ウツタイン様式 日本語版

病院外心停止事例の記録を統一するための推奨ガイドライン


AHA Medical/Scientific Statement

Special Report


Recommended Guidelines for Uniform Reporting of Data from Out-of-Hospital Cardiac Arrest: The Utstein Style


A Statement for Health Professionals From a Task Force of the American Heart Association, the European Resuscitation Council, the Heart and Stroke Foundation of Canada, and the Australian Resuscitation Council


Richard O. Cummins and Douglas A. Chamberlain, Cochairmmen;
Normans S. Abramson, Mervyn Allen, Peter J Baskett, Lance Becker, Leo Bossaert, Herman H. Delooz, Wolfgang F. Dick, Mickey S. Eisenberg, Thomas R. Evans, Stig Holmberg, Richard Kerber, Arne Mullie, Joseph P. Ornato, Erik Sandoe, Andras Skulberg, Hugh Tunstall-Pedoe, Richard Swanson, and William H. Thies, Members

Circulation 84: 960-75, 1991


大阪府心肺蘇生に関する統計基準検討委員会

監訳  杉本 壽     大阪大学救急医学教授
    桂田菊嗣     大阪府立病院医務局長
    森田 大     大阪府三島救命救急センタ−副所長
    行岡秀和     大阪市立大学救急部助教授

訳   平出 敦     大阪大学総合診療部講師
    丸山次郎     近畿大学救命救急センタ−講師
    木内俊一郎    関西医科大学高度救命救急センタ−
    池内尚司     大阪府立病院救急診療科
    林 靖之     大阪府立千里救命救急センター
    田畑 孝     大阪府立泉州救命救急センタ−
    松尾吉郎     大阪市立総合医療センタ−救命救急センタ−


はじめに

 このガイドラインは、病院外の心停止事例に関して、国際的に共通の様式で記録しようという提言である。訳者たちは、このウツタイン様式をもちいて、関連する消防本部とともに病院外の心停止事例の記録を、広い地域で継続的に行おうという活動をおこなっている。この日本語版は、そうした活動の一つであり、ウツタインの趣旨が広く理解されることを目的に作成された。

 このウツタインの提言は、ごく簡単に言えば、メ−トル法のようなものである。メ−トル法は、1875年にフランスで定められたが、単に、ものの長さを定めたというより、国際的に、度量に関する単位の標準化を押し進めるきっかけとなった偉大な提言でもあった。質の高い共通の尺度を持つことが、いかに価値のあることであるかは、精度を求めて何回も基準が塗り替えられて行った、その後のメ−トル法の歴史そのものが物語っている。我が国は、1885年(明治18年)に度量衡をメ−トル法によって国際的に統一するための条約に加入したが、このことは、その後の我が国の科学技術の発展に、はかりしれない効果をもたらしたことは、もはや万人が認めるところであろう。

 もちろん、病院外心停止事例の評価には、長さの単位を定めることとは異なる複雑な要因がからんでいる。しかし、この提言は、現在の心肺蘇生法を標準化し、普遍的なものにしてきた欧米の有力な学術団体や専門家が、精力を注いで作り上げたものであり、画期的な新しい基準となりえるものである。その背景には、心肺蘇生に関する様々な統計結果が、従来報告されてきたにもかかわらず、蘇生率のあまりにも不自然で、大きな報告結果の隔たりが、一向に説明できなかった事情がある。従って、この提言は、バラバラだった評価を、標準化された一定の尺度でいつでもおこなえるようにし、救急システムの内容評価や向上に、新しい歴史の一ペ−ジを開くのではないかと期待される。我が国の救急搬送システムは、新しい制度も導入され、近年、大きな過渡期に入っている。しかし、その記録のシステムは、少なくとも、ここに提言されたウツタイン様式にみられるような、膨大な過去の実績と知見を背景にしたものにはおよびもなく、なお、歴史のペ−ジを開くに至っていないというべきであろう。我々、翻訳者たちは、このウツタイン様式が、我が国で広く理解されることを、切に願うものである。

 この日本語訳は、その意味で、救急搬送に携わる救急隊員に是非、読んでいただきたいと考え、救急隊員を対象に作成した。具体的には、訳者の7人の救急施設の医師が、ここに羅列した順序で、それぞれ原文を分担訳した。これを平出がまとめて、4人の比較的年長なメンバ−に監訳していただいた。最後に、再び、平出がまとめて最終版とした。まとめ役としては、力不足でいろいろと誤謬が残っているのではないかと思われる。ご指摘いただけたら幸いである。

 なお、日本語版の趣旨に配慮していただいたCummins博士、Chamberlain博士の両chairmanに深謝したい。快く、無償で日本語版の許諾を出していただいたアメリカ心臓協会に感謝する。同時に、印刷や製本、校正で尽力いただいたレ−ルダ−ル社および株式会社アイカに感謝したい。

訳者の一人として 平出 敦(1998年)

 

WWWをもちいたインタ−ネット上での日本語版の公開について

 1998年に完成したこのウツタイン日本語版は、おかげさまで、多くの方々に取り寄せていただくことができた。しかし、この日本語版自体は、アメリカ心臓協会との取り決めどおり、無償で配布できたものの、郵送費だけは読者もちでお願いしていた。このことは、当方の資金不足もあったが、興味をもっていただける方に完全なサ−ビスができなかった点で、心残りである。このたび、WWWを用いて、このウツタイン日本語版をインタ−ネット上に公開してはどうかという示唆を、日本救急医学会のインタ−ネット活用準備委員会(1999年2月16日より広報委員会)よりいただき我々の趣旨にたいへんかなうものとして、活用していただくことにした。

 大阪府心肺蘇生に関する統計基準検討委員会としても異論なく、メンバ−はいずれもこの日本語版が広く活用されることを期待している。

 ウツタイン様式にもとづいた心停止患者の記録集計自体は、北摂で1年6ヶ月の運用の後、大阪府規模で1998年5月1日より、運用を開始している。奈良県、また最近では、兵庫県での運用もおこなわれつつある。この地域網羅的なプロジェクトは、救急隊員が記録するレベルでも、転帰を追跡するレベルでも、これらを集計するレベルでも、分析するレベルでも、またプロジェクトを統括するレベルでも、容易なことではないが、それにもかかわらずプロジェクトが広がりつつあることは、たいへん心強いことである。運用に関わる者としては、救命センタ−などの特定の医療機関に搬送された事例だけでなく、地域内でおこった事例を1例残らず記録することが、いかに重要であるかを、あらためて実感するところである。またすでに作成された記録を見返すのではなくて、最初から1例1例を記録することの価値(prospective study)についても、あらためて重要性を見直したい。

 先の日本語版については、コンピュ−タ上の作業の後、監訳や校正を繰り返したため、今回、ファイルにもう一度手を加える必要があった。この際、前回の誤字部分などに若干の訂正を加えた。しかし、内容的には前回のものとまったくかわりないものである。インタ−ネット活用準備委員である愛媛大学救急医学の越智元郎助教授には、いろいろとご配慮いただいた。また、たいへんお手数をおかけした。

 なお、快く今なお、日本語版の配付業務をしていただいている学会事務センタ−関西(大阪府豊中市新千里町東町1−4−2千里ライフサイエンスセンタ−ビル14F TEL 06-6873-2301 FAX 06-6873-2300 担当 目黒様)にも深謝したい。

日本語訳 世話人 大阪大学総合診療部 平出 敦


 病院外心停止事例の記録を統一するための

推奨ガイドライン:ウツタイン様式

 蘇生は医学体系の中で重要な、かつ包括的な、ひとつの分野になってきている。蘇生にはさまざまな技術体系が必要である。また、蘇生という分野は多様な専門家や組織が関与している。このような専門家にとって蘇生という分野は(生命)科学の立場から、あるいは蘇生を実際に行う立場から、それぞれ自分たちが関連する領域となっている。蘇生に関わるこうした複雑な背景のために、蘇生の記録を統一したり、蘇生記録に関わる用語を定義したりする活動は、なかなか展開しなかった。蘇生に関わる記録を比較できなければ、異なる救急システムを比較したり対比したりすることは容易ではない。そこで、最近、アメリカ心臓学会(the American Heart Association)、ヨ−ロッパ蘇生会議(the European Resuscitation Council)、カナダ心臓および卒中財団(the Heart and Stroke Foundation of Canada)、オ−ストラリア蘇生会議(the Australian Resuscitation Council)の代表者が、病院外心肺機能停止事例に関わる用語や定義を統一するために集まった。

 アメリカ心臓学会(the American Heart Association)は、蘇生に関する活動を1977年より援助している学会である。ヨ−ロッパ蘇生会議(the European resuscitation Council)は、ヨ−ロッパ心臓学会(the European Society of Cardiology)、ヨ−ロッパ麻酔学会(the European Academy of Anesthesiology)、ヨ−ロッパ集中治療学会(the European Society for Intensive Care Medicine)および、これに関連する各国の学会の代表が集まって1989年8月にできた学術団体である。1990年6月にこれらの組織のメンバ−が、ノルウェ−のスタバンゲル近郊の小さな島にある史跡ウツタイン修道院に集まって国際蘇生会議を開いた。参加者は、用語に関する広範な問題や、記録をまとめる場合に使われる言葉が標準化されていないことについて議論した。二回目の会議はカナダとオ−ストラリアからの参加者も含め、1990年12月にイギリスのサリ−で行われた。参加代表者は満場一致で、この会議を、ウツタイン会議the Utstein Consensus Conference(以下、会議)と呼ぶことに決定した。この会議の実務委員会は、より効果的な情報交換のために、また国際的な比較検討をよりよいものにするための第一歩として、ここに新しい推奨ガイドラインを提示するものである。このガイドラインは史跡である修道院の名をとり(第一回会議の開催地にちなんで)ウツタイン様式(Utstein Style)と呼ばれるのが適当と思われる。

 病院内の心停止に関する統一記録については、今後の会議や出版物での検討に委ねられるであろう(訳注1)。このレポ−トは病院外心肺機能停止事例に焦点をあて、用語の使い方、蘇生に関してしっかりした比較研究をするためのテンプレ−ト(統計系統図)(訳注2)、心肺停止に関わる時刻や時間間隔の定義、記録に含むべきそれぞれの項目や転帰の定義、および救急システムに関する記録事項についてまとめたものである。

(訳注1)最近、病院内の心停止に関しても、”病院内ウツタイン様式”という形で、推奨ガイドラインが提唱された。
Recommended Guidelines for Reviewing, Reporting, and Conducting Research on In-Hospital Resucitation: The In-Hospital "Utstein Style"
ANNALS OF EMERGENCY MEDICINE 29: 3650-679, 1997

