,結果的に短い期間に続けて児を失うことになり,うつ状態を引き起こすことが多い.

 

 遺伝性腎疾患

ADPKDとARPKD

多発性嚢胞腎(Polycystic Kidney Disease; PKD)は腎の異形成を伴わない両側びまん性嚢胞形成を特徴とする疾患で,常染色体優性遺伝をする嚢胞腎(ADPKD)と,常染色体劣性遺伝をする嚢胞腎(ARPKD)に分類される.過去には,前者を成人型,後者を幼児型と呼んでいた.

ADPKDは約1,000〜2,000人に1人に発症する頻度が高い遺伝性腎疾患であり,原因遺伝子としてPKD1,PKD2がクローニングされている.常染色体優性遺伝であるが,約15%はde novoで発症する(1万人に1人).PKD1の突然変異検出率は60-70%,PKD2は90%である.

日本での推定患者数は約30,000人であり,透析患者全体の約3〜5%を占めている.透析が必要となる頻度は,40歳以下では5%,40歳代で20-25%,50歳代で35-45%,60歳代で50-70%くらい.

ARPKDは約20,000人に1人に発症し,原因遺伝子としてPKHD1が分離されている.患者家系においては連鎖解析やハプロタイプに基づく出生前診断が可能であるが,この方法では前児の臨床的,病理的な正確な診断が不可欠となる.原因遺伝子そのものの解析も原理的には可能であるが,時間と費用の負担は大きい(PKHD1の変異は合わせて300以上が同定されている).

ARPKDは通常,妊娠30週以降に明らかになってくる.大部分のARPKDは新生児期に症候を示し,肺の低形成を示す児はしばしば出生直後に死亡する(60%).乳児期以降に腎の腫大や肝脾腫による腹部膨満により見つかることもある.生後1ヶ月過ぎた児の生存率は約70〜80である.出生直後に両側腎を摘出し,腹膜透析を行いながら,タイミングを待って腎移植を行うという積極的治療も欧米では行われている.

ただしARPKDの臨床経過には大きな幅があり,腎および肝病変の表現型と進行度は多様である.ARPKDの治療には,腎機能障害の進行度,および肝臓の合併症の病態に応じた治療計画を立てる必要性がある.上記のように大部分の症例は重症であるが軽症例も存在する.今後注意深い診療により軽症のARPKDの診断が増える可能性がある.

ADPKDの遺伝カウンセリングについて

はじめに本当に遺伝性嚢胞性疾患かを確認する.診断は若年では偽陰性が多いが,30歳以上ならばまず偽陰性はない.クライアントの健康状態や腎機能を評価し,どんな治療方法があるかをはっきりさせる.成人期に発症する.嚢胞形成に関する浸透率はほぼ100%だが,嚢胞による物理的症状,腎不全,肝不全などの臨床症状は個々の場合,あるいは環境で異なってくる.必ずしも全員が末期腎不全に進行するとは限らない.

ADPKD女性患者の妊娠中の合併症は高血圧と腎機能障害が問題となるので,妊娠前にその2点が問題なければ非患者と同等のリスクと考えてよい.

 

 筋強直性ジストロフィー myotonic dystrophy (DM)

特徴

筋強直性児ジストロフィーは成人の筋ジストロフィーとしてはもっとも頻度のたかい疾患である.臨床的特徴としては筋強直(ミオトニア)や筋力委縮のみならず,糖尿病,白内障,前頭部脱毛,心伝導障害などさまざまな症状を呈することである.重症度には個人差が大きく,先天時より筋症状が出現し重症となる先天型から,高齢でも白内障のみの軽症型まである.筋強直性ジストロフィーの母親から生まれたこどもに,新生児期から重症の筋緊張低下と中枢神経症状をみとめることがあり,先天性筋強直性ジストロフィーとよばれる.

罹患女性の妊娠分娩にあたっては,児への遺伝の問題のみならず,流死産が多いこと,微弱陣痛による分娩障害をきたすことがあること,弛緩出血などが多いことなど問題が多い.また世代を経るにつれて発症年齢が早まり重症化する表現促進現象anticipationが認められる.

遺伝カウンセリング

常染色体遺伝である.19q13.3上のmyotonin protein kinase(MT-PK)遺伝子の3'側非翻訳領域のCTGリピートの過剰な伸長が原因となる.CTGリピートが正常では5-37回程度に対し,患者では50-3000回と著明な増加を示す.リピート数と発症年齢や重症度とは相関があるとされている.出生時から症状を呈する先天型では,親よりこどものほうが圧倒的に増加しており,大半が1000回以上のリピート数をかぞえる.

親が患者の場合は50%の確率で遺伝子変異を受け継ぐ.表現促進現象があるために,児ではより重症化する傾向がある.先天性筋緊張ジストロフィーはほとんどが母親由来(maternal transmission)であり,父親が罹患者の場合には先天型がうまれることはきわめてまれである.父親から遺伝子変異を受け継ぐ場合には,世代間でCTGリピート数が減少し,軽症化ないしは正常化することもあることがしられている.

妊娠中に流死産,胎動減少,羊水過多,遷延分娩,分娩後弛緩出血などの妊娠分娩合併症を生じる.母親が罹患していれば,こどもの50%が非罹患,30%が通常のDM罹患,20%が先天型のDM罹患となるといわれる.

出生前診断はCTGリピート配列を読むことによって基本的に可能である.この場合,母親と,すでに罹患児がいる場合にはその遺伝子情報ができれば必要である.ただしCTGリピート数から重症度の正確な評価は難しい.また出生後の呼吸障害や哺乳障害を克服すれば,DMの生命予後,機能的予後は,デュシャンヌ型筋ジストロフィーや福山型筋ジストロフィーにくらべてかなりよいことから,出生前診断にたいしてはじゅうぶんな考慮が必要である.

このように罹患女性の妊娠分娩についての相談には,本人や家族への告知の問題もふくめて,適切な情報提供ときめ細やかな支援が必要とされる.

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カウンタ 10588 (2012年5月26日より)