救急医療における守秘義務の問題

救急医療メーリングリスト(eml)より


 このペ−ジは救急医療における守秘義務に関する、救急医療メーリングリスト(eml)での論議の一部をご紹介します。この論議をもとに、emlメンバー有志が日本救急医学会雑誌レターとして投稿した論考が別ペ−ジに収載されていますので、併せて御参照下さい。
 皆様のご意見を web担当者(越智元郎)までお寄せ下さい。

目 次

救急医療メーリングリスト(eml)より

(ご発言者の敬称は省略させていただきます)



From: Genro Ochi

Date: Thu, 15 Oct 1998 10:30:37 +0900

Subject: [neweml: 04665] 体液試料の任意提出
 愛媛大学の越智です。今朝のNHKニュースを見ていてふと浮かん

だ疑問です。救急医療メーリングリスト(eml)、中毒メーリングリス

ト(poison-ML)の皆様でおわかりになる方があれば教えていただけれ

ばと思います。



 ある事件のZ被疑者が昨年体調をくずして病院に入院、一時は重態

であった。このとき○○中毒であった疑いあり。警察では病院に保管

されていた被疑者の骨髄液を「任意提出」して貰い、○○濃度を検査

する。



・上記の「任意提出」ですが、「提出」したのは病院だと思いますが、

 「被疑者の自発的意志」での提出でしょうか、「病院側の自発的意

  志」での提出でしょうか。



・上の例から離れて、警察の要請があれば「被疑者」の体液試料など

 を「病院側の自発的意志」で警察に渡してもよいのでしょうか。



 時々、外来患者さん(交通事故など)で、警察官から「覚醒剤中毒

の疑いがあり尿を採ってほしい」と求められます。試料の提出には患

者さんの同意が必要でしょうか。また患者さんの意識がないときはど

うすればよいでしょうか。



 警察官が裁判所へ行って礼状を取って来られたら話は簡単、また患

者さんに判断能力があり試料を自らの意思で警察官に渡すのであれば

問題ないと思いますが。。



 宜しくお願いいたします。


Date: Thu, 15 Oct 1998 17:46:53 +0900 From: "Fujita, Y (L/O)" Subject: [neweml: 04676] Re: 体液試料の任意提出  弁護士の藤田です。  本人が承諾した場合か、令状がある場合にのみ、提出するのが普通だと思い ます。  本人の承諾がなく、令状もないのに任意提出すると、プライバシー侵害で訴 えられても仕方がないと思います。  あまり多額の損害賠償額にはならないと思いますが、プライバシーを保護し ない病院ということが知られるのはマイナスだと思います。 -- 藤田康幸 Fujita, Yasuyuki Homepage  URL=
http://www.asahi-net.or.jp/~ZG2Y-FJT/

Date: Thu, 15 Oct 1998 21:36:29 +0900
From: "Fujita, Y (L/O)"
Subject: [neweml: 04684] Re: 体液試料の任意提出

 弁護士の藤田です。


 さて、本論ですが、まず、所有権の帰属(所有権が誰にあるのか) は基本的な問題ではないと思います。

 例えば、検査した後で返却する予定があれば所有権は侵害されな い、ということにもなりえます。検査のためごく一部を費消したか ら、その一部について の所有権が問題になるというような議論が大まじめにされるとも思いません。

 また、所有権があれば何をやってもよいということにもなりません。

 なお、カルテ開示問題との関係で、ごく一部に、カルテやそれに記載された 情報の所有権の帰属を問題にする見解があります(医療機関側にも、所有権は 医療機関にあるから開示しなくてよいとか、患者側にも、所有権は患者側にあ るから引き渡すべきであるとか)が、所有権の帰属が基本的な問題ではないと 思います。


 基本は、ある個人に関する情報を他の者に開示してよいのかどうか、プライ バシーを侵害することにならないのかどうか、だと思います。


 なお、刑法上の秘密漏示罪(134条)との関係も、この場合は中心的問題 ではないと思います。

 提供した試料について、結果としては秘密と評価される情報が含まれていな ければ、秘密漏示罪は成立しないでしょうし。

 なお、起訴された被告人との関係で「違法収集証拠」であるかどうかが中心 的な問題であるとも思いません。


 要するに、この問題の中心は、プライバシー(自己に関する情報についてコ ントロール権)だと思います。


 なお、警察は、本当に犯罪の嫌疑があり、捜査のために必要であれば、令状 をとって、押収できるわけです。ちゃんとそういう手続で目的を達することが できるわけです。
 本当に犯罪の嫌疑があり、捜査のために必要であれば、令状をとることは簡 単です。


 ところで、弁護士も秘密漏示罪の主体とされていますが、依頼者に関する資 料について警察から任意提出を求められても、依頼者の承諾がない限り、誰も 応じないと思いますよ。押収令状に基づいて押収されるのは仕方がないと思う でしょうが。