(訳注2)テンプレ−ト(Template)とは、型板という訳がある。しかし、広く用いられているこの言葉の意味に、ぴったりする日本語訳は見あたらない。そこで、時々の状況に合わせた訳語があてられている。たとえばパ−ソナルコンピュ−タのあるメ−カ−では、ひな形という日本語をあてている。ウツタインのこのガイドラインでは、得られた病院外心肺停止事例のデ−タを図3(p7)に示すような、一つの図で示して、統計デ−タの流れをパタ−ン表示することを推奨している。救急システムによってデ−タの具体的数値は異なっても、このテンプレ−トにあてはめれば、蘇生事例の複雑でいろいろな成績を一つの図として、評価することが可能であり、異なるシステム同士の比較も容易となる。すなわち、これは得られた統計デ−タを系統的に表示する図である。従って、敢えてこのガイドラインの趣旨で日本語をあてるとすれば、表示形式あるいは統計系統図などが相当すると思われる。この日本語版では、テンプレ−ト(統計系統図)とした。


用語の使い方 

 心停止という呼び名は、この名称が使用する人によって意味で用いられているために、語義の点で、以前より問題となっていた。ウツスタインのガイドラインとは、多くの人々が納得できる定義を示すことによって、このような問題を解決しようする一つの試みでもある。従来の様々な文献は、こうした問題を考える出発点として有用である(1-10)。ウツタインのガイドラインは、特に領域が明確でなかった臨床疫学に分け入り、救急関係者や臨床医が、救急の知識を深め、救急処置をおこなう能力を向上させために、知っておくべき用語に焦点をしぼった。

 (従って)ここで示す定義は、従来の教科書的な言葉のニュアンスとは、やや異なるかもしれない。というのは、救急現場のいろいろな状況のもとで、言葉が使われるに従い、ことばの意味があたかも進化するように変化してきているからである。会議で、メンバ−は、曖昧な意味づけをのぞき、意味づけが特定できるように、また、(これにもとづき)しっかりした比較検討ができるようにすることを討議の中で繰り返し確認した(訳注3)。

(訳注3)教科書的な用語にこだわらず、あくまで実用的な立場から、記録の比較検討ができることを前提に、用語の定義づけをおこなおうというのである。


心停止(Cardiac arrest)

 心停止は、脈拍が触知できない、反応がない(意識がない)、無呼吸(あるいはあえぎ呼吸)で確認される心臓の機械的な活動の停止である(3, 6, 11)。ウツタイン様式を推奨する目的からすれば、不意の心停止であったか否かということについては、言及する必要はないと考える(3)。

バイスタンダ−による心肺蘇生
(bystander CPR, lay responder CPR, citizen CPR)

 これらは、いずれも同義語であるが、会議のメンバ−はバイスタンダ−による心肺蘇生という呼び名が好ましいと考えた。このバイスタンダ−による心肺蘇生とは、救急システムの構成員以外の者によって救命手当(訳注4)が試みられることをいう。普通は、心停止を目撃した者が、バイスタンダ−となる。従って、状況によっては、医師、看護婦、パラメディックもbystanderとなりえる。この場合は、より正確にいえば、救急の専門的な技能を有する一次当事者(professional first responder)による心肺蘇生といえる。

(訳注4)日本医師会救急蘇生法の指針等では一般市民の行う救急蘇生法を”救命手当”と呼ぶ。救急隊員によるものを応急処置、救急救命士によるものを救急救命処置という。従ってバイスタンダ−による心肺蘇生は、”救命手当”に相当する。

救急隊員(Emergency personnel)

 組織だった救急チ−ムの一員として救急業務に関与する人を救急隊員(emergency personnel)と呼ぶ。この定義によれば、医師、看護婦、パラメディックが一般の場所で心停止を目撃し、心肺蘇生を開始したとしても、組織だったチ−ムの一員として業務を行わない限りemergency personnelにはあたらない(訳注5)。

(訳注5)救急救命士などの資格を有する者という意味ではなく、組織だった救急チ−ムの一員として救急業務を行う者をemergency personnelと呼んでいる。チ−ムの一員として現場活動をする者を、我が国では隊員と呼ぶこともあり、救急隊員と訳した。

心肺蘇生(Cardiopulmonary resuscitation: CPR)

 心肺蘇生は、心拍を再開させようとする行為に対して広く用いられる言葉である。心肺蘇生は成功、不成功、あるいは一次(basic)、二次(advanced)に分類される。

一次救命処置(basic CPR)

 一次救命処置(basic CPR、訳注6)とは、胸骨圧迫心マッサ−ジおよび呼気吹き込み人工呼吸で有効な循環を回復させようとする行為である。救助しようとする者は補助器具や一般用フェイスシ−ルドを使用して換気を行なってもよい。ただし、バッグマスクとか、より侵襲的な方法による気道確保、すなわち気管内挿管、もしくは咽頭を通過させる器具を用いて気道を確保する方法は、この定義からは除外される。

(訳注6)一次救命処置という言葉は、本来はbasic life supportの訳語にあてられた言葉である。しかし、上記のbasic CPRの定義は、我が国で使用されている一次救命処置にそのままあてはまるものである。

”一次救命処置とは、特殊な器具や医薬品を用いることなく、医師以外の者でも行われる気道確保、人工呼吸および胸骨圧迫心臓マッサ−ジなどの心肺蘇生をいう。”(救急蘇生の指針:日本医師会:平成6年)

一次心臓救命処置(basic cardiac life support)

(これに相当する訳語はないが、あえて訳をつければ一次心臓救命処置となる。)  一次救命処置(basic CPR)を越えた意味で、アメリカで特に使用される。この言葉は、心停止の判定のしかた(一次救命処置と同様の)や、救急システムへの通報の仕方などをもりこんだ教育訓練のプログラムを示す言葉である(12)。

二次救命処置(advanced CPR or advanced cardiac life support(ACLS))(13, 14)

これらの言葉は、一次救命処置(basic CPR)に加え、さらに高度な気道確保と換気の技術、除細動、経静脈的あるいは経気道的薬剤投与を用いて、生体の自発的な循環を回復させようとする行為である。適応できる手技の数や種類により、一次救命処置と二次救命処置の中間的なレベルの処置をいくつか考えることができる。しかし、会議のメンバ−は、こうした可能な処置を網羅してリストを作成するより、使用が許されている処置についてそれぞれの処置を具体的に示すことを推奨する。(救急システムに関する記載の項(p17)を参照)。

心原性(推定)(cardiac etiology(presumed))

 心疾患によると推定される心停止は、あらゆる救急システムの最も重要な問題である。蘇生を試みたすべての心停止例について、心停止の原因を正確に決めようとすることは、統計をとる者にとっては現実的ではない。突然の心停止の原因が血栓性のものであるか、不整脈によるものであるかを区別しようとすることは、あまり無理がないことが認められてきている。(15, 16)。多くの機能的な因子が、致死的な不整脈を引き起こすような生体の器質的な異常と、相互に関連しているからである。

 ウツタイン様式のテンプレ−ト(統計系統図)がめざす目的をはたすためには、統計をとる者(訳注7)は、入手できる情報にもとづいて、心原性と推定される心停止とそうでないものを分類すべきである。もっともめぐまれた状況では、この情報には剖検(解剖)の結果や臨床記録が含まれる。しかし、(心原性かどうかの)診断は、除外診断でなされることが多い。非心原性の心停止は、その原因がより容易に限定されるが、これに含まれない患者は、(除外的診断にもとづく心原性という)カテゴリ−に含まれるのである(訳注8)。

(訳注7)Researchersという言葉が、この指針では頻回に使われている。ウツタインのこのガイドラインに基づき統計をとり、蘇生率の比較検討など、蘇生に関する疫学的研究を行う者を念頭においてresearcherと呼んでいるのであるが、この日本語版では”統計をとる者”と訳した。

(訳注8)Patients who do not fit in the more readily defined category cardiac arrest of noncardiac etiology are included in this category.

監訳者からも確認を求められた箇所である。直訳すれば”(この項のカテゴリ−である心原性の心停止より)もっと容易に限定できるカテゴリ−である非心原性の原因による心停止に適合しない患者も、この項のカテゴリ−に含まれる。”となる。要するに、非心原性に入らないものは、除外診断的に心原性に入れることを指示していると解釈できる。

非心原性(noncardiac etiology)

 非心原性の心停止の原因は、しばしば明白で、容易に判定できる。乳児突然死症候群、急性薬物中毒、自殺、溺死、出血、脳血管障害、くも膜下出血、外傷といった分類枠に分けられる。

覚知−現着時間(call-response interval)

 必ずしも一貫した使われ方がされているわけではないが、しばしば、反応時間(response time)と呼ばれている。覚知−現着時間(call-response interval)とは、救急本部で救急要請を覚知してから、救急車が現場で停止するまでの時間である(図1)。この時間は、救急車が走り始める時刻をもって始まるのではないことに注意しなくてはならない。覚知−現着時間には、救急要請のコ−ルに対応している時間、救急隊員に連絡する時間、救急隊員が救急車まで移動する時間、救急車を発進させるまでの時間、現場まで救急車を移動させる時間が含まれるのである。しかし、救急車が現場に到着してから、救急隊員が患者のそばまで行く時間や、除細動をおこなう時間までは含まれない。最近の報告では、救急車が停止してから、傷病者のそばまで行く時間や除細動を始めるまでの時間が長すぎて、救命率に大きな影響を及ぼしているのではないかということが指摘されている(1718)。

自動式除細動器(automated external defibrillators)

 自動式除細動器は、傷病者の心電図のリズムを解析する機能を有する除細動器を総称する言葉である。このリズム解析は、心室細動/心室性頻脈、そのいずれでもない、の二者択一で行われる。この機器は、心室細動または、心室性頻脈を検知したら、術者に対しこの情報を与える。その情報は"除細動せよ"または "除細動するな"という形で与えられ、ここでも二者択一的である(訳注9)。

(訳注9)除細動器からのメッセ−ジとしては、原文では”shock”あるいは”no shock”となっているが、この日本語版では上記のように”除細動する”または”除細動しない”とした。現在、我が国で救命救急士が汎用している除細動器では、こうしたメッセ−ジは機種によっても異なるが、たとえば、除細動の適応となれば、”患者から離れてください”、機器が除細動の適応と判断できなければ”医師に相談してください”など、より具体的な表示がされている。

時刻と時間間隔(times versus intervals)

