ビル・アダム氏のトランペット練習に関する資料から、主要なテーマ、重要な考え方等をまとめています。
1. ウォームアップの重要性と基本原則
ビル・アダムの練習法は、ウォームアップを日々の練習の最も重要な部分と位置づけています。ウォームアップは、楽器の全音域をカバーしつつ、10分以内で行うべきだとされています。
- リップと呼吸の関連性: アダム氏は「マウスピースをバズらせて、ここに持たなければならない弾力性をウォームアップする必要があるのは分かっている。しかし、マウスピースとチューブを振動させることができれば、アンブシュアははるかにリラックスする。私たちがやろうとしているのは、最小限の緊張と最小限の筋肉で、その管を通して空気を送ることだ」と述べています。これは、過度な筋肉の緊張を避け、空気の流れを重視するアプローチを示しています。
1.1. リードパイプのバズ
- 目的: アンブシュアがリラックスした状態で息に反応するようにすること。
- 方法: チューニングスライドを外し、マウスピースとリードパイプで共鳴音を出す。B♭トランペットではF(E♭コンサート)の音を目指す。息を完全にリラックスして吸い込み、唇にマウスピースを当てて「加速させる」ように息を吹き込む。
- 音の質: 「響きのある、リードのようなバズ音」を目指し、空気の多い音ではなく、共鳴するバズ音に焦点を当てる。
- 回数: 12回程度、またはアンブシュアがリラックスして息に反応するようになるまで行う。
1.2. ロングトーン
- 目的: 望む音を心に描き、空気の流れを主体として音を生成する。
- 方法: 各音を快適な限り長く、mfからfの音量で保持する。息を完全にリラックスして吸い込み、リードパイプでのバズと同じように息を吹き込む。
- 上級者向け: 3番ポジションのCから半音階で拡張し、最低F#から最高F#まで行う。
1.3. クラーク・テクニカル・スタディーズ #1(上級ロングトーン)
- アプローチ: 「ハーバート・L・クラークのエクササイズを演奏する際はいつでも、空気の加速を考えるのが良い考えだ。最初の音をフェルマータで演奏し、トランペットを通して空気を加速させ、バルブを使い始めたら、音が自由なままでいられるように空気を加速し続ける。音自体が吹かれているように、そして音を損なう筋肉の制限がないように、十分にゆっくりと演奏すること:音を良く、豊かに保つこと!」というビル・アダムの言葉が強調されています。
- 注意点: 息が切れ、胸に緊張が入り込むまで延長しない。無理に高い音を出そうとせず、常に最も美しく豊かな音を心がける。
2. アンブシュアと音域へのアプローチ
アダム氏の教えでは、アンブシュアの安定性と、音域全体を均一に捉える考え方が重要です。
- アンブシュアの形成: ウォームアップの際に、「息でアンブシュアを形成するのではなく、まずアンブシュアを形成すること」が推奨されています。「口角をしっかり固定し、唇を少し開き、顎をしっかり引き、床に向かって尖らせる。唇は弾力性があるべきで、きつく締めてはならない。」
- 音域の変化に対するアンブシュアの維持: 「楽器の全音域でアンブシュアを変えないこと。」高い音ではより強く、低い音ではよりリラックスするが、元の位置から動かないようにし、口角は常にしっかり保つ。
- 音域の捉え方: ビル・アダムは常に「高い音も低い音もない。すべてが全力だ」と述べています。これは、すべてのピッチが同じエネルギーを必要とするという感覚を追求することを意味します。空気を加速させることで、唇の振動が自然に起こるように考える。
3. 空気と加速の役割
空気の加速は、アダム氏の練習法の中心的なテーマの一つです。
- シュロスバーグ #6: 2番目の音に向かってクレッシェンドし、3番目の音をアーティキュレーションする際も空気を加速し続け、4番目の音に向かってディミヌエンドする。アーティキュレーションの際にも空気を止めない。
- シュロスバーグ #31: 「空気の加速が唇の振動を処理するようにさせる。」空気の加速によって次のピッチが自然に現れるように考える。すべての音が同じレベルにあるように感じられるべきである。
4. 練習の構成と注意点
アダム氏の練習法には、特定の練習の順序と、疲労管理に関する明確な指示があります。
4.1. 日常的な練習項目(例)
- リードパイプのバズ
- ロングトーン
- 2オクターブの半音階(Two Octave Chromatics)
- シュロスバーグ練習(#6, #13, #14, #15, #17, #23, #25, #27, #31など)
- スケールの拡張(Expanding Scales)
4.2. エンデュランス・スタディ(Schlossberg #95)
- 実施時期: 練習時間の最後にのみ行う。
- 休憩: これらのスタディを行った後は、最低3時間の休憩を取る。一度の練習で1つのスタディのみ行う。
- 方法1: 各音を可能な限り長く保持する(通常20-30秒)。息を吸う際にマウスピースを唇から離さない。アンブシュアは常にしっかり保つ。鼻呼吸を推奨する人もいる。開始音(C)を3回試しても演奏・持続できなくなるまで繰り返す。
- 方法2: 各音を可能な限り長く保持する(通常20-30秒)。息を吸う際にマウスピースを唇から離さない。アンブシュアは常にしっかり保つ。各行の終わりの休憩では、楽器を置いて60秒休む。疲れて音が出せない場合は、3回試してからトランペットを片付ける。
4.3. 長いラインの半音階(Long line chromatics)
- 目的: 早く演奏すれば音域開発に、ゆっくり演奏すれば持久力開発に優れている。
- 方法: パターンを半音ずつ上げて続ける。マウスピースは唇から離さない。一番上の音を3回試して出せなくなったら、楽器を置いて90秒休む。これを繰り返して、これ以上高く行けなくなるまで続ける。
5. まとめ
ビル・アダムのトランペット練習法は、空気の加速とアンブシュアの安定性を核としています。過度な力みや筋肉の緊張を避け、リラックスした状態での効率的な空気の流れを通じて、美しい音色と広い音域を獲得することを目指します。ウォームアップを重視し、アンブシュアを固定しながらも唇に弾力性を持たせ、「高い音も低い音もない」という意識で音域全体を均一に捉えることが、彼の教育法の主要なテーマです。持久力練習は、練習の最後に、十分な休憩を取りながら慎重に行うべきだと強調されています。
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