災害医学・抄読会 080229

多数傷病者事故における災害現場医療対応の原則

(大友康裕.プレホスピタルMOOK 4 多数傷病者対応、永井書店、東京、2007、p.3-13)


 多数傷病者事故(Mass Casualty Incident; MCI)とは、「地域の救急医療体制において、通常業務の範囲では対応できないような多数の重症傷病者を伴う事故災害」のことで、本レポートでは、MCI発生時の救急隊、災害派遣医療チーム(Disaster Medical Assistance Team; DMAT)などの医療チームの現場医療対応について概説する。

 MCI発生時の現場医療対応はすべて、1.指揮命令系統の確立、2.安全確保、3.情報伝達、4.トリアージ、5.処置/治療、6.搬送、の優先順位を守らなければならない。

1.指揮命令系統の確立

 災害現場で効率的な活動を実施するためには、図1に示すように、消防、警察、医療チームなどの現場で活動する組織が、災害現場最前線、災害現場全体、災害対策本部の3つのレベルで指揮官を任命し、明確な指揮命令系統をもつことが最も重要だ。例えば医療チームでは、災害現場最前線に責任者を、災害現場全体に責任医師を、災害対策本部に統括医師を置き、明確な指揮命令系統の確立を最優先しなければならない。

 したがって、MCIの現場に到着した先着隊は、個々の傷病者の観察処置にとりつくことなく、現場の指揮命令系統の確立を優先する。先着救急隊の隊長は、まず、現場到着時にMCIであることを司令本部に第1報として連絡し、引き続き現場の救急部門の責任者として指揮にあたり、その場の一連の現場対応を迅速に進める。また、現場全体を評価して、傷病者の数と重症度を大まかに把握し、必要な応援隊数、必要な特殊装備などについて、逐次司令本部に連絡する。次に、図2に示すような、トリアージポスト、現場救護所などを設置し、災害現場における傷病者の動線を確立する。その後は、指揮隊が到着するまで、次々と到着する救急隊に順次任務を与える。指揮隊が到着したならば、指揮権を委譲し、その指揮命令系統に従う。

図1 災害現場における指揮命令/連絡調整のイメージ
(※論文中の図2に相当)

図2 災害現場における傷病者の動線
(※論文中の図5に相当)


2.安全確保

 指揮命令系統確立の次に優先順位が高いのが、安全の確保である。警察は、「警戒区域」を設定して災害現場に出入りを管理することになる。「警戒区域」は通常、災害現場全体を取り囲み、半径数百mの範囲となる。出入り口では通行遮断が行われ、周囲の人々を二次的被害から守る。

 また消防は、「活動区域」を設定して、現場活動者の安全を確保するため、この区域への出入りを管理する。救急隊やDMATなどの医療チームであっても、十分な安全が確認されていない状況では、この区域に立ち入ることはでず、また自らの防護具が活動区域の危険度に見合うと判断されるまでは、活動区域に入ることは慎まなければならない。

3.情報伝達

 災害時の初動が混乱し、初期対応に失敗する最も大きな要因は、情報伝達の不備である。災害現場からの被害状況報告がなければ、現場対応に必要な体制確立は不可能であり、各部署からの活動状況報告が適切に行われなければ、必要な部署に過不足なく要員を配置することもできない。また緊急避難命令などは、隊員の生死にかかわるものである。図1に示すように、組織内における情報伝達手段を確立するとともに、各組織同士の情報伝達を密に行うことが、集団災害に対する適切な初動のためには不可欠である。

4.トリアージ

 トリアージのポイントは次の3点に集約される。1)救命不可能な患者に時間や医療資源を費やさない。2)緊急性の高い患者を選別し、搬送・治療の優先順位を決める。3)治療不要な軽症者を除外する。これらを達成するためには、可及的速やかにトリアージカテゴリーを決定し、そのカテゴリーをトリアージタグの使用により第三者へ伝達し、搬送や処置においてこのカテゴリーを順守することが重要となる。

 わが国では、災害現場に近いところで実施される一次トリアージ、それ以降の現場救護所で実施される二次トリアージの二段階で行うトリアージシステムが推奨されている(図2参照)。

 一次トリアージは、傷病者が多数いる状況で、まずは大きく軽症、中等症、重症者を短時間に「ふるい分ける」という考えで実施するものである。医療器具や深い医学的知識を必要とせず、救急隊、消防隊が簡便に実施でき、短時間に多数の傷病者のトリアージが行えるため、災害現場近くで実施するのに適している。わが国での標準的一次トリアージ基準はSTART方式である。  二次トリアージは、一次トリアージで大まかにふるい分けられた傷病者を、現場救護所での処置や搬送の際に、その緊急度に従い「並べ替える」という考えで実施する。生理・解剖学的評価も実施し、一次トリアージよりも時間をかけ、精度の高いトリアージを行うことを目的としている。

