REPORT

第2回 日本集団災害医療研究会−札幌−

(エマージェンシー・ナーシング 10: 153-155, 1997)


 このレポートは筆者(エマージェンシー・ナーシング編集部 村上氏)の許可を得て掲載させていただいています。無断転載はお断り致します。ご意見、ご質問等はWeb担当者までお寄せ下さい。

目 次

〇はじめに     ●防災・訓練
●阪神・淡路大震災 ●O-157
●災害看護     ●その他


はじめに

 第2回日本集団災害医療研究会が11月12・13日,札幌にて開催された.

 阪神淡路大震災より2年近くが経過し,今後のわが国の災害医療体制の確立を自ら の試練ととらえたさまざまな分野の専門家が今回も多く集まった.参加者層は医師・ ナース・消防・自衛官・行政・企業・ボランティアなど多岐にわたる.

 シンポジウムは「集団災害として考えるO-157」「集団災害と情報・通信」の2題 ,一般演題が28題,特別・招待講演として海外から4題とさらにJICAによるCountry Reportの11演題が発表された.

 震災を機に,わが国でも災害医療にかかわるさまざまな研究・訓練・派遣救助活 動などの模索が活発化している.今回の研究会では,ここ1〜2年間に実行・構想され てきた数多くの取り組みについて種々の興味深い経過報告がなされ,その検証が行わ れた.


防災・訓練

 演題1:「防災関係機関合同訓練について」(札幌消防局 中川和彦氏)では,札幌 市で行われた消防・警察・自衛隊の三機関合同の災害訓練(指揮調整,救助,救急) の報告があった.応急救護訓練には市立札幌病院の医師やナースも参加した.会場で は「日本の災害時における指揮系統の役割分担の不明確さ」について議論がなされた.

 演題4:「医療施設などにおける大規模災害対策訓練についての一提言−自衛隊の訓 練ノウハウをモデルとして−」(防衛庁防衛研究所 小村隆史氏)では,各地で様々 な形で行われている防災訓について「訓練というより予め決められたシナリオに沿っ たショーである」という指摘があった.小村氏は訓練の目的とは「時々刻々と変化す る状況にどう対処するかを判断する」ことにあると述べ,具体的な実践法について持 論を展開した.大がかりで本格的な訓練までいかなくとも,少人数での机上における 「判断」を問う訓練というものにも目を向けて訓練の本質を議論する必要性を説いた .これに対し会場からは「現実的には,今の縦割り行政において訓練で関係機関全体 をイメージ把握することは困難では?」という指摘があった.小村氏は「現状では制 度に頼らず人間的な疎通・連携を図るしかない」とコメント.体制がはらむ問題点を 再認識する一方で,「個」として人が持ち得る柔軟性と明るさに心強さを感じた.


阪神・淡路大震災

 演題6:「大震災のその後・孤独死の実態〜観察医の立場から」(神戸大学法医学・ 兵庫県監察医務室 上野易弘氏)では,震災直後の関連死の概要と仮設住宅における 孤独死について報告があった.関連死因の3割は冬季の理由から肺炎によるもの,そ して犠牲者の多くが高齢者だった.孤独死については男女年齢比で男性が有意に若い ことがわかった.死因は肝臓疾患が多く,そのほとんどがアルコール性肝硬変で,こ れは被災者に特徴的な傾向だという.上野氏は,現代において孤独死は震災独自の問 題ではないという点を強調した.

 演題27:「阪神淡路大震災被災者におけるPTSDについて」(兵庫医科大学精神科神 経科 湖海正尋氏)では,調査・分析の結果日本でも自然災害被災者についてPTSDが 疾患単位で存在しうることが確認されたと報告.しかし海外でのハイリスクサンプル と比較して有病率が著しく低く,その原因に日本の社会構造の安定度(犯罪・戦争・ 飢餓・貧困の低頻度)や精神科受診の敷居の高さなどの相違が示唆された.会場から は,上記の背景を含め心の傷をうまく形にできない日本人の性質を認識したうえで, 「待ちの姿勢」にとどまらず積極的な姿勢で精神科的アプローチを行っていく必要性 があるとの指摘があった.