 とにかく、任意提出の要請に応じるという医療機関が存在するらしいという ことに、正直言って、驚きました。

 「令状を持ってきてください」と言えば、それですむわけですからね。

 しつこければ、「プライバシー侵害で訴えられたら、警察が責任を持ってく れるのですか」と言えばすむでしょうし。

 患者あるいは潜在的患者(国民全員と思っていますが。)としては、任意提 出の要請に応じるというポリシーの医療機関は、せめて、そのポリシーを病院 内にはっきりと掲示したり、その他の方法で、患者あるいは潜在的患者にはっ きりと告知していただきたいと思います。

 プライバシーの侵害は、情報主体の期待に反する場合に成立するのが普通で すから、そのような告知がない場合にはプライバシーの侵害になるだろうと思 います。

 なお、以上に書いたことは、私としては、法律家として非常に常識的な考え 方だと思っております。

 勢いでストレートな表現をしすぎたかもしれませんね。不快に感じられたか たがいらっしゃいましたら、お詫びします。

--
藤田康幸 Fujita, Yasuyuki
Homepage  URL=http://www.asahi-net.or.jp/~ZG2Y-FJT/


Date: Thu, 15 Oct 1998 18:30:15 +0900
From: 竹智義臣
Subject: [neweml: 04679] Re: 体液試料の任意提出

竹智義臣@宮崎市郡医師会病院です.

越智さんより
> ・患者さんから同意を得て採取した、体液などの資料は病院の所有物とな
>  る。 → 提出するかどうかは患者ではなく、病院の判断による。
> ・警察の捜査活動に協力する場合は守秘義務違反にはならない。
>
> ということですね。日本救急医学会・監修の「標準救急医学」でも、警察
> の捜査に協力する場合は試料を提出できる、と記載されていましたが、私
> は確信が持てませんでした。これですっきりしたような気が致します。

ちょっとおかしいのではないでしょうか?
 私共が患者さんから採血などを行う場合は,あくまで患者さんの治療・検査のため であるから出来るのであって,それ以外の目的で使用することは基本的に許されてな いと思います.また患者さんから採取した血液や髄液などはあくまで患者さんのもの であり,病院側に所有権が移るものではないと思います.従って医師は「任意」に提 出できる立場では有りえません.
 たとえば,覚醒剤中毒を疑われる患者さんがいたとします.警察がその患者さんか ら同意なく,無理やり採尿した場合には,それで覚醒剤の反応が出たとしても違法な 捜査で得られた証拠として証拠能力が問われることになると思います.しかし医師が 尿の検査をしますといって患者さんから採尿し,それを警察に任意に(?)提出した 場合,警察にとっては違法な捜査ではないので,証拠能力は問題にはならないと思わ れますが,患者さんにとっては医師が窃盗もしくは詐欺を行ったことになり,窃盗罪 もしくは詐欺罪で訴えられる可能性も出てきます.

<web担当者:引用部分の概略をご紹介します。>

Kさんより――飲酒運転時のアルコール濃度測定用に患者さんの血液の提供を警察から求められる事があります。

宮崎でもこういった書類を警察が持ってくることが以前はありましたが

1,検体は患者さんのものであり,医者が検体を治療に必要な検査以外の目的に使用 することは患者さんに対する診療上の契約違反であり,また任意に提出できる立場に はない.

2,患者さん(未成年者や意識不明者の場合は家族)の同意があれば採血をしたり, 採尿をしたりとかいった協力はしますよと説明します.

3,しかしその場合はあくまで患者さんや家族の任意である事を要し,患者さんがい やだといえばそれまでですよ.

 などといった説明をしてきました.その結果,最近では血液をくれとか血のついた ガーゼを持っていっていいかなどという警察官は当院ではいなくなりました.

 しつこいようですが,繰り返し申します.検体は患者さんのものであり(死亡して も),医師が治療・検査目的以外にそれを使用することは基本的にできないはずです し(患者さんや遺族の了解を得ていれば別でしょうが),「任意提出」を出来る立場 などにはないはずです.従って飲酒運転の事故の場合でも患者さんの血液を「任意」 に医師が提出することはやめたほうがよいのではないでしょうか?

〒880-0834 宮崎市新別府町船戸738-1
宮崎市郡医師会病院 救急治療部  竹智義臣
Home page:
http://www.mnet.ne.jp/~hospital


Date: Thu, 15 Oct 1998 23:13:05 +0900
From: "Fujita, Y."
Subject: [neweml: 04687] Re: 体液試料の任意提出

 弁護士の藤田です。

 先ほどの投稿で、刑事訴訟法第105条に言及するのを忘れていました。

〔業務上秘密物の押収〕
第百五条  医師、歯科医師、助産婦、看護婦、弁護士(外国法事務弁護士を含む。)、 弁理士、公証人、宗教の職に在る者又はこれらの職に在つた者は、業務上委託を受けたた め、保管し、又は所持する物で他人の秘密に関するものについては、押収を拒むことがで きる。但し、本人が承諾した場合、押収の拒絶が被告人のためのみにする権利の濫用と認 められる場合(被告人が本人である場合を除く。)その他裁判所の規則で定める事由があ る場合は、この限りでない。

 私の考えでは、押収を拒むことができるにもかかわらず、拒まなかった場合にはプライ バシーの侵害等になるだろうと思います。
(もちろん、但し書きに該当する場合は別ですが。)

