β-リポトロピン, β-Lipotropin(Lipotropic hormone:LPH)
1964年 | Choh Hao Li(李卓皓)(P 1913/4/21〜1987/11/28, University of California)がヒツジの下垂体からアミノ酸91個からなるペプチドホルモンを発見した。 |
- 脂質が脂肪組織を離れて肝臓へ行くのを増大させると考えられるため、βリポトロピンと名付けられた。
- 下垂体前葉のACTH細胞におけるPOMCの主要な最終産物は、大分子γ-MSH(γメラノサイト刺激ホルモン)、ACTH、およびβ-エンドルフィンである。
- 前葉で、βリポトロピンはγリポトロピンとβ-エンドルフィンにプロセシングされる。
- 中葉で、γリポトロピンとβ-エンドルフィンはさらにプロセシングを受け、β−MSHや、さらに小さなエンドルフィン類へと分解される。
- βリポトロピンのC末端の最初の5つのアミノ酸配列がメチオニンエンケファリンと全く同じである。
β-Lipotropin |
プロオピオメラノコルチンのC末端部分の91個のアミノ酸からなる分子量約 10,000のタンパク。 |
γ-Lipotropin |
β-LipotropinのN末端部分の58個のペプチド。 (残りのC末端部分のアミノ酸31個がβ-エンドルフィンである。) |
[作用効果]
- 脂肪分解作用(ACTH様)。
- メラニン沈着作用(MSH様)
- 副腎皮質ステロイド産生作用(ACTH様)。
- エンドルフィン様中枢作用。
- いずれもACTH、MSH、β−エンドルフィンと比べ弱い。
- ヒトでは生理的にMSHとして機能している可能性が強い。
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エンケファリン enkephalin ←→δ受容体
- δ受容体に作用する5個のアミノ酸からなるオピオイドペプチド。
1974年 | Lars Terenius and Agneta Wahlström(Uppsala大学)はヒトの脳脊髄液から得たサンプル中の「モルヒネ類似因子」についての論文を発表していたが、正確な組成を確認していなかった。[PubMed] |
1975年 | John Hughes(ジョン・ヒューズ)とHans Walter Kosterlitz(P 1903/4/27〜1996/10/26,
ベルリン生まれのアバディーンの薬理学者)がエンケファリンを発見した。オピオイドがモルモット回腸(GPI)とマウス輸精管(mouse vas deferens:MVD)の電気刺激による収縮を抑制することを利用して、ブタの脳組織からモルヒネ様活性を持つ化合物を精製した。
- KosterlitzはAberdeen大学の定年1年前(69歳)に、サンフランシスコの学会でHuda Akilの発表を聴き、モルヒネの研究を続けることを決心し、Aberdeen大学とアメリカ国立薬物乱用研究所から研究費を得て、モルヒネと似た作用を示す化学物質の探求を目的とする新しい研究期間の設立に着手した。
- 研究遂行のために、動物の脳から化学物質を抽出する化学的専門知識Hughes(当時Aberdeen大学薬理学講師)を強力な共同研究者とした。ロンドンからブカレストに飛ぶ英国航空の機上で、Hughesに共同研究を持ちかけ、1930年10月にAberdeen大学のMarischal CollegeにUnit for Research on Addictive Drugs(ネオゴジック建築の灰色の花崗岩の古い城)を開設し、研究が始まった。
- エンケファリンは鎮痛効果のある内因性物質を探索されたのではなく、Kosterlitzが興味を持っていたモルモットの回腸標本で、電気刺激によって生じる回腸の反射調節を抑制する物質が探索された。
- Paul Trendelenburg(P 1884/3/24〜1931/11/4, ドイツの薬理学者、副腎のアドレナリン分泌などホルモンの生理・薬理学機構に関する世界的な権威)の1917年の研究↑が参考とされた:「モルヒネがモルモットの空腸とマウスの輸精管の収縮を抑制し、この抑制がナロキソン、ナルトレキソン、ナロルフィンなどによって拮抗される」ことを利用して、
- モルヒネと同じ作用を持つ化合物をブタの脳から単離して、メチオニンエンケファリンとロイシンエンケファリンを発見した。
- Aberdeenで最終的に決定されたエンケファリンの5個のアミノ酸配列が発表されたのは1975年12月!(Hughes J, Smith TW, Kosterlitz HW, Fothergill LA, Morgan BA, Morris HR. Identification of two related pentapeptides from the brain with potent opiate agonist activity. Nature. 1975 Dec 18;258(5536):577–580. [PubMed])
- Kosterlitzの成功は、Bernardに影響されたものである。「植物の毒は、われわれの身体に存在する重大なメカニズムの発見をもたらす」という言葉に影響された。