O-157

 演題11:「O-157感染患者の看護を経験して」(大阪市立大学病院4階救急病棟 宮東美奈子氏). O-157に関する知識や情報,感染予防マニュアルも不十分な状態での 休日夜間帯の搬入受け入れや,救急一般病棟にもかかわらず小児科的看護を要求され た点について体験報告があった.会場からは二次感染予防対策について質問があり, 頻回の排泄に対応すべくディスポーザブル便器を利用したと回答があった.  O-157感染の問題は,小児の食中毒という病態から集団災害としての認識が低いと されるが,今回のように患者の同時多発によって地域の医療機関が麻痺する恐れから ,集団中毒についてもトリアージや転送などの対応を準備すべきであることが示唆さ れた.


災害看護

 演題25:「災害看護活動に関する考察−被災地看護婦とボランティア看護婦の災害 看護に関する考え方の比較−」(災害心理対策研究会・大阪大学医学部保健学科教授  高橋章子氏)では,これからの「災害看護」確立にあたり,阪神・淡路大震災時の 看護者の困難と対応について,被災者側と救援側という側面での調査結果が報告され た.高橋氏はそのうえで救援時の組織的な看護婦のありかたについて必要性を説き, あらためて「災害看護」構築のニーズを強調した.

 演題28:「バングラディシュ竜巻災害におけるJMTDRとしての看護活動の検討」(大 阪府立千里救命救急センター 西田直美氏)では,今年5月にバングラディシュへ国 際救急援助隊医療チームとして派遣された経験について,看護婦の立場から報告があ った.とくに医師らを含む医療チームの役割分担と創傷処置のマニュアル化などが有 効に活用され,トリアージや創処置などナース独自に行動できる機会が得られたこと が成果にあげられた.


通信・情報

 演題35:「グローバル・ヘルス・災害ネットワーク(GHDNet)の構想について」( 愛媛大学救急医学 越智元郎氏).GDHNetとは最先端の情報伝達システムを応用して 地球規模の保健衛生と疾病予防をめざすネットワーク構想であり,このうち災害・救 急医学の部分に関わる越智氏から種々の構想が発表された.本研究会や日本救急医学 会,日本集中治療学会,NGOのネットワーク,中毒情報ネットワーク,日本医師会, 日本赤十字社など広範囲の関係機関を一つの協定のもとに集結させ,独自の災害情報 を共有するというのもそのひとつ.究極的には海外の救援組織やNGO,国連などとも 国際的なつながりを目指している.インターネットの爆発的な普及など,今後個人レ ベルの情報通信利用度がどんどん加速していく中で,災害時などに専門機関だけでな く,社会に複雑な形で(時に仮想として)無限大に存在するコミュニティを巻き込ん だネットワークがいずれ結ばれる時が来るかもしれない.そんな想像を抱かせられる 発表であった.


その他

 演題18:「大規模災害時における大学附属病院の果たすべき役割」(神戸大学病院 救急部 中山伸一氏)では,災害地の大学病院施設はマンパワーの供給源として医学 部教官や研究生,研究員,大学院生など普段研究中心の仕事をする多数の医師をうま く活用すべきだという提言があった.ただ会場からは,地域医療の中での大学病院施 設のありかたという面で見直すべき点があるのではないかという指摘もあった.

 演題21:「放射線災害時の医療のポイント」(三菱重工神戸病院外科 衣笠達也氏 )においては,もっとも身近かつ深刻な人為災害の可能性が存在しながら,これまで まったく議論されてこなかった放射線災害の問題提起が初めて公の場でなされたとい える.演者は国の原子力緊急対策委員会のメンバーであり,そこからこういう形での 語りかけが行われたことは前向きに評価すべきであると同時に,原子力エネルギー利 用の安全性にかんする当事者たちの認識に変化が現れた点を,われわれは見逃しては ならない.


(次回開催は1997年11月4・5日東京にて.会長は日本医科大学千葉北総病院 山本保博氏)

(1996.11.12・13. 編集部・村上)


救急・災害医療ホ−ムペ−ジへ
全国救急医療関係者のページへ
救急医療メーリングリスト(eml)の話題