Pittsburgh市EMSにおける心肺停止患者の病院外治療と不搬送について

愛媛大学救急医学 越智元郎、金沢医科大学麻酔科 和藤幸弘

愛媛県医師会報 通巻第727、p. 6-9、1997年
(5/08/97、eml 3458)


目 次

はじめに  対 象   結 果
考 察   おわりに
     参考文献


はじめに

 われわれは先に、日米両国の地方都市であるPittsburgh市と松山市など4地区において、病院外心肺停止(Cardiopulmonary Arrest、以下CPA)患者について調べ、市民による一次救命処置の施行率やプレホスピタルケアの効率について比較した1)。この中で印象的であった事実のひとつが、Pittsburgh市では心肺停止の通報で救急隊員が出動した患者のうち、かなりの者が病院外で死亡診断を受け、救急医療機関へは搬送されないことであった。今回、Pittsburgh市Emergency Medical Service System(以下、EMS)が非搬送の扱いとしたCPA患者の背景を紹介し、特にドクタ−カ−の運用と関連づけて、わが国の救急医療体制を考えるための比較的材料としたい。


対 象

 Pittsburgh市EMSにおいて、1994年4月以降1年間に、非外傷性CPAの通報に対して救急隊が出動した患者のうち、一般市民による一次救命処置(bystander CPR)の有無や病院外救急治療の詳細が記録されていた搬送記録(trip sheet)を無作為に抽出して分析した。これらの患者を、救急医療施設へ搬送された搬送群と搬送されなかった非搬送群の2群に分けた。両群において、平均年齢、性比、bystander CPRの施行率、EMSへの通報からパラメディクが現場に到着するまでの時間(レスポンス・タイム)、パラメディクによる救急処置(気管内挿管・電気的除細動・輸液およびエピネフリン投与)の施行率、医師が治療に参加した比率などを調べ、比較した。また搬送群において、病院収容後の経過が追跡できた患者については、搬送1ヶ月後の予後を調べた。

 なお本研究において、統計処理には分散分析とχ2検定を用い、危険率5%未満(p<0.05)をもって有意と判定した。


結 果(

 Pittsburgh市EMSからパラメディクが出動した、非外傷性CPA患者202例のうち、救急医療施設に搬送された患者(搬送群)は140例(69.3%)、搬送されなかった患者(非搬送群)は62例(30.7%)を占めた。

 搬送群と非搬送群の間で各要因を比較すると、平均年齢は搬送群61.6歳に対し    69.6歳と非搬送群で有意に高かった。性比には差は認められなかった。

 bystander CPRの有無を比較すると、搬送 群の42.9%が市民による一次救命処置を受けていたのに対し、非搬送群では17.7%にとどまった(P<0.01)。パラメディクによる平均レスポンス・タイムについては搬送群6.30分、非搬送群6.71分と差は認められなかった。パラメディクによる2次救命処置の施行率をみると、気管内挿管を受けた患者は搬送群85.0%に対し非搬送群85.5%で差はなかった。同様に末梢静脈路確保は84.3%に対し80.6%、エピネフリン投与では81.4%に対し82.3 %と有意な差は認められなかった。しかし電気的除細動では、搬送群64.3%に対し非搬送群42.0%と、有意な差が認められた。

 病院外の治療現場に医師が派遣された比率は、搬送群で87.7%に対し非搬送群 100.0 %と、有意な差が認められた。

 救急医療機関に搬送された140例のうち、収容1ヶ月後の予後を確認することができたものが85例あり、そのうち生存退院したものが13例(15.3%)を占めた。予後未確認の55例においても同様の比率で生存退院したと仮定すると、パラメディクが出動した全202例中の退院率は10.7%と計算された。


考 察

 Pittsburgh市はPeter Safarらによって養成されたパラメディク(医療行為が許された救急隊員)が全米に先駆けて活動を開始した地域であり、現在も非常に充実したプレホスピタルケア体制を誇っている。特に、Pittsburgh大学救急医学のレジデントが24時間体制で待機し、心停止や重症患者の場合はドクタ−カ−で現場に急行して(ランデブー方式)、パラメディックとともにその場で治療を開始する体制をとっている2)

