市立札幌病院医科研修問題 【最終弁論】(2)


第3章 仮に医師法17条違反に該当するとしても,違法性が阻却される(社会的正当行為として違法性が阻却されること)


 第1 社会的正当行為の要件

 1.歯科医療にとっても全身管理並びに救急対応の知識と技術が不可欠であって,歯科医師にもそのような知識と技術を修得すべきことが求められていること,必然的にこれらの修得のためは研修を行うことが必要となるが,その修得には医科の麻酔科や救急部において研修する以外方法がなく,これら研修は国民の健康と安全のために要請された行為であることは前述したとおりである。すなわち,一般的にこのような研修は社会的正当行為として違法性が阻却されると考えられる。このこと自体については検察官も特段の異論を述べておらず,むしろ前提としているように見える。

 2.社会的正当行為として違法性が阻却されるための要件は,判例が基本的に採用しているとされる目的説によれば,「正当な目的のための相当な手段から正当化される」とされている。すなわち,2)目的の正当性,2)行為の相当性がその要件である。

 3.以下この2点につき詳論するが,まず,目的の正当性に関しては,特にマンパワー確保が目的ではなかったこと,採用経過が正式な手続き踏んでいることを明らかにする。

 次に,行為の相当性を論ずるにあたって,違法性阻却の要件を明確にし,起訴状記載の各行為をその要件に当てはめて検討することにする。


 第2 目的の正当性

 1.本件各歯科医師の医科救急研修は,社会的に要請された正当行為である本来の研修として行われたものであって,歯科医師レジデント受け入れはマンパワー確保を目的としたものではない。

 (1)検察官は,論告の中で,被告人が本件各歯科医師をレジデントとして受け入れたのはセンターにおける人手不足の解消を図る目的があったためであり,本件は「歯科医師レジデントを単なるマンパワーの確保を目的として受け入れた」のであって,そもそも正当な研修とは言えないとし(論告15頁),この認識を論告9ページ以下で縷々主張している。しかし,以下述べるように,検察官が主張するマンパワー論は,医療現場の実態を全く理解しない,はなはだしく的外れな主張である。

 (2)確かに検察官指摘のように,被告人は,平成8年5月9日開催のレジデント委員会に向けて「レジデント委員会委員の皆様へのお願い」と題する書面(以下「お願い」文書という)を提出し,「救急専修の・・先生,・・先生の他科研修を予定して」いるため,センターの維持に困難が予想されるとして,卒後1年目の4人の研修医をセンターで10月から12月までと1月から3月まで2名ずつ研修させるよう要望している。被告人が,10月以降の人手不足を懸念してその対応に苦慮し,上記「お願い」文書を作成してレジデント委員会に提出し,検討を求めた時期があったことは疑いがない。

 (3)ローテーションスケジュール表(甲59・・・・・の検面調書の資料の5の1.添付資料のローテーション表)を見ると,平成8年4月時点において,救命センターに配属されていた研修医の人数は7〜8人が通常であった。そして,平成8年9月以前にセンターに配属される予定であった研修医の数は7〜8人と通常の人数であったが,同年10月から12月までは一気に減少して10月が4人,11月・12月が5人と極端な減少が見込まれた。そのため,同年4月9日に開催されたレジデント委員会の席上で被告人が問題提起をした結果,澤木渉研修医をセンターで研修させることになり,同年10月から12月までの間の研修医の数は,同年10月が5名,同年11月・12月が6名とやや増加した。しかし,それでも人数が不足していることに変わりはなかった。

 (4)そこで被告人は,この状態に危機意識を持ち,同年5月に前述の「お願い」文書を提出したが,この時点での研修医は7人と通常の人数が確保されていて(甲59・・・・・の検面調書の資料の5の1)添付資料のローテーション表)特に人手が不足しているという事情はなかった。被告人が「お願い」文書を提出したのは,あくまでも同年10月以降に予想された研修医の半減をどうにかしなければという危機意識に基づいたものであった。検察官は,論告9ページ3)において,「(被告人が)かねてから人手不足に悩まされていた」とし,そのことが「お願い」文書を提出した理由であると主張するが,上記で述べたように同文書を提出した時点において人手不足に悩まされていたという事実はない。