 なお、ついでに、刑法第134条も貼り付けておきます。

(秘密漏示)
第百三十四条  医師、薬剤師、医薬品販売業者、助産婦、弁護士、弁護人、公証人又は これらの職にあった者が、正当な理由がないのに、その業務上取り扱ったことについて知 り得た人の秘密を漏らしたときは、六月以下の懲役又は十万円以下の罰金に処する。 2  宗教、祈祷若しくは祭祀の職にある者又はこれらの職にあった者が、正当な理由が ないのに、その業務上取り扱ったことについて知り得た人の秘密を漏らしたときも、前項 と同様とする。

--
藤田康幸 Fujita, Yasuyuki
Homepage  URL=http://www.asahi-net.or.jp/~ZG2Y-FJT/



From: Genro Ochi

Date: Fri, 16 Oct 1998 11:13:12 +0900

Subject: [neweml: 04695] Re: 体液試料の任意提出



 愛媛大学の越智です。



越智より

>日本救急医学会・監修の「標準救急医学」でも、警察

>の捜査に協力する場合は試料を提出できる、と記載されていましたが、私

>は確信が持てませんでした。これですっきりしたような気が致します。



 上記書籍の記載を紹介させていただきます。



 ――――――――――――――・――――――――――――――

【救急医療に関わる法的問題】

  大阪大学医学部法医学 若杉長英(故人)

  日本救急医学会・監修「標準救急医学」

  東京、医学書院、1991、pp.10-15



1.外因死の取り扱い    2.診断書、死亡診断書(死体検案書)

3.意識不明患者の診療契約 4.患者の自己決定権とエホバの証人

5.虚偽診断書の交付の禁止 6.各種届け出義務



7.守秘義務

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 医師には他人の秘密を守る義務が課せられており、故なくこれを漏

らすことはできない(刑法 134)。秘密とは、一般に知られていない

ことで、本人やその家族が他人に知られることを欲しない内容の事項

をいい、医療の場合にあっては、患者の病名、症状、身体の形状、体

質、遺伝など広範囲に及ぶ。



 患者の秘密を漏らすことが是認される場合は、1)法律に明文化され

ている届け出(伝染病・結核・性病・癩(ライ、越智注)病者・麻薬

中毒者、異状死体などの届け出)、2)裁判所における証人としての供

述、3)患者やその家族の承諾のもとに行う意見書の交付や照会に対す

る回答、4)犯罪捜査に対する協力としての、警察署への自発的な届け

出などである(☆越智注)。

 

(中略)



8.警察への資料の提供

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 犯罪捜査や事件処理の目的で、警察官から患者の着衣、身体の付着

物、手術によって摘出された弾丸や異物、検査済みの血液や尿などの

提出を求められることがある。犯罪捜査に対する国民の協力という面

からこれらの試料を提供することは法的に特別問題はない(★越智注)。



 医療行為とは、疾病の診断、治療または予防を目的とした行為(供

血者からの採血、腎移植における健常者からの腎摘出などは例外)で

ある。捜査上の必要性から、アルコ−ルや覚醒剤の検査を目的として

警察官から採血や採尿を依頼されることがあるが、これは医療行為に

当たらないので、患者の承諾を取るか法的な手続きを取らないと行え

ない。意識不明で患者自身が意志表示することができず、患者の代理

人として承諾する人もいない場合は、法的な手続きをとる以外、患者

の身体から検体を採取すべきでない。

 ――――――――――――――・――――――――――――――



 上記の記載を今回の事例にあてはめると、以下のような解釈が成立

するように思います。



・病院側が犯罪捜査に協力するために警察に届けるのだから、守秘義

 務違反にはならない(☆)。



・すでに医療行為の結果 採取され、検査済みの試料(骨髄液)を、

 犯罪捜査に協力するために警察に提供するのだから法的問題はない

 (★)。



 引き続き、皆様のお考えをお聞かせ下さい。宜しくお願いいたしま

す。



**

                   愛媛大学医学部救急医学 越智元郎

Date: Sat, 17 Oct 1998 00:00:01 +0900
From: "Fujita, Y."
Subject: [neweml: 04715] Re: 体液試料の任意提出

 弁護士の藤田です。

Genro Ochiさん wrote:


>  ――――――――――――――・――――――――――――――

> 【救急医療に関わる法的問題】

>   大阪大学医学部法医学 若杉長英(故人)

>   日本救急医学会・監修「標準救急医学」

>   東京、医学書院、1991、pp.10-15



> 8.警察への資料の提供

>  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

>  犯罪捜査や事件処理の目的で、警察官から患者の着衣、身体の付着

(中略)