- ギリシャ語の「Kaphale (脳の中に)」に因んで、「エンケファリン」と名づけられた。
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- Met-およびLeuエンケファリンの前駆体は、プロエンケファリンA。
- βリポトロピンのC末端の最初の5つのアミノ酸配列がメチオニンエンケファリンと全く同じである。
- エンケファリンはエンケファリナーゼによって分解されるため不安定である。
- エンケファリンは、ストレス鎮痛に関与していない。
- 分布:上記の部位+中脳中心灰白質
メチオニンエンケファリン methionin enkephalin;Met-enk
- δ受容体に作用するオピオイドペプチド
- 5個のアミノ酸からなるペンタペプチド:Tyr-Gly-Gly-Phe-Met
- 中枢および末梢神経系、胃、膵臓、腸管粘膜細胞、下垂体神経葉などで合成され分泌されるが、遺伝子を異にする同じ構造のメチオニンエンケファリンが副腎髄質でも合成される。
- 脳中、とくに大脳皮質、線条体に存在し、視床下部室傍核ではオキシトシンニューロンに分布している。
- Met-エンケファリンは、βリポトロピンのC末端の最初の5つのアミノ酸配列と全く同じである。
- Met-エンケファリンは、β-エンドルフィンのC末端の最初の5つのアミノ酸配列と全く同じである。
- Leu-エンケファリンと同様に鎮痛作用は弱く、一過性である。
- メチオニンエンケファリンは特に肺に多く含まれるエンケファリナーゼによって速やかに分解されるため、血管内注射ではほとんど効果がなく、D型の人工合成ペプチドのDADLE (D-Ala-Gly-Gly-Phe-D-Leu)が用いられている。
- Met-ニンエンケファリンは、哺乳類の冬眠誘導にも関与している。
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ロイシンエンケファリン leusin enkephalin:Leu-enk
- δ受容体に作用するオピオイドペプチド
- 5個のアミノ酸からなるペンタペプチド:Tyr-Gly-Gly-Phe-Leu
- Leu-エンケファリンは、プロダイノルフィン遺伝子 (Pdyn) 産物である前駆体からも作られる。
- Leu-エンケファリンは、ダイノルフィンのアミノ酸配列の最初の5個である。
- William H. Freyは、「人はなぜ泣くのか」を研究した。涙が流れる時、ロイシン-エンケファリンが分泌され、涙の中に入る。フレイは、涙に精神的なストレスを解消する働きがあるのではないかと考えた。
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- 1992年にChristopher J. Evansら*とBrigitte L. Kiefferら*のグループが独立して、DOP(δオピオイド受容体)のcDNAのクローニングに成功した。
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βエンドルフィン endorphin ←→μ受容体 参考1
1975年 | Rabi Simantov & Solomon H. Snyder(Johns Hopkin大学薬理学)が仔牛の脳からモルヒネ様物質を精製した。(Simantov R, Snyder S (1976). "Morphine-like peptides in mammalian brain: isolation, structure elucidation, and interactions with the opiate receptor". Proc Natl Acad Sci U S A 73 (7): 2515-9 [PNAS].) |
1975年 | INRC ミーティングでの内因性オピオイドペプチドの名称について、「enkephalins」では限定的すぎると言うことで、Eric J. Simon(ニューヨーク大学医療センター、オピオイド受容体の発見者)は「endogenous morphine」に因んで「endorphine」と提案し、Avram Goldsteinが最後の「e」を省き、「endorphin」が採用されることになった。* |
1976年 | Choh Hao Li P ↑は、ラクダは頑健で、脂肪を節約して使い、脂身の少ない動物で、過酷な生活に適用していると考えた。1972年にイラク人の学生にラクダの下垂体を送るように頼んだところ、200頭分の楽だのか錐体の小包が届いた。しかし精製してみると、β-リポトロピンの終わりの方の31個(61番目から91番目)のアミノ酸しか見つからなかった。この断片の機能はしばらくわからなかった。
- Kosterlitz↑らが発見したMet-エンケファリンの配列を知って、イラクのラクダから得たペプチドの最初の5個(61番目から65番目)のアミノ酸からできていることがわかった。