5.処置/治療

 現場救護所では、トリアージカテゴリー別にそれぞれのテントに収容して、応急処置を行う。ここで行う応急処置とは、「最大多数の傷病者を、安全に医療機関へ運ぶために必要な、最低限の安定化処置」であり、根治的治療を行うことはない。これには、気管挿管、外科的気道確保、人工呼吸、ショックに対する急速輸液、その原因の検索などである。ただし、災害現場で使用可能な医療機器には制限があるので注意が必要である。

 さらに、現場救護所では、搬送のための追加処置(パッケージング)として、全脊椎固定、四肢骨折の副子固定、必要に応じて鎮痛剤の投与などが行われる。

6.搬送

 現場救護所で治療/処置および搬送のためのパッケージングが終了した傷病者は、「搬送待機エリア」に移される。ここで、搬送のためのトリアージを受けて、優先度の高い順に、救急車などによって医療機関へ搬送される。

 運搬先決定にあたって考慮すべき最も重要なことは、分散搬送である。1つの医療機関へ重症患者が集中すると、個々の患者へ提供できる医療レベルが低下してしまい、結果的に避けえた災害死(preventable death)に陥る危険が増加する。重症患者は、地域の医療機関に分散して搬送することを心がけなければならない。


災害時の対応―現在 (2)検証された対策と今後の問題点

(赤塚東司雄ほか.臨床透析 22:1517-1524, 2006)


 透析災害対策は1978年宮城県沖地震に始まり、1995年阪神・淡路大震災を経て広域化がはかられた。しかしそれ以降検証がする機会がなかった。2003年十勝沖地震、2004年新潟県中越地震、2005年福岡県西片沖地震の3つの地震被災では、実地検証することができたのでこれを記す。

施設内での対策

 (1) 自力透析が可能な条件であること。(表1)

 (2) ベッド、患者監視装置はキャスターフリーにして室内を移動できるようにする。ロックをかけておく。

 (3) 十勝沖、新潟県中越、福岡西方沖などの震度6クラスの地震ではRO・供給装置の完全固定(床面固定+背面固定)。(表2)

 (4) 揺れの最中に動くかないこと。

 (5) 緊急離脱は現実に適応するのは難しい。第1選択は通常回収。

 (6) 緊急離断セットの危険性 回路クランプ用のペアンと回路切断用のはさみを取り違える事故。

患者-施設間での情報管理

 (1) 緊急連絡網は震発生後に電話発信制限が起こるため、集合の事前の取決め

 (2) 災害時の連絡(患者間、患者 施設間)は住地によるグループ化

 (3) 災害時患者カードは無駄であった。日常診療での生活指導ノート、透析ノートが有効であった。

 (4) 災害時は交通網が寸断される。

 (5) 支援透析については多人数グループで対応し、被災施設のスタッフも帯同させる。

 (6) 地域密着型災害 - 避難所内連絡網の設置、都市型災害 - 居住地や勤務先による患者達のグループ化

より広い視点からの情報管理、対策

 (1) 災害時コーディネーターによる情報伝達、支援透析計画

 (2) 行政機関との連携(ライフライン・患者情報)については、行政機関に足を運び、Face to faceで情報交換をすること。

 (3) 専門職ボランティアシステムを作り、登録制にして事前マッチングした上で現地入りしてもらう。

 (4) 災害対策は日常診療密着型であるべきだ。

 (5) 都市型災害と地域密着型災害(表3、4)について 被災者の絶対数が少ない地域密着型災害はなんとかなる。

おわりに

 阪神淡路大震災クラスの巨大災害への十分な対応策はまだない。しかし、地域密着型災害対応で有用だった対策を浸透させることで減災は可能である


表1 災害時に透析継続を可能とする基礎的条件

 1)水がある。
 2)電気が通っている。
 3)RO・供給装置、配管が無事。
 4)監視装置が壊れていない。
 5)交通網が遮断されていない。


表2 透析不能となった原因の分類(被災6施設のうち)

 RO・供給装置の被災による - 6施設
 機械の移動による配管の損傷 - 5施設
 機械の転倒による - 1施設
 配管の損傷、ライフラインの途絶による - 1施設


表3 地域密着型災害の特徴

1)被災人口が少ない地域都市であり、現在の対策で何とか対応可能な範囲の被害に収まることが多い。
2)施設が広い範囲に点在するため被災施設数が少数。
3)施設と患者と地域が密着しているため、患者情報管理がしやすい。
4)支援の網から漏れる患者が少ない。