> の身体から検体を採取すべきでない。

>  ――――――――――――――・――――――――――――――

>

>  上記の記載を今回の事例にあてはめると、以下のような解釈が成立

> するように思います。

>

> ・病院側が犯罪捜査に協力するために警察に届けるのだから、守秘義

>  務違反にはならない(☆)。

>

> ・すでに医療行為の結果 採取され、検査済みの試料(骨髄液)を、

>  犯罪捜査に協力するために警察に提供するのだから法的問題はない

>  (★)。

 悪いですけど、上記の越智さんの解釈は法律家の支持を得られないと思います。

 私は、上記引用の若杉氏の記述に驚きました。
 しかも、それが「日本救急医学会・監修」というのにも驚きました。

 そこで、法律関係のMLで、上記引用の若杉氏の記述と私がemlに投稿した内容を示し て、意見を聞いてみました。

 早速2通の回答がありました。

N弁護士の投稿

-----------------------------------------------------



>  なお、以上に書いたことは、私としては、法律家として非常に常識的な考え

> 方だと思っております。



藤田先生に賛成の1票です。弁護士の場合は、絶対言いませ

んよね。「守秘義務が優先ですからいえません」と。弁護士倫理の

本にこういうケースはなにか書いてないでしょうか。



病院からの相談も受けますが、任意の捜査照会(刑訴197条2項で

あろうとなかろうと)にたいしては、すべて、本人の承諾書がない

かぎり回答できないと答えるのが安全とアドバイスします。



裁判所からの調査嘱託が微妙なんですが、承諾書あるいは同意

の事実の確認が取れる限り取っておくべきでしょう。

それが取れないような場合(私は扱った経験がないですが)、どう

処理すべきでしょうか。



ただ病院は概して警察に遠慮するんですよね。ややこしい患者がら

み他のトラブルで、警察に協力してもらう機会がありますから。



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S弁護士の投稿

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 僕も、救命救急センターを担当しているある医師から、警察が交通事故で運ば

れた意識不明の患者の血液を提供せよといわれているが、どうしたらよいかとい

う相談を受けたことがあります。



 取りあえず令状がないと違法ですと答え、裁判例がないか調査しました。



 判例時報1214号144ページに載っている判決では、アルコール濃度検査

の目的で、被告人の同意がないのに令状なしで行われた採決を違法としながら、

右血液を鑑定資料とした鑑定の証拠能力を肯定しています。



 量が少ないことと、徳島県と高知県の県境あたりで、裁判所も警察署も距離が

あったという事案です。令状を請求している間に、酔いが醒めちゃうのでしょう

か。



 藤田先生が指摘されているように、その問題と今回の保管されていた骨髄液の

問題は違いますね。



>  犯罪捜査や事件処理の目的で、警察官から患者の着衣、身体の付着

> 物、手術によって摘出された弾丸や異物、検査済みの血液や尿などの

> 提出を求められることがある。犯罪捜査に対する国民の協力という面

> からこれらの試料を提供することは法的に特別問題はない。



 の最後の部分ですが、



 犯罪捜査に対する国民の協力という面からこれらの試料を提供することは法的

に特別問題はないとの見解もあるが、法的に問題となる可能性があるので、警察

官に対して令状による差押を請求すべきである、と直して欲しいですね。



----------------------------------------------------------------

 若杉氏の記述を正しいと考えるかどうかは、それぞれの人の思想の自由に属しますが、 私としては、正しい法解釈ではないと思っており、それが常識だと思っています。

 申し訳ないですが、時間を費やすべきことがらが多いのに、当たり前だと思っているこ とに時間を費やすことは避けたいと思いますので、このテーマについての私の投稿は、特 別なことがない限り、これで最後としたいと思っております。

 なお、私自身も医師や医療機関からいろいろな法律相談を受けることがあります。直接 にこの問題について相談を受けたことはありませんが、もし相談を受けたら、N弁護士・ S弁護士と同じく、「令状がない限り応じるべきではない」とアドバイスします。  (そのアドバイスに従うかどうかは最終的には相談者の自由ですが。) 

--
藤田康幸 Fujita, Yasuyuki
Homepage  URL=http://www.asahi-net.or.jp/~ZG2Y-FJT/



From: Genro Ochi 

Date: Sat, 17 Oct 1998 04:13:12 +0900

Subject: [neweml: 04721] 試料の任意提出と救急医学会教科書



 藤田さん、皆様、おち@愛媛です。「体液試料の任意提出」の話題で

すが、タイトルを変えました。



藤田さんより( [neweml: 04715] Re: 体液試料の任意提出)

