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みとりと死産

みとりと死産

                                 (室月 淳 2014年8月10日)

当院のいのりの部屋

新生児のみとり

当院には出生前にみつかった胎児疾患がおおく紹介されてくるので,あきらかに生命予後不良と予想される児もすくなくありません.たとえば肺低形成,両側腎無形成,多発奇形などといった例です.おおくは人工死産が可能な妊娠22週をすぎてからやってきます.

もちろん出生前の予後予測が100%かというとなかなかそうはいきません.それは成人でもおなじであり,医療にはそういった不確定さはつきものです.しかしそれは程度の問題であって,出生前に重篤な疾患を予測しながら,生まれてみたらまったくの正常で,元気に育っていったということはまずありません.

なにごとも予測の幅の問題です.そのなかでわれわれは両親と話し合いをくりかえし,出生前後の医学的対応の内容を決めていきます.たとえばもし分娩進行中に胎児の全身状態がわるくなったらどうするか? すぐに帝王切開をして救命に進むのか? 胎児死亡もやむなしとするか?

いちばん重篤な選択は,生まれた児にどこまで医学的な処置をほどこすかです.もちろん治癒可能あるいは救命可能な先天疾患であれば,できるかぎりの医療をおこなうのが原則でしょう.しかしこの場合はそうではない.数時間ないしは数日,せいぜい数週間の命と目されています.

簡単にいえば,出生直後に蘇生処置をほどこすのか? 集中治療をおこなうのか? あるいは愛護的なケアにとどめ,みとりをおこなうか? という選択です.二者択一のようにみえますが,そのあいだには無数のバリエーションがあります.

挿管して人工呼吸器を装着するか,点滴をするか,人工透析までおこなうか,人工心肺をつなぐのか,現代医療においてはひとつひとつを選んでいかなければなりません.これは成人の場合と似かよっています.すべての延命処置を断ってみとることもおおいでしょう.

予後不良の児のみとりのケアの問題はここにあります.出生後の間もなく,まだ母子関係,父子関係ができあがっていない時期に,成人と同様の視点でみとりのケア(ターミナルケア)がなりたつのでしょうか.出生前の時期にじゅうぶんな考慮のもとにその選択が可能でしょうか.

成人のそれとはすこしちがった配慮がおそらく必要になります.それはまず誕生そのものを祝福すること,こどもと両親のつながりを育みたいせつにしていくこと,そしてそのつながりに共感すること.ことばにして書きならべてみるとあたりまえのようにみえますが,それが意外とむずかしいことがおおいのです.

しかしこれらのことなしでは真の意味でのみとりとはいえない.単なる安楽死です.そうではなく両親の手のなかで,たとえ10分以内のみじかい生であっても,たしかにこの世に生きて生まれ,そして死んでいった.小さき命のまっとうとしてかぎりなく価値のある事実と思います.

 

亡くなった児のお見送り

胎児死亡で死産となったあと,あるいは新生児のみとりをおこなったあと,母親が退院するまでのあいだ,死児はどこですごすのかは,この10年のあいだにおおきくかわったことのひとつです.周産期医療にたずさわる人間の意識もずいぶん変化しました.

亡くなった児と対面する,抱っこなどのふれあいを積極的におこなうなどは,それ以前から積極的に勧められていましたが,それ以外のときは遺体が変性しないように病棟の冷蔵庫や霊安室にお預かりしていることがふつうでした.ご両親の面会は霊安室でという病院もありました.

しかしいまは退院まで母児同室ということがおおくなっています.「もうあまり長くは一緒にいられないからできるだけ同室で」という気持をもつかたがおおいと思います.一緒にすごすのが自然なことになっています.もちろんここに強制があってはまずいのは当然ですが.

場合によっては母乳をあげることもあります.もちろん吸うことはできませんが,搾乳してその母乳を綿棒などで口腔内に含ませてあげる.また希望により,オムツ交換,沐浴,清拭,更衣など,ふつうの赤ちゃんが生まれたときにおこなう育児をおなじようになぞることもあります.

ここにはご両親の,あるいはわれわれの単なる自己満足をこえた重要な意味があります.この二度ととりもどすことのできないかけがえのない時間のなかで,ご両親がさらなる悲しみや哀しみを感じ,そしてしずかにわが子の死をうけいれていくことになります.

10年まえまではそうではありませんでした.おおきな奇形をもつ場合ほど家族が気をつかいます.母親の心身のことを思いやるあまり,父親や家族のみですべてを決め,自分の知らないところですべてが進められてしまった本人がつよい疎外感を味わう.その思いが長く本人を苦しめます.

火葬してしまえばすべてはとりもどすことはできません.せめて火葬には立会いたかったが,しかし手術後ということでそれもままならなかった.外来でそう苦しんでいた母親に,記録用としてカルテにあったポラロイド写真をはがして渡して,ほんとうによろこばれたことがありました.

亡くなったわが子の唯一の記録となったその写真が,その後どれだけ自分の救いとなったか,と後日ご本人からあらためて聞かされました.思いつきでさしあげた,ちょっとピンボケの一枚の写真ですらそうなのですから,病室で一緒にすごす経験はどれくらい貴重なことでしょうか.

そして退院です.病院から帰るときは,赤ちゃんと一緒に帰りそのまま火葬場にいく,母親だけ退院し火葬の日に病院に引き取りにくる,赤ちゃんを一度自宅につれて帰り,その後に火葬する,などいろいろなパターンがあります.本人,家族などと相談して決めることになります.

赤ちゃんが病院から帰るときは,医師,スタッフみなで正式にお見送りすることがおおい.「いのりの部屋」というおわかれする正式の場所があって,そこでかわるかわる赤ちゃんを抱っこしたり,ことばをかけたりし,ご両親にもごあいさつをします.そしてご両親は赤ちゃんと退院していくのです.

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カウンタ 6781 (2014年8月10日より)