 時刻(time)と時間間隔(interval)の不正確な、一貫しない使い方が、心停止に関する文献で混乱と誤解を生じている。時間間隔(interval)とは、時刻(time)と異なり、二つの出来事が起こった時刻の間隔をいう。それぞれの時間は(どの時刻と時刻の間隔であるかを)明示して定義されるべきであり、救急領域で慣用されている言葉をむやみにあてはめるべきではない。すなわち、時間の正しい表現とは、(蘇生の流れのなかで)二つの鍵となる出来事を明示し、ある出来事からある出来事までの時間(event-to-event interval)という形で示すべきである。たとえば、ダウンタイム(downtime)(訳注10)ということばが、傷病者が倒れてからCPRを開始するまでの時間(collapse-to-start of CPR interval)、あるいは、倒れてから除細動を開始するまでの時間(collapse-to-first defibrillatory shock interval)、あるいは、倒れてから心拍が再開するまでの時間(collapse-to-return of spontaneous circulation interval)などと(それぞれ勝手に)いろいろな論文や著作で使用されている。また、”一定の救命治療をうけるまでの時間”(time-to-definitive care)(訳注11)という言葉が、傷病者が倒れてから、治療が行われるまでの短い期間がいかに重要であるかを示すために頻繁に使用されている。しかし、実際には、この言葉は、二次救命処置ができる救急関係者が現場に到着するまでの時間を意味しているにすぎない。(除細動とか、気管内挿管とか、昇圧剤などといった)それぞれの救命治療が行われた真の時刻は、そしてそれぞれの治療の時間的間隔は、(こうした曖昧な言葉が横行している限りは)いつまでたってもわからないままである。

(訳注10)downtimeどは、倒れていた時間という程度のニュアンスである。しかし、ここに指摘されるように、単に”倒れていた時間”では、どの時刻からどの時刻までの時間間隔か、意味が限定されておらず曖昧である。

(訳注11)Time-to-definitive careで使われている、definitiveとは、定義する、限定するという意味のdefineという言葉から派生しており、限定的なという意味である。同時に、決定的な、一定の、といった意味にも使われる。ここでは、definitive careという言葉で、一定レベルの救命治療を示していると理解できる。

(訳注12)Time-to-definitive careという言葉が、よく文献で使用されており、一見、気の利いた言葉のように聞こえるが、実際には、定義が曖昧であり、好ましくない用語であることを指摘している。心停止発生から、いったい、どんな治療が行われるまでの時間なのであるか、このままでは、はっきりしない。むしろ、このような用語が一般化することにより、明確な記録をしようとする努力が妨げられ、いつまでたっても具体的な時間がえられないことになる危険性がある。

心停止事例のデ−タを記録するためのテンプレ−ト

(統計系統図)

テンプレ−ト(統計系統図)をもちいたアプローチ

 会議のメンバ−は、データを記録するために、特に心停止事例の(蘇生の転帰に関する)成績を記録するために、テンプレ−ト(統計系統図)をもちいたアプローチを推奨する(図3、4参照)。図3は、統計をとる者が記録すべき蘇生のデータを図で示したものである。分母は、心原性の心停止患者で始まり、この集団が次第に減少して1年後の生存率に至る。

 図4に全心停止事例のデ−タを出発点とする、ウツタイン様式のテンプレ−ト(統計系統図)を示す。テンプレ−ト(統計系統図)にあてはまる個々の数値は、統計をとる者が、様々な割合を計算できるように、各々の段階で書き入れなければならない。上のレベルの数値は分母、下のレベルの数値は分子になるという形で、テンプレ−ト(統計系統図)の各々の数値は、2つの役割を有することになる(訳注13)。

(訳注13)たとえば図4の”2.蘇生が必要である総数”は、”1.救急サ−ビスをうけている人口”の分子であり、同時に、”4.蘇生施行総数”の分母となっている。

 テンプレ−ト(統計系統図)は,救急サ−ビスをうけている人口で始まり,図3に示したような心原性の患者に至る前に、様々な方向にも分岐する。テンプレ−ト(統計系統図)に含まれている項目のいくつかは、このガイドラインの用語の使い方に定義されている。それ以外は、以下で論じられる。救急システムによって、この組織だった(統計記録の)計画が施行されれば、テンプレ−ト(統計系統図)を使用して成績をまとめ、これを文献上の他の救急システムの成績と、すぐに比較することが可能になるだろう。

 会議のメンバ−は、このテンプレ−ト(統計系統図)に示したレベルとは異なったレベルで、異なった分岐点を、あるいは選択できたかもしれない。たとえば図4の”4.蘇生施行総数”のすぐ下で、心室細動か非-心室細動により患者を分類することも可能であった。すなわち、心拍のリズムのみで、まず、患者をグル−プ分けするのである。しかし、これにより心原性、非心原性の分類枠にまたがる、心室細動の患者の大きなグル−プが生じてしまうことになる。図4に示すような、この(ウツタインの)テンプレ−ト(統計系統図)をもちいることに、(いずれにせよ、ひとつのパタ−ンを採用することに)大きな意味がある。その結果、広く標準化が押し進められ、利得が得られるのである。

 テンプレ−ト(統計系統図)の中の左側の、陰をつけた分岐点に続く部分は示されていない。しかしながら、系統図の流れは、いずれの方向でも行き着くところまで行ける(ようにできている)(訳注14)。

(ここに示したテンプレ−トは図4に示したように、心原性の流れを追跡しているが)統計をとる者は、たとえば、次のようにして、非心原性の心停止の原因をさらに詳細に分析することも可能である。(非心原性の心停止事例について)バイスタンダ−、 または救急関係者が心停止を目撃したかどうか、最初にどのような心臓のリズムが得られたか、また各種の臨床成績はどのようであったか。テンプレ−ト(統計系統図)は得られた結果を必ずしも、すべて表示できるわけではないが、(しかしこのように)大事な個々のデータを詳細に分析したり、わかりやすく表示するのに役立つものである。

(訳注14)原文ではDownstream subsetsという表現が使用されている。これは、流れおりるウツタインのテンプレ−ト(統計系統図)のイメ−ジをよくあらわしている言葉である。テンプレ−ト(統計系統図)ではいくつもの流れを作ることができる。それぞれをDownstream subsetと呼んでいる。どのsubsetに流れるかは、統計をとる者がどのsubsetに注目しているかによる。ウツタインでは図3で示したように、心原性の事例を特に、重要視しており、また、中でも心室細動であった事例を重要視している。しかし、テキストにあるように非心原性の流れを下流に追って、テンプレ−ト(統計系統図)を作っていくことも可能である。このように、テンプレ−ト(統計系統図)は、さまざまに下流にむかって組み立てることができる。

成績に関する問題

 統計を評価する者は、呈示されたテンプレ−ト(統計系統図)により、様々な成績を計算することができる。テンプレ−ト(統計系統図)では分母と分子の組み合わせを自由に選択できるからである。成績は、割合またはパーセントで表示される。たとえば蘇生術を試みた全例を分母とし、蘇生に成功し入院できた症例数を割合で示すという具合である。成績は、様々な救急システムや(統計をとった)所在地によって異なることが考えられる。多くの専門家が論文や著作の中で、生きて退院した人数を、心停止が目撃されており、心原性で、心室細動にあった人数に対する割合で報告することを薦めている(7,8,17,19)。この割合は、複数の救急システム間の比較に最も実用的であり、会議のメンバ−も推奨するものである。しかし、たとえコアとなるデ−タであっても、これが救急システムの活動のほんの一端を反映するにすぎなければ、結局、その救急システムの活動全体の実態を明らかにするにはいたらない。

 記録されたテンプレ−ト(統計系統図)は、多様な比較を可能にし、臨床上、興味深い問題を明らかにするのに役立つのではないかと思われる。たとえば、ある新しい治療法が考案されたとしよう。これは、心停止となった人の心拍再開に役立つはずのものだが、(統計をとってみたら)全体の生存率は改善しなかったとしよう。もし、単に生存して退院した患者の割合のみ記録されていたとすると、この新しい治療法の(潜在的な、しかし)重要な効用は見過ごされてしまうことになる(訳注15)。

(訳注15)雑多な要因が混在する全体の蘇生率のみで、評価を行なおうとすると、斬新な改革や治療法の効果は、埋もれてしまうことになる。テンプレ−ト(統計系統図)から質の高い統計量を抜き出して組み合わせれば、このような効果を浮き彫りにできるのではないかと期待されるのである。

 ウツタイン様式は、コアデ−タと補足的デ−タとう使い分けを推奨する。コアデ−タは、これなしでは分析や比較が困難であったりする必須なデ−タである。これらのデータは一般に集めやすく、いくつかのシステムではル−チンとして集められている。補足的データは、もっと多岐にわたる、あるいはもっと特異的なデ−タであるが、可能であるならば必ず記録すべきである。これにより、さらに詳細な成績の比較と、正確な分析が可能になる。しかしながら、補足的デ−タは、一般には集めにくく、そしてコアデータに比較して正確に記録しづらいデ−タでもある。

テンプレ−ト(統計系統図)の項目の説明( Template sections )

1. 救急サ−ビスを受けている住民数

 統計系統図の出発点は、救急サ−ビスを受けている人口である。これにより住民数あたりの発生率、および住民数あたりの救命率が計算できる。ある地域の全人口数は、全住民がひとつの救急システムよりサービスを受けている時のみ、有用な数字となる。心停止に関する成績をまとめる際には、必ず、その方法論に関する項で、救急システムのサ−ビスを受けている地域が、どのような地域であるかを明示すべきである。コアデータは、救急システムのサービスを受けている全人口と、その面積(平方キロメーター)、65歳以上の人口のパーセントである。

 補足的データとしては、その地域の特別な問題や、その地域に特異的な状況をあげることができる。たとえば、高層住居が林立しているところであるとか、他種類の言語が使われている地域である、異常な地理や気候である、道路が狭い、特別な交通規制があるとかいった事情もこれにあたる。もちろん、これ以外の事情もありえる。(そこで)会議のメンバ−はサ−ビスを受けている一定の地域の状況を、より明確にするため、以下のような記録を推奨する。

・性別:全住民の男性と女性のパーセント

・教育水準:教育の平均水準。または、義務教育のレベルをこえて(高校、専門学校、大学などで)教育を受けた人のパーセント、あるいはその両者。

・社会経済状態:一定の生活レベル以下(貧困)の人のパーセント。一定の生活レベルというのも、どのように決められたか記載されなくてはならない。

・年齢:住民の単なる平均年齢は有用な情報とならない。

以下のように、住民を年齢でグループ分けし、各グル−プの人数を全人口に対するパーセントで、記載すべきである。

0〜12カ月,1〜4歳,5〜14歳,15〜24歳,25〜34歳,35〜44歳,45〜54歳,55〜64歳,65〜74歳,75〜84歳と85歳以上.