表4 都市型災害の特徴

1)被災人口の多い大都市部に、対応しきれないほど多数の被災者が発生する。
2)狭い地域に施設が密集するため被災施設数が多数になる。
3)都市における匿名性が障害となり、患者情報管理が困難。
4)施設との連絡もつけられず、地域のセイフティネットにも引っかからず(コミュニティが存在しないため)、支援の網から漏れる人が多発する。
5)地方にはない巨大施設(500〜1000人も患者数のある施設)の被災に対する対応が困難


米国同時多発テロに対するDisaster Medical Assistance Team (DMAT)の活動調査

(丹野克俊ほか.日本集団災害医学会誌 12: 29-33, 2007)


要旨

 2001年9月11日、米国で航空機を用いた同時多発テロによって約3000名の死者・行方不明者が発生した。DMAT-MA2 (Massachusetts) は世界貿易センター破壊に関連する医療支援のためニューヨーク市に展開した。この経験を調査することで、日本における災害時医療活動(日本版DMAT)の参考になると考えた。

事件経過

(米国東部時間午前)
8:45 世界貿易センター北棟に航空機衝突
9:00 世界貿易センター南棟に航空機衝突
10:00頃 国防省に航空機墜落
 ペンシルベニアで航空機墜落
 世界貿易センター崩落

DMAT-MA2の対応

9月11日10:00 (発災75分後) advisory status
13:00(発災4時間後)電話連絡によるactivation status
22:00(発災13時間後)正式なactivation status
9月12日0:30(発災16時間後)チームブリーフィング
2:00(発災17時間後)ニューヨークに向け出発、同日未明Newburgh到着。1日待機。
9月13日 午後(発災48時間以降)Newburghからチェルシー埠頭に展開
 18:00(発災57時間後)救護所設置
9月23日(発災12日後)DMAT-MA2含む初期派遣チームの撤退

 advisory statusの通知後、チームメンバーの招集を行い、事前登録者110名中55名が派遣可能となった。DMAT-MA2のチーム構成は、医師10名、看護師17名、パラメディック9名、EMT10名、メンタルヘルス専門家2名、薬剤師1名、呼吸管理士1名、レントゲン技師1名、行政補佐官1名、通信スタッフ2名、ロジスティック担当者2名の計55名であった(Fig.1)。

 9月17日までに5ヵ所の救護所が設置され、5つのDMATチームにより運営された。1日に200から400人の医療支援を行ったが、対象はほとんどが救助関係者であった。主な疾病内容は、熱傷、裂創、挫創、足白癬、頭痛、脱水、疲労、角膜異物であった(詳細人数不明)。携帶電話、無線装置、インターネット等を用いて情報收集にあたったが、最も有用な情報源は現地の救急隊関係者であった。23日のDMAT-MA2撤退後も、引き継がれたDMATチームにより活動は継続され、11月20日まで行われた。全体で延べ9528名の治療がおこなわれた。チームメンバーに二次災害はなかった。

考察

 本災害の特徴は、高層ビルにおける極めて局地的な大規模な集団災害であり、近接の医療施設は確保可能であったこと、また、引き続きテロ攻撃の懸念される中での救助活動であったことである。

 ビル崩壊による人的被害は死亡率が高い。1995年のオクラホマ市連邦ビル爆破事件では22%、崩壊した連邦ビル内にいた87%が死亡している。

 今回の災害では、最も近隣の外傷センターでは543名の患者が殺到し、うち102名が入院した。また、他病院では、計500から600名の治療にあたり、15時(発災6時間後)までに救急車の搬送はまとまった。10マイル離れた病院では19時(発災16時間後)までに数名の軽症患者しかこなかった。また、Dickersonらによると、多くの救護チームが編成されたにもかかわらず患者がほとんどいなかったと報告している。また、DMAT-MA2チームはマニュアルに従い早々に展開準備が完了していたが、被災地での活動は57時間後であった。これは、NDMSが医療需要に対応する活動場所の選定に苦慮していたことが伺える。

 一方、今回の活動で、移動手段・設備・医薬品について問題なくバックアップや事前訓練が十分機能していた。

 迅速で実働的な日本版DMATの構築のために、訓練をかねたmass gatheringなどに対する事前派遣や、実災害への派遣時の調整機関の整備が重要と考える。


高速道路にドクターヘリが降りられるようになるまで

(益子邦洋.救急医療ジャーナル 15(6):36-41, 2007)


 日本における航空機を活用した救助・救急を取り巻く環境はこの数年間で大きな変革を遂げている。ドクターヘリ事業は平成13年度から本格的に実施され、今やわが国の救急医療体制に必須の基盤として徐々に定着しつつある。

