症例85
臨床所見
5歳4ヶ月 女性
要約)激症型心筋炎
20○○ 年 11 月 15 日より食欲低下、18 日より吐気嘔吐が出現。19 日には一旦改善したが、 同日 16 時 30 分頃に四肢冷感、意識レベル低下を認め、救急車要請。病院に搬送されたが、到着時心室頻脈であった。到着時意識はあったがまもなく消失、心拍も停止。心肺蘇生を行いながら、別病院へ搬送。18:30 到着。ECMO など行ったが、血圧の維持が出来ず、徐々に出血が増悪、20 日午前 10 時 55 分永眠した。肝酵素の逸脱があり、経過と併せて激症型心筋炎と診断した。
心肺蘇生持続240分。
診断
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体幹部はほぼ真っすぐ。両上肢は下げている。肘関節は伸展。両下肢は股関節 軽度開排・外旋し膝関節、下腿は側面撮影に近い。点滴ラインなどデバイスは見当たらない。肛門にプラグが入れられている。 オムツはしているが乾いている状態。上下別の衣服をつけている。上着は前合わせで右前。プラステックのボタン5個は留められている。上2個のボタンは留められていない。タオルケットに包まれているようだ。右鼠径部にはガーゼがあてられている。ECMOのカニュレーションが行われていた部位だと思われる。
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以上、デバイス類を整理し、着替えた、エンゲルケア後の状態と考えられる。 体表の輪郭に不自然な圧痕などは認められない。 頭蓋と体幹、体幹と四肢、上肢・下肢の肢節ごと、それぞれのバランスに異常指摘できず。
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全身の軟部組織浮腫があり、とくに上半身で著明である。 下顎の相対的突出がある。通常、顔面頭蓋の低形成を示唆する所見であるが、その様には見えず、下顎挙上など蘇生時の操作が影響したものだろうか。
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脳全体が低吸収化し、灰白質と白質のコントラストも、皮質、中心灰白質でともに低下している。脳溝、脳室は狭小化しており、軽度の浮腫の発生を示しているが、脳槽の狭小化は強くはなく、脳ヘルニア、midline shift は生じていない。
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右の中大脳動脈の皮質枝の領域と右大脳半球の傍正中領域分水嶺領域に、周囲よりさらに低吸収化して浮腫の程度も強い。頭頂部で大脳鎌の後半の左表面に最大で 3mm 程度に至る高吸収領域が拡がっている。単なる血液就下による高吸収化だけではなく、硬膜下血腫を生じている。この一部は脳溝の 内部にも入り込んでおりクモ膜下出血となっていることを示唆している。
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挫傷など外傷性の変化は指摘できない。
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過去の破壊性変化、形成異常、腫瘍、変性疾患、水頭症などを示唆する所見は、この CT からは見いだせない。
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頭部の軟部組織は他所と同様に、全体的に腫大が強くなっている。一部には CT 値が 40 を超える様な部分も散見され、単なる水分貯留ではなく出血も混在しているのではないかと思われる。腫大の局所差は少なく、局所的な損傷が加わったということは、このCTからは言えない。
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頭蓋骨骨折は発見できない。頭蓋縫合はわずかに拡大している印象を受ける。
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両側眼球の赤道面が骨性の眼窩前面程度に位置しており、平均的位置より前方に位置している様に見える。骨性の眼窩自体は浅くなく正常形態に見える。眼窩の筋円錐内の脂肪には浮腫は指摘できず、外眼筋も腫大していない。視神経にも形態的異常は指摘できない。意義がある所見か判らないが記載しておく。
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副鼻腔(両側前頭洞、上顎洞、篩骨洞、蝶形骨洞)、中耳とも粘膜肥厚や貯留物による含気の低下を示す。骨性構造の破壊や偏位は指摘できない。
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鼻腔は粘膜肥厚で狭小化している。鼻粘膜、口腔・咽頭表面は CT 値が 100 程度に達するほど高吸収化している。乾燥が進行している可能性が考えられる。
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下咽頭から喉頭、気管・気管支内は低吸収のものが充満している。そのほとんどは CT 値が 10 程度で水に近いが、胸郭入口部や左右の主気管支内の背側には断面で最大で径 2mm 程度、CT 値は 40 程度の高吸収物が存在している。性状確定は不能であるが血腫であろうか。
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両側に相当量の胸水があり、右では高吸収物が背側に沈殿して液面形成が見られ、相当量の胸腔内出血があったことが示される。
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心臓では心筋厚は厚く、心内腔は小さめに見える。死後硬直で左室心筋は厚くなり、CT 値も上昇するが、本症例では心筋炎も関与している可能性がある。死後の撮影にしては右室、右房の内腔が非常に小さく、血管内の平均充満圧が低いことを意味し、生前の循環血 液量の減少を示唆していると思われる。
相当量の心嚢水が認められる。しかし、確定的なことは言えないものの心タンポナーデ となる様な液体量とは思えない。心膜肥厚あり。
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心臓周囲の脂肪の量が年齢から考えると多めに見える。心筋自体には脂肪浸潤は認められない。むしろ心筋の CT 値はやや高めに見える。心臓前面の脂肪層には混濁がみられる。 胸骨圧迫の影響が考えやすい所見である。
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縦隔内では、他にも脂肪織の混濁、出血を疑わせる高吸収域が散在して認められる。発生時期や性状、成因について確定的なことは言えないが、これも胸骨圧迫によるものという仮説が可能性が高いものの様に思われる。