・地域における年間死亡数。

・虚血性のあるいは冠動脈の心疾患に起因する死亡数のパーセント(International Classification of Diseases [ ICD ] コード410-414)(訳注16)

・人口100,000あたりの一年間の死亡数(あらゆる原因の死亡を含む)。

・男性の55-64歳と女性の55-64歳の、ICD コード410-414の人口100,000当たりの年間死亡数。

・地域内で、蘇生術のトレ−ニングを受けた全人数(アメリカ心臓協会または赤十字による)。昨年と過去5年以上にわたって。

・この数値は、他の項目と関連するが、バイスタンダ−が心肺蘇生を行った心停止事例のパーセント。

(訳注16)International Classification of Disease(ICD)とは、WHOが定めた疾病分類であり、世界的に広く使用されている。

2.心停止が確認され蘇生が考慮された事例

 救急システムが扱った事例のうち、反応のない(意識のない)、無呼吸の、脈の触れない、すべての患者がこの項目に含まれる。救急隊員は(こうした患者の)心停止を確認しなければならない。素人の救助者による蘇生(人工呼吸,胸部圧迫,またはその両方)が試みられ、救急隊員が到着時に脈が確認された事例の数には、注意を要する。このサブグループにより、素人の手による”救命”が評価できる可能性があるが、この中には本当は心停止や呼吸停止に至っていなかった事例が含まれるかもしれない。このグループは、蘇生に関して検討した心停止の総数には含めず、別項にするべきである。

3. 蘇生非施行事例

 心停止事例の中には、蘇生術は不適当であり、開始されるべきでない事例がある。この様な事例に関するその地域の基準(たとえば国や地方自治体で定められた法律や条例)は、病院外心停止の記録にはっきりと記載されるべきである。この様な基準としては、たとえば斬首、焼却、腐敗、死後硬直または死斑のような不可逆に死に至ったことを明確に示す徴候をあげることができる。また、DNR指示またはリビングウイルに基づいて蘇生を行わなかった事例もここに含まれる(訳注17)。

(訳注17)Do-not-resuscitate(DNR)とは、尊厳死の概念に相通じるものであり、癌の末期、老衰、救命の可能性のない患者等で、本人または家族の希望で心肺蘇生法を行わないことをいう。これに基づいて医師が指示する場合をDNR指示(do-not-resuscitate order)という。(日本救急医学会 救命救急法検討委員会:日本救急医学会雑誌 1995;6:201)本人が、意志表示できない状態で終末期を迎えた場合に備えて、意志表示できる状態のうちに、文書などで人生の終局のありかたを意志表示したものは、リビングウィル(living will)である。

4.蘇生試行事例

 救急隊員が蘇生処置を行った事例、全てを含める。(ただし、単に、傷病者の状態を評価しただけではなく、実際に蘇生処置をおこなった事例でなくてはならない。)蘇生試行とはどのような形にせよ、何らかの形で一次救命処置を行ったこととする。テンプレ−ト(統計系統図)のこの定義は、本来DNRとした事例、リビングウィルの事例(訳注17)、医師が(訳注18)患者到着時に蘇生を中止した症例なども含む。ウツタイン様式の趣旨は、統計の精度を上げ標準化を達成しようとするものであるが、心肺蘇生が成功する可能性が全くないこうした症例も含めた場合、蘇生成功症例の比率が(本来の値より)やや低下することを会議のメンバ−は認めている。

(訳注18)原文にはsenior attendantsとある。Seniorとは、もともとは年長の、先輩格のという意味であるが、ここでは、”より高次の決定をする当事者が”という意味に理解できる。ここでは、我が国では、蘇生の中止の判断は、医師に独占されていることから、わかりやすく”医師”とした。

5.心原性心停止 (用語の項参照)

 救急隊員は虚血性心疾患の症状や前駆症状が、あったかどうか、持続したかどうかを判定すべきであろう。これにより、心停止がまったく突然に起こったものであるか、あるいは、不整脈によるエピソ−ドか、虚血性のエピソ−ドかといった心停止の原因を検討できるはずである。しかし、実際には、これらの2つの原因の境界線は、臨床的にも生理学的にも明確に線引きできないことが多いので、心停止事例のデータとして、ここでは要求しないことにした。

6.非心原性心停止 (用語の項参照)

 ウツタインのテンプレ−ト(統計系統図)では非心原性心停止は(図4で示すように心原性心停止と異なり)詳しく扱われていない。しかし会議のメンバ−は非心原性心停止に関しても、心原性心停止の欄の下に挙げられているような項目(目撃者がいたか、不整脈の有無、転帰など)についてすべて記載することを、推奨している。

7.目撃された心停止

8.目撃されなかった心停止

 ウツタインのテンプレ−ト(統計系統図)では、患者が倒れたところをバイスタンダ−や救急隊員が見ていたか、聞いていたかといった、目撃された心停止に焦点をあわせている。ウツタインのテンプレ−ト(統計系統図)では、目撃されなかった心停止事例や非心原性心停止事例は詳しく扱われず、この後に(分岐すべき)項目は作成されていない。しかし目撃されなかった心停止に関しても、不整脈があったか、バイスタンダ−がいたか、転帰はどうか、といったデータを補足的に記録できる。

9.救急隊員到着後の心停止

 心停止に関する報告では、救急隊員の現場到着後に心停止に陥る症例が10%ほどある(17,19-21)。ウツタイン様式では、こうした事例を目撃者されなかった心停止、あるいはバイスタンダ−により目撃者された心停止とは分けて報告するように推奨している。これには2つの理由がある。ひとつは、これらの事例にはバイスタンダ−による心肺蘇生の有無や、覚知-現着時間は関係しないという点である。これらの事例を含めてしまうと、バイスタンダ−による心肺蘇生の有無や、覚知-現着時間の統計的数字をゆがめてしまうからである。もうひとつは、到着後心停止事例(そのもの)を他の事例と別個に、分析、記録することにより、重要な情報が得られるからである。たとえば、このグループの生存率には、(傷病者に到達する)時間的な遅れが影響しないので、二次救命処置による蘇生の効果をみるうえでもっとも良い指標となるといわれている(17,21)。また、これら救急隊員の到着後の心停止症例は、発作が急性で予測できなかった症例とは、背景となる病態生理が異なっているとの報告もある。救急隊員が到着後心停止となった傷病者は、救急搬送を依頼するような疼痛や各種症状を有していたといえる。これは、血栓性のエピソ−ドを示唆している。それに対して、突然、倒れて直後に心停止になった傷病者は、血栓によるエピソ−ドではなく不整脈性の心停止であった可能性が高い(訳注19)。しかし急性心臓死に関する研究では、実際には、両者のメカニズムがはたらくことが示唆されている(15)。(救急隊員)到着後心停止の事例については追加項目として、不整脈の有無、図2に示されるような時間的間隔、ウツタインのテンプレ−ト(統計系統図)の下方に展開されるような成績、などを記載しなければならない。

(訳注19)心筋梗塞などの虚血性心疾患では、冠状動脈が血栓により閉塞されたのにともない胸痛といった自覚症状が発現する。直接死因としては、不整脈、心原性ショック、心破裂などがあげられる。たとえ重症例でも、救急搬送を要請するような症状が生じて後、心停止に至るまでにある程度の時間のズレが生ずることは、こうした血栓性エピソ−ドでは一般的である。これに対し、血栓性のエピソ−ドをともなわない不整脈性の心停止では、いきなり心停止に至るのである。

10.初期調律−心室細動および12.初期調律−心静止

 心室細動は振幅の大、中、小により細分類されており(訳注20)、分類自体には、いくばくかの臨床上の有用性はある。しかし、振幅の小さな細動と心静止とは、臨床的にも生理学的にも判然とし難いが、このウツタインの本来の趣旨から区別されなければならない(22,23)。心静止と振幅の小さな細動との区別は、心電図記録で基線の揺れ(振幅が)1mmより小さければ心静止として、1mm以上であれば細動として取り扱う。自動式体外除細動器には、既にこの基準が設定されている(22,24-26)。

(訳注20)原文では、心室細動をcoarse,medium,fineに分類している。下図のように、これは、振幅の大きさによって心室細動を分類したものである。

11.初期調律−心室性頻拍

 この致死的不整脈は様々な転帰を辿るため、脈の触れない心室性頻拍を心室細動の範疇にいれずに、別のテンプレ−ト(統計系統図)に入れるように推奨している。病院外心肺停止事例の中で少数を占める心室性頻拍は、(あやまって)しばしば多数を占める心室細動事例のなかに混じっている(ことが多い)。 

13.初期調律−その他

 この中には心停止ではあるが、とにかく何らかの電気的信号が認められるという調律が含まれる。これはおそらく停止直前の心臓の最後の電気的活動として現れる波形と思われる。心停止の確定という点では、このカテゴリーを詳細に分類しても何か役立つと言うわけではない。電導収縮解離(EMD)は現在行っている定義の見直し作業でも定義があいまいな点が多いので(27,28)、現在のところ”その他”に分類されている。

14.バイスタンダ−による心肺蘇生が行われたか

 テンプレ−ト(統計系統図)のこの項目からは、バイスタンダ−により確実に心肺蘇生が開始された心停止症例の割合を算出することができる。心停止後早期のバイスタンダ−による心肺蘇生は心停止事例の救命率向上に結びついている(7,19,29-34)。これらのデータは救急システムの 救命のための鎖"Chain of Survival"(訳注21)を別な視点で評価するものであり、プログラムを評価する上で重要である(31)。テンプレ−ト(統計系統図)のこの部分は、多方面の分析にいろいろと利用できることに注目すべきである。たとえば”目撃された心室細動”の事例に関して、発生早期にバイスタンダ−による心肺蘇生を受けた群と、発生から時間がたって救急隊員によって心肺蘇生を受けた群の生存率の比較なども検討することができる。

(訳注21)救命のための鎖

15.心拍再開

 ウツタインのテンプレ−ト(統計系統図)(図4)では”触知できる脈拍の回復”があれば心拍再開にあたるとしており、たとえば5分以上(継続して)といったその持続時間には規定は設けていない。触知できる脈拍とは、手指で太い動脈、通常は頚動脈を触知できることとしている。手指で頚動脈の脈拍が、なんとか触知できるというのは、収縮期血圧でおおよそ60mmHgであることを意味する。しかし、ここでいう心拍再開とは、確かに中間的な転帰であって、これはいずれ消失するかもしれない。(従って単に心拍が再開したというだけでは)、心停止だった傷病者が病棟へ入室したとか、(最終的に)退院できたというほど、臨床的に重要な事項ではない。が、(特定の薬剤の効果を検討するといった)臨床試験や、(特定の処置の効果を検討するといった)治療方法の検討には役立つかもしれない。

16.心拍非再開

 心拍の再開が見られなかった事例(テンプレ−ト参照)に関してもその数を記載しなければならない。

17.蘇生中止

a.現場死亡

(もし搬送されていたら)b.病院到着後救急処置室内で死亡

 救急処置室で心拍を再開させることが、全くできないような事例を搬送することの、医療経済上の損失を検討した報告がいくつもある(35,36)。確かにこういった症例が蘇生に成功した例はきわめてまれである。にもかかわらず、多くの救急システムが救急隊員に対し、現場で蘇生ができなかった傷病者を救急病院へ搬送することを求めている。このテンプレ−ト(統計系統図)は、これらの患者の記録をとるようにしており、転帰についても記載するようになっている。また救急隊員が病院へ搬送することなしに蘇生行為を終了させた場合も、(そのことを)記載する。このような(救急隊員が蘇生を終了するような)習慣はアメリカではより一般化しつつある(訳注23)。

