症例72

臨床所見

5歳 男性
要約)A型インフルエンザ、インフルエンザ脳症


病歴)早産低出生体重児(28週3日、1174g)、Dandy-Walker奇形の為VPシャント術施行の既往がある。20○○年○月18日より発熱、翌19日朝インフルエンザA型と診断され、活気不良のため夕方入院。意識レベルと呼吸状態が悪化し、挿管、人工呼吸器管理を行った。20日一時心拍低下し、胸骨圧迫施行。一旦呼吸循環動態は安定したが、神経学的には臨床的脳死と判断。○月7日より呼吸器条件が悪化し、9日午後11時36分死亡。10日0時26分 Ai-CT実施。 


処置)蘇生術施行せず。解剖なし。


画像所見


舟状頭蓋。


                   腸管浮腫、消化管内にも出血か。                  


脳幹出血疑い                  

診断

  • 脳溝・脳槽の不明瞭化が著明で、前頭縫合、冠状縫合、人字縫合の離開(最大で3mmにおよぶ)が存在し、びまん性脳浮腫の存在が示される。   
  • 脳室の内腔も描出されない。VPシャント術を受けており生前よりスリット状であった可能性があるものの、びまん性脳浮腫の影響を受けている可能性が高い。
  • 小脳テントは下方凸となり圧排偏位されている。生前の形態との比較が必要であるが、テント上の大脳の腫脹により圧排偏位が生じていると考えられる。両側の鉤部の内側の間隔が狭小化しており、鉤ヘルニアの可能性を示す。大後頭孔もcrowdingがあるように見え、ヘルニアの可能性を考えさせるが、諸構造は充分に分界されておらず明瞭ではない。
  • 脳は全体的に低吸収化し、灰白質・白質コントラストも低下している。特に中心灰白質、視床で低下が激しく、障害部位が急性壊死性脳症の特徴を示しているのではないかと疑い、サイトカインストームの存在を考えたいが、臨床的脳死となってからの期間が長く初期の病態を推測するのは困難ではないかと思う。  
  • 脳幹部は中央部分がやや高吸収化しており、不明瞭であるが脳幹部の出血の可能性を示す。脳幹周囲の高吸収化がありSAHの可能性は確かにあるが、pseudo-SAH sign が主体である可能性もある。  
  • 頭蓋は長頭であり、以下に示すように矢状縫合の閉鎖による舟状頭蓋scaphocephalyであると思われる。矢状縫合は離開しておらず、辺縁は波状で interdigitation が強い。矢状縫合は骨性には癒合してないものの機能的には閉鎖していた可能性が高い。冠状縫合の後方で頭蓋がサドル状に陥入を示している像も矢状縫合の機能的閉鎖の存在を示唆する。この年令で前頭縫合が残存していることは通常ではなく、矢状縫合の機能的閉鎖の傍証となる。
  • 両側の人字縫合には多数(10個を超える)のウォーム骨が存在する。膜性骨化の軽度の障害の可能性を示し矢状縫合早期閉鎖との関連は考えられる。骨形成不全の所見のひとつとして著名であるが、この患者さんの骨格系には骨濃度の低下、骨折の存在など骨形成不全症を考えさせる所見はない。鎖骨の形成異常なども指摘できず鎖骨頭蓋異形成症を考えさせる所見もない。本例での多数のウォーム骨の存在の病的意義は不明にとどまるが、軽度の異常所見であることは確かである。
  • なお矢状縫合早期閉鎖による scaphocephaly と Dandy-Walker malformation の合併は Jones craniosynostosis / Dandy-Walker sundrome として報告されている(例えばAm J Med Genet. 1993 Oct 1;47(5):640-3; discussion 644.)。 ただし単独奇形とされるものの合併と報告例での遺伝性を示したもので、その意義についてはよくわからない。
  • Dandy-Walker malformationがあったということであるが、脳の形成異常や過去の破壊性変化については、現在の脳浮腫が著しいためよく評価できない。
  • 脊髄硬膜嚢が高吸収化しており脊髄が低吸収に描出されている。脊髄硬膜嚢内でクモ膜下出血の状態となっている事を示す。   
  • 眼窩、眼球に異常は指摘できない。  
  • 副鼻腔、両側中耳の含気はいずれも消失している。  
  • 両側上顎洞の粘膜肥厚と中央部分の高吸収貯留物が存在する。従来からの慢性的な貯留物、真菌感染の可能性などもあるが、インフルエンザによる粘膜浮腫と出血を診ている可能性があるのではないかと思われる。出血単独としてはCT値が90を超えている部分があり考えにくい点もある。  
  • 咽頭レベルでは気道が描出されない。舌根沈下や分泌物などによると思われる。気管は内腔開存し外圧迫もない。唾液腺、甲状腺:異常指摘できず。  
  • 肺は広範な無気肺が出現している。含気が残っているのは右肺では中葉、下葉S7、S8、左は上葉。含気の残る肺には、気道散布性を疑わせる小葉中心性の浸潤影(左上葉に明瞭、炎症としても整合)、肺胞間隔壁など間質の顕在化(心不全の発生を推定)、間質性肺気腫(右中葉)などの変化が認められる。右に少量胸水。  
  • 臨床的脳死で一定期間経過しており、広範な無気肺や肺炎、左心不全などは、死戦期だけでなく生前にすでに成立していたと思われるが、治療期間が長く病初期の状態の推定は不可能であろうと思われる。  
  • 心臓、大血管:心内腔の低吸収化が明瞭。  
  • 胸腺は年齢から考えると非常に小さい。入院後のストレスや治療による変化を見ているものと思われる。縦隔リンパ節腫大あり。   
  • 肝、胆道系、膵、両側腎、両側副腎、脾:明らかな異常は指摘できない。   
  • 胃、十二指腸、小腸、大腸は全周性の壁肥厚がある。大腸内腔はCT値70~80程度の高吸収物が存在する。インフルエンザAによる出血性大腸炎の可能性、粘膜の壊死物質や出血、薬剤などの可能性がある。   
  • 少量の腹水が存在する。腸間膜リンパ節腫大あり。   

考察

  • 直接死因はの確定的な所見はないが、びまん性の脳浮腫で鉤ヘルニアが存在する可能性が高く、脳幹部出血を生じた可能性もあり、呼吸停止から心停止という経過も容易に生じうる状況であったと思われる。
  • 心停止から臨床的脳死となってからも3週間程度を経過しており、発症当時の状況を推測することは困難であるが、意識レベル低下が初期から生じており、インフルエンザ感染からサイトカインストームによるインフルエンザ脳症を生じた可能性が高いのではないかと思われる。AiCTでも認められた視床・中心灰白質に強いびまん性脳浮腫の存在は病初期に生じた病態を示唆するものではないかと思われる。
  • 矢状縫合の早期癒合とDandy-Walker malformation の合併、過剰なウォーム骨の存在は、syndromic な頭蓋骨早期癒合症の可能性を示し、Jones craniosynostosis / Dandy-Walker sundromeなる名称での報告例も認められるようである。本例では典型的なsyndromic な頭蓋骨早期癒合症であるFGFR異常症で見られる様な手指の異常は認められない。矢状縫合の早期癒合、Dandy-Walker malformationと死亡との関連性は不明にとどまる。

担当者名

Ai情報センター(小児死亡事例に対する死亡時画像診断モデル事業登録症例)