ACD-CPRについて

愛媛大学医学部麻酔・蘇生学教室 新井達潤

(救急医療ジャーナル 5(3):48-51, 1997) 


 「救急蘇生−最近のトピックス:胸骨圧迫心マッサージ法」についても併せてご参照下さい。なおこれらの論文は、著者の了解のもとに全文を掲載させていただいています。無断転載はお断り致します(web 担当者)。

目次

はじめに
1) ACDによる血流機序
2)臓器血流
3) ACD法の評価
4) ACD法の留意点
5)わが国におけるACD法の現況
6)おわりに
参考文献


はじめに

 心肺蘇生において最も重要なのは冠血流と脳血流である。冠血流が十分なければ心筋の活性(viability)を保つことができず自己心拍の再開は難しいし,また脳血流が保持できなければ心拍が再開しても脳機能の回復は困難になる。1960年にクーベンホーベン1)が紹介した用手的胸骨圧迫法(standard CPR; STD法)では心圧迫時に100mmHgを越える血圧を得ることが可能ではあるが,拡張期圧が著しく低いため平均血圧が40mmHgを越えることはほとんどない。平均血圧40mmHgによる心拍出量は正常時の10〜30%で,脳の最低必要血流量の20ml/100g脳/分を満たすことができず,心肺蘇生に成功した場合でも脳蘇生率は低い。このため1960年の報告以来,種々の改良が加えられ,また1980年には同期式心肺蘇生法(注12)が紹介された。しかし同期式心肺蘇生法は結局,STD法に比較し,脳血流,冠血流,生存率に優位性が証明されず消えていった。その後,1990年に心肺蘇生法での最近のトピックスともいえるActive Compression-Decompression (ACD)法が登場してきた3)。ACD法はもともと一市民がトイレットのプランジャーを用いて父親の心肺蘇生を行ったのが始まりで4),拡張期に胸腔内を陰圧にし,静脈還流を促進させ,これにより心拍出の増大を図るという画期的なアイディアが込められている。

 本稿ではACD法の血流機序,利点,問題点,使用法等について解説する。


注1)胸骨圧迫による心拍出の機序に関する説

  • 心ポンプ説:胸骨圧迫により心臓が直接的に圧縮され,心拍出を生じるとする説。
  • 胸(胸廓)ポンプ説:胸骨圧迫により心,肺等すべての胸廓内臓器が圧縮され,血流を生じるとする説。
  • 同期式心肺蘇生法:原理を胸ポンプ説におくもので,大きな吸気と胸骨圧迫を同時に行い,胸腔内圧を著しく上昇させることにより心拍出を発生させる方法。

1) ACDによる血流機序5)

 STD法では胸骨を圧迫することにより心拍出を生じる。このためSTD法における種々の改善,工夫はすべて胸骨に加えられた圧迫エネルギーをいかに効率良く心拍出に変換するかという点にかかっていた。しかし基本動作が胸骨圧迫という単純なものであるため工夫を重ねてみても大きな効果を生むに至っていない。一方,ACD法では胸骨圧迫に関してはSTD法とほとんど変わらないが,拡張期にACD器(カーディオポンプ,図1)により胸骨を引き上げ,胸腔内陰圧を増大させることにより静脈還流を促進し,心拍出量を増加させるという発想の転換がある。

 ACD法による心拍出のサイクル(図2)はまず胸骨の圧迫により胸腔内圧が急激に上昇し,心拍出を生じる。同時に肺内ガスも押し出され,呼気が行われる。この心拍出機序は食道エコーの所見から心ポンプ作用がより優位であると考えられる。拡張期ではカーディオポンプで胸骨が引き上げられることにより,強い胸腔内陰圧が急速に,持続性に作られ,心への静脈還流が大幅に増大し,同時に吸気ガスの肺への流入が促される。このとき胸腔内血管系も陰圧によって拡張し,胸腔内全体の血液量が増加するため,次の胸骨圧迫時には心拍出量が著明に増大する(容量ポンプ;volume pump)。

 ACD法では心拍出量の増加に加えて人工呼吸作用があるため,体内蓄積のCO2がより効率的に肺から体外へ排出され,呼気中のCO2濃度(ETCO2)が明らかに上昇(50〜100%)する。

2) 臓器血流5)

 冠血流は心肺蘇生の鍵を握る。STD法では冠血流は主として胸骨非圧迫時(拡張期)に起こるが,ACD法では冠潅流圧が収縮期,拡張期の両相で増大し,STD法と比べ有意に大きい。これはACD法では心拍出量が増大するため,血圧が高くなり,一方で拡張期の強い陰圧で心房圧が低下するためである(冠潅流圧=動脈圧−右心房圧)。細動状態の心筋では正常の心筋収縮がないため冠血流に対する抵抗が著明に少なくなり,少しの潅流圧の上昇が大きな血流増加をもたらす。

