「蘇生の優先順位はABCでよいのか?:
CPR開始手順の最適化に向 けて」

京都府立医科大学麻酔学教室 福井道彦

LiSA Vol.3 No.4(別刷), 1996年(5/21/97、eml 3515より)


目 次

要 旨

心蘇生の方程式:なぜCPRで停止心臓は自己心拍を再開するのか?
DC Now!
Bの無いCPR中の換気
とりあえず現時点でのCPR開始手順はACか?

文 献  図の説明  コメント

要旨

 「心肺蘇生(CPR)の初期処置に人工呼吸は必須ではない」との実 験結果が近年複数の施設から独立に報告されている。また、心停止 直後の患者では最初に除細動を行うことで、より良好な予後が得ら れることが明らかになっている。これらの知見は、「蘇生のABC」 として30年来定着してきAirway(A)、Breathing (B)そして Circulation (C)というCPRの初期手順が決して絶対無二の優先順 位では無いことを示している。ABCという明解な語呂合わせは、 CPR手技の一般への普及に貢献し、Bystander CPRが速やかに開 始される可能性を拡大してきた。しかし、普及努力が長年続けられ てきたにも関わらず、依然として心停止患者の社会復帰率は極めて 低いままである。この状況を改善する糸口の一つとして注目されて いるのがCPR初期手順の見直しである。

 1992年、American Heart Association (AHA)の「CPRの将 来に関する委員会」は、アメリカでのCPRの現状に関して、市民へ の救急処置普及プログラムにも関わらず大都市においてさえ救命さ れる人は極めて少ないと、過去に行われてきたCPR普及活動を軸と した蘇生率向上のための戦略の失敗を指摘している(1)。更に現状の 問題点として、CPR実施者への感染の危険(特に口対口呼吸法によ る)が第一発見者によるCPRの開始を躊躇させていることも指摘して いる。この状況をふまえた救命率を向上させるための新しいCPRプ ログラムとして、除細動器早期使用の推進と口対口呼吸の再検討な どを提言している。具体的には、素人でも使用可能な自動体外式除 細動器(Automatic External Defibrillator, AED)の普及を進 め、その使用を指導していくことと、口対口呼吸に抵抗感がある場 合に限り以前行われていた体外式呼吸法や優先順位をABCからCAB に変えたCPRの実施を提案している。このAHA委員会の報告に促さ れてAEDとCPR中の人工呼吸に関する研究がここ数年活発化してい る。

 一方でこの様な見直しは、滞りなく進められるべきCPRの開始手 順を混乱させる結果にもなっている。ABCか?CABか?除細動で CABか?口対口呼吸が躊躇される場合という条件付きなの か?・・・いずれの方法でも自己心拍再開の可能性はある。あくま で一般市民による実施を念頭におきながら、最も蘇生率が高い手順 を明確化するための研究継続が不可欠であろう。本稿では、ABCそ して除細動というCPR手技が、自己心拍再開に果たす個別の役割を 検証することで、CPR手順最適化の方向性を探ってみたい。


<心蘇生の方程式:なぜCPRで停止心臓は自己心拍を再開するの か?>

 初めに、心蘇生はどの様な機序で起こるのかを再確認しておきた い。ここでの議論の前提となる心停止状態とは、主に心室細動など 重篤な心室性不整脈である。このような心停止は、日常生活の中で 基礎疾患を持たない一般市民に突然発症する心停止の大部分を占め ており、適切なCPRにより完全な社会復帰が可能である。重度の電 解質異常や広範な器質的障害などを有する重症患者に発症する心停 止は、ここでの対象ではない。

 心室細動とは、心室の多数の部位がまとまりのない速い刺激を発 生して心室のポンプ作用が失われ血流が停止した状態である。体外 からのDC通電により全ての心室筋は同時に不応状態となり興奮が停 止し数秒間の静止の後、上室よりの刺激に反応して自己心拍が再開 される。発症後1分以内の一次性心室細動であれば、一回の除細動 で100%心拍再開が可能である。この様に心筋虚血の程度が軽い時 点では、ABCに時間をさくことなく除細動することで良好な予後が 得られるが、7-8分放置された心室細動の場合では、いきなり通電 することで電気的静止状態(asystole)や興奮収縮解離状態 (electromechanical dissociation)などへと移行しやすく蘇生を 失敗させる場合もある。つまり除細動の成否は心筋虚血の程度に左 右されることになる。

