救急医療メーリングリスト(eml)より

手術部位感染症(surgical site infection, SSI)の話題

(981029、neweml 4921)


 第18回日本臨床麻酔学会で学んだ、手術部位感染症(surgical site infection, SSI)の話題をお送りします。皆様からのご意見、情報をお寄せ下さい。

愛媛大学医学部救急医学 越智元郎(gochi@m.ehime-u.ac.jp

目 次


From: Genro Ochi
Date: Thu, 29 Oct 1998 17:40:37 +0900
Subject: [neweml: 04921] 臨麻だより1:SSI

 おち@愛媛です。

 10月28日(水)〜30日(金)の間、松山市で日本臨床麻酔学会 と日米麻酔学会議が開催されています。この中での以下の教育講演は大変有意義でしたので、ご紹介いたします。

第18回日本臨床麻酔学会講演抄録(教育講演)
【周術期感染の管理と予防】
  鳥取大学医学部付属病院手術部 藤井 昭先生
  
http://hypnos.m.ehime-u.ac.jp/rinma18/absJSCA/abstruct/L208.html

 このご講演では本年発表された米国 CDCの「Draft Guideline for the Prevention of Surgical Site Infection」をもと に、演者のオリジナルのデータではありませんが、感染予防 に関する最新の知見を紹介されました。麻酔学会ということ で、「麻酔科医に警鐘を鳴らす」という趣旨でしたが、私共  救急医療や集中治療の関係者にも大変有益なお話でした。CDC のこのガイドラインは CDCホームページに収載されていると 聞きましたので、職場に帰りさっそく検索しまして、A4 50 ペ−ジにわたる分厚い文書を入手しました。

  http://www.cdc.gov/ncidod/hip/draft_gu/Drft_SSI.txt

 無論のこと、この文書を熟読するいとまはございませんが、 藤井先生のお話で興味深かった所を少し拾って、皆様にご紹 介したいと思います。


 最初に、本日覚えた略語 SSIについて。日本語で手術部位 感染(surgical site infection, SSI)。定義は術後1ヶ月以 内に手術部位におこる感染症です。筋膜あるいは筋層以下に 及ぶ感染は深部感染症として別の概念として除いています。 CDCは1985年のガイドラインを本年改訂し、SSIを防止するた めの様々な方策について、その科学的根拠の強さによって、 Ia 科学的に明瞭な証拠あり、Ib 直接証明するデータはない が、科学的にみてほぼ妥当であろう、II 証明されていない、 の3段階に分けています。CDCの報告で IaまたはIbに相当す るものには以下のような項目があります(本メールでは術前 の因子の中で・・)。

 SSIを防止するために有用な手だて(術前編)

 その他、手術室、ICUにおける様々な項目が上げられて いますが、このメールではここまでにさせていただきます。 それでは皆様、また。


From: Genro Ochi
Date: Sat, 31 Oct 1998 23:45:26 +0900
Subject: [neweml: 04964] 臨麻だより2:SSIと術前因子

 おち@愛媛です。日本臨床麻酔学会より、手術部位感染 (surgical site infection, SSI)と術前因子の話題が続き ます。今回は術前の確定的でない因子について。

○抗生物質による術前薬浴

 薬浴が患者の皮膚の細菌数を減らすことは証明されてい るが、その結果、SSIが減少するかどうかは確認されていな い。

○術前の剃毛や除毛

 術前夜かそれ以上前に剃毛をした場合、何もしないか除毛 クリームを使用した場合より SSIのリスクが高い。ある研究 では、

剃毛での SSIの発生率    5.6% vs
無処置または除毛クリーム  0.6%

○手術室での皮切部の消毒

○手洗い(scrub)など

○抗生剤の予防的投与

 今回はここまでです。次は手術中の因子の問題点について。 それでは皆様、また。


From: Genro Ochi
Date: Tue, 03 Nov 1998 22:29:08 +0900
Subject: [neweml: 04998] 臨麻だより3:SSIと術中因子(上)

 おち@愛媛です。

 さて、日本臨床麻酔学会より手術部位感染(surgical site infection, SSI)の話題が続きます。今回は術中の確定的 でない因子について。

○手術室の空気と換気

○手術室内の機器や装置の表面

○手術器具の滅菌

○不潔な手術着など

○清潔な手術着や術野のドレープ

■麻酔医の存在:今年 San Diagoで開かれた SSIの学会で、 CDCからの発表者が "麻酔科医の猛省を促す" というよう な発言をしたら、満場の拍手だったそうです。

 SSIと術中因子の話題がもう少し続きますが、今日はここで 切らせていただきます。それでは皆様、また。


From: Genro Ochi
Date: Thu, 05 Nov 1998 14:15:05 +0900
Subject: [neweml: 05007] 臨麻だより4: SSIと術中・術後因子

 おち@愛媛です。

 さて、日本臨床麻酔学会より手術部位感染(surgical site infection, SSI)の話題が続きます。今回は術中、術後の確 定的でない因子について。。