 ACD法についてのこれまでの報告をまとめる6)と,ACD法ではSTD法に比較し,収縮期血圧11〜83%,平均動脈圧22%,同拡張期圧27%,冠潅流圧25〜29%,心筋血流57〜114%,左室拡張期容量17%,1回拍出量85%,頚動脈血流22%,局所脳血流32〜100%,それぞれ増加する。

3) ACD法の評価

 心肺蘇生の成否は最終的には社会復帰率で決まる。ACD法で冠血流がよく,脳血流が保たれ,自己心拍の再開率がよくても結果的に脳障害を残し社会復帰ができなければ意味は少ない。米国ではすでに何千という臨床例があるが,ACD法,STD法の長期予後の比較に関してはまだ明確な結果は得られていない。これは患者の疾患,その病状,倒れた場所, CPRの実施者,救急隊の駆けつけるまでの時間・能力,病院での蘇生方針・治療法等,様々な要因が絡み比較が難しいからである5)。しかし蘇生開始までの時間が短い場合,ACD法で早期予後が良いことは多数報告されている。心停止から救急外来で治療が始まるまでの時間が4分(down time 4分)以内の場合,目撃者が居りdown timeが10分以内の場合,あるいはCPR開始時心室細動であった場合には,自己心拍の回復率およびICUへの収容率がよく,24時間生存率は約2倍で,神経学的改善度もよい5),7)。逆に到着が遅く,心室細動例が25%以下であった報告ではACD法の優位性が認められていない8)。一方で1時間のSTD法で蘇生できなかった10名のうち3名が2分間のACD法で自発心拍を回復したという報告3)もある。以上からみて少なくとも早期にACD法を開始できた場合にはACD法の有効性は高い。

 さて,長期予後はどうであろうか。ルーリら(1994年)およびシュワッブら(1995年)のそれぞれ,130名および860名を対象にした両法の比較でも長期予後に有意差を得ることはできなかった9)。これについてはインフォームドコンセントの問題でFDAから研究中止の勧告を受け,サンプル数が不足したのが一因といわれる。しかしサンプル数が十分あってもACD法に有利な結果が出なかった可能性もある。このことからオルソンとレニーはJAMAの論説6)(1995年4月26日号)のなかで,中間的な結果(自己心拍の回復率,ICU収容率,24時間生存率等)のみがよいということは死ぬべき患者が重度の脳機能障害を残して生きるということにもなり,決して望ましいものではないと述ている。私はこのオルソンらの意見に賛成できない。蘇生においてもっとも重要なのは長期予後,つまり社会復帰できるかどうかであるということはわかる。しかし,長期予後に明らかな改善が認められなければACD法を行うこと自体が無意味となるのであろうか。最終結果をよくするためにはまず,最初のステップ(CPRによる血圧,心拍出等の促進)がよくなくてはならず,これがうまくいって初めて中間ステップへ移行することが可能になり,さらに,良い最終結果へと繋げることができる。ACD法により中間的な結果が良いということは最終ステップに到達する確立がより高くなることを意味しており,まずここに到達し,その上で次の段階へ進む工夫をすべきである。オルソンらはさらにACD法を広めるための経済的,時間的負担増を考えると,長期予後の改善が明らかでない限り採用すべきではないとしている。私はこれにも賛成はできない。これらの負担増は微々たるもので,ACD法を採用しない重大な理由とはならない。

 ACD法の臨床的研究に対するインフォームドコンセントに関してはFDAを中心にさまざまの議論が行われているが,まだ明確な方向性は示されていない(注2)。

注2)米国における救急蘇生研究とインフォー ムドコンセント10)

 米国では意思決定能力のある患者では, 全ての治療あるいは研究的治療においてイ ンフォームドコンセントが必要である。患 者に意思決定能力がない場合,あるいはな い状態にある場合,法的な代理人等の承認 が必要になる。しかし救急蘇生のような状 況ではコンセントを得ることが難しく,ま た法的な代理人に伺いを出す時間的余裕が ないことがある。しかしFDAは救急蘇生のよ うな緊急時においても研究的治療を行う際 にはインフォームドコンセントが必要であ るとし,1993年5月現在,5件の調査研究が 中止になっている。この事態を憂慮して米 国の蘇生・集中治療・救急に携わる研究者 の連合委員会は「救急・蘇生等の状況下では インフォームドコンセントがなくても,患 者に意思決定能力があれば望んでいたであ ろうと思われる患者に有利な研究的治療は できるようと規制を変えるべきである。」と 提言している。