 ドクターヘリとは、救急医療用の医療機器等を装備したヘリコプターであって、救急医療の専門医および看護師などが同乗し救急現場等に向かい、現場等から医療機関に搬送するまでの間、患者に救命医療を行うことのできる専用のヘリコプターのことである。ドクターヘリの魅力は機動性と迅速性にある。所要時間はドクターカーの1/3〜1/5ほどであり、また道路の渋滞や、災害時のように道路が使用不可の状況においても救急現場に遅滞なく到着することができる。

 これまでの様々な研究の結果、重度の交通事故負傷者では、早期に救命医療を開始することにより、救命率が向上した後遺症が軽減することが明らかとなった。また、欧米先進諸国では、高速道路などでの重大事故に際し、救急専用ヘリコプターが道路上に着陸し、迅速な救助ならびに医療活動が日常的に実施されている。

 そのような背景を基に、ドクターヘリの機動性を最大限に活かすため、国レベルで高速道路本線上への離着陸についての検討が開始された。当初警察庁、消防庁、厚生労働省、国土交通省の合同委員会では、高速道路におけるヘリコプターの離着陸場所は高速道路本線上以外の場所とすることが望ましいとされてきた。その一方で、付近にヘリポートがなく、現場からランデブーポイントまで救急車で搬送する手段しかなく、かつ搬送までに時間を要するなど、効果的な医療活動や救命活動ができない場合は、交通事故現場の直近の高速道路本線上に着陸が必要になること。そのため、ドクターヘリ運行対象地域において、離着陸帯の広さや交通規制の実施等一定の条件を設定した上で、運用を行うことが必要であるとされた。

 その後協議を経て、平成19年4月1日より千葉県ドクターヘリが高速道路本線上に着陸し、救急医療活動を行うことが承認された。このような仕組みは前例がないことから、今後のわが国のヘリコプター救急体制のモデルとして注目されている。

 今回千葉県の館山自動車道において、ドクターヘリによる離着陸に関する連絡、安全確認および搬送訓練が下の図、表のとおり実施された。

表 ドクターヘリ高速道路本線離着陸訓練内容

 ドクターヘリを全国に整備するための承安が平成19年6月の通常国会で可決・成立したことを受け、高速道路での重大事故に際し、ドクターヘリが高速道路本線に着陸して適切な医療を現場から開始し、負傷者をしかるべき医療機関に迅速に搬送する仕組みを全国的に構築することは喫緊のかだいである。各都道府県においても、関係機関ごそれぞれの業務分担の枠を超えて協力と連携を深め、高速道路における重大事故などに関して、ドクターヘリがより一層効果的に運用されることを期待している。


避難所における生活援助

(弘中陽子.EMERGENCY CARE 2007新春増刊 Page 211-216)


 1995年1月17日午前5時46分、阪神淡路大震災が発生した。死者6434人の命が失われ、ピーク時には避難所数は1000ヵ所を越え、家を失った被災者31万人は避難所生活を余儀なくされた。以後、日本国内外で数多くの災害が発生し、多くの被災者が避難所生活を余儀なくされている。筆者は阪神淡路大震災後に災害看護を学習し、県の看護協会が主催する「まちの保健室」への活動に参加し、ボランティアの活動を通じて避難所での看護活動が必要であると感じた。

 2004年10月23日午後5時56分、新潟中越地方を震源とした大地震が発生した。そこでNGOボランティアに参加して実際の活動を中心に述べる。

避難所での活動に参加する方法


表1 新潟中越地震で実際に活躍した団体の1例

  • 所属病院の医療チーム
  • 日本赤十字社 救護班(赤十字各県支部、各赤十字病院所属救護班)
  • 各医師会
  • 日本看護協会 災害支援ナース(看護ボランティア)
  • 心のケアチーム
  • NGO保健医療チーム(シェア=国際保健協力市民の会、日本医療救援機構)
  • 大学ボランティア団体
  • 個人でのボランティア
  • その他

 通常、医療関係者で病院勤務している人は、家族の協力がない場合、参加したくても実際的には無理である。


表2 看護師が活動できる場所

  • 避難所(常設救護所、巡回診療)
  • 被災病院(救援医療チーム、災害支援看護師の派遣)
  • 健康センター
  • その他

 大規模避難所では常設救護所が展開されることが多いが、小さい避難所では救護班・医療チームの数の関係から巡回診療となることが多い。被災病院にも派遣されることがある。健康センターや個人宅の訪問に派遣されることもあるが、こちらは看護師よりも保健師のニーズが高い。

活動の実際

まとめ

 保健・医療支援のほかに避難所では生活全般における支援が重要である。そのとき自分たちが何ができるか情報を集め、あらかじめ検討しておく必要がある。

 避難所での活動は地域で暮らす人々の生活を知ることから始まる。普段の生活の中で防災訓練や町の保健教室などへの参加もひとつの方法かもしれない。


□災害医学論文集へ/ 災害医学・抄読会 目次へ