症例82

臨床所見

7歳6ヶ月 男性
要約)20◯◯年◯月◯日入院、入院2日後に脳出血、ヘルペスウイルス性脳症と診断。汎下垂体機能不全、脳幹部障害あり。人工呼吸器下で管理。 入院の5年9ヶ月後にノロウイルス性腸炎発症。DIC、敗血症、hydrovolemic shock合併、その後死亡日まで下血、感染を繰り返しDICの状態。 ◯月3日午前4時頃、急激に血圧低下、気管切開部より多量の滲出液を認めた。多臓器不全が進行。◯月4日、5日に心肺蘇生術施行。 ◯月6日 10時35分。死亡診断。胸骨圧迫等、心肺蘇生約60分施行。 ◯月6日 12時30分。AiCT施行。


既往歴)ヘルペスウイルス性脳症。解剖)なし。


画像所見


残存の脳皮質は石灰化や脂肪組織の増生が認められる


                   両側大腿骨遠位骨幹端のモデリングの異常                  


                   気管背側から右気管支内には高吸収の索状構造が連続しているように見える                  

診断

  • スカウト画像より小頭症、頭蓋冠肥厚あり、脳萎縮を反映した所見と考えられる。顔面頭蓋の相対的低形成も目立つ。軟部組織腫大が目立つ。軟部組織腫大著明。両側大腿骨遠位部にundermodelingあり。上腕骨の骨のモデリングの異常わからない。肋骨もやや太い印象。大腿骨の形態は、既知のヘルペス脳炎、臨床的脳死相当の状態、長期臥床、相当期間のDIC、などの要因によっては説明できない。 形態はErlenmeyer Flask Deformityであり、この様な形態を呈する様々なBone dysplasia や代謝異常は鑑別にあげられるべき。ただし長期臥床による繰り返す骨折による変形などがあれば、一見類似の形態を呈しうると思われ、CTの再構成画像などでチェックしておくべきと思われる。   
  • 脳組織は明確な輪郭は認められず、わずかに皮質の形態を残した残余の組織が認められる他は、CT値が平均20程度のもので充満している。一定の出血由来の物質を含んだ脳脊髄液様の液体が貯留しているものと思われる。
  • 残存の脳皮質は石灰化や脂肪組織の増生が認められる。硬膜外や硬膜下に脂肪組織の沈着というのは、著しい脳萎縮で長期間の臥床を経た患者においてもあまり見られない所見である。
  • 頭蓋冠肥厚も、何層もの層状の硬化線が認められ、通常の脳萎縮に伴う頭蓋冠肥厚とはやや異なる印象を受ける。骨の形成自体に異常があったのではないだろうか。しかし、おそらく長期の貧血、カルシウムやリンの不足といった骨の形成にこの様な変化を来す異常は存在したのであろうから、これのみでは結論がつけられない。  
  • 副鼻腔、中耳の含気は失われている。  
  • 頭頚部の範囲でも筋肉は脂肪置換が著明である。筋膜様の残存構造から推測される筋束の大きさは正常に近い状態が推測され、内部の脂肪置換が著しい状態である。これも通常の重篤な脳障害後の長期臥床児の通常の像とは異なり、様々な筋ジストロフィーの場合に見られる仮性肥大の像に類似している様に見える。
  • 撮影時、気管・気管支、両側肺の含気はほぼ失われている。両側胸腔内に相当量の胸水が存在する。気管背側から右気管支内には高吸収の索状構造が連続しているように見える。詳細不明だが血腫か。右上葉気管支の分岐は早い。一応気管分岐部を形成してから上葉気管支を出すので、典型的な気管気管支ではないが、この様なものも気管気管支と称される場合がある。ダウン症候群ではよく見られる気管分岐の形である。
  • 心大血管は異常を指摘することはできない。
  • 肝右葉前区域の限局的な低吸収化がある。相当量の腹水がある。腹水のCT値は平均すると20程度で出血とすると低いが、死亡前の少なくとも3日間ほどはDICの状態やおそらく貧血の状態であったのではなかと考えると、血球由来成分がかなり含まれている可能性が予測される。この腹水が出血に関連していると考えると死因となりうる程度の量であると推測される。出血とすると、画像所見上の根拠のある出血源としては、異常な低吸収となっている肝臓が考えられ、その機序としてはDICなどによる idiopathic なもの、蘇生に関連した合併症などの可能性が考えられる。
  • 脾臓の背側には裂離状の低吸収線条が認められる。正常の分葉でも納得できる程度ではあるものの、これも脾断裂で出血源となっている可能性はありうる。また左腎のGerota筋膜にも沿って高吸収の貯留物があり、こちらは出血に関連してる可能性がより高いと考えられる。腎や上記の脾からの出血の可能性が考えられる。   
  • 肝、胆道系、膵、両側腎、脾には上記以外の異常は指摘できず。  
  • 両側副腎、両側精巣は萎縮している。  
  • 腸管の配列、口径に異常指摘できず。腸管内は胃から空腸内、遠位回腸内に高吸収の内容物あり。大網内に点状の石灰化あり。  

考察

  • 強い脳の破壊が生じた後の後変化を見ている。いわゆる臨床的脳死と捉えられる状態であり、全身の筋が脱神経支配後の強い脂肪浸潤を示している。ただし通常の長期臥床児と異なり仮性肥大様の脂肪浸潤であり、基礎に筋自体の異常を来す様なものがなかったかどうかに関心を惹起させる。
  • 頭蓋冠の肥厚、両側大腿骨遠位骨幹端のモデリングの異常は、これも通常の長期臥床児と異なる印象を受ける。ただ二次的な変化も強く、大腿骨には骨折の存在もありそうである。
  • Erlenmeyer Flask Deformityを来す疾患としては、代謝性疾患として Gaucher病が有名であり、他にはNiemann-Pick Disease病などがあげられる。骨系統疾患としてはFrontometaphyseal Dysplasia、Craniometaphyseal Dysplasia、Pyle Disease等、多種多様な疾患が鑑別リストに上がってきうる。
  • 今回、骨を観察しやすい形で提供されていないので判断できず、大腿骨の形態がErlenmeyer Flask Deformityなのか骨折後の治癒像なのか、頭蓋冠の肥厚が脳萎縮後の変化だけで良いのか十分な確信が得られない。単に可能性を列記するだけにとどめる。
  • 死因としては臨床的に捉えられている様に、ノロウイルス感染、腸炎、hypovolemic shock、DIC進行、多臓器不全という推測に矛盾するものはない。両側の相当量の胸水、肝臓やあるいは脾臓からの出血の可能性が考えられる大量腹水は、いずれかの時点でshockや呼吸不全の進行に関連していたと考えられるが、この様な臨床経過では通常検索や治療の対象となるものではなく、また対処の方法がない状態であろうと考えられる。

担当者名

Ai情報センター(小児死亡事例に対する死亡時画像診断モデル事業登録症例)