 (5)被告人が「お願い」文書を提出した結果,その後に開催された平成8年5月9日開催のレジデント委員会で配布されたローテーション表では,事態が改善されて研修医の数は同年10月が6名,11月・12月は7名となった(甲59・・・・・の検面調書の資料5の2.の添付ローテーション表)。さらに,同年5月29日開催のレジデント委員会の協議の結果により,10月から12月までの研修医の人数は10月が7名,11月・12月が8名となり,「お願い」文書を提出した5月当時と変わらない人数となった(甲59・・・・・の検面調書の資料7添付のローテーション表)。ここにおいて,研修医の人数不足を原因とする被告人の懸念は完全に解消されるに至ったのである。

 (6)これだけでも被告人が「お願い」文書を出した効果は十分認められたが,さらに,本来他科で研修することが予定されていた・・・・医師(第13回公判の被告人の供述調書6頁)が,ローテーション変更をして10月から12月の間救命センターに研修医として残ることになった(甲59・・・・・の検面調書の資料7添付のローテーション表)。それだけではない。ローテーション表は残っていないが,・・・・医師は,平成9年1月から3月の間もセンターに研修医として残ることになったのである(甲60・・・・の検面調書の添付資料4)。その結果,平成9年1月から3月の研修医の人数は7名と通常の体制となり(甲59・・・・・の検面調書の資料7添付資料のローテーション表では6名とあるが,・・・・研修医が加わったため7名となる),平成8年5月当時と人数的に全く遜色がなくなった。しかも,・・・・医師は,3年目の研修医であって医師の力量は卒後1年目とは比較にならないほど高かった(第13回公判の被告人の供述調書11頁)。

 (7)このように,センターにおいて最初に研修を行った・・歯科医師レジデントの受け入れが決まった平成8年11月ころには,センターにおける人手不足の懸念は既に解消していた。さらに平成9年4月からは救急救命士の制度ができて札幌市から消防関連の予算をもらうことができるようになり,これにより非常勤職員の医師4名の増員も決まって人員は一層充実し,起訴状記載の歯科医師レジデント3名が配属された以降は全く人手不足などない時期であって,歯科医師レジデントをマンパワーとして必要とする事情は全くなかった。これら事情から,・・,・・,・・各歯科医師レジデントの研修受け入れが人手不足解消を目的としたものであるとする検察官の主張自体が何の根拠もない砂上の楼閣に過ぎないことは明らかである。

 (8)なお,「救急と言うのは何人人がいてもいい」(第13回公判の被告人の供述調書23頁)ということからすれば,歯科医師レジデントを受け入れることによってそれだけマンパワーとして活用できるのではないかとも考えられる。確かに,研修当初,研修医は雑用を手伝うことによって知識・技術を学ぶのであり,さらに後述するように研修が参加型である以上,研修の成果が上がってその最終段階では,研修目的にとって必要な範囲の医行為は指導医の指導の下にほぼ単独でできるようにならなければならない。さらに,1年以上の長期に亘って研修を続けるレジデントであれば,大方の医行為を単独でできるようになり,これら雑用の手伝いないしは研修自体が結果的に研修受け入れ側にとって「助かる場合がある」というならば,確かにそれは受け入れ側にとっての利点と言えるかも知れない(第13回公判の被告人供述調書20頁)。しかし,短期間研修するに過ぎない歯科医師レジデントにできる行為は,研修当初は雑用に限られ,研修の最終段階においてすら起訴状記載の各行為を含めた研修目的の範囲内の基礎的なものに限定されている。しかも,歯科医師レジデントは常に何らかの形で指導医の指導監督を受けなければ何もできない。センターにとって重要な問題であった人手不足とは,「自分のことを自分でできる医師が不足している」ということであり,その意味での問題は,先述したローテーションの変更,・・・・医師の残留,さらには非常勤医師4名の増員によって既に解消されていた(第13回公判の被告人の供述調書11頁)。仮に,歯科医師レジデントが研修の過程で雑用の手伝いないしは医行為を行い,その結果研修受け入れ側にとって「助かる場合があった」としても,それは研修の結果であって反射的な利点に過ぎない。少なくとも,センターにとって,そのような目的だけのために常に指導医の指導監督が必要な歯科医師レジデントの短期研修を受け入れるメリットは全くない。これらのことから明らかなように,検察官が主張するマンパワー論は,本件においては明らかに的外れな主張である。

 (9)また,検察官は,その主張するマンパワー論を裏付ける根拠として,被告人の主張は本件レジデントの受け入れを正当化するため,受け入れ後に正当な研修であるとこじつけたものに過ぎないと主張する。しかし,この点もまた,歯科医療と歯科医師にとって本件研修が如何に切実なものであって,意欲ある歯科医師や受入れ側医師らの献身的努力に支えられているかについて全く理解しない,無神経な机上の空論に過ぎない。

