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「カウンセリング」ということばで「遺伝カウンセリング」をおきかえることはできない

「カウンセリング」ということばで「遺伝カウンセリング」をおきかえることはできない

                                 (2013年11月29日 室月 淳)

遺伝カウンセリング」と「カウンセリング」はまったく別の概念であり,「カウンセリング」ということばで「遺伝カウンセリング」をおきかえることはできません.母体血による胎児遺伝学的検査(NIPT)や超音波検査の前後に必要となるのは「カウンセリング」ではなく「遺伝カウンセリング」なのです.

 

 遺伝カウンセリング」と「カウンセリング」はまったく別物である

一般に「カウンセリング」とはいわれるのは,社会,経済,生活などのさまざま分野における専門的相談援助行為をさし,狭義には精神心理的な相談援助,すなわち心理カウンセリングをさすことが多いといえます.その場合,心理カウンセラーの学問的基盤は,心理学・応用心理学の一分野である臨床心理学が中心的に用いられます.また一般的な期待として,カウンセリングでは悩みをなんでも聞き,気持を楽にするために,薬を処方してくれたり,検査や治療をしたりすることがあります.

しかし「遺伝カウンセリング」においては,心理社会的側面に配慮をしながら,理解可能な情報提供と生理をおこない,クライアントの自律的決定,健康管理,リスクや疾患への適応を促進する専門的行為です.たとえばクライアントが子育てや次子について,わからないことや不安,心配があるというので,ダウン症候群について専門的な立場から,いろいろな話を聞き,これからの道筋や方向性を一緒に考えたりします.逆にいうと,遺伝カウンセリングだけですべての心理面の問題には対応できません.精神科医や臨床心理士,メディカルソーシャルワーカー(MSW)などを必要におうじて紹介して対応しなければならないこともあります.

 

 遺伝カウンセリングの重要性

現在の「遺伝カウンセリング」の概念は広くとらえられていて,たとえば放射線被曝の相談も,妊娠中の薬の相談も遺伝カウンセリングの一領域として応用されています.遺伝子にたいする知見がすすみ,出生時では5-10%にすぎませんが,生涯では70%以上が遺伝子と関係のあるなんらかの症状を発現すると考えられているからです.出生前診断全体のカウンセリングも遺伝カウンセリングの概念でとらえるというのも最近の傾向です.実際に「胎児超音波診断」は遺伝学的検査のひとつである,というのは世界的なコンセンサスであり,日産婦のガイドラインでもそれがとりいれられています.

遺伝カウンセリング」が世間一般に定着してきたのは,マスコミ上でもついこの2,3年のことで,それまではメディア上でも単に「カウンセリング」とよばれることが一般的でした.たとえば「血清マーカー試験のまえにはカウンセリングが重要だ」というように.「カウンセリング」や「カウンセラー」ということばは,たとえば「コンサルタント」とか「アナリスト」などとおなじように,いろいろな分野でもちいられるいいかたです.デパートに行けば,「コスメカウンセラー」や「ビューティカウンセラー」という名のメーカー販促員が,無料でカウンセリングしてくれますよね(笑)

ですから「カウンセリング」をおこなうと称すること自体は,医師や遺伝カウンセラーにかぎらず,業種・職種をとわず可能ともいえます.しかしながら,そもそも遺伝カウンセリングがあつかう「遺伝」「生」「出産」などは,対象者の生命・身体・人生・生活の根幹にかかわるものであるため,高い専門性はもとよりきびしい倫理性も要求されます.出生前診断などはまさしくそういったテーマです.だからこそ,産婦人科領域における出生前診断,超音波診断,家族性腫瘍,殖遺伝の各分野で必要とされるのは,単なる「カウンセリング」ではなく,「遺伝カウンセリング」という用語が指ししめすあるものと考えられます.

 

 遺伝カウンセリング」ということばをつかうべき根拠

遺伝カウンセリング」ということばをつかうべきとする根拠のひとつは,遺伝という概念をひろくとらえて,きちんとしたカウンセリングをおこなうべき,それが「遺伝カウンセリング」だとする考えかたは世界的なコンセンサスと考えられることです.2000年初頭にあったヒトゲノムの解読完了を契機にして,遺伝医療の概念は大きくかわり,医療一般への影響も甚大なものになっています.NIPTの問題はその瑣末なあらわれのひとつにすぎません.

定義の問題もかかわってきますが,「非遺伝性の形態異常」というものは実はかなり少ないと考えられて,たとえば先天風疹症候群や羊膜策症候群などが浮かびます.ところが,ウイルスの胎児感染も,局所の組織を破壊するほか,細胞の遺伝子発現を妨げ撹乱し,異常発生をきたしますので,遺伝子発現と密接にかかわっています.羊膜策症候群にしても単純な機械的破壊ではなく,やはり発生異常の一種だという考え方もあります.

「生涯では70%以上が遺伝子と関係のあるなんらかの症状を発現する」といわれるのは,「生活習慣病」や癌についてもそのおおくは遺伝子がかかわっていることがあきらかになってきたからです.それこそ「遺伝子にかかわりのない」というのは,事故死などむしろ少数派となっています.胎児発育に関してもおなじことがいえます.遺伝的な先天異常における発育不全という狭義のとらえかたよりも,母体の高血圧や着床,胎盤形成異常などもひろい意味での遺伝とするとらえ方が一般的です.

遺伝カウンセリング」とすべき第二の根拠は,胎児異常の有無について問われた際に,「家族内発症」を「胎児に発症」と言い直すと,「遺伝カウンセリングはコミュニケーションの過程であり、胎児に遺伝性疾患が発症したときの人間的問題(human problems)、あるいは胎児の発症リスクにまつわる人間的問題を取り扱うものである」とすれば,内容がピタリとあてはまるのではないでしょうか?

あてはまるだけではなく,これからの胎児の超音波診断における対処を,上記のような姿勢でおこなうことは,まさに理想的なものとわたしには考えられるのですが,いかがでしょうか?

 

 一般医家における遺伝リテラシーの必要性

http://jshg.jp/e/resources/data/jma.pdf「遺伝子医学と地域医療」についての報告(日本医師会 第纂\弧仁冤懇談会)

平成14年ですので,もう10年前になりますが,遺伝子医療の急速な進展を受けて,日本医師会が一般医家にとって今後必須の内容としてだされたものです.

地域医療,再生医療,出生前検査をふくむ生殖医療を対象としています.内容としては,最新の遺伝子医学の知識とともに,遺伝学的検査,遺伝情報のとりあつかい,生命倫理や,そしてなによりも遺伝カウンセリングの重要性がうちだされています.以下に一部引用します.

「したがって,今後,一般臨床医(実地医家)が患者の遺伝子診断に直接関与する機会が多くなると考えられる。WHO、その他のガイドラインは,遺伝学的検査を一般の臨床検査と区別し,その実施前に遺伝カウンセリングを行うことを指示しており,検査結果いかんでは患者本人や家族(血縁者)への遺伝カウンセリングが必須になるといわれている,そのため、仮に遺伝専門医のいる病院に患者を紹介するにしても、一般臨床医にも遺伝カウンセリングの基礎知識が要求されるようになるであろう。」

この報告がでたあと,一般医家におけるgenetic literacyの向上がおおいに期待されたのですが,「専門的」内容ということで敬遠される傾向もいまだに根強く存在しています.「遺伝カウンセリング」は,時代的にはすでに一般医家,とくに一般産婦人科医にとって必要不可欠な概念となってきています.ぜひともそのことをご理解いただければと思います.

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カウンタ 2255 (2013年11月29日より)