(訳注23)我が国では、死亡確認は医師の専断事項となっている。

18.集中治療室への入室

 テンプレ−ト(統計系統図)のこの部分は、心拍が再開し、かつ維持できて、集中治療室に入室できるようになった事例に関して記載する。テンプレ−ト(統計系統図)の標準化に向けて、会議のメンバ−は、昇圧剤を使っているか否かに関係なく、心拍が再開したり、血圧が測定できるようになり病院に入院した事例を "蘇生成功後の入院" と定義した。その場合、自発呼吸があるかないか、気管内挿管をしているかいないかは問わない。心拍がなければ、心肺蘇生を続けたり自動心マッサ−ジ器を装着しなければならないが、この場合は集中治療室入室とは定義しない(すなわちこの項目から除外される)。一方、緊急心肺バイパスや、IABP(訳注24)などの人工循環補助装置を使用している事例は、心拍があることを意味しているわけであり、このような事例はこの項目に含まれる。蘇生成功後の病院入院事例に関しては入院期間の長さは問わない。

(訳注24)原文ではIntra-aortic balloon pumps。大動脈バル−ンパンピング法。大腿動脈よりバル−ンカテ−テルを大動脈まで挿入し、バル−ンを心臓の動きと同期させて膨張、収縮させ、心臓機能を補助する装置である。心原性ショックで心臓のポンプ作用が著しく低下している場合に用いる。

19.病院内死亡

a.全ての死亡事例

b.24時間以内死亡事例

 統計をとる者は、病院内死亡の数を記載する。入院後24時間以内に死亡した事例に関しては、特に注釈を付けておく。最初の入院期間中に再度心停止を起こした事例は、蘇生が成功したかしなかったかにかかわらず、データ分析では一人として計算する。

20.生存退院

 生存退院した事例数を記載する。最終退院先も記載されなくてはならない。自宅、心停止前の居住場所、リハビリテーション施設、療養施設(ナ−シングホ−ムなど)、を記載するとともにその他の施設での加療期間も記載する。もし可能であれば、脳機能評価や身体機能評価を行い、最良の時のデ−タを記載する(表1)。もし最良の時の脳機能の評価が得られない場合は、脳機能評価、身体機能評価ともに退院時の評価を記載する。これらの分類評価は"個々の臨床デ−タの収集"の項でさらに検討される。

21.退院から一年以内の死亡例

 生存期間を算出するために、退院から一年以内に死亡した事例のデータと原因疾患をコアデータとして記録する。また身体機能評価や脳機能評価を死亡になるべく近い時点で評価する。退院から死亡までの期間における最高の身体機能評価や脳機能評価を判定するのはかなり難しいが、補足的データとして記載するのがよい。

22.一年以上生存

 一年以上生存した患者に関しては身体機能評価、脳機能評価を、およそ一年経過した時点で判定する。またその一年のうちで最良の身体機能評価、脳機能評価を共に追加データとして記載すべきである。生存から最初の一年間に病院外心停止が再発した場合、各々の心停止や蘇生行為は別の事例として加算する(39)。つまり一回目の心停止から一年以内に二回目の心停止が発症した場合、たとえその患者が生存していてもいなくてもその時点をもって、(最初の心停止発作によって)死亡したとカウントする。もし救急隊員が心停止に対して再び蘇生を行った場合、この患者は、テンプレ−ト(統計系統図)上は、蘇生行為を施行された別個の事例としてカウントされる。そしてもし、再び生存して退院すれば、(最初の生存退院とは)別個の生存退院事例として加算する(訳注25)。

(訳注25)同一の事例が、二回、心停止を起こして二回搬送されたものを、二つの事例として扱うのには抵抗があるかもしれない。しかし、救急システムのレベルを反映した実質的な蘇生率を問うというウツタインの趣旨からすれば、二回生存退院したという事実は、二つ事例が生存退院したことに相当すると考えるべきであろう。

表1

脳損傷患者の転帰:グラスゴ−・ピッツバ−グ脳機能・全身機能カテゴリ−(56,65)

The Glasgow-Pittburgh Cerebral Performance and Overall Performance Categories

脳機能カテゴリ−(CPC)

CPC 1.機能良好 

 意識は清明、普通の生活ができ、労働が可能である。障害があっても軽度の構音障害、脳神経障害、不全麻痺など軽い神経障害あるいは精神障害まで

CPC 2.中等度障害

 意識あり。保護された状況でパ−トタイムの仕事ができ、介助なしに着替え、旅行、炊事などの日常生活ができる。片麻痺、けいれん、失調、構音障害、嚥下障害、記銘力障害、精神障害など。

CPC 3.高度障害

 意識あり。脳の障害により、日常生活に介助を必要とする。少なくとも認識力は低下している。高度な記銘力障害や痴呆。"Locked-in"症候群のように眼でのみ意思表示できるなど。

CPC 4.昏睡、植物状態

 意識レベルは低下。認識力欠如。周囲との会話や精神的交流も欠如。

CPC 5.死亡、もしくは脳死

全身機能カテゴリ−(OPC)

OPC 1.機能良好

 健康で意識清明で正常な生活を営む。CPC1であるとともに脳以外の原因による軽度の障害。

OPC 2.中等度障害

 意識あり。CPC2の状態。あるいは脳以外の原因による中等度の障害、もしくは両者の合併。介助なしに着替え、旅行、炊事などの日常生活ができる。保護された状況でパ−トタイムの仕事ができるが、きびしい仕事はできない。

OPC 3.高度障害

 意識あり。CPC3の状態。あるいは脳以外の原因による高度の障害。もしくは両者の合併。日常生活に介助が必要。

OPC 4. CPC4と同じ

OPC 5. CPC5と同じ

時刻(time points)と時間(time intervals)

 心停止事例に対する救急処置の遅れは、いかなる時点において患者の転帰を評価しても、患者の転帰を決定づけている。心拍再開の鍵となる最も重要な因子は、特に、循環虚脱(collapse)から蘇生処置を始めるまでの時間である。また、この時間間隔は、生存率の最終的な規定要因でもある(5,8,29,40)。救急システムのレベルに関する検討がきちんとできるか否かは、それぞれの出来事が発生した時刻や、それらの出来事の間の時間をいかに正確に決定しえたかに依存している。それゆえ、統計を取る者は出来事の発生した時刻(event time)と、それらに関係する時間を重視しなければならない。

 出来事の発生した時刻を系統立てて記録することは、救急搬送チームの一員として認められた救急隊員にとって、心停止事例に対する不可欠な役目の一つであると考えるべきである。救急隊員の訓練や試験においても、このことは重要視されるべきである。一般市民に対する救命手当の訓練でも、心停止の発生した時刻や、一次救命処置を開始した時刻を、正確に記憶する訓練をすべきである。出来事が発生した時刻の記録が正確であることは非常に重要であるが、統計をとる者は、それをさらに正確にするための新しい技術や方法を探求すべきである(44)。しかし、その新しい技術や方法によって、救命処置がさまたげられたり、救急隊員の現場の作業に著しい負担を押しつけることになってはいけない(33)。

 図1は心停止における出来事の間の時間の記録の難しさを示している。心停止が発生し、救急システムの対応が始まったときに、4つの異なった時刻を刻む時計が動き始める。患者の時計(patient clock)は、循環虚脱が生じたときに動き始め、有効な循環と呼吸が回復するまで動く。救急司令室時計(dispatch center clock)は、循環虚脱を通報するコ−ルに応答した時に動き始め、到着前に行う指示(特に、電話で行える心肺蘇生指示)をした後止まる。救急車の時計(ambulance clock)は、救急車が発車したときに動き始め、患者が病院へ到着した時点で止まる。最後の、病院の時計(hospital clock)は、救急部門に患者が搬入されたときに動き始め、患者が退院するか、入院中に死亡した時点で止まる。

 図2は、図1(訳注26)に示された複雑な時間表示を簡単にしようと試みたものである。この図は、心停止後の救急処置に関連した重要な出来事を図示している。これらは救急システムが記録すべき出来事の発生時刻である。それぞれの出来事は単一の事象として発生する。発生した2つの出来事の間を表す時間は、出来事間の時間(event-to-event interval)となる。前述したように、2つの出来事の間に時間の経過があるものを引用するためには、時刻(time)ではなく、時間(interval)という用語を常に使用すべきである(訳注27)。(用語の項参照)時間という言葉を使う時には、必ず、2つの要となる出来事を記載すべきである。時間(interval)の代わりに誤って時刻(time)という言葉を使用することは、造語(neologism)、錯語(jargon)、あるいは語義をよく限定しない曖昧な言葉の使い方にあたる。そのような言葉の使い方の例には、ダウンタイム(downtime)、反応時間(response time)、一定の救命処置をうけるまでの時間(time to definitive care)なども含まれる(訳注10−12)。図2に示した出来事の積み重ねカード(stacked index card)は、これらの出来事が異なった患者では違った順序で起こり得ることを表している。加えて、患者によって、そのカード間の時間がまちまちであることも示している。

(訳注26)原文でFigure 3とあるが、Figure 1の誤りと思われる。

(訳注27)英語でいうtimeという言葉を、時刻という意味で限定して使用し、時間を意味するintervalと明確に使い分けるべきであるというのが、趣旨である。実は、timeという言葉は、本来、時刻の意味でも、時間の意味でも使用される曖昧な言葉であるために、このガイドラインでは、その英語の意味を限定する必要に迫られている。その意味で、日本語の”時刻”という言葉は、誤解の少ない言葉である。

 図2に図示したように時刻の記録をすることにより、非常に多様な時間の作表ができる。覚知−現着の時間など、たくさんの時間が救急医療体制の水準を保つために、そして救急システムの(レベルの)評価に不可欠である(17)。中でも患者の生存率を予測する観点からは、循環虚脱(倒れてから)−最初の心肺蘇生までの時間と循環虚脱(倒れてから)−最初の除細動までの時間の2つが、最も重要である(10,15,16,19,25,30-32,45-51)。

 多くの救急システムは多施設共同研究プロジェクトに参加し、記録デ−タを共に分析することまでは、あるいは望まないかもしれない。この場合は図2のような、補足的デ−タも含めた完全で詳細なデ−タは必要ではないであろう。しかし、これらの救急システムや、システムを統括する医師は、類似した地域の救急システムと自分たちのシステムの能力を比較するためには、どのようなコアデータを集めればよいか知りたいであろう。図2はこのようなコアデータを示している。これらは、最初の救命手当、覚知、救急車の現着、救急隊員による最初の救急救命処置、最初の除細動、心拍再開、心肺蘇生の中断(死亡)などの時刻である。

