症例61

臨床所見

3歳6ヶ月 男性
要約)不詳の死。(喀痰による気管カニューレ閉塞による呼吸不全)
             病歴)筋ジストロフィーでフォロー中。意識レベルは寝たきりで意思疎通不可能。気管切開後であるが、人工呼吸器使用なし。自発呼吸あり。夜間のみモニター管理中。死亡当日は普段通り。0時に問題ないことを確認し、1時過ぎにモニターがなくなったため、両親が確認すると心肺停止状態であった。その後救急要請。心臓マッサージとマスク換気開始。病院着後も反応無し。死亡確認。気管カニューレに粘稠な痰あり。 Ai-CT 撮影は死亡確認から約1時間後。 解剖あり。
既往歴)筋ジストロフィー、滑脳症


画像所見


両側大脳半球は脳溝が平坦化しており、滑脳症である。


右肺には広汎な air space lesion が存在する 。

診断

  • 頭部はかなりの低線量撮影であり詳細な評価とならない。 両側大脳半球は脳溝が平坦化しており、滑脳症である。詳細不明だが、全くのagyria ではなく、皮質厚が厚く、皮髄境界に細かい凹凸不整があるようで、いわゆるcobblestone cortexとみるのが良いと思われる。白質は広範囲に低吸収化しており髄鞘化の遅延があるものと思われる。
  • 両側小脳半球と虫部の低形成があり、第四脳室は後頭蓋窩後方の髄外腔と交通しており、いわゆる Dandy-Walker malformation の形態をとっている。脳梁も欠損している。
  • VPシャント中。シャント位置、シャント周囲にシャント機能不全を示唆する所見なし。 /li>
  • 橋の屈曲、大きな中脳被蓋部、延髄・頸髄屈曲などの所見は皮質形成異常の病型診断に参考となり、軸位断像で見る限りではあってもよさそうであるが詳細がつかめない。頭蓋内出血は認められない。
  • 両側眼球は水晶体が不釣り合いに小さく見え(径7mm程度<規準8mm)、小水晶体症に見える。水晶体脱臼はない。水晶体濃度は高い印象を受け水晶体混濁がある可能性がある。眼窩に比べて、眼球が大きく、レンズが前方にあるのは、先天性緑内障の影響ではないかと思われる。
  • 上顎の歯列は下顎に比べ小さく、中部顔面の低形成が疑われる。甲状腺は低吸収化している。
  • AiCT時は、気管内カニューラから気管、左右主気管支の内腔に異物なし。
    左主気管支は椎体と血管に挟まれて口径差が現出する。葉気管支レベル以下では気管支内宮の拡張が目立つ。気管支血管束周囲の含気低下があり、右肺は全体として、左肺は上葉の含気低下が顕在化している。急性の変化だけでなく乳幼児の慢性肺疾患の様な、肺の発達の障害(たとえば肺胞増殖の障害、既存肺の過膨張)があったのではないだろうか。
    これに加えて右肺には広汎な air space lesion が存在する。AiCTから生前の肺の状態を推測するのには困難が伴うが、非対称性であり、重力によらない分布であり、含気低下部位と含気が亢進している部位が混在しており、生前に肺炎があったのではないかと推測させる所見である。
  • 肺炎があったとすると気道を閉塞させるような気道分泌物亢進の状態を招いた可能性が指摘できる。
  • 右房、右室自由壁に沿うようなガス粒あり(蘇生術後変化)。心腔内に高吸収水平面形成があり、急性死であることを示唆する。
  • 腹腔内にフリーエアが存在し、横行結腸間膜内の血管内と思われる列状のガスが存在する。胃瘻からの空気の入り込みと胸骨圧迫による圧力変化の影響かもしれない。肝臓の前方血管内、下大静脈、両腎皮質内にもガスがある。これも胸骨圧迫の影響と思われる。肝、胆道系、両側副腎、膵、脾に異常は指摘できず。
  • 骨盤内に腹水あるが、シャントの影響かもしれない。シャント断裂はない。虫垂内に高吸収の糞石あるが虫垂腫大なし。臨床的意義はない。  
  • 両側精巣は陰嚢内にはなく、両側とも鼠径部(おそらく鼠径管内)にあり停留精巣の状態である。大便が多く存在し、皮下脂肪もあることから、食事の補給は行われていたと考えられる。
  • 骨格系は皮質骨が菲薄化し、髄腔内は濃度低下し、長管骨は不釣り合いに細く、活動性の低下を示す。 
  • 両側大腿骨頭は外側上方に偏位しており亜脱臼の状態にある。
  • 左第10肋骨の肋骨頭に骨折の可能性のある分離が認められる。とくに臨床的意義はないと思われる。
  • 体幹部、四肢とも骨格筋の断面積の減少と脂肪浸潤を示す。その変化は四肢の筋により顕著である。
  • 考察

    • 右肺には生前から存在したのではないかと思われる肺炎像があり、気道分泌物の亢進が予想される。臨床的に推測されている喀痰による気道閉塞から換気不全となって死に至ったという臨床的診断に整合する所見である。すでに慢性的に相当部分の肺が虚脱していたと考えられ、気道閉塞の影響は強く、致死的なものとなったのであろうとも推測できる。  
    • これらの状況を招いた介在死因として重篤な中枢神経の形成異常の存在があげられる。 皮質形成異常(cobblestone cortex)、白質髄鞘化遅延、水頭症、脳梁欠損、Dandy-Walker malformation、水晶体混濁の疑い、などから頻度が高い疾患群の中では、表現型としてWalker-Warburg症候群が有力な診断として提案できる。本例は cobblestone appearance でありMEBとは形態的特徴が異なるが、非常に低線量撮影であり脳の評価が不十分であるため、臨床的には同様の筋ジストロフィー様の経過を辿るMEB等も鑑別に加えうるかもしれない。十分な線量を加えたCTやMRIの撮影により形態的にも両者は鑑別しうるものである。  
    • いずれにせよ重篤な脳皮質の形成異常があり、全身の筋の萎縮が進行しており、喀痰喀出機能の低下から肺炎を生じ、幼少期に死の転帰をとることは、類例の疾患を含めた典型的な臨床経過であると言える。虐待を積極的に疑う所見は認めない。  

    担当者名

    Ai情報センター(小児死亡事例に対する死亡時画像診断モデル事業登録症例)