(愛媛県医師会報 1996年9月号・通巻第720号、p.4-7)
方法は、兵庫県による実態調査の結果を再集計した。調査対象は兵庫県下の被災した10市、10町の182病院であった。
まず地震による被害の概要をみると、施設の完全倒壊や焼失は2.2%、半壊半焼は6.7%の病院から報告された。人的被害では、入院患者の死亡は1.6%、負傷は 3.8%,職員の死亡は 0.5%,負傷は14.8%の施設から 報告された。各病院の診療可能状況は,軽症患者のための救急外来が97.5%,重症患者に対するそれは67.9%の病院で行われた。集中治療は83.7%,周産期医療は77.8%で可能であったが、人工透析や手術室の機能が保たれた施設は、50%以下であった。
地震当日の各施設の対応患者数をみると、1施設当たりの外来患者数は、軽症患者が平均86.1人、重症が9.4人、著しく重篤なものが2.8人(うち入院16.4人、手術17.5人)であった。災害当日の外来患者数が病床数(平均では189床)に比例すると仮定した時,500床当たりの患者数は、軽症 228人,重症25人、重篤 7人と試算された。また予測入院患者数は43人、手術件数は47件であった。
以上より、地域の基幹病院では,診療機能の低下にもかかわらず,多数の患者に対応する必要があり、重症患者の被災地域外への転送を考慮する必要がある。またこれらの予測患者数は、病院防などの災マニュアルを作成したり防災訓練を行う際に、控え目な被害予測という前提の上で、活用が可能であると考えられる。
要旨
阪神淡路大震災による医療機関の被害について調べ、大地震による病院機能への影響と,地震後に対応すべき患者の数を試算した。本文
1995年1月の阪神・淡路大震災は直接死亡だけでも5500人以上という多数の犠牲者を出し、わが国における災害医療体制の様々な不備が指摘される結果となった。大震災の後、政府および民間に様々な動きが見られるが、その中で厚生科学研究費による「阪神・淡路大震災を契機とした災害医療体制のあり方に関する研究会」は、緊急に整備が必要な事項として、表1に示す提言をしている1)。この中で、病院レベルでの災害対策の強化については、「病院防災マニュアル作成ガイドライン」として具体的な提言がなされている2)。
さて、病院防災マニュアルはそれを作成するプロセス自体が有用であり、病院内の各職種の代表や地域の防災関係者が審議する過程を通じて、マニュアルの内容を病院内や地域に徹底しうると考えられている。防災マニュアル作成に当たっては、災害の種類や病院の被災の有無によってそれぞれシミュレーションを行い、マニュアルに盛り込む必要がある。しかし、マニュアル作成の最初のステップにおいては、想定する災害の種類と収容する患者数をある程度具体的に絞った方が、論議が容易であると考えられる。
筆者は以上のような観点から、災害マニュアルの作成に際して、最初に念頭におくべき災害のモデルとして、1995年の阪神・淡路大震災を取り上げた。そしてこれと同規模の大地震が発生したと仮定した時に、被災地区の医療機関にどの程度の損傷が生じ、どの程度の人数及び重症度の患者を想定する必要があるかを試算した。 検討資料としては、兵庫県保健環境部医務課による災害医療についての実態調査(1995年6月)3)を取り上げた。調査が行われたのは兵庫県下の被災した10市、10町、また対象となった医療機関は182病院、1845診療所であり、これらは同県における被災地域のすべての病院の81%、診療所の62%に相当した。これらの医療施設において、施設及び職員の被害、地震当日の出務状況、当日の各施設の診療可能状況、当日の対応患者数などのデータを参照した。そしてこれをもとに、震災初日に対応すべき予想患者数を試算した。
災害医療についての実態調査の結果としては第1に、被災地区における病院の完全倒壊や焼失は2.2%、半壊半焼は6.7%の施設から報告された。人的被害をみると、入院患者の死亡は 1.6%、負傷は3.8%、職員の死亡は0.5%、負傷は14.8%の病院から報告された。残りの85%では、建物の損壊や人的被害は軽微であった。