- Liは、次第に増えていくモルヒネ類似物質にSimonら↑が付けた一般名「endorphin」を用いることにし、βエンドルフィンの研究成果を1976年1月PNASに提出し、4月初旬に掲載された(Choh Hao Li, David Chung. Isolation and structure of an untriakontapeptide with opiate activity from camel pituitary glands. Proc Natl Acad Sci U S A. 1976 Apr;73(4):1145–1148. [PubMed])。
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1976年 | Derek G. Smyth(ロンドンのNational Institute for Medical Research)は下垂体ホルモンの研究をしていて、1974年にβ-リポトロピンの断片のいくつを分離し、そのうちの一つは、61番目から91番目のアミノ酸からできていた。彼らはこれを「C-fragment」と名付けたが、これはβエンドルフィンと同じものであった。
- Li↑の場合と同様に、Smythがこの断片の重要性を知ったのは、Kosterlitz↑らの共同研究者のMorrisが、Met-エンケファリンとC-fragmentの最初の5個のアミノ酸配列と同じであることを知った。
- Smythらは、C-fragmentにモルヒネが持っている鎮痛性など、あらゆる範囲の特性、血圧に対する影響などをテストし、現存する物質の中でモルヒネ100倍の効力のある自然に存在する鎮痛薬であることがわかった。
- SmythらのペーパーはNature4月29日号に掲載されたが、Liのグループの発表より少し遅れをとった。(Bradbury AF, Smyth DF, Snell CR, Birdsall NJM and Hulme EC (1976) C-fragment of lipotropin has a high affinity for brain opiate receptors. Nature (Lond) 260: 793-795. [PubMed])
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1976年 | Roger Guilleminらもブタの視床下部、下垂体などからモルヒネ様物質を抽出し、3種類があることを明らかとした。 |
- α(アミノ酸16)、β(アミノ酸31)、γ(アミノ酸17)の3種類のがエンドルフィンがある。
- βが最も活性が高いく、痛みに対してもβ-エンドルフィンがもっとも強力な鎮痛作用を示す。
- αおよびγ体は、β-エンドルフィンの代謝物と考えられている。
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1979年 | 沼正作、中西重忠先生らがβ-エンドルフィンのN末端の5残基がMet-エンケファリンと同じであることを明らかにした。 |
- 31個のアミノ酸からなるオピオイドペプチド
Met-エンケファリン | Try-Gly-Gly-Phe-Met |
βエンドルフィン | Try-Gly-Gly-Phe-Met-Thr-Ser-Glu-Lys-Ser -Gln-Thr-Pro-Leu-Val-Thr-Leu-Phe-Lys-Asn -Ala-IIe-Val-Lys-Asn-Ala-His-Lys-Lys-Gly-Gln |
- ランナーズハイなどの脳内報酬系に関連する。
- βエンドルフィンは、副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)などと同一の前駆体であるプロオピオメラノコルチン(POMC)に由来する。
- 下垂体前葉と中葉および脳において、POMCから切り出されて、放出される。
- 脳内では、視床下部、中脳、延髄、橋に含まれるが、メチオニンエンケファリンが多量に存在する線条体では、ほとんど検出されない。
- PAGに投射する視床下部弓状核のニューロンがエンドルフィンを分泌する。
- ストレス時に、視床下部からCRFが分泌されると、下垂体前葉からACTHとβエンドルフィンが1:1の割合で放出される。←→ストレス鎮痛
- β-エンドルフィンは、μ受容体にに作用し、モルヒネ様作用を発揮する。ストレスなどの侵害刺激により産生されて鎮痛、鎮静に働く。モルヒネの6.5倍の効果。
- βエンドルフィンが中脳腹側被蓋野のμ受容体に作動し、GABAニューロンを抑制することにより、中脳腹側被蓋野から出ているA10神経のドーパミン遊離を促進させ、多幸感をもたらす。
- エンドルフィンは社会的安心感に関与する(Jaak Panksepp)。
- 幼弱イヌとモルモットにモルヒネを与えると、母親から隔離された時に泣くことが少なくなる傾向が見られた。別離の苦痛の症状が緩和される。ナロキソンを投与すると、泣く頻度が増加した。
- ヒヨコでも同様で、モルヒネを与えるとなく頻度が減少した。また、お椀を形作った人の手の中に包まれたときのヒヨコは、30〜40秒以内に目を閉じ、あたかも「模擬的なす」の中にいるかのように明らかな根栗につくが、モルヒネを注射すると反応が早まり(約9〜12秒)、ナロキソンでは延長した(約76〜124秒)。
