ネットワーク型学習社会と大学の役割

読売新聞朝刊 論点(5/17/97)より

水野義之さん:4/22/97、eml 3333)


 日本社会にインターネットが認知 されたのは1995年,阪神淡路 大震災の年であった。それ以降, 社会的にインターネットが広く利 用され,その使い方が試されてい る。これは時期的には,ちょうど 教育改革の進展の時期と重なって いる。インターネット利用は,今 後の教育や社会の在り方を考える 上でも重要である。

 周知のように最近のインターネッ ト利用者の増加率は目覚ましく, このまま増え続ければあと4年足 らずで全人口を越える。従って意 外に早く利用者数は一定になるは ずであり,数字の上ではあと数年 で「情報ネットワーク社会」が到 来することになる。しかしここ数 年はネット利用者の大部分が初心 者であるということになる。逆に インターネットの利用や教育の先 進的,組織的経験を持つのは,大 学理工系の教育・研究機関に多く, 大学は情報化社会のモデルの一つ といえる。従ってこれが大学の社 会貢献の機会の一つとなりうるの である。

 メディアとしてのインターネット の特徴は,広域性,即時性,同報 性,記録性,双方向性等の高さに ある。マルチメディア利用にも適 している。このようなメディアが 普及すれば,社会の様々な限界, 例えば組織,年齢,時間的制約, 地理的条件などの壁を越え,既存 の社会関係を広げることが出来る。 利用者の実感としても,インター ネットで繋がれるものは,コンピュ ータというよりは,むしろ社会的 な人間関係の方である。このよう にオープンで自主的な関係性の特 徴は,大学の持つ特徴(研究・教 育の在り方)にも共通している。

 「大学」の本来の役割は、学術研 究、教育、そして成果の普及とい う3点にある。広義の「普及活動」 の重要性は、「科学技術基本法」 や第15期中央教育審議会答申, 「科学技術と社会に関する懇談会」 報告書(科学技術庁)等でも強調 されている。このような普及活動 にもインターネットは有用であり, その特徴と役割は,マスメディア とは相補的である。

 インターネットの面白い使い方の 一つとして,電子メールの「メー リングリスト」を紹介したい。こ れは登録した参加者全員への電子 メールの同報システムである。こ れにより意見交換と情報共有が瞬 時に行なわれる。これにより参加 者の知恵の最高のものが見いださ れ,参加者全員にも共有される。

 このようなメーリングリストは, 既存の社会の「繋がり方」として は,学会,サークル、同窓会,研 究会,協議会等に近い。逆に既存 の組織がメーリングリストを運用 すれば、会員相互の情報交換は質 も量も飛躍的に向上する。メーリ ングリストでは参加者が「特定」 多数であるため,信頼関係が形成 されやすい。また電子ネットの上 では「情報を出す所に情報が集ま る」傾向がある。そこには人も集 まり,従って人間関係の広がり方 が加速される。メーリングリスト とWWW(ホームページ)の組み合 せは,先の大震災や重油災害への 対応でも,有効に活用されている。

 しかしネットワークの活用能力の 向上には時間がかかる。また新た な社会経験であるから試行錯誤は 避けられない。その意味でも大学 や研究所でネットに慣れた若手職 員有志はネット利用の先達である。 最近は専門家として国民との直接 的な知的交流を行う人々も増えて いる。それは大学の文化を直接的 に国民と共有する,新しい道を開 いていると言える。

 大学と社会との関わり方は,今後 ますます多様化しようとしている。

 日本では1983年から放送大学 が始まり,最近では衛星通信利用 の遠隔教育実験も始まった。大学 院大学化によって社会人入学枠も 大幅に増加した。米国では衛星を 企業向け大学院教育にも活用して いる。日本の大学通信教育へのマ ルチメディア利用はこれからであ るが,最近はこれらにもメーリン グリストが活用され始めている。 この他にも,社会と大学の関わり の観点から重要な試みには,文部 省・通産省共同の小中高校インタ ーネット利用開発「100校プロ ジェクト」,大震災後に兵庫県と 県内4モデル市町に設置された通 産省仕様の「災害対応総合情報 ネットワークシステム」,郵政省 での最近の「高齢者・障害者の情 報通信の利活用」に関する調査研 究等があり,注目されている。

 今後の社会でWWWとメーリングリ スト利用が広く普及すれば,従来 の社会形態では解決困難な問題, 例えば地域社会の学校と父親の交 流、世代を超えた知恵の交換(子 供ネットと「シニアネット」の交 流)など家庭や地域社会の教育力 回復の問題、あるいは行政と市民 の対話の発展等にも,新たなメディ アを提供する契機になるだろう。

 もちろんネット社会にも色々な問 題があるが,その多くはメディア との付き合い方の問題に帰着する。 情報が知的・文化的に面白ければ, そのネットは人々に必要なものの 一つとして活用されるだろう。情 報ネットワークの利用で興味深い のは,ネットワーク型の学習社会 とでも言うべきものの形成である。 大学は期せずして,このようなイ ンターネット利用やその支援にも 適した組織であると言えるかもし れない。今後の展開に期待したい。


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