 すなわち,既に述べたように,歯科医師が救急研修によって獲得しようとする内容,すなわち全身管理並びに救急対応のための知識と技術が,歯科治療にとっても必要不可欠とされるものであり,これらを身に付けるために研修が必要であるという考え方は,本件研修開始のはるか以前から既に国際的にも国内的にも認知されていた(第12回公判の戸塚靖則の尋問調書15頁)。本件各歯科医師を派遣した北大歯学部においても,本件研修開始以前から,広いエリアを持つ北海道の1万人以上いる町に,高齢化社会に対応できる救急対応能力を身に付けた口腔外科医を配置したいという壮大な計画の下に,口腔外科医の育成を目的として10年がかりで若い歯科医師を研修させるシステムを作ろうとしていた(第12回公判の戸塚靖則の尋問調書26頁以下)。平成7年に市立病院に新たに歯科口腔外科が開設されることになった際には,それまで北大歯学部の助教授であった藤原部長を同年4月から口腔外科医長として派遣しているが,その際,戸塚教授は,当時の市立病院の手戸院長に対し口腔外科,麻酔科,救急等の歯科医師研修受入病院となって頂きたいと依頼していた(第12回公判の戸塚靖則の尋問調書8頁以下)。その後,平成7年5月ころには,藤原部長が,当時の市立病院の中西副院長に対し,歯科医師の研修受け入れを依頼し了解を得ていた(第7回公判の藤原敏勝の尋問調書2頁以下)。これらの事実から,北大歯学部にとって,若い歯科医師を医科麻酔科並びに救急部に送り込み,そこで研修させることによって歯科医療に必要な全身管理並びに救急事態に対処するための知識・技術を修得させることは本件研修以前からの悲願であったことが明らかである。

 他方,研修受け入れ側である被告人自身にとって,平成8年10月ころ,藤原部長から鈴木豊典歯科医師レジデントの救急研修受け入れを打診されたことが歯科医師レジデント受け入れの端緒であった。それは,前述の北大歯学部における歯科医師育成計画の一環であって,被告人自身も,打診に際し藤原部長から研修の必要性と意義について縷々説明を受けた。日本における救急医療の第一人者であり,それまでも救急救命士らに対する研修等を通じて救急の知識や技術の普及に精力を注いでいた被告人は,藤原部長の説明を受け,1週間ないし10日後に藤原部長に対し,レジデント委員会に通すと伝え,正規の手続きを経てレジデントとして受け入れたいと表明した(第7回公判藤原敏勝の尋問調書10頁以下)。

 これらの経過から明らかなように,被告人は,歯科医師レジデント受け入れ以前から歯科医師による医科救急研修の必要性と意義を十分に理解したうえで研修を引き受けたのであって,受け入れ時は専ら人手不足解消が目的であったにもかかわらず,受入れ後になってこれを正当化するため正当な研修であると述べているものではない。


 2.本件各歯科医師レジデントは,市立病院において正規の研修として採用され救急研修を受けたものである。

 (1)さらに検察官は,本件各歯科医師レジデントは,市立病院において正規のルールで採用されたものではなく,被告人が独断で,救急研修を名目として脱法的にセンターにおいて医行為をさせたものであると主張する。しかし,この主張も明らかに誤っている。

 (2)被告人がセンターにおいて歯科医師レジデントを受け入れるようになった経緯は以下のとおりである。

イ、市立病院における歯科口腔外科の新設

 市立病院では平成7年10月に歯科が新設されたが,当時北大歯学部助教授であった藤原部長は,同大学を退職し,歯科開設の準備のため,同年4月から市立病院に赴任した(第7回公判の藤原敏勝の尋問調書1頁)。

 北大歯学部戸塚教授は,藤原部長が市立病院に赴任する前後に,2回にわたり市立病院手戸院長に対して,歯科が開設した暁には,同大学歯学部から歯科医師をレジデントとして受け入れ,麻酔科及びセンターで研修させてほしい旨申し入れ,手戸院長はこれを快諾した(第12回公判戸塚靖則の尋問調書9頁)。