 そこで、心停止後数分間(概ね5分以上)経過した患者では、まず 心筋の酸素化を図り、それに続く除細動の条件を整えることが必要 になる。ABCの連関による心筋酸素化の処置は、除細動成功への下 ごしらえとも考えることができる。Cの手技により酸素化された動 脈血が心筋を灌流することになるが、冠血流は生理的循環と同様に 胸部圧迫を解除した「拡張期」(decompression phase)に生じる ことが知られている。したがって、冠血管灌流圧(coronary perfusion pressure, CPP)は、
CPP = dBP - dCVP: 拡張期大動脈圧(dBP)、拡張期中心静脈圧 (dCVP)
の式で算出されるが、これが高いほどより多くの冠血流が生じるこ とになる。CPR中のCPP値は自己心拍再開を予測する良い指標とさ れ、ヒトでは10-14mmHgを境に蘇生の成否が分かれるとされてい る
(2)

 CPPでCPRの効果を評価する場合、動脈血が酸素化されているこ とを前提としている(3)。心停止直後には、肺の機能的残気量に含ま れる酸素を利用して血液を酸素化することができるが、やがてABの 手技などで換気し肺胞酸素分圧を保つことが必要になってくる。

 心室細動から自己心拍再開の経過を図示すると図1の様になる。 1)心筋虚血の少ない心室細動には速やかに除細動を行う。2)虚血が 進んだ心筋では酸素化してから除細動を行う。以上の二つがCPRを 成功させる要因である。理屈から考えられる最適化されたCPRの手 順は、「心停止(心室細動)直後ならまず除細動、時間が経過してい れば最初にCで動脈・肺胞中の酸素を停止心に供給し、消費分の酸 素をABで肺へ送り込んでから除細動」といった所になろう。しかし この「最適化」手順をそのまま実施するには多くの条件を判断する 必要があり、手技者に高い診断能力が要求され現実的ではない*4。 患者は心停止直後なのか? Cを開始した場合の除細動はいつ行うの か? ABの開始はいつにするのか?・・・

 そこで、CPR開始手順から条件分岐する過程を排除する必要があ る。条件判断の中で臨床的に最も重要ものは、1)除細動の適否と2) 換気操作(口対口呼吸による)の要不要の二つである。これらの判断 を容易にする取り組みを以下に見ていきたい。

 <DC Now!>

 「よしDCだ!」除細動の適応を判断して、自己心拍の再開を見た ときの喜びは医療関係者にとって至上のものである。救急救命士の システムが動き始めて、心電図電送で医師の判断を仰ぎ通電する AEDが臨床使用されている。医師による適否の判断は重要である が、一方で除細動の判断に時間を取ったために心筋虚血が進み通電 の期を逸したとの報告もある。通電の適否を現場で判断できる完全 自動診断システムの導入が望まれている。

 では、われわれ医師は心電図から除細動の適否をどの様に判断し ているのだろうか?除細動症例を幾つか経験すると、心電図上の振 幅や波の振れ具合の違いから、その後に続く除細動の成否を概ね予 見できることがある。近年、除細動直前の心室細動波形に関する実 験・臨床両面の研究報告がなされ、その振幅が大きいほど、またそ の周波数が高いほど自己心拍が再開し易いことが報告されている* 4。これは、除細動の成否を心電図波形など非侵襲的・簡便な測定 から機械的に予見できる可能性を示唆している。将来のAEDでは、 ただ患者にパッドを装着し心筋の酸素化を図る中で、除細動可能に 成ればAEDが通電を手技者に促してくれることになろう。これは最 終目標に近い状態であるが、除細動適応を定量化していく研究は、 通電の判断をより正確で容易なものに変えていくと思われる。

