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遺伝カウンセリングの限界

遺伝カウンセリングの限界

                            (室月 淳 2014年9月29日, 10月1日追加)

ヒガンバナ 

新型出生前検査(NIPT)を希望する動機としては高齢妊娠がもっとも多いのですが、ひとことで「高齢」といっても、染色体疾患のリスクがあがることへの単純な不安から、個人的、家族的に複雑な背景をもつものまでさまざまです。遺伝カウンセリングではそれを解きほぐしていきます。

実例をあげるわけにはいきませんから、空想で適当な例をでっちあげます。たとえば本人(女性)が42歳、パートナーが35歳のカップルがいたとします。ふたりはまだ入籍前ですが、結婚を真剣に考えています。婚姻年齢が上昇している今日では、けっしてめずらしい例ではないでしょう。

先日、男性の実家にあいさつに行ったところ、なぜ年上なのかと難色を示されました。両親の世代の感覚ではさもありなんというところです。しかしそういった状況で妊娠してしまった。本人としては、もし染色体疾患の子であれば、相手の両親にもうしわけなくて結婚などとうていできない。

42歳での染色体疾患の児出産のリスクは2%くらいでしょうか。たしかに無視できる数字ではありません。だから自分ひとりの意志で出生前診断を受けにきた、染色体疾患であれば中絶したいというわけです。逆に健常なこどもを産めれば、相手の両親にも認めてもらえるかもしれません。

結婚が純粋に両性の同意にのみ基づくものであれば、こういった場合出生前診断など不要でしょう。しかし現実はなかなかそうではない。本人は、出生前診断によって児が健常だと証明されれば相手の両親に認めてもらえる、ふたりは結婚して幸せになれると信じています。

ここにはクライアントの認識の偏りがあきらかに感じとれます。しかし遺伝カウンセリングによってその認識の偏りを正せばクライアントの直面している困難は解決するのか。それは医療の領域であるのか。これはなかなか難しい問題ですが、さてどう考えたらいいでしょうか?

いちばん気になるのはここにパートナーの意志がまったく感じられないことです。実際に遺伝外来を受診したのは本人のみであり、パートナーはその事実すら知らないかもしれません。さてこういったケースの遺伝カウンセリングではどのように対応したらいいか考えなければならない。

もちろん正解はありません。たとえばあらためてパートナーと一緒に受診してもらい、結婚はふたりの主体的な選択に基づくものであり、なにより自己決定が望まれることを認識させる。その上で出生前診断も両親への配慮などに左右されてはいけないことを理解してもらいます。

ここまではあるいはできることなのかもしれません。さらにパートナーの両親にも介入する。息子と相手を一人前の人間として尊重し、いかなる選択であろうともそれを認め、祝福するようにお話する。おそらく染色体疾患の子にたいしてもっているだろう偏見を修正する。

そこにのみとどまらず社会一般がいだいている思いこみや偏見を指摘しただしていく。その上でカップルが完全に自分たちの意志で産む産まないを選択できるような社会の実現をはかる。産む選択をしたときでも、染色体疾患の子どもとその両親が生きやすい社会を実現していく。

そんな一般的に正解とされていそうな、すでにだれかが示した道筋が考えられるのかもしれません。しかし臨床の場で「遺伝カウンセリング」ができることは、せいせいパートナーと一緒に受診してもらい、ふたりに検査の具体的な説明をして、同意をとって採血をする程度のものです。

本人がかかえている困難の本質的な解決はなかなかできそうもない。この場合のかかえている困難というのは、自分がパートナーよりも年上であること、それで相手の両親に受けいれてもらえないことです。本質的な解決は、本人はもちろん、特にパートナーの断固たる意志でしょう。

それによって両親をふくめた他者に受け入れられるように粘り強く働きかける必要があります。ここで児が健常であるかないかは、実は副次的な問題です。出生前検査により事態の解決を考えるのは問題のすりかえでしょう。しかし遺伝カウンセリングで人間関係にそこまで踏みこめるのか?

おそらく一般の遺伝カウンセラーはためらうことでしょう。この場合の遺伝カウンセリングは、あくまでも出生前診断などの医療行為を前提としたものです。そもそも遺伝カウンセラーの多くは心理臨床の素養が少なく、人間関係に介入する能力も時間もあまりないのです。

両親をふくめて広い人間関係から生じる問題、社会的な偏見、さらには福祉制度、ノーマライゼーションなどになると心理カウンセリング一般でもまったく歯がたたなくなります。カウンセリングはあくまでも個人の内面における心理操作にしか過ぎないからです。

遺伝カウンセリングとなるとさらに特殊な領域となり、その対象は医学的内容に限定されることになります。解決できる問題は実はほんのわずかなものです。逆に遺伝カウンセリングによって無理に解決をはかろうとすると、それは多くの場合問題のすりかえになってしまいます。

遺伝カウンセラーはこの場合むしろ出生前検査を認めてしまうかもしれません。健常という結果によって本人が望むように事態は好転するかもしれない。しかしこれを「解決志向型」カウンセリングといってはきれいごとすぎます。もし染色体疾患という結果がでたらどうするというのか。

遺伝カウンセリングがもつ本質的な限界はこのあたりにあります。出生前診断において遺伝カウンセリングは非常に重要ですが、それで問題がすべて解決されるわけではありません。むしろ本質的な問題を覆いかくすこともあるのです。そういった限界にいつも意識的である必要があります。

たとえば妊婦が「38歳なので染色体疾患の子が産まれるのが不安なのです」と言ったとき、「染色体疾患の子が産まれたらなぜ不安なのですか」とふつうは聞きかえしますが、遺伝カウンセリング的には、「染色体疾患の子が産まれるの不安に思っているのですね」とするのが一般的な聞きかたです。

あいての感情に焦点をあてて返すのがカウンセリング的な応じかたであり、あいても自分の感情について語る成り行きとなります。「なぜ不安なのか」の事情ではなく、「不安に思っている自分」に目が向きます。妊婦の問題が状況から切りはなされ、内面の問題に還元されるのです。

カウンセリングの受容やあいてのことばの再陳述といった技法は、妊婦に自分は受け入れられているという安心感をあたえ、同時に自分の内面に意識を向けさせる効果をもたらします。そして家族的、社会的な問題を棚上げとし、自己反省的に問題を引き受けさせていくのです。

遺伝カウンセリングが問題の本質をかくす、問題のすりかえをおこなうというのはこういった意味においてです。問題の「脱政治化」とする批判もあります。そういった根本的批判があることを意識せず、遺伝カウンセリングの重要性だけを強調することは危険であろうと思います。

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