 今回の調査では、Pittsburghにおける非搬送例は30%を越え、その全例が医師が病院外での2次救命処置に参加した症例であった。Pittsburgh市においては、病院外での2次救命処置に参加した医師が、無線で連絡を取り合うことのできる上級医師とともに、病院への搬送の適応について判断を下し、また責任を負う体制を取っている。

 これらの患者は、わが国ならばほとんど救命救急センターなどの医療機関に搬送され、一定の蘇生処置を行った後に死亡診断がなされている。Pittsburgh市のように、救命の見込みのない患者において病院外で死亡診断を行うことは、搬送能力、救急外来への患者収容能力の両面において、救急医療資源の節約につながる可能性がある。

 次に非搬送例は、高齢者、bystander CPRが行われなかった患者、電気的除細動の適応のなかったものなどに多かった。これらはすべてCPA患者を神経学的後遺症なしに救命することを困難にする要因である。現場に派遣された医師がこれらの要因を考慮した上で、現場で死亡判定を行い、救急医療施設への搬送を差し止めているものと考えられる。一方で、両群でパラメディクによるレスポンス・タイムや治療内容にほとんど差はなく、同様の蘇生治療が実施された後に医師の判断で非搬送の扱いがされていると考えられた。

 ドクタ−カ−の運用には医師や運転手の確保などの問題があり、財政的にも自治体や医療機関のかなりの負担になると考えられている。一方で、プレホスピタルケアのレベルの向上、救急救命士などへの現場での指導・教育が可能となることなどの、無形の利点が考えられる3)。今回報告したように、医療機関への搬送の対象となるCPA患者を減少せしめ得ることも、ドクタ−カ−の運用コストをある程度まで相殺し、救急医療資源の有効利用をもたらすものと考えられる。

 最後に今回、病院外CPAとしてパラメディックが出動した患者(OHCPA, out-of-hospital CPA)と救急医療施設へ搬送されたCPA患者(CPAOA, CPA on arrival)という2種類の蘇生率(収容1ヶ月後の退院率)を計算した。これらは前者で10.7%、後者が15.3%であり、大きな差が認められた。瀧野4) らが指摘しているように、救急外来でのCPA患者(CPAOA)の蘇生率を比較する際には、病院外CPA(OHCPA)患者がどの程度の比率で救急医療施設に搬送されるかという、救急医療体制の地域差についても配慮が必要と必要と考えられた。


おわりに

 米国Pittsburgh市における病院外CPA患者のうち、非搬送例は30%を越え、高齢者 bystander CPRが行われなかった患者、電気的除細動の適応のなかったものに多かった。病院外で死亡診断を行うことは救急医療資源の有効利用につながり、わが国でもドクターカーを運用すれば、非搬送例は増加するものと考えられる。

 なお、本稿の要旨の一部は第16回日本蘇生学会総会(10/04-05/96、福井市)において発表した。最後に、ご校閲をいただいた愛媛大学救急医学 白川洋一教授に深謝いたします。


表、搬送群と非搬送群の比較

   搬送群 非搬送群 (n=140) (n=62) 年齢(歳)    61.6 (19.9) 69.6 (16.4)* (男/女)   2.04 1.95 bystander CPR(%) 42.9 17.7 * レスポンス・タイム(分)  6.30 (3.26) 6.71 (3.25) 気管内挿管(%) 85.0 85.5 静脈路確保(%) 84.3   80.6 エピネフリン投与(%) 81.4  82.3 電気的除細動(%)    64.3  42.0*  医師の派遣(%)    87.7 100.0* 注:年齢、レスポンス・タイムにおいては平均(標準偏差)を示す。*p<0.01。


参考文献

1)和藤幸弘、『日本医事新報』 3536号、1992.4.11.pp.95-98.

2)越智元郎、新井達潤、和藤幸弘:日米の地方都市における、一次救命処置とプレホスピタルケアの比較検討.日救急医会誌1997; 8: 247-52, 1997

3)金弘、矢走英夫:船橋方式によるドクタ−カ−の運用と問題点、救急医学21: 38-41, 1997

4)瀧野昌也、藤野和浩、岡田芳明:日本の「ディーオーエー」の治療成績はなぜ悪いのか? 日救急医会誌6:653-661, 1995.


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