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上行大動脈、大動脈弓の壁厚が厚く、CT 値も70 程度に達しており、動脈内圧の低下による動脈収縮による変化があったとしても、壁厚は厚く濃度も高い印象を受ける。鑑別診断には、血栓閉鎖型解離や動脈炎(高安動脈炎で大動脈壁肥厚、高吸収化を認めるので) が挙がる。この点についても、蘇生時の胸骨圧迫が相当長時間行われたことを考慮すると原因をそれに求めるのが自然と思われる。ただし、本例が臨床的に心筋炎から死亡に至ったことを疑われていることを考慮すると、大動脈にも生前から炎症があり、その変化を見ていた可能性も考えられるのではないかと思われる。
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なお心筋炎から突然死に至ったと臨床的に確度高く推測される事例では、心筋の刺激伝導系中心に炎症が起こって致死的不整脈を来し、解剖を行っても形態的には全く異常が見られない症例によく遭遇することがあるのは踏まえた上で、敢えて上記の様な記載をしておいた。
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また下行大動脈の心基部のレベルから大動脈裂孔のレベルまで 5cm 程度連続し、尾側から見た断面で 2 時から 6 時方向に、厚み 3mm ほどで三日月状の偽腔の様なものが見える。伴走する半奇静脈やリンパ管ではない。これもこの CT 単独では確定できないが、実際に生前または死戦期に形成された大動脈の解離があったかもしれないし、死後の内腔での血餅 形成、縦隔出血による大動脈周囲への血腫付着などが生じていた可能性がある。ただ生前から実在していたとしても、直接死因として働く様なものとは考えにくい。
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胸郭の軟部組織の浮腫、腫大、脂肪織の混濁、皮下出血を疑わせる所見はかなり強い。 CT 単独では成因や成立時期は確定できないが、右の鎖骨上窩には ECMO の cannulation の痕と思われる所見があり、これら縦隔や胸部の所見には ECMO の施行と、長時間の胸骨 圧迫により生じた、というのが第一の仮説になると思われる。
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肝、胆道系、両側腎、両側副腎に異常は指摘できない。脾臓は小さいが死後の撮影としては通常よく見られるレベルである。出血等死戦期での変化がまず想定される。
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膵臓は通常死後の撮影で見るものより内部の CT 値が高い印象を受ける。また膵周囲の後腹膜腔での液体貯留が多い印象を受ける。膵内の均一な濃度上昇であり、ただちに生前の 膵炎の存在など異常の存在を示すものではないが、通常とはやや異なった所見であり記載しておく。可能性としては、心筋炎と膵炎の合併や、あるいは蘇生術後変化として膵炎様 所見を認めることがあり、本症例では 4 時間と長時間の蘇生術が施行されていることから、蘇生術後変化が挙がる。
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大量腹水あり。分布には偏在目立たない。盲嚢内にも液体貯留あり。いずれも CT 値は10 程度であり、蛋白性分や血球成分は乏しいと思われる。腹腔内遊離ガス像は認められない。
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腸管は直腸、S 字結腸までは内腔虚脱しているが、それより口側は腹水と同程度の CT 値 10 程度の液性内容物が充満している。腸管壁は内腔が拡張している部分で考えると軽度の肥厚がある。腸管の配列・走行に異常は指摘できない。腸間膜リンパ節は目立つがこの年齢ではとりたてて病的なものと言えない。
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肋骨で前方部分に内側に屈曲しているのではなかという部分が複数箇所あるが、明確な塑性弯曲や骨折には至っていない。
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その他、骨損傷の所見や骨の形態異常は指摘できない。 腰椎レベルの脊椎管内に終糸脂肪腫が存在する。
考察
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数日の体調不良の後に、急速にショック症状、心肺停止となり、ECMO による呼吸循環の補助や長時間の蘇生を行ったが、死亡に至り、臨床的には劇症型心筋炎が疑われている例である。
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全身浮腫とくに上半身に強い。多量の胸水、心嚢水、腹水、腸管内への液体貯留なども多い。主に輸液の負荷や毛細血管の透過性亢進の所見を見ているのではないかと思われる。上半身に浮腫が強いことはVV ECMOによる上半身の静脈圧の亢進は反映しているのではないか。
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心筋の CT 値がやや高い。上行大動脈から動脈弓の壁がやや厚く見える。また下行大動脈に大動脈の解離様に見える部分がある。これらが生前からの変化を示すものか、長時間の蘇生とECMOの cannulation による影響なのかどうかは確定はできないと思われるが、生前の炎症性変化を反映している可能性はありえるとは思う。 (なお繰り返すが、心筋炎から突然死に至ったと臨床的に確度高く推測される事例では、心筋の刺激伝導系中心に炎症が起こって致死的不整脈を来し、解剖を行っても形態的には 全く異常が見られない症例によく遭遇することがあることはよく承知しているが、実際に血管の壁厚がやや厚いことから、この様に敢えて指摘をしておく。)
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右大脳半球の中大脳動脈領域とくに分水嶺領域の脳梗塞。これは死亡診断前にすでに 存在していた所見であると考えられる。ショック、心停止、ECMO での循環維持などより生じることが充分考えられる所見である。左頭頂部の硬膜下血腫、一部クモ膜下血腫を疑 わせる所見についても、うっ血が長時間持続しておりそれが有力な原因として考えられる。
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結論として、本例では心停止、長時間の蘇生行為による変化が強く表れているものの、直接の死因となるものや処置の過誤を推定させる様な所見は指摘できない。また診断されていなかった疾患も指摘できない。臨床的に推測される心筋炎に関連しうる所見として、心筋の濃度が高い点、血管壁の厚みが大きい点、心嚢水が相当量存在した点などで関連が考え得るが、CT 単独では確定できない種類のものである。
担当者名
Ai情報センター(小児死亡事例に対する死亡時画像診断モデル事業登録症例)