診療所からの報告では、建物の完全倒壊が 病院の2倍の 5.6%に達した。入院患者および職員の被害は、病院よりも軽度であった。(表2) 第2に地震当日の出務状況をみると、当日出勤できた病院職員は、医師58.4%、看護婦44.2%、薬剤師51.6%など、全体で3分の2以下であった。診療所では,医師の出務率は 65.6%であったが、その他の職員で勤務できた者は40%以下であった。(表3) 第3に、地震当日の各施設の診療可能状況をみると,軽症患者のための救急外来が 97.5%,重症患者に対する外来診療は 67.9%の病院で行われた。集中治療は 83.7%,周産期医療は77.8%で可能であった。しかし、人工透析や手術室の機能が保たれた 施設は,50%以下であった。病院のすべての機能が維持できた施設は、43.5%にとどまった。 一方、診療所では、軽症患者のための救急外来が66%の施設で実施された。しかし、それ以外の機能はほとんど保たれていなかった(表4)。 診療機能を低下させた主な原因として,各病院が上げたのは,上水道の停止が1位で 73.6%,続いて電話の不通と混乱,ガスの停止、医療従事者の不足、施設や設備の損壊、停電、医薬品の不足、の順となっていた。
診療所でも病院とほぼ同様であったが、電話の不通と混乱が37.8%とやや低く、一方施設や設備の損壊が病院よりも高率であった(表5)。
地震当日に各病院が対応した患者数をみると、1施設当たりのの外来患者数は軽症患者が平均86.1人、重症が 9.4人、著しく重篤なものが2.8人であった。このうち、入院に至ったのが約16.4人、手術を要したものが合わせて17.5人であった。診療所については軽症例を除き、ほとんど外来患者の受け皿にはなり得なかった。
調査した病院の許可病床数は平均189床であり、災害当日の外来患者数が病床数に比例すると仮定した時、500床当たりの患者数は軽症 228人、重症25人、重篤 7人と試算された。また予測入院患者数は43人、手術件数は47件であった(表6)。
今回、われわれは防災マニュアル作成において、最初に念頭におくべき災害のモデルとして1995年の阪神・淡路大震災を取り上げ、 この時の被災地区における医療機関の平均的な被害の実態と対応した患者数を再検討した。 その結果、医療機関の損壊や人的被害は、比較的軽微と考えられた。しかし,その診療能力にはかなりの低下が認められた。この、診療機能を低下させる上水道、電話、ガスなどの途絶に対しては、防災マニュアルの中でも具体的な代替手段を講じておく必要があると考えられた。
一部の基幹病院では、上記のような診療機能の低下にもかかわらず,多数の患者に対応する必要に迫られた。この内、集中治療などを要する重症患者については、被災地域外の医療機関へ円滑に転送できる体制を整える必要が認められた。
そして、震度6または7という阪神淡路大震災と同規模の地震が、今回と同様の状況のもとに発生したと仮定した時、500床の病院が地震当日に想定すべき患者数の目安は、軽症228人、重症が32人であり、このうち入院を要する者が43人と試算された。
収容患者数については、被災地区の人口規模、被災の中心地区から医療施設までの距離、外科系の診療科を有するか否かなどの多くの要因が関連している。しかし、マニュアル作成の段階では比較的単純な指標を用いる方が有用と考えられ、今回は許可病床数をもとに患者数を試算した。非災害時においては、許可病床数によって施設の広さ、職員数などが概ね決定されることから、災害時における各施設の収容能力の大まかな目安になりうると考えた。