- 分娩中には、エンドルフィンの血中濃度ga通常の2倍〜6倍と増加し、分娩の痛みが和らげられる。
- エンドルフィンは母乳の生成を調節するホルモンであるプロラクチンの母体内のレベルを高める。
- 授乳期間中エンドルフィンが放出されている可能性がある。←→カゾモルフィン
- βエンドルフィンはかゆみを増強させる。ストレス時に放出されるCRFが下垂体のACTH産生細胞らに働きかけることで活性化されるエンドプロテアーゼが、POMCを分解することにより産生され、かゆみを増強させる。
β-プロオピオメラノコルチン:POMC
- β-エンドルフィンの前駆物質
- α-メラノサイト刺激ホルモン(α-MSH)、β-MSH、γ-MSHおよび副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)の前駆体でもあり、それらはメラノコルチンと総称される。
- POMC遺伝子は主として下垂体前葉のACTH産生細胞で発現していて、CRHによって発現が誘導されると、プロセシングを受けて、ACTHやMSHなどに分解されてその作用を示す。
- 表皮角化細胞からもPOMCが産生されていて、かゆみ病変への関与が示唆される。
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ダイノルフィン dynorphin: Dyn ←→κ受容体
1979年 | Avram Goldstein*, Shinro Tachibanaらが1979年に17個のアミノ酸からなると思われるペプチドを確認することに成功した。
- Goldsteinは、1975年エアリーでの学会で下垂体組織から2つの物質を抽出したことを報告した。
pituitary opioid |
POP-1 | =β-エンドルフィン であることが後にわかった。 |
POP-2 | 4年間にわたって追求しても小体を確認できないでいた。。 |
- 1979年に、17個のアミノ酸からなると思われるペプチドの最初の13個のアミノ酸を確認することに成功した。
- dynamis:力を意味するギリシャ語
刺激を加えた回腸標本の痙攣を抑制する力がきわめて強いことに基づいて、「dynorphin」と名づけた。[PNAS]
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- ダイノルフィンのアミノ酸配列の最初の5個がLeu-エンケファリンである。
- ダイノルフィン類は3箇所にLeu-エンケファリン構造を持つ共通の前駆体プレプロエンケファリンB(PPEB)からプロセッシングによって生じる、N末端にLeu-enk構造を含む様々な長さのペプチドである。
Leu-エンケファリン | Tyr-Gly-Gly-Phe-Leu |
ダイノルフィンA(1-8) | Try-Gly-Gly-Phe-Leu-Arg-Arg-IIe |
ダイノルフィンA | Try-Gly-Gly-Phe-Leu-Arg-Arg-IIe -Arg-IIe-Arg-Pro-Lys-Leu-Trp-Asp-Asn-Gln |
ダイノルフィンB | Try-Gly-Gly-Phe-Leu-Arg-Arg-Gln -Phe-Lys-Val-Val-Thr |
- 生産部位・分布:中枢神経系、特に大脳皮質、線条体、海馬、扁桃核、視床下部、中脳水道灰白質、脳幹、及び脊髄に陽性細胞が分布している。腺下垂体前葉細胞、十二指腸にも見いだされる。
- ダイノルフィンの効力は、Leu-エンケファリンの730倍、モルヒネの190倍、βエンドルフィンの54倍であることが明らかにされた。
- κ受容体に親和性が強い。
- μ受容体に対しては、モルヒネやβエンドルフィンの1/3〜1/6 程度。
- がん性痛や炎症性痛下ではκ受容体神経系ーダイノルフィン系が亢進している。μ受容体の機能が減弱しているので、→モルヒネの精神依存が起こりにくい。
- κ受容体に対する感受性の性差があり、女性のほうが敏感!
- ダイノルフィンをコードする遺伝子の転写抑制するDREAM: downstream regulatory element antagonistic modulatorが、疼痛抑制を制御している。
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キョートルフィン kyotorphin
- 高木博司先生(京都大学薬学部)の教室で、大学院生だった植田弘師先生*(長崎大学教授)が中心となって、1979年にモルヒネ様鎮痛作用を指標として、ウシ脳から単離された。
- ジペプチド:L-tyrosyl-L-arginine。
- アルギニンとチロシンから合成されるが、アルギニンを動物に投与すると脳内のキョートルフィンの濃度が増加し、濃度の増加に対応して鎮痛効果が現れる。
- 中脳、橋、延髄に多く含まれる。
- キョートルフィンによる鎮痛効果はMet-エンケファリンの遊離を介する。
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エンドモルフィン endomorphin 参考1
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