| 申し訳ないですが、時間を費やすべきことがらが多いのに、当たり前だと思っているこ

|とに時間を費やすことは避けたいと思いますので、このテーマについての私の投稿は、特

|別なことがない限り、これで最後としたいと思っております。



 → 藤田さんからいただいたアドバイスには深謝しています。また日本

  救急医学会の公的な(?)認識が、法曹界の普通の考え方とは異なると

  いう藤田さんのご説明もよくわかりました。



○救急医学会監修テキストの妥当性について



>>  上記の記載を今回の事例にあてはめると、以下のような解釈が成立

>> するように思います。

>>

>> ・病院側が犯罪捜査に協力するために警察に届けるのだから、守秘義

>>  務違反にはならない(☆)。

>>

>> ・すでに医療行為の結果 採取され、検査済みの試料(骨髄液)を、

>>  犯罪捜査に協力するために警察に提供するのだから法的問題はない

>>  (★)。

>

> 悪いですけど、上記の越智さんの解釈は法律家の支持を得られないと思います。

>

> 私は、上記引用の若杉氏の記述に驚きました。

> しかも、それが「日本救急医学会・監修」というのにも驚きました。



 → 私は大学病院に勤務する一介の救急医ですが、日本救急医学会であれ

  日本臨床救急医学会であれ、日本集中治療医学会であれ、会員の1人

  として、その活動を盛り立て、可能なときにはささやかな貢献をした

  い考えています。



  また学生や研修医に指導する立場としては、学会監修のテキストに沿

  わない指導をすることには心理的な抵抗があります。しかしその記載

  に誤りがあるとすれば、座視することなくそれを改めることができる

  ように何らかの行動が必要ではないかと考えています。私個人として

  は「蘇生法教育の統一」という大きなテーマを持っており、今回の問

  題については emlや poison-MLにおられる日本救急医学会の重鎮の方

  々から、何かのアプローチをして下されば、という希望を持っていま

  す。でも「言い出しっぺ、何とやら。。」の流れとなると、私自身も

  頑張らないといけないという気もしています。 eml、poison-MLの皆様

  にはご指導、ご協力宜しくお願いいたします。



○学会監修テキストの改変案

>>  犯罪捜査や事件処理の目的で、警察官から患者の着衣、身体の付着

>> 物、手術によって摘出された弾丸や異物、検査済みの血液や尿などの

>> 提出を求められることがある。犯罪捜査に対する国民の協力という面

>> からこれらの試料を提供することは法的に特別問題はない。

>

> の最後の部分ですが、

>

> 犯罪捜査に対する国民の協力という面からこれらの試料を提供することは法的

>に特別問題はないとの見解もあるが、法的に問題となる可能性があるので、警察

>官に対して令状による差押を請求すべきである、と直して欲しいですね。



 → 上の3行がテキストをどう改めるかという藤田さんのご提案ですね。

  私自身、頭の中を少し整理しますと以下のようになります。



  ・患者さんの同意なしで試料(今回は保存されていた骨髄液)を警

   察に病院の自発的意志で提出することは、守秘義務の上で問題が

   ある。

  ・警察の捜査へ協力するためであっても、法的に明記されている場

   合を除いて、守秘義務をおかしてはならない

  ・少なくとも守秘義務に関して民事上の責任を問われる恐れがある。

  

  以上のことから、改変案を書いてみました。藤田さんのと同趣旨で

  すが、"可能性" は良いことを期待することに使うような気がしまし

  たので変えてみました。



越智の文案

 ――――――――――――――・――――――――――――――

7.守秘義務

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

(中略)



 患者の秘密を漏らすことが是認される場合は、1)法律に明文化され

ている届け出(伝染病・結核・性病・癩(ライ、越智注)病者・麻薬

中毒者、異状死体などの届け出)、2)裁判所における証人としての供

述、3)患者やその家族の承諾のもとに行う意見書の交付や照会に対す

る回答、4)犯罪捜査に対する協力としての、警察署への自発的な届け

出などである。



(中略)



 → 越智文案: 4)は除き、「・・照会に対する回答などである。」

  とする。

  

8.警察への資料の提供

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

越智文案:

 犯罪捜査や事件処理の目的で、警察官から患者の着衣、身体の付着

物、手術によって摘出された弾丸や異物、検査済みの血液や尿などの

提出を求められることがある。犯罪捜査に対する国民の協力という面

からこれらの試料を提供することは法的に問題はないとの見解もある

が、捜査へ協力が守秘義務よりも優先するという考えには異論がある。

警察官に対して令状による差押を請求するのが妥当であろう。

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 長文失礼しました。それでは藤田さん、皆様、また。




Date: Sat, 17 Oct 1998 12:22:21 +0900 From: Hisanaga Kuroki Subject: [neweml: 04727] Re:今さら 体液試料の任意提出(長文) 大阪大学医学部法医学教室 黒木尚長です 「体液試料の任意提出」の件は、もうすべて終わりつつある話ですが、一言。 若杉教授の標準救急医学に関する記載内容は、実は相当前に書かれた内容であり ます。 1.中毒に関する法的問題−下− 中毒研究9,111-115(1996) (なお、同−上−は中毒研究8,293-298(1995)にあり) や、 2.中毒患者診療に必要な法知識 JIM 6(9) 806-808,1996 の内容がより正確なものといえます。この内容につきましては、法律家の先生の ご意見をまだいただいておりませんが、わたし個人の意見にかなり近いもので す。  最近の中毒関連の事件の増加、保険金と関係するさまざまな民事事件の存在を 知る立場として、隠された事件は少しでも明らかになるのがよいのではと考えて いる今日この頃です。  結局のところ、法律の条文に基づいてどこまで、警察に協力するかは基本的に は医師個人の考え方に依存すると思われます。 刑事事件関係について:  警察サイドは基本的には、情報提供者に迷惑をかけないような努力をしている というのが実際です。  病理解剖後の保存臓器や、今回の骨髄液が警察へ提出され、砒素の測定がなさ れようとしていると聞きましたが、本来は令状をとる方がよいのは決まっていま す。しかし、令状請求のために相当な量の書類が必要となり、人手の問題などを ふまえると、飲酒事故が多い、夜中に令状をとるのは容易なこととは思われませ ん。令状をとらずに済ませたいとする、特段の事情があるようです。  なお、泥酔状態で交通事故(単独事故を含む)を起こし重度外傷を受けた人につ いては、なかなか酒気帯び運転を立証するのが難しいようです。これは本人が風 船を膨らますことができない、初期治療自体に相当な時間を要することが多い、 令状をとるまでの時間が相当かかる、単独事故では令状をとる必要がない、飲ん だ場所を特定しても飲み屋が知らないと言う、などの理由によります。刑事事件 だけでなく、保険金支払いなどの民事事件でも問題になります。   文献1.よりの抜粋 10.生体試料からの薬毒物分析と搜査当局への協力  臨床医が患者の身体に侵襲を加え、患者から血液や尿などを採取することなど が許されるのは、傷病の診断、治療、予防を目的とした正当な医行為である場合 だけである。  診断には臨床医学的診断と法医学的診断がある。臨床医が健康保険の適用、自 他殺・事故死の鑑別、障害や死亡との因果関係などの判断などの法医学的診断を 求められる以上、法医学的な診断を行うための検査も当然正当な医行為に含まれ るであろう。したがって、薬毒物の検査方法の選択、検査制度、検査頻度なども 正当な医行為の範囲において(すなわち、診断、治療、予防を目的とすることが 医学的に妥当である場合において)のみ容認され、患者や家族の承諾を得ずに研 究目的のためだけに、あるいは搜査当局の依頼に応じて患者から試料を採取する ことは許されない。 ただし、搜査当局が裁判官の交付した鑑定処分許可状のも とに試料の採取を依頼した場合は、患者はこれを拒否することはできない。 な お、搜査当局から臨床検査に用いた残余の血液や導尿した尿などの提供を求めら れることがあるが、この場合は所定の書類に提出した物品名など必要事項を記載 したうえ提供しても差支えない。 11.犯罪告発と守秘義務  誰でも犯罪があると思えば告発することができ、公務員には告発が義務付けら れている(刑事訴訟法第239条)。一方、医師には守秘義務が課せられており (刑法第134条)、公務員にも守秘義務が課せられている。  中毒患者の診療において、医師はしばしば犯罪の存在を知ることがあるが、こ の場合告発すべきなのか患者個人の秘密を守るべきであるのか、その判断に苦し むことがある。  刑法第35条には、法令または正当な業務によって行った行為は罰せられないと 規定されているので、告発するかしないかは医師の判断に委ねられる。医師は、 秘密を漏らして告発することと秘密を守って告発しないのとどちらが国益になる かを考えてどちらにするかを判断すれば良い。 文献2.よりの抜粋 中毒患者の届け出  中毒患者を診断した場合において、法的に届け出が義務付けられているのは麻 薬患者だけである(麻薬及び向精神薬取締法第58条の2 )。所持すること自体犯 罪となる覚醒剤や販売に法的規制が設けられているシンナーなどによる中毒患者 を診断しても、医師に法的な届け出義務は課せられていない。 搜査当局からの検体提供の依頼  医師が正当な医行為として患者から採血や採尿が許されるのは、診断または治 療を目的とする場合だけである。診断とは、単に中毒患者であるか否かを判断す るだけではない。死亡診断書の記載において、事故、自殺、他殺など死因の種類 の記載を求められている以上、それらの診断も当然含まれる。治療上の目的と は、病状および治療効果の把握、治療継続の判断などである。  単に捜査上の目的で、警察官などの依頼を受けて、患者の了解を得ずに検体を 採取することは違法である。患者の承諾が得られれば、検体の採取は法的に可能 になるが、正式には裁判官が交付する鑑定処分許可状のもとに検体を採取しなけ ればならない。この場合、患者は検体の採取を拒否できない。  医療上の目的で採取した検体の残余の提供を、搜査当局から求められることが ある。この場合は警察官が提示する所定の書類に署名、押印したうえ提供するこ と。  中毒患者に限らず、搜査当局から患者に関する情報を求められることがある。 患者やその家族からの依頼の有無に関わらず、守秘義務の観点からこれを拒否し てもよい。ただし、秘密を守ることによる個人の利益と個人の秘密を搜査当局に 知らせる公益性とを勘案して、後者が優先すると判断すれば、情報を提供するこ とも容認されよう。搜査当局も守秘義務が課せられているので、どこから情報を 得たかを漏らすことはなく、医師自身が警察へ知らせたことを漏らさない限り、 このことが公になることはない。また、医師が搜査当局へ情報を提供したこと で、守秘義務違反に問われた例は聞かない。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 黒木 尚長 Hisanaga Kuroki 大阪大学医学部F3 法医学教室 〒565-0871 吹田市山田丘2の2 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