4) ACD法の留意点

 カーディオポンプを使用する前に患者の意識消失,呼吸停止および脈拍触知不能を確認する。患者の胸の傍に跪きSTD法による場合と同様に胸骨圧迫点にカーディオポンプの中心がくるようにポンプを置く。肘を真っ直ぐに伸ばし,ポンプのハンドルの外縁を掴み80〜100/分で体重の移動を利用し加圧および減圧を行う。このとき大腿筋の筋力が重要な役割を果たす。加圧,減圧は50%サイクルで行い,加圧した後すぐに加圧を解除し,ハンドルを持ったままの状態で後ろに反らし胸廓の拡張を促す。

 加圧では胸部が4〜5cm下がるようにする。加圧の強さは通常40kgくらいで,硬い胸部では50kg,柔らかい胸部では30kgが目安である。拡張期には約-10kgの力が掛かるようにする。胸廓に掛かる力はハンドル中央部のゲージでときどき確認する必要がある。加圧と換気の割合はSTD法と同様である。カーディオポンプの使用には,前もってマネキンによるトレーニングを行うことが必要である。

 カーディオポンプは単純な構造(図3)で,操作上特別注意すべき点はないが,直接手で行なうSTD法と比べるといくつか異なる点がある。圧迫,引き上げ時の不安定性,胸骨皮膚の傷害,また吸引カップ内に空気があるため手への反応がズレること,さらに余分な動作(陰圧)が加わるためエネルギー消費が大きい点である。消防士(男3人,女3人)を対象としてマネキンを用いての実験では,ACD法での酸素消費量はSTD法の25%増であった11)。トレーニングを受けたレスキュー隊員でもこのようであるから,体力のない者ではかなりの負担になる。

5) わが国におけるACD法の現況

 わが国におけるACD法の普及状態を知るために日本蘇生学会評議員87名に対し行ったアンケート調査(1995年6月)では,回答をいただいた71の施設のうち,カーディオポンプを持っているのは半数で,使用経験があるのは1/3であった。カーディオポンプを保有している施設が少ないのは,当時発売されて間もないためと考えられ,現在は大幅に増加していることが推察される。使用経験のある者ではほとんどが有効性を認め,思ったより使いやすいとしている。短所としては不安定性,胸部皮膚傷害,あるいは疲労しやすいことを挙げている。

6) おわりに

 ACD器はヨーロッパの国々,各国赤十字で使用が承認,推薦されているが,米国FDAは未承認である。FDAがインフォームドコンセント問題でクレームをつけたこともあり,米国ではACD法に対する熱はやや低めと感じられるが,ほとんど全地域で使用が認められているヨーロッパではACD法に対する信頼は高い。ACD法の真の評価は米国のように救急蘇生を行う頻度が高いところで多数例に施行することにより初めて可能となる。現在FDAでの承認をめぐっては国会議員も含めて議論が交わされており,近い将来,解決策が見出されるものと確信する。


参考文献

1) Kouwenhoven WB, Jude IJ, Knickerbocker GG: Closed-chest cardiac massage. JAMA 173: 1064-1068, 1960

2) Chandra N, Rudikoff M, Weisfeldt ML: Simultaneous chest compression and ventilation at high airway pressure during cardiopulmonary resuscitation. Lancet 1: 175-178, 1980

3) Cohen TJ, Tucker KJ, Redberg RF, et al: Active compression-decompression resuscitation: A novel method of cardiopulmonary resuscitation. Am Heart J 124: 1145-1150, 1992

4) Lurie KG, Chin J, Lindo L: CPR, the P stands for plumber's helper. JAMA 264, 1661, 1990

5) Lurie KG: Active compression-decompression CPR: a progress report. Resuscitation 28: 115-122, 1994

6) Olson CM, Rennie D: Plungers and polemics. Active compression- decompression CPR and federal policy. JAMA 273: 1299-1300, 1995

7) Lurie KG, Shultz JJ, Callaham ML, et al: Evaluation of active compression-decompression CPR in victims of out-of-hospital cardiac arrest. JAMA 271: 1405-1411, 1994

8) Callaham ML, Schwab T, Shultz JJ, et al: A randomized prospective trial of active compression-decompression CPR versus manual CPR in prehospital cardiac arrest (abstract). Am Emerg Med 22: 174, 1993

9) Schwab TM, Callaham ML, Madsen CD, et al: A randomized clinical trial of active compression-decompression CPR vs standard CPR in out-of-hospital cardiac arrest in two cities. JAMA 273: 1261-1268, 1995

10) Biros MH, Lewis RJ, Olson CM, etal: Informed consent in emergency research. JAMA 273: 1283-1287, 1995

11) Shultz JJ, Mianulli MJ, Gisch TM, et al: Compression of exertion required to perform standard and active compression-decompression cardiopulmonary resuscitation. Resuscitation 29: 23-31, 1995


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