記録が推奨されるコアおよび補足的出来事の発生時刻

循環虚脱した時刻(倒れた時刻)/認知された時刻(recognition time)

 コアの情報として、極めて重要であるにも関わらず、循環虚脱した時刻の推定には不正確さがつきまとう。しかし、この情報は虚血時間を知るために不可欠である。救急隊員はこの時刻を得るために、発見者(バイスタンダ−)にいろいろと質問を(追加)しなければならない。ただし、循環虚脱した時刻が、はっきりするのは目撃された心停止にのみであることに留意すべきである。このガイドラインは、特定できる目撃者が傷病者が倒れたところを(循環虚脱したところを)、またはその徴候を、見るか聞くかした時に、目撃された心停止として定義している。認知された時刻とは、目撃者のない心停止が発見された時刻とする。

覚知時刻(コアデータ)

 最近の救急司令室では、この出来事の発生時刻は自動的に記録されるようになっている。通報がある救急司令室から他の司令室に送られた場合、最初のオペレーターが通報を受信した時刻を、覚知時刻とすべきである。

最初に救急車が動き出した時刻

 厳密には、救急車が動き出した瞬間の時刻として定義される。通報を受けて救急車が動き始めるまでの時間が延長することは、通報を受け取る作業に時間がかかったか、救急隊員の対応が遅いか、に起因すると思われる。

救急車の現着時刻(コアデータ)

 患者にできるだけ近い現場に救急車が到着した時刻である。この用語は一般に使われている”救急車が現場に現れた時刻(time of scene arrival)”に置き換えることもできる。

患者のそばに到着した時刻

 もし可能であれば、患者のそばに到着した時刻を記録すべきである。(救急隊員が)救急車を離れ、救急処置を始めるまでの時間を決定するのは、出来事を、そしてその時刻を記録する最新の除細動器によって、可能とはいうものの、現実には容易ではない。

最初に心肺蘇生が行われた時刻(コアデータ)

 最初に心肺蘇生がおこなわれた時刻には、バイスタンダ−により蘇生が始められた時刻、および救急隊員により初めて心肺蘇生が始められた時刻、の両者が記録されるべきである。救急隊員はさらに心肺蘇生を続けても無益であり、胸部圧迫式心マッサ−ジや人工呼吸を止めようと判断するときも、その時刻を記録すべきである。一般にこの時刻が死亡時刻となるが、救急システムの中には、医師による公式な死亡宣告を必要とするものもある(訳注28)。

(訳注28)

我が国のシステムでは、医師が死亡宣告する必要がある。

はじめて除細動が施行された時刻(コアデータ)

 早期の除細動は、心室細動の患者の蘇生の基本的要件である。救急システムは、除細動をはじめて行った正確な時刻を記録することに特に留意すべきである。循環虚脱(患者が倒れて)から最初の除細動までの時間は、救急システムを構成する様々な要素の中でも、鍵となる重要な評価項目である。心停止を認識し素早く通報するバイスタンダ−の能力、通報を処理し、その後システムが適切に稼働する司令体制の機動性、患者のそばに行き素早く決められた処置を行い、すみやかに除細動を行う(救急隊員の)能力、によりこの時間は短縮することができる。この情報を得る最善の方法は、完全自動式の体外式除細動器、または従来式の除細動器でも出来事を記録できるタイプのものを用いることである。これらの機器により、最初の心調律、回数、治療に対する心調律の反応などの詳細な記録を得ることができる。この技術は明らかに価値のあるものであり、もっと広く使われるべきものである。

心拍再開時刻(コアデータ)(テンプレ−ト(統計系統図)の項参照)

気管内挿管が行われた時刻

 除細動と同じくらい、気道確保は心肺蘇生の中で重要な治療である。もし患者への救急処置を妨げることなしに記録が正確に行えるならば、救急隊員は気管内挿管を行った時刻を記録すべきである。瀕死の喘ぎ呼吸も含め、自発的な呼吸努力が始まったときが、自発呼吸が再開した時である。(しかし)気管内挿管前に喘ぎ様の呼吸がなくならないこともしばしばあるから、現場の救急隊員が自発呼吸が再開した時刻を正確に記録することは非常に難しいと思われる。

静脈路を確保した時刻と薬剤を投与した時刻

 心蘇生において、薬剤の経静脈的、または経気管内投与が本当に有用であるかどうかは、現在のところ確定していない(52-54)。しかしながら、(もし、有用であるとすれば、当然)、その薬剤の効果は時間依存性であり、(早く投与すれば、効果も大きいと考えるべきであろう)。最近の知見では、救急隊員が除細動をすることにより、心室細動の患者が循環虚脱に陥ってから(倒れてから)、除細動されるまでの時間が短縮するのみではなく、挿管や薬剤の投与までの時間もまた短縮することが示唆されている(55)。会議のメンバ−は、これらのことが行われた時刻を記録に残すことを推奨する。

心肺蘇生を中止した時刻/死亡時刻

 救急隊員は、特に心マッサ−ジや人工呼吸といった蘇生処置を、病院外にて終了した時刻を記録すべきである。

現場出発時刻と病院到着時刻

 救急隊員は容易にかつ正確にこうした時刻を記録することができる。関連した様々な時間(を解析すること)も、効率的で質の高い救急処置を維持するために重要である。こうした時間には、現着−現場出発時間、現場出発−病院到着時間、救急サイレン開始−病院出発時間(他の救急要請に対応できない時間に相当)などが含まれる。

個々の臨床データの収集

臨床成績(Clinical Outcomes

 蘇生処置による臨床成績は、救急システムそのものの評価、各救急システム間の比較、および蘇生に関する臨床上の新しい試みを評価する上で重要な、核となる情報である。心および脳蘇生の主たる目標は、患者の神経機能を心停止以前のレベルまで戻すことにある。蘇生努力を評価するには、蘇生後の神経機能がどれだけ回復したか、どれだけの期間で回復したかという二つの次元で評価されることが必須である。蘇生率を向上させるために労を惜しまぬ努力がなされているが、それは単に短期間の生存をもたらすだけの結果となる可能性もある。そのような患者は、集中治療室で高額な医療費を支払ってしか生存できず、しかも、神経機能は望むべきもないレベルまでしか回復しない。社会に、家庭に、そして患者自身に真に恩恵を与える蘇生努力の結果こそが、統計をとる者に必要なのである。

グラスゴ−ピッツバ−グ脳機能・全身機能カテゴリ−

The Glasgow-Pittsburg Outcome Categories

 グラスゴ−ピッツバ−グ脳機能・全身機能カテゴリ−は、心肺蘇生が成功した傷病者のその後のQOL(quality of life)(訳注29)を評価するのに最も広く用いられている手段である(56,65)。臨床医は心停止から生還した者の回復の程度を評価するために、このグラスゴ−・ピッツバ−グ脳機能・全身機能カテゴリ− を立案した。この指標は、心停止による脳への影響を、脳以外の疾患にともなう病的状態とは区別している(40,65−67)。全身機能カテゴリ−は、脳および脳以外の状態も類別し、(脳の機能のみではなく)からだ全体としての機能を評価する分類法である。一方、脳機能カテゴリ−は、脳に関する機能のみを評価する分類法である。これらの分類法は信頼性に優れ、また簡便に使用できる。家人に電話をするだけですむこともしばしばである。この分類法の代用として、さらに簡便な手法は覚醒した時刻の記載である(59,60)。グラスゴ−・ピッツバ−グ脳機能・全身機能カテゴリ−も、込み入った聞き取り調査や診察を要する他の方法と比較して、ともに簡便性と実用性の点で明らかにすぐれている(68,69)。

 会議のメンバ−は、心停止以前の状態、退院時の状態、1年後の状態を記載するのに、このグラスゴ−・ピッツバ−グ脳機能・全身機能カテゴリ−の使用を推奨している。グラスゴ−・ピッツバ−グ脳機能・全身機能カテゴリ−の特徴は、脳機能カテゴリ−と全身機能カテゴリ−という2つの尺度を同時に用い、いずれも5段階に分類するという点である。カテゴリ−1:意識障害、機能障害なし。

カテゴリ−2:意識障害はないが、中等度の機能障害あり。

カテゴリ−3:意識障害はないが、高度の機能障害あり。

カテゴリ−4:昏睡状態もしくは植物状態。

カテゴリ−5:死亡。 

 例をあげると、意識障害、知的障害のない患者が重度心疾患で臥床している場合には、脳機能カテゴリ− 1、全身機能カテゴリ− 3 となる。表 1 グラスゴ−・ピッツバ−グ脳機能・全身機能カテゴリ−の内容を示す。

(訳注29)Quality of life。人間として生存する上で、どれだけの機能を有して、どれだけの営みができるかを問う言葉であり、医療行為の目標として単なる救命や延命以上の考慮をうながす言葉である。生活の質とも訳されているが、日本語訳として定着していない。"Life"とは、人生という意味も包括する含蓄のある言葉であり、quality of lifeあるいはQOLとそのまま使われることが多い。

データ記録様式

データ収集の様式は、全ての救急システムで共通して用いられるように、一つに統一すべきであるというのが多くの専門家の意見である。こういった様式は、心停止事例登録フォ−ム(cardiac arrest registry form)、経過レポ−ト(run report)、経過記録(run record)、医療事項レポ−ト(medical incident report)などとよばれ、これらのデータベースを分かち合うことで真の意味での多施設研究が可能となる。これらの様式には、臨床データはもちろん、疫学データも含んでいなければならない。ところが、たいていの救急システムでは、医療事項レポ−ト(incident report forms によって同時に法律関連部門、行政部門、管理部門、人事部門といった様々の部門にも情報を提供するようになっている。個々のシステムの固有の情報として、資金配分、人員配置、職員の勤務スケジュールなども含まれるのである。しかし一つの様式で、すべての救急システムで使えて、しかもこれらすべての情報が集められるようなフォ−ムを作るのは無理である。ただし、個々の傷病者に関するデータ収集フォ−ムを用いれば、少なくともウツタイン様式のテンプレ−ト(統計系統図)を作成するためのコアデ−タを提供することは可能である。

記載が推奨される臨床データ

 会議では、1回1回の蘇生行為に対して、以下の臨床データを、責任を有する立場にある者が記録に留めるように推奨している。

●心停止の場所(コアデ−タ):自宅、路上、公共の場所、仕事場、公衆の集まっているところ、救急車内、ナーシングホーム、その他の長期療養施設

●心停止以前の臨床状態(補足的デ−タ):全身機能カテゴリ− および 脳機能カテゴリ−

●救急隊員が到着する前に、心停止が目撃されているか否か:いる/いない

●突然の心停止か否か(補足的デ−タ)(現場で決定するのが最も望ましい):心臓発作、外傷、出血、低酸素、頭蓋内病変及び損傷、中毒(薬物服用)、代謝性要因、溺水、敗血症、乳児突然死症候群。心停止の原因が心原性なのか非心原性なのかを識別すること。