勿論、今回の試算結果は被災地域内に発生した救急患者が、地域内の医療機関に円滑に振り分けられたと仮定した場合の数字である。通信の混乱などのために、医療機関によってはこの数倍を越える患者が集中することも大いに考えられる。また、阪神・淡路大震災が早朝ではなく、新幹線などの交通機関が動き出し、住民が通常の社会的活動を開始した後に起こった場合、収容すべき患者の数は今回を遥かに上回る数に上ったと考えられる。また地震が夕方や夜間など、被災者の救出活動に困難を生じる時間帯に生じた場合も同様である。
それゆえ、今回の試算で得た想定患者数は非常に控えめな数であることは論を待たない。この最小限の想定患者に対し、災害時の診療の場、診療スタッフそして診療の機能を十分に提供しうる防災マニュアルを、作成することが強く望まれる。阪神・淡路大震災から1年余りを経た現在、防災の声もともすれば惰性に流れ、机上の計画の中で「震度6あるいは7の地震に備える」というような字句が安易に用いられる傾向がある。今回のわれわれの試算が、各医療施設における防災マニュアル作成の一助となることを期待したい。
本稿の要旨の一部は第12回日本救急医学会中国四国地方会(1996年、広島)において発表した。
2)阪神・淡路大震災を契機とした災害医療体制のあり方に関する研究会:病院防災マニュアル作成ガイドライン、1995年8月29日
3) 兵庫県阪神・淡路大震災復興本部、兵庫県保健環境部医務課:災害医療についての実態調査結果、1995年6月
文 献
1)阪神・淡路大震災を契機とした災害医療体制のあり方に関する研究会:震災時における医療対策に関する緊急提言、1995年5月29日
表
表1、阪神・淡路大震災を契機とした災害医療体制のあり方に関する研究会:震災時における医療対策に関する緊急提言(1995年5月29日)
緊急に整備する必要性のある事項
1) 災害医療情報システムの確立
2) 災害医療拠点病院の整備
3) 地域レベルでの災害対策の強化
4) 病院レベルでの災害対策の強化
5) 医薬品の供給システムの整備
6) 災害時搬送システム及び広域搬送システムの確立
7) 災害に関する総合的研究の推進
8) 医療研究者に対する災害医療に関する研修・訓練の実施及び医療ボランティアの活用
9) 国民に対する災害時初期医療ケア対応の普及啓発
表2、被害の概要
病院 (診療所)
1. 施設,設備(%)
完全倒壊,焼失 2.2 (5.6)
半壊,半焼 6.7 (5.1)
2. 人的被害(%)
入院患者死亡 1.6 (0.1)
負傷 3.8 (0.0)
職員死亡 0.5 (0.2)
負傷 14.8 (4.9)
表3、地震当日の出務状況(%)
病 院 (診療所)
医師 58.4 (65.6)
看護婦 44.2 (25.0)
薬剤師 51.6 (39.3)
放射線技師 66.3 (38.3)
他のコメデイカル 69.5 -
事務職員 31.0 (24.0)
表4、地震当日の診療可能状況(%)
病 院 (診療所)
救急外来(軽症) 97.5 (66.0)
(重症) 67.9 (13.4)
集中治療室 83.7 ( 7.3)
周産期医療 77.8 (37.1)
人工透析 47.1 (21.7)
手術室 43.1 (26.1)
全診療部門 43.5 (36.0)
表5、診療機能を低下させた主原因(%)
病 院 (診療所)
上水道停止 73.6 (74.4)
電話の不通,混乱 60.1 (37.8)
ガスの停止 54.0 (51.8)
医療従事者の不足 44.2 (40.9)
施設,設備の損壊 41.7 (49.3)
停電 33.1 (37.8)
医薬品の不足 20.9 (20.4)
表6、地震当日の患者数(1施設当たり)
病院 (診療所) 500床換算
外来患者(軽症) 86.1 (8.9) 228
(重症) 9.4 (0.7) 25
(重篤) 2.8 (0.1) 7
入院 16.4 (0.4) 43
手術 (外来) 17.2 (1.2) 46
(手術室) 0.3 (0.0) 1
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