症例79
臨床所見
3ヶ月 女性
要約)自宅で朝死亡しているところを発見。20○○年1月○日午前3時頃。
解剖)病理像では心筋症疑い、剖検では肺欝血が強い程度
画像所見
関節内ガス
気管内の液体貯留
診断
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赤ちゃんカゴ(クーハン)に入れられた状態での撮影になっている。 これに応じて右前斜位の体位であり、右上肢、右下肢が前に出ている。 頭部、体幹、四肢のバランスに異常指摘できない。 頬部、頸部から胸部にかけて上体で軟部組織の厚みが過大な印象を受ける。消化管ガスが多い。蘇生の際の送気によるものが考えやすい。 消化管の口径不同、偏在などの異常は目立たない。
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灰白質・白質コントラストは低下している。基底核や視床など特定部位の濃度異常は認めない。脳溝や脳槽の狭小化はない。大泉門は軽度陥凹している。縫合離開も認められない。脳の体積変化が明らかでないことから死後変化が考えやすい所見。
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頭蓋内出血なし。後頭部の静脈洞や側脳室内の脈絡叢に血液就下あり。皮質などの形成異常についてはCTであるため評価に限界あり。生命維持を困難とさせるような大きな形成異常はないと思われる。延髄・上位頸髄に外圧迫像など粗大病変認めず。撮影範囲内には頭蓋骨骨折はない。
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両側眼窩、眼球、鼻腔、副鼻腔、側頭骨(内耳、中耳)の形成に異常なし。 両側耳下腺、両側顎下腺に異常なし。甲状腺は生体の正常より低吸収であるが通常の死 後変化として納得できる程度ではないかと思われる。頸部リンパ節腫大なし。
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咽頭、頚部気管内はCT値40未満のもの、舌根沈下などにより内腔が消失している。蘇生が行われ換気されていたのであれば、まずは死後の液体貯留と考えられる。ただし肺炎や心不全の発生により肺からの液体漏出や気道分泌物の増加など、死亡時の病態を反映している可能性は当然あり得るし、CT値が比較的低いものが気道の閉塞に関与していた可能性はありえるが、解剖も行われており、そこで性状の確認はされているのではないかと思われる。
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胸腔内でも、気管および区域気管支レベルまでの気道は、CT値40未満の比較的低濃度のものが充満している。局所的に濃度が異なるものは気道内に見いだせない。気道の径や走行には異常は見いだせず、外圧迫像もない。
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肺は気管支血管束周囲の拡大があり、末梢では肺胞隔壁や小葉間隔壁などの拡大、肺胞性陰影の出現があるように見える。小葉間隔壁肥厚、わずかな胸水を認め、肺水腫に合致する所見。気道散布、血行性散布というよりは、急性左心不全の発生による左心圧の上昇の結果の所見が優越しているように推測される。
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肺炎の診断や否定は困難であるが、少なくとも一つの区域や肺葉をコンソリデーションで埋めるような肺炎(肺炎球菌、クレブシエラ、マイコプラズマなど)、孤立性陰影を生じる肺炎の根拠となるような所見は指摘できない。以上より、肺炎は積極的に疑わないが、否定もできない。
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心臓の位置、大きさに異常は指摘できない。心腔は二心室二心房のように見える。心腔内に液面形成があり、撮影時の体位を反映しており、急性死であったことを示唆している。心筋の厚みが明確には判らないのだが、心腔内ガスの位置などから考えると比較的薄いのではないかと思われる。
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肉眼解剖の際に病理医が心筋炎のなどを疑う根拠とすることを経験しており、本例で言われている心筋炎疑いのひとつの根拠なのかもしれない。通常の冠動脈走行部位に沿って、線状のガスが存在し冠動脈の走行や性状を反映している可能性を示している。肺動脈からの分岐でもこの様な経路を示す部分にしかガスが見えないので冠動脈分岐異常に言及することは困難である。肺動脈、肺静脈の通常の形態が推測される。動脈管索の石灰化あり。大動脈から腕頭動脈、左総頚動脈、左鎖骨下動脈の分岐は定型的形態。 左右腕頭静脈が合流して右側に上大静脈を形成している。奇静脈は正常サイズ。
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胸腺は3ヶ月児としても大きい方である。内部は均一に正常胸腺の濃度である。 右冠動脈内にガスがあるようだ。このため一定の走行部位の把握が可能となっているが、冠状溝に沿っておりわかる範囲内では定型的走行に見える。
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肝、胆道系、膵、両側腎、両側副腎に位置、形態、大きさ、内部の異常は指摘できない。脾臓は小さめであるが死後の通常範囲内。肝に血管内ガスあり。 胃、小腸、結腸、直腸内の配列、口径、分布などに異常は指摘できない。腹腔内遊離ガス認められず。腹水認めず。 左総腸骨静脈は右総腸骨静脈とは合流せずに大動脈の左を上行し、左腎静脈に合流して 左下大静脈をなす。重複下大静脈である。
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この CT では骨折の存在は指摘できない。
考察
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肩関節、股関節の関節包内にガスが生じているが、例えば単純X線写真の撮影時など、通常認容しうる範囲内の他動的な関節の屈伸でも容易に生じうるものである。乳児前期の関節周囲の抵抗減弱部位は関節包そのものでなく、盛んな成長速度を反映して細く脆弱な成長線直下の一次海綿骨であり、暴力的な屈伸を受けた際にはここが破断し虐待に特徴的な典型的骨幹端病変(骨幹端骨折、角骨折、バケツの柄骨折)となる。このCTの品質であれば典型的骨幹端病変の描出は十分に期待できる。本例では典型的骨幹端病変を疑わせる 所見はなく、関節包内のガスのみを根拠に生前に四肢に暴力的な取り扱いがなされた、と推測する根拠とするには無理があると思われる。
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なお乳児の予期せぬ突然死であるので、骨折や関節内ガスの有無は別として虐待の可能性も考慮した死亡状況調査が行われるべきであるのはもちろんである。
関節所見などを有意な所見とすると、関節過度可動性が僧房弁逸脱による心不全を引き起こした可能性がある。
担当者名
Ai情報センター(小児死亡事例に対する死亡時画像診断モデル事業登録症例)