<Bの無いCPR中の換気>

 実験的研究によりBの無いCPRでも蘇生を成功させるのに必要な 肺胞の換気が生じていることが示されており、臨床では頭部後屈な ど簡便なAの処置により上気道の閉塞を除いた後、ひたすらCを続け ればよいことになる。CPR中、B以外で換気を生じる原動力として は、胸部圧迫と喘ぎ様自発呼吸(spontaneous gasping)の二つが考 えられる。これらの換気能力は次のように報告されている。

 胸部圧迫により生じる換気量はブタでの測定において約80ml/ min/kgであり、胸郭損傷が生じた場合は換気量が半減する。しか し、換気量が低下した場合でも、動脈血の酸素化は比較的良好に保 たれ、炭酸ガスの軽度上昇(50-60mmHg)が見られるのみであっ た。これは、胸部圧迫による換気は、高頻度換気であるため死腔換 気に近い状態でも良好な酸素化が得られたと考えられる(6)

 gaspingは、心停止後に脳幹部の低酸素により引き起こされる換 気運動である。gaspingによる換気は、急速な吸気と緩徐な呼気を 特徴とし正常呼吸と比較すると周期・換気量ともに不規則である。 CPRを開始していない心停止状態では、ブタにおいて150 ml/ min/kgのgaspingによる換気量が観察されている。gaspingは、 生命の始まりと終わりに見られる普遍的な反応として知られ、心停 止直後であれば全ての患者に出現すると考えられる。目撃された心 停止患者では、Bを行わない場合でもgaspingが有効な換気補助と して期待できる(7)

 Bを行わないCPRで生じる高炭酸ガス血症の影響はどうであろう か?CPR中に炭酸ガスを吸入させて蘇生への影響を調べた実験にお いて、PaCO2が約200mmHg以上になって始めて蘇生率が低下し始 めることが明らかとなっている。高炭酸ガス血症自体が心蘇生に影 響するのはかなり高値になってからということになる。しかし、高 炭酸ガスに伴う肺胞炭酸ガス分圧の上昇は、図2に示すように肺胞 酸素分圧を低下させ、更に呼吸性アシドーシスに伴う酸素解離曲線 の右方移動により動脈血の酸素含有量を低下させることになる。高 炭酸ガス自体よりも、それにより惹起される酸素供給能の低下が問 題となる。そこで、 Bを行わない場合はなおさら上気道への酸素投 予により肺胞酸素分圧を増加させることが有用になる。

<とりあえず現時点でのCPR開始手順はACか?>

 ここまでCPR開始手順見直しの方向性を探ってきたが、現在まで に明らかにされた研究結果と口対口呼吸法がもつ問題点から考えら れる現実的な手順はどうであろうか?それは、肩枕の挿入など速や かに行えるAの処置を取った後、直ちにCを開始することであろう。 この手順であれば、一般市民でも躊躇なく開始でき、医療従事者が CPRを開始する場合でも気管内挿管など時間を要するAの手技は後 回しにして、簡便なAと上気道への酸素投予とCを組み合わせること でより速やかな心筋の酸素化を目指すべきであろう(8)

 蘇生可能な患者を全て社会復帰させるCPRシステムの確立には、 AEDやCPR手技に関する研究の継続が重要であることは言うまでも ない。


文献

1. AHA Task Force. The future of cardiopulmonary resuscitation. Circulation. Circulation 1992; 85: 2346- 55.

[CPR法の新知見に関する総説]

2. Weil MH, Fukui M. Priorities in advanced cardiac life support. In: Vincent LJ. Year Book of Intensive Care and Emergency Medicine 1994. Berlin: Springer Verlage, 1994: 387-94

[B(時にAも)を行わないCPRに関する実験報告(gaspingの効果は 5.6.)]

3. Berg RA, Kern KB, Sanders AB, et al. Bystander cardiopulmonary resuscitation Is ventilation necessary? Circulation 1993; 88 (part 1): 1907-15.

4. Chandra NC, Gruben KG, Tsitlik JE, et al. Observations of ventilation during resuscitation in a canine model. Circulation 1994; 90: 3070-75.

5. Noc M, Weil MH, Tang W, et al. Mechanical ventilation may not be essential for initial cardiopulmonary resuscitation. CHEST 1995; 108: 821-27.