From: Genro Ochi Date: Sat, 17 Oct 1998 16:40:12 +0900 Subject: [neweml: 04730] Re: Re:今さら 体液試料の任意提出(長文)  阪大 黒木先生、皆様、愛媛大学の越智です。このメールは emlと poison-MLに同報で送らせていただきます。 ○ Hisanaga Kuroki さんは書きました: >「体液試料の任意提出」の件は、もうすべて終わりつつある話ですが、一言。 >若杉教授の標準救急医学に関する記載内容は、実は相当前に書かれた内容であり >ます。 → neweml: 04721にも書きましたが、私にとっては救急医学会のテキス   トがどうあるべきか、という新しい疑問が生じています。どうぞもう   少し皆様からご助言をいただければ幸いです。なお日本救急医学会・   監修の「標準救急医学」には1、2年前に改訂版が出ています。その   記載を確認したいと思っていますが、しばらくは1991年当時の記載   (neweml: 04695)のままという前提で論議をさせていただければ幸   いです。 ○ >1.中毒に関する法的問題−下− 中毒研究9,111-115(1996) >(なお、同−上−は中毒研究8,293-298(1995)にあり) や、 >2.中毒患者診療に必要な法知識 JIM 6(9) 806-808,1996 >の内容がより正確なものといえます。この内容につきましては、法律家の先生の >ご意見をまだいただいておりませんが、わたし個人の意見にかなり近いもので >す。 > 最近の中毒関連の事件の増加、保険金と関係するさまざまな民事事件の存在を >知る立場として、隠された事件は少しでも明らかになるのがよいのではと考えて >いる今日この頃です。 → 上記論文のご紹介有難うございました。これらはより新しい記載とい   うことで、ぜひ私も読ませていただく所存です(余力があれば、eml   非公開ホームページへの収載も考えてみたいと思います)。 なお私に   とりまして、客観的な真実として「体液試料の任意提出」の問題をど   う考えればよいかという疑問と、「標準救急医学」の記載がどうある   べきかという2つの疑問を持っておりますことをご理解いただきたい   と存じます。   私はこれまでの論議を読ませていただき、以下のような印象を持って   います。以下、おおざっぱな2群分けをさせていただきますが、必ず   しもこれに当てはまらないご意見の方もおられることと思います。   ・法医学、警察のご関係者の御意見:事件の真相を明らかにするため    に、病院側からできるだけ有用な情報を任意で提供して貰いたい。    その根拠として、誰でも犯罪があると思えば告発することができ、    特に公務員には告発が義務付けられている。告発の義務と守秘義務    のどちらを優先するかは、医師各人が判断することができる。    その情報提供が医師や公務員の守秘義務に抵触し、刑事上で処罰さ    れることは考えられない。   (この御意見の背景には、秩序を維持するために犯罪を立証する責務    のある警察関係者のご苦労が垣間見えます)。   ・臨床医や法曹関係者のご意見:担当する患者さんが犯罪者であるか    そうでないかには関わらず、患者さんから医療行為の結果、取り出    した試料を警察に提供するかどうかは患者さん自身の判断によるべ    き。患者さんの意図に反して試料を警察へ任意提出した時は、民事    上の責任を問われることがある。   (この御意見の背景には、少ない例ではあるが、警察や司法の判断に    は誤りやえん罪も有り得、患者さんの人権の擁護のためには細心の    注意が必要というお考えがあるものと思います。) ○黒木さんご紹介の論文より > 中毒患者に限らず、搜査当局から患者に関する情報を求められることがある。 >患者やその家族からの依頼の有無に関わらず、守秘義務の観点からこれを拒否し >てもよい。ただし、秘密を守ることによる個人の利益と個人の秘密を搜査当局に >知らせる公益性とを勘案して、後者が優先すると判断すれば、情報を提供するこ >とも容認されよう。搜査当局も守秘義務が課せられているので、どこから情報を >得たかを漏らすことはなく、医師自身が警察へ知らせたことを漏らさない限り、 >このことが公になることはない。また、医師が搜査当局へ情報を提供したこと >で、守秘義務違反に問われた例は聞かない。 → もうこの論議は○○の事件から離れてよいと思いますが、あえて骨   髄液の任意提出の事例にあてはめますと、黒木さんのご意見では「公   共性」に勘案して、試料の提出は問題ない、と読ませていただきまし   た。  引き続き皆様のご意見をお聞かせ下されば幸いと存じます。それでは黒 木さん、皆様、また。