●救急隊到着時の患者の状態(コアデ−タ):呼吸(あり/なし)、脈拍の触知(あり/なし)、バイスタンダ−による心肺蘇生(あり/なし)

●救急隊到着以降の心停止(コアデ−タ):あり/なし

●最初に記録された心電図(コアデ−タ):心室細動、心室性頻脈、心静止、その他

●治療(コアデ−タ):救急システムの状況を記載する際には、救急システムで使用されている特別なプロトコールも含めて記載されなくてはならない。その一方で、個々の患者に対して施行した特別な治療法についても記録が必要である。施行した呼吸補助法(口対口人工呼吸、マスク呼吸、気管内挿管、その他のエアウェイ処置)や、気管内挿管がうまくいったか否か、除細動の回数、投薬内容もコアデ−タとして記載する。蘇生の成否と、各事例で施された処置の数には当然のことながら、強い関連がある。すなわち、蘇生が困難であればあるほど処置の回数は増加する。したがって、蘇生不成功事例に施した処置をひろいあげても、情報としてほとんど価値はない。統計を取る者は、心拍再開事例に施された処置に重点を置いて検討すべきである。

●現場における患者の最終状態(コアデ−タ):現場からの患者輸送が開始されるか、逆に現場で蘇生を打ち切った時点での患者の状態について記録する。心拍再開、心肺蘇生継続、死亡(心肺蘇生中止、その時刻の記載)。

●救急処置室到着時の状態(補足的デ−タ):この情報は、患者搬送中の状態変化を表す。心肺蘇生継続、到着時死亡の宣告(時刻記載)、心拍再開の有無など。心拍が5分間以上続くならば、血圧、呼吸数、グラスゴ−・コ−マ・スケ−ル(訳注30)を記載する。患者の体温も記録すべきである。特に低体温に関連する心停止例では必ず記載すべきである。

●救急処置室における処置が終了した段階での患者の状態(コアデ−タ):集中治療室あるいはそれに類する病室への入室、蘇生断念による死亡の宣告(時刻記載)など。

●集中治療室入室時における状態(補足的デ−タ):グラスゴ−・コ−マ・スケ−ル、血圧、自発呼吸数(もしあれば)、脳幹反射の有無を記載する。

●生存して退院(コアデ−タ):患者が入院中に死亡したなら、死亡日時と時刻を記載する。また、心拍再開してからの生存時間を記載する。24 時間以内に死亡した症例では正確な時刻を記録にとどめる。退院時の全身機能評価と脳機能評価も記載する(補足的デ−タ)。1年以内に死亡した事例では、死亡した週の最良のスコアを記載する。デ−タの収集が難しいかもしれないが、入院中に到達した最良のスコア、心停止を起こした年に到達した最良のスコアを補足的デ−タとして記載する。

●退院先、転医先(補足的デ−タ):患者が退院したならば退院先(転医先)を記載する。:自宅(あるいは心停止以前の住居)、リハビリテーション施設、療養施設(ナーシングホームなど)、その他。

●1年後の生存(あり/なし)(コアデ−タ)。生存ならば、1年後の全身機能カテゴリ−と脳機能カテゴリ−のスコアを記載する。家人との電話でこれらのスコアを得られることもよくあることである。最初の1年の間に死亡しているならば、死亡日時と生存期間を記載する。死亡までに到達した最良の脳機能カテゴリ−のスコアを補足的デ−タとして記載する。

(訳注30)Glasgow Coma Scale

国際的に最も広く使用されている意識レベル評価法である。

開眼機能、言語機能、運動機能を独立して判断して、各項目の合計点で評価する。

開眼           

 自発的に       4

 呼びかけにより    3

 疼痛により      2

 開眼せず       1

発語 

 指南力良好      5

 会話混乱       4

 不適当な発語     3

 理解不明の声     2

 発語せず       1

運動機能

 命令に従う      6

 局部的に動く     5

 逃避反応       4

 異常な屈曲反応    3

 伸展反応       2

 まったく動かず    1

開眼、発語、運動機能の各項の点数を合計する

最低3点、最高15点

点数の低い方が重症である。

救急システムに関する記載

 地域において救急システムがどのように組織化されているかということは、心停止事例の転帰に大きな影響を及ぼす(10,29,70)。会議のメンバ−は、心停止からの蘇生率に関する記録には、その地域における救急システムの状況を記載することを推奨している(7,8,17,71)。統計をとる者は、救急の様々な対応レベルについて記載するとともに、救急システムの構成要素についても記載すべきである。また、誰がどのレベルの救急の対応に関与しており、彼らがどのような処置を、どのように、いつ行ったかを記載する必要がある(72)。以下のことは、統計をとる者やシステムの管理者が知っていなければならないことである。各症例において、これらすべてのデ−タを詳細に記載するのは、必ずしも現実的ではないが、できるだけ多くのコアデータが記載されるよう努力がなされなくてはならない。

出動システム

 誰が(補足的デ−タ)。出動隊の中にEMT(Emergency Medical Technician)(訳注31)、パラメディック、看護婦、あるいは医師等が乗っているかどうか、またそれが常勤職員なのかボランティアなのかについて記載されるべきである。また、正規の救急隊員養成課程を終了したかのみならず、受けたトレーニングの時間についても記載されるべきである(73)。さらに、その救急搬送システムが1年間に扱う救急依頼電話の数や、それぞれの出動隊が1年間に搬送する数についても記載されるべきである。

(訳注31)Emergency medical technician(EMT)。傷病者の救急処置に必要な、特定の医療行為を行いながら、傷病者の搬送業務を行う資格を有する者である。どのような医療行為がおこなえるかで、EMTの種類も異なる。

 何を(コアデ−タ)。救急搬送システムが救急専用なのか、消火や警察と兼用なのかを記載する。すなわち通報番号は119番であるのか、110番であるのか、コンピュタ−連動であるかなどについても明記する。

 どのように(補足的デ−タ)。出動のために、公に定められた方式(formal protocol)が使われているかについて記載されるべきである。心停止と思われる事例を通報した人に対して、救急司令室が心肺蘇生の手順を示したか(74-76)。同時に救急車が発進する同時起動システムが使用されたか。司令室は事態の確認中に緊急車両を送れるのか。通報はどういう経路で入ってきたのか、そして通報を受けた時点から救急車が出動するまでに何人のオペレーターが関与したのか。

 いつ(コアデ−タ)。覚知時刻から救急車出動時刻までの時間間隔の中央値(訳注32)について記載されるべきである。

(訳注32)Median。デ−タを大きさの順に並べた時に、その中央に位置するのが中央値である。デ−タ数が15であれば8番目のデ−タが中央値である。統計デ−タの代表値としては、平均値が使われる場合が多いが、飛び抜けて大きな値を有する事例が含まれているような場合や、分布の偏りの大きなデ−タを扱う場合は、中央値が使われる。

第1出動

 誰が(補足的デ−タ)。最初に出動する者が、それぞれの救急システムで誰であるのか明記されなくてはならない。(医師、看護婦、救急隊員、EMT(訳注31)、その他)。また、救急サ−ビスを行う職員の所属する組織がどのようなものであるか、救急専門の機関か、救急および消防の混合機関か、病院か、民間救急会社か、を記載する。また、救急搬送を行う隊員は、公的に(その業務が)認められた者であるかも述べられなくてはならない。さらに、救急隊の総人数、(搬送サ−ビスは)有料か無料か、訓練時間、一隊を構成する隊員数、稼働している救急車の数、年間の出動件数等も記載されるべきである。

 何を(コアデ−タ)。心停止の事例に対し、使用が認められている主な処置を記載する。この中には、心肺蘇生、除細動、経静脈的薬剤投与、専門的な気道確保の処置が含まれる。これらのそれぞれの項目について、救急搬送システムの隊員が心停止事例に具体的に行った処置について、はっきりとわかるように記載されなくてはならない。

 心肺蘇生については、施行者が心マッサ−ジを用手で行ったか、器械を使用して行ったかを記載する。また行われた気道確保の方法については、たとえば、バッグマスク、ポケットマスク、あるいは他の上気道確保器具が使われたかどうか、についても記載する。食道閉鎖式エアウェイ、ラリンゲアルマスク、あるいは咽頭気管エアウェイが使われたのかどうか、である。救急搬送システムにおいて気管内挿管が許可されている場合は、そのことを特に明確に記載すべきである。さらに、挿管困難症例に対する筋弛緩薬の使用を許可されている場合、あるいは甲状輪状靱帯切開術が許可されている場合も同様である。もし除細動器の使用が許可されているなら、そのタイプを記載する。これらには、体外式自動除細動器や従来型の(用手的)除細動器が含まれる。また、自動ペースメーカーによる経皮的ペーシングや除細動器付きペースメーカーの使用が認められているかについても記載されるべきである。

 もし薬剤の使用が認められているのなら、投与経路(筋注、静注、中心静脈路経由、経気管的、経骨髄的(訳注33))も記載されるべきである。心停止症例に投与される薬物についても記載されるべきである。

(訳注33)静脈と異なり、ショック時も虚脱することがない輸液や薬剤の投与経路として、提唱されている。特に、静脈ル−トが不確実な場合、あるいは小児の緊急ル−トとして、有用性が主張されている。原文にinterosseousとあるが、intraosseousの誤り。

 どのように(コアデ−タ)。処置の順序や種類に関する蘇生プロトコールを記載する。そのプロトコールが、アメリカ心臓協会(American Heart Association)(13)、ヨ−ロッパ蘇生会議(European Resuscitation Council)のような公の学術団体により推奨されたものに基づいているかどうかも記載する。また、隊員はこのプロトコールに従って処置したのか、あるいは処置を始める際に無線か電話で許可を得たのか(77)。どの時点で、指示を与える基地や指令医師とコンタクトをとらなければならないのか。もし現場の隊員が心肺蘇生を行いながら患者を搬送しなければならないなら、搬送を開始する時期を判断する基準は何か。また救急システムが、現場での救急隊員の蘇生処置の中止を許可できるのか。もしそうであれば、プロトコールはどの時点で蘇生努力の中止を許可するのか、またその判断基準は何か。

 どれぐらいうまく(補足的デ−タ)。統計をとる者は隊員の活動のレベルについて何らかのコメントを入れるべきである。救急処置に関して検討すべき最も重要な処置とは、心室細動患者に対する除細動施行率、成功した気管内挿管の割合、静脈確保成功率である。(中でも)救急隊員のレベルを検討するために、最も重要な記録は、気管内挿管成功率および静脈確保成功率である。こうした救急隊員の活動のレベルは、記録の不正確さや困難性のために、いつでもすべてのシステムで評価できるわけではない。(しかし)会議ではこれらのことを、できるだけ客観的に評価することを重要視している。