6. Fukui M, Weil MH, Tang W, et al. Airway protection during experimental CPR. CHEST 1995; 108: 1663-67.

[心室細動の心電図解析に関する報告]

7. Noc M, Weil MH, Gazmuri RJ, et al. Ventricular fibrillation voltage as a monitor of the effectiveness of cardiopulmonary resuscitation. J Lab Clin Med 1994; 124: 421-6.

8. Strohmenger HU, Lindner KH, Lurie KG, et al. Frequency of ventricular fibrillation as a predictor of defibrillation success during cardiac surgery. Anesth Analg 1994; 79: 434-8


図の説明

図1 心蘇生の方程式:心室細動(VF)の状態でも全てが除細動(DC) に成功するわけではない。心筋の酸素化が良好な心室細動(図左上) では、除細動により自己心拍を再開できる(図右上)が、心筋虚血が 進んだ心室細動(図左下)では除細動に失敗(図右下)する場合があ る。虚血が進んだ停止心では、まず心筋の酸素化を図る必要があり (図左下から上へ)、その成否は冠血管灌流圧(CPP)を高く保ててい るかと動脈血酸素分圧(PaO2)を保てているかによって決まる。

図2 大気を吸入する場合、吸入酸素分圧(PIO2)は150 mmHgであ る。炭酸ガス分圧(PACO2)が正常の場合(図の左)と高炭酸ガスの状 態(図の右)では、肺胞酸素分圧(PAO2)に大きな差が生じる。高炭酸 ガスの状態では、酸素投予によりFiO2を高くすることが有用であ る。


コメント

*1 CPRプログラムの成否: 何人の人が受講したかとかいった指標 ではなく、神経障害の無い救命率がその地域でどれだけ増加したか により最終的な評価を下すべきだとしている。

*2 エピネフリンの作用: CPR時のエピネフリンの効果も、その α作用によりCPPを増大させることで蘇生率を向上させている。

*3 無酸素での心停止: 酸素欠乏や一酸化炭素中毒など血液の酸 素化、酸素運搬に障害がある状態での心停止は、有効なCが行えた としても極めて予後不良であることが多い。

*4 心停止診断は難しい: 市民へのCPR普及活動に関する報告によ ると、病院外での心停止がCPRプログラム受講者の目の前で起こっ た場合でも、その目撃者が「心停止の診断」に時間を要し、CPR開 始が遅れる場合が多いということである。日常生活の中で発症した 予期せぬ心停止という場面では、その状況を正しく判断し選択枝の 中から一つの治療を開始することは極めて困難である。

*5 心室細動の心電図解析: 実験・臨床両面から振幅と周波数に 関する研究が学会報告されているが、まだ論文による報告は少ない ようである。報告者間で除細動の成否を分ける境界値にばらつきが 大きく、動物の種差や、臨床研究では体外循環離脱時など心筋が酸 素化されている影響を検討する必要があると考える。

*6 active compression decompression 法: 近年紹介された 同法など胸部圧迫に加えて強制的胸郭拡張を行う手技では能動的に 吸気を生じると考えられることから、胸郭recoilの損傷の有無に関 わりなく換気を確保できる可能性がある。これは、口対口呼吸法の 確立で消えていった体外式呼吸法の一つとも考えられる。

*7 gaspingとCPR: gaspingの発生に合わせて咽頭の神経筋興奮 が観察されており、上気道を開放しAを補助する作用があることも 知られている。心停止中の gaspingにはこれらABの作用に加えて 胸腔内陰圧により静脈還流を増加させる働きがある。 乳幼児のCPR におけるgaspingは、それを引き金に無呼吸心停止状態から自然回 復する変化が知られており、「autoresuscitation」として注目さ れcough CPRのように胸郭ポンプとして血流を生じる可能性も検討 されている。

*8 Bを行わないBystander CPRの臨床例: 第23回日本救急医学 会総会で、松山心臓血管病院の笠置先生より幾つかの成功症例が提 示され、手技の賛否をめぐって議論が盛り上がった。兵庫県でCPR 普及に努力されている姫路循環器病センターの河村先生が「見知ら ぬ人の心停止をみて何かしようとすることが大切。Cをしてくれた ら成功、mouth to mouthまでやってくれたら大成功です!」と総 括されて議論に終止符が打たれた。


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