 なお「臨麻だより1-3」を masui MLへも送りました所、CDC ガイドラインの邦訳は関東逓信病院の小林先生が「手術医学」 Vol.19 (3), 1998に出しておられるという情報をいただきま した。そこで私の節訳はこのメールで終わりにして、次回は 鳥取大 藤井先生がご自分の意見として述べられた部分や質 疑応答についてご紹介して、このシリーズを閉じたいと思い ます。

【確定的でない術中因子(下)】

○外科的なテクニック:上手な手術は SSIを減らす。その理由は血流障害や組織損傷をおこさない優しい操作ができる、壊死組織をきちんと除いたり、死腔形成を防止したり、ドレーンの入れ方がうまかったり、術後創部管理が適切だったり。。

○縫合糸:monofilamentのものが最も感染が少ない。

○ドレーン:術野からドレーンを通すと SSIの率が高い。また閉鎖的なドレーン吸引装置を使った方が SSIが少ない。ドレーン抜去の時期も SSIに影響。

【確定的でない術後因子】

○傷を一次縫合してしまう場合(ほとんどの手術がこれ): 普通 切開創が閉じる24〜48時間後までは清潔な覆いを する(ガーゼなど)。48時間以降の時点でこれが必要か、シャワーや風呂がいけないかについてはわかっていない。

○ delayed primary closureの場合:ガーゼ交換を完全な 無菌操作(ガウンテクニック)でするべきか、鉗子など を用いた清潔操作でよいかは結論が出ていない。

○米国では創傷の治癒途中で退院。感染兆候についての知 識を患者や家族に提供すること、連絡を受けて相談に乗ることなどは、病院スタッフの重要な責務である。

 以上です。それでは皆様、また。


Date: Sat, 07 Nov 1998 20:59:17 +0900
Subject: [neweml: 05047] 臨麻だより5:SSIのいくつかの話題

 おち@愛媛です。日本臨床麻酔学会より、手術部位感染 (surgical site infection, SSI)の話題をお送りしていま す。

○バンコマイシンの術前予防的投与:CDCはその両論を併記する形で述べています。

「バンコマイシンをルチーンに予防的投与をすべきでない。 しかし、MRSAが多く見られる施設においては、弁置換や関節置換手術での使用が推奨されている。」

○手術室でのスリッパの交換:

多くの手術室で2段階の清潔領域の区分を設けて、スリ ッパも2度履き替える所が少なくない。10年ほど前の愛 媛大手術部 永井先生の有名な研究では、スリッパ履き 替え+自動ドアの場所で落下細菌数が著明に多くなる。 そのことから永井先生は、2度目のスリッパ履き替え場 所を手術室中心から遠い場所(更衣室寄り)に移し、そ の結果 手術室清潔エリアの細菌数の減少を確認した。 藤井先生の意見では、いっそうのことスリッパ履き替え を更衣室付近の1カ所だけにする方が細菌数を減らせる のでは、と。

参考文献:武智 誠、門田 稔、熊本良悟ほか:手術部内通路の 汚染進入動態の検討.第2回手術部研究会論文集 p.111-113, 1981.

○中心静脈カテ挿入などをどのような態勢で行うべきか?

* Maximum Barrier Precaution
 (清潔手袋+清潔マスク+清潔ガウン+広範囲のドレープ)
     vs
  Submaximum Barrier Precaution
 (清潔手袋だけ? 定義については越智は未確認です)

      → 感染症の発現頻度に優位の差
      (麻酔科医や集中治療医は手抜きをしていないか?)

○マスクの装着の仕方

せっかく細菌移行の少ないマスクが開発されても、きち んと付けていない人(麻酔科医)が多い。鼻の所で折り 目を付けること。マスクと頬の間に隙間を作らないこと。

○ICUにおける(術後)感染対策(越智より質問)

CDCのガイドライン(案)には特に(術後)ICU管理と いう章は設けておらず、それぞれの項目をICUについて もあてはめることになる。

越智より:Pittsburgh大学の10室あるICUのうち2室は肝移植の術後患者を入れる専用ICUであった。そこでは他のICUと同様、靴カバー、医者や家族の予防衣などは用いておらず(履き物は土足)、記録を書く看護婦さんの手元には飲みかけのコーラの缶が。。(信じられない人は、留学された方にお聞きしましょう)

藤井先生のお返事はわが国の感染対策が神経質になりすぎ ることを憂うというもの。米国での方針は "isolation precaution" であり、上記のカテ挿入処置や体液の処理の ような、患者さんの創部との直接接触の場面で重点的な "接触予防策" を取ることであると。。

○鳥取大での感染対策(フロアからの質問):

感染対策の専門家である藤井先生のお膝元ではどうか。お 返事の様子では、手術室の外(外科系各科)では他の医療 機関と大差はないようだ。

 以上、「臨麻だより:SSIの話題」は今回で終わりにさせて いただきます。お付き合いいただき、有難うございました。 皆様からのご意見、ご感想をお聞かせ下さい。それでは。


■救急・災害医療ホームページ/ 全国救急医療関係者のペ−ジ