 いつ(コアデ−タ)。各出動部隊の覚知から現着までの時間の中央値(訳注32)を記載する。平均時間は、長時間搬送事例によって不適切に歪められてしまう。救急搬送システムが公表すべき補足的なデータは、所要時間の累積曲線である(訳注34)。この曲線には所要時間が全体の事例の、25%にあたる順位となる事例の、また、50%、75%、90%にあたる事例の所要時間を書き入れるべきである。また、これらの中央値が計算された記録の数も記載されるべきである。

(訳注34)どのくらい時間がかかった事例がいくつあったかを、累積図として示したものである。

C 第2、第3出動

 アメリカではほとんどの地域で、パラメディックが第2出動となり(7)、第3出動はない(7)。ヨーロッパでは、しばしば病院外事例に対応する救急医による第2、第3出動がある。これら後発隊についても、第1出動と同様に詳しく記録を取らなければならない。さらに、この出動の方法についても補足的説明として記載されるべきである。救急指令室は心停止の第一報が入ったときにこの隊を要請した

のか、あるいは第2出動のチ−ムは第1出動のチ−ムの報告を待たなければならないのか。第2出動のチ−ムが第1出動のチ−ムより早く到着する頻度はどれぐらいか。

考察

 このレポートでは、心停止に関する記録の統一化についての推奨ガイドラインを呈示している。様式や用語を統一しようという会議には先例がある。1978年、カナダのブリティシュ・コロンビア州バンクーバーに集まった、生命科学に関連した雑誌の編集者たちは、互いに一貫性のない様式で論文を発表していた従来の発表形態について討論した(78,79)。この会議によって、投稿原稿に求められるようになった統一様式は、バンクーバースタイルとして知られている(80)。国際医学誌編集者会議が設立され、バンクーバースタイルの最新版を現在も発行し続けている(81,82)。

 このレポートではウツタイン様式というものを推奨したが、これも医学雑誌に投稿される論文の様式の統一化と同様に、よりよい効果をもたらすことが期待される(83)。心停止事例の記録も統一化がなされなければ、言語の混乱で完成しなかった、聖書に登場するあのバベルの塔(8)と同じことになってしまう(訳注35)。(従来の報告で)心停止事例の統計をとる研究者たちは、多くの異なった都市間での生存率の違いを明らかにしたが、それぞれの統計で使われている用語は互いに一貫しておらず、定義も曖昧であり、都市間での生存率の違いの原因について説明できないままとなっている。こうした生存率の相違は、救急体制のシステム上の違いによるものなのか、治療計画の違いによるものなのか、救急隊員の技術水準の違いによるものなのかがわからないのである(8)。

(訳注35)バベルの塔:旧約聖書の創世記に記されている伝説の塔。ノアの洪水後、人が天にも届くような高い塔を築き始めたのを神が見て、そのおごりを怒り、人々の言葉を混乱させ統一がとれなくなることで、建設を中止させたことをいう。

 従来の多くの報告は、心停止となった人がどのように治療されたかについて有用な情報を提供しなかった。中でも、蘇生の成績については、用語の(定義が)が曖昧で一貫していないために比較することが特に困難であった。蘇生成功あるいは救命成功とは、あるシステムでは少なくとも5分間、心拍が再開した状態をいうが、別なシステムでは病棟に入室できたことをいう。あるいは、さらに別なシステムでは、生きて退院することを意味している。(比較的語義が限定されているはずの)心肺蘇生(CPR)という用語でさえ、使われ方次第では、(内容に)重大な相違を生ずる。ある地域では心肺蘇生は胸骨圧迫心マッサ−ジと呼気吹き込みによる口対口人工呼吸の行為そのものを意味し、別の地域では心拍再開・自発呼吸の完全な回復をもたらした行為を意味する。このように記録の一貫性がないため、地域で達成されるべき、あるいは達成可能な、真の蘇生率というものも、設定できないのである。

 数多くの問題が、用語の混乱のために起こっている。統計をとる者、臨床医、救急システムの担当者は(自分たちの救急システムのレベルを把握する必要があるにもかかわらず)、突然の心停止事例の治療に関し、どのシステムでは他のシステムに比較して、どのようなところがすぐれているかといった比較ができない。すなわち、救急システム、病院および循環器系の集中治療部門は、自分たちのシステムを評価する適切な指標をもたず、他のシステムとも比較できない。それ故、本当に自分たちのシステムが一定の水準にあるのかどうかという保証も得られなでいるのである。

 加えて、組織的に(従来とは)異なった救急のやり方を、検証することもできない。今や広く受け入れられ、広く承認されている“救命のための鎖”(訳注36)の概念は、救急システムの組織化を考慮する上で、事をむしろ複雑にしている(31)。地域を越えた新しい心肺蘇生のプログラム、または新しい早期除細動のプログラムが、救急システム同士の新しい架け橋として、注意深く組み込まれるべきであろう。この救急システム同士の連携システムには、できるだけ速やかに患者に到達するシステム、速やかに心肺蘇生を行うシステム、速やかに除細動を行うシステム、そして速やかに高度な治療を行うシステムなどが含まれる。ところが、救急システムの管理責任者は、こうした新しいプログラムに加わることによる価値がどの程度あるのかわからないために、現行のシステムを再編成したり、または現行のシステムに新しい試みを加えることができないでいる。有用で効果的なアプロ−チを発展させようという新しいシステムを作ろうとしても、システムの組織化に関する過去の文献をしっかりと検討することすらできないのである。しかし、不要な試みを繰り返すことや、(もともと)回避できるような失敗を繰り返すことを避け、与えられた機材や、人的資源でどのような救急システムの手法が最も効果的であるかを知ることはどうしても必要である。ウツタインのガイドラインは、一つのシステム内で改良したプログラムを評価する裏付けとして、また異なったシステムの間の、長所、短所を検証し、比較する手助けとして用いられるべきである。

(訳注36)The widely accepted and widely endorsed "chain of survival" concept has expanded the complexity of our thinking about the organization of EMS system. 救急システムについて検討する上では、正しい標準化、注意深い組織の比較が重要であって、むしろ ”救命のための鎖”のひとつひとつは具体的に明確化され、検証されるべきと考えられる。 

 用語の統一は、現在もさかんに発展している救急心疾患治療において、新しい、また重要な試みを評価する方法ともなり得る。たとえば、早期の除細動は新しい自動式除細動器の技術の出現で急速に普及している(24-26,86)。病院内外を問わず、多くのシステムで、新しい除細動器をとり入れるかどうかが真剣に検討されている(25,26,85-87)。しかしながら、これを採用した場合、他の方法と比較してどのような利得があるのかということがわからなくてはならない。救急システムの担当者や、医師はパラメディックの(資格)制度を採用したことによる経済効果を、アメリカとヨ−ロッパで検証しはじめている。また、ヨ−ロッパでは救急車搭乗医師(ambulance-doctors)の効果も検証されている。すなわち、こうしたサ−ビスが、その導入によるコスト差を正当化できるだけの臨床上の相違を、本当に生じているかということが問題なのである(88,89)。

 一方で、医師過剰或いは医師の失業といった事態が世界の幾つかの地域で起きている。このような地域においては、(救急医療を)運営・管理するにあたって、救急車搭乗医師の職業的重要性が強調される。臨床的に何かおもしろい仕事をしてみたいと思っている医師なら、こうした職務にも魅力を感ずるはずである。一方、このような(救急車搭乗医師の増加という)状況は、除細動や気管内挿管といった特殊医療技術を医師でない救急隊員に任せるのを快く思わない状況も生む(90)。その結果、パラメディックを養成したり、(救急隊員による)早期除細動のプログラムを押し進めることは、結果的にあまり支持されないことになる。(従って)信頼性の高い臨床研究と報告件数を蓄積することこそが、これらの制度・プログラムのどちらが有用であるかを判断する唯一の材料となる。この比較研究のためには、統計をとる者全員が(プロジェクトを)一気呵成に始めること、同じ(定義で)用語を使うこと、(システム間で)比較できるデータを集めること、が必要である。

 統一した用語を使うことや、共通の記録様式をとることには多くのメリットがある。このようなガイドラインは、心停止事例に関する疫学的背景を、もっと明確にしようとする研究をさかんにするはずである。こうした研究によって生存率を決定する因子に照準を定めることも可能となる。さらに、この研究によって、特別なハイリスク群の発見や、死亡率を減少させるための治療法を見いだせる可能性がある。こうしたガイドラインは、一施設内の、あるいは多施設間の心停止に関する研究を、さらに強力に押し進めることにもなるだろう。その研究領域は、薬剤の治療上の効果の検討などにとどまらず、一般市民による除細動の普及の効果、心臓痛や心停止に関する一般市民への教育といった啓蒙活動の効果を検証することにまで及ぶ。

 今回の会議のメンバ−は、このウツタインのガイドラインが、いろいろな救急システムの下で使われて初めて価値を発揮するものであると考える。数多くの地域が、このガイドラインを、特にテンプレ−ト(統計系統図)を用いることにより、真の基準、あるいはより普遍的な基準が生まれてくるのである。(漫然と、搬送業務を続けるのではなく)様々なシステムが、定められたアプロ−チを採用して(評価をおこない)、最もよいアプロ−チを企画することにより改革がすすむ。その結果、すべての救急システムの最終目標である、システムのたゆまざる質の向上が実現するのである。

 今回の会議のメンバ−は、このウツタインのガイドラインは修正され、補充されるべきであると考えている。このガイドラインに関する意見・質問を歓迎する。

北アメリカ・オーストラリアの方々からの意見は下記へ、

Richard O. Cummins, Center for Evaluation of Emergency Medical Service, Seattle-King County Department of Public Health, 110 Prefontiane Place S,

Suite 500, Seatle,WA 98122,USA

 また、他の地域の方々からの意見は下記へ、

Douglas Chamberlain, Cardiac Department, Royal Sussex County Hospital, Eastern Road, Brighton, East Sussex, England BN2 5BE, UK

次回の会議に参加を希望する団体も、上記に従って手紙を送付されたい。

献呈

 二回にわたる会議で作られたこのガイドラインは、ピーター サ−ファー教授に捧げられる。我々の数多くの(用語等に関する)定義や、将来に対する展望は、教授の業績によるものである。教授は心停止とその蘇生に関する病態生理に、新しい知見を見いだしてこられた。(彼がいることで我々すべての励みになり)彼の存在は、我々を感化し続けるのである。

謝辞

 この特別なレポ−トを作成するにあたり、ピーター サ−ファー教授より貴重なご考察とご批評を頂いた。また、レールダ−ル救急医療財団よりウツタインの会議のためにご支援を頂いた。


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