Date: Sat, 17 Oct 1998 17:40:06 +0900 From: "Fujita, Y." Subject: [neweml: 04731] Re: 試料の任意提出と救急医学会教科書  弁護士の藤田です。  こんにちは。 (中略させていただきます。web担当者)  なお、黒木さんが紹介された2つの論文の記述について、私の感想を述べます。  正直言って、私には賛成できない点、疑問な点がいくつもあります。  いくつかの点を断片的に書きます。 > 医療上の目的で採取した検体の残余の提供を、搜査当局から求められることが >ある。この場合は警察官が提示する所定の書類に署名、押印したうえ提供するこ >と。 > 中毒患者に限らず、搜査当局から患者に関する情報を求められることがある。 >患者やその家族からの依頼の有無に関わらず、守秘義務の観点からこれを拒否し >てもよい。ただし、秘密を守ることによる個人の利益と個人の秘密を搜査当局に >知らせる公益性とを勘案して、後者が優先すると判断すれば、情報を提供するこ >とも容認されよう。搜査当局も守秘義務が課せられているので、どこから情報を >得たかを漏らすことはなく、医師自身が警察へ知らせたことを漏らさない限り、 >このことが公になることはない。また、医師が搜査当局へ情報を提供したこと >で、守秘義務違反に問われた例は聞かない。  私は、捜査機関から任意提出の要請を受けた医療機関等は、個人の利益と公益を比較考 量すべき義務や責任を負うべき立場にはないと思います。  (そもそも公益について判断すべき材料になる情報は与えられていないでしょう。)  私は、この著者が例えばどのような経歴でどのような立場の人なのかなどを全く知りま せん。  しかし、捜査機関の行為に対する強烈な信頼感(捜査機関が悪いことや権限濫用をする ことはありえないという思想)に基づく記述のように思います。  憲法や刑事訴訟法がなぜ令状主義を採用しているのかを正当に理解されているのかどう かが非常に疑問です。  捜査機関にとっていちいち令状をとることが面倒くさいことはあまりにも明らかなこと です。そのことをわかった上で、権力が不当に行使されるおそれがあるから、それを防ぐ ために、面倒な手間をかけさせ、しかも裁判官がチェックする必要がある、というのが令 状主義の考え方です。 (現状では裁判官のチェックが甘すぎるという批判がある運用状況ですが。)  とにかく、憲法や刑事訴訟法が令状主義を採用していること自体が不当だとして批判し するならまだしも1つの考え方として理解しますが(もちろん、私はそのような考え方に 賛成しませんが)、そうでない限り、令状主義を採用すべきでないという合理的根拠を叙 述することなく、上記のような叙述をすることは問題だと思っています。  私は、この論文のような考え方が実践されれば、早晩、「医師が搜査当局へ情報を提供 したことで、守秘義務違反に問われた例」を聞くことができるだろうと予測します。  (以前は、プライバシーに関する権利状況が現在ほどではなく、また、差止請求以外は 損害賠償(慰藉料)請求しかできずに、裁判所が精神的苦痛に対する慰藉料の額を高く算 定してきませんでしたから、裁判が起こされることは少なかったと思いますが、今後は違 ってくるだろうと予測します。)  なお、捜査機関が権限を濫用することはありえないから令状がなくても捜査機関の要請 に応じるという方針の医療機関は、その方針を患者に明確に知らせておくと、守秘義務違 反やプライバシー侵害等の問題は起きないと思います。  その意味で、前にも書きましたように、ポリシーの告知が必要と思います。  なお、インターネットでもプライバシーの保護が重要な問題となっており、いろいろな サイトでプライバシー・ポリシーのアナウンスがされることが多くなっていることはご存 じかと思います。プライバシー・ポリシーのアナウンスは、プライバシーの侵害を防ぐ1 つの方法です。 -- 藤田康幸 Fujita, Yasuyuki

Date: Sat, 17 Oct 1998 18:38:17 +0900
From: "Fujita, Y."
Subject: [neweml: 04732] Re: 今さら 体液試料の任意提出

 弁護士の藤田です。

 ・・さんご紹介の論文のうち、一部についての感想を先ほど投稿させていただきました が、追加して、公務員の告発義務に関する部分についてコメントします。 (引用部分省略します。web担当者)

<参考>刑事訴訟法
〔告発〕
第二百三十九条  何人でも、犯罪があると思料するときは、告発をすることができる。
2)  官吏又は公吏は、その職務を行うことにより犯罪があると思料するときは、告発を しなければならない。

 告発には一定の手続があります。

<参考>
刑事訴訟法
第二百四十一条  告訴又は告発は、書面又は口頭で検察官又は司法警察員にこれをしな ければならない。
2  検察官又は司法警察員は、口頭による告訴又は告発を受けたときは調書を作らなけ ればならない。
〔告訴告発事件の送付〕
第二百四十二条  司法警察員は、告訴又は告発を受けたときは、速やかにこれに関する 書類及び証拠物を検察官に送付しなければならない。

<参考>
広島高裁昭和26年1月22日判決高刑4巻13号1926頁
 「告発とは犯罪者及び被害者以外の第三者から捜査機関に対し犯罪事実を 申告して訴追を促す行為であるから、如何なる犯罪につき訴追を促すも のであるかを示さない告発は、告発としての効力がないものと解すべき である。」

 つまり、告発というのは要式と手続が定められている行為なんです。
 要式と手続に従って「犯罪事実を申告して訴追を促す」ことは告発義務の履行になりま すが、令状がないが要請に応じて試料を任意提出するという行為が告発に該当するとは思 えません。

 公務員の告発義務の存在によって、令状がないにもかかわらず要請に応じて試料を任意 提出することが正当化されるとは思えません。

 なお、上記論文の見解によれば、国公立病院の医師と民間病院の医師とで、この問題に 関しての義務が異なることになりえます。
 昔は、「公」の機関の行為というだけで、そのすべてを特別に考える考え方が多かった です。
 しかし、今は、国や公共団体の行為でも、権力の行使とは言えない行為については、私 人の行為と同様に規律されるという考え方が普通だと思います。

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藤田康幸 Fujita, Yasuyuki
Homepage  URL=http://www.asahi-net.or.jp/~ZG2Y-FJT/


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