ロ、歯科医師レジデントの麻酔科での研修

  1. 鈴木歯科医師レジデントが麻酔科で研修することになった経緯

    a 藤原部長は,大学病院よりも市立病院のほうが歯科医師として全般的な知識・技術が習得できると考え,平成7年5月ころ,当時市立病院副院長でレジデント委員会委員長であった中西昌美(以下「中西副院長」という。)に対して,同病院で歯科医師をレジデントとして採用してほしい旨申し入れ,中西副院長は了解した(第7回公判の藤原敏勝の尋問調書3頁)。

    b 藤原部長は,そのころ,同病院麻酔科部長であった河東寛(以下「河東」という。)に対して,歯科医師がレジデントとして採用されたときには麻酔科で研修できないか打診したところ,河東もこれを了解した(第7回公判の藤原敏勝の尋問調書4頁)。

    c 藤原部長は,さらに,平成7年6月27日,中西副院長に対して,「歯科・口腔外科のレジデント採用に関する要望書」を提出して歯科医師レジデントの麻酔科での研修を依頼した(甲59・岡村龍一の検面調書,第7回公判の藤原敏勝の尋問調書5頁)。

    d その結果,同年7月21日に開催されたレジデント委員会において,歯科医師をレジデントとして採用するか,採用された場合には麻酔科をローテートできるか否かについて議論され,上記委員会で歯科医師レジデントを採用することが決定された。

     なお,同委員会では,河東及び福島委員から歯科医師レジデントの麻酔科でのローテートを認めるべきであるとの意見が出ている。

     平成7年8月ころ,藤原部長は,河東から,歯科医師レジデントが市立病院で研修できることになったとの報告を受けた(第7回公判の藤原敏勝の尋問調書6頁)。

    e 他方,・・・・歯科医師レジデントは,平成8年1月ころ,市立病院のレジデントの募集に応募し(甲61・・・・・の検面調書2項),同年2月19日に開催されたレジデント委員会において,鈴木の採用が決定されている。同日の段階で既に同人は麻酔科のローテートを希望していることから考えて(甲59・岡村龍一の検面調書添付資料4の6.),上記決定に際し,合わせて麻酔科ローテートも決定されたと考えるのが合理的である。実際にも,上記決定を受けて,同年4月9日に開催されたレジデント委員会において鈴木が同年4月から麻酔科をローテートする旨記載されたローテーションスケジュール表が提出され,同年4月から実際にそのとおり研修が行われている(甲59・岡村龍一の検面調書添付資料5の1)。

     なお,同年4月9日に開催されたレジデント委員会においては,平成8年度の臨床研修医のローテーションスケジュール表について議論されている(甲59・・・・・の検面調書添付資料5の1)。

     ところで,証拠として提出されているレジデント委員会議事録上は鈴木の麻酔科研修について議論された形跡はなく,これを理由にそもそもこの点について同委員会では議論が為されていないとの指摘もある。しかし,前述のようにレジデント委員会において鈴木が麻酔科をローテートする旨記載されたローテーションスケジュール表が提出され,同年4月から研修が行われていることを考えると,同委員会においてこの点が全く議論されなかったと考えることはあまりに不自然であって,何らかの議論がなされたと考えるのが合理的である。

    f 藤原部長は,平成8年2月ころ,河東から,歯科医師レジデントが麻酔科をローテートできることになったとの報告を受けた(第7回公判の藤原敏勝の尋問調書32頁)。

    g 鈴木は,上記ローテーションスケジュール表に従って,平成8年4月に市立病院にレジデントとして採用され,同月から同年9月まで麻酔科で研修をした。

  2. レジデント委員会において・・歯科医師レジデントの麻酔科研修が承認されたこと

     以上述べたとおり,レジデント委員会は,平成8年2月19日に開催された委員会までに・・歯科医師レジデントが麻酔科のローテートを希望していることを承知しており,同年4月9日に開催された同委員会に際し鈴木が同年4月から麻酔科をローテートする旨が記載されたローテーションスケジュール表が提出されている。その後・・歯科医師レジデントは,現実に同ローテーションスケジュール表に従い同年4月から麻酔科で研修している。これらの事実を前提とするならば,鈴木歯科医師レジデントの麻酔科研修の可否につきレジデント委員会において当然議論されたと考えられ,遅くとも同年2月19日開催のレジデント委員会で鈴木歯科医師レジデントの麻酔科研修が正式に承認されたことは明らかである。

  3. これに対して,検察官は,冒頭陳述において,歯科医師レジデントの採用自体についてはレジデント委員会で決定したとしながら,同委員会では麻酔科研修の可否は決定されておらず,藤原部長と河東の間で勝手に決めたと主張している。論告においては若干ニュアンスを異にし,歯科医師レジデント麻酔科研修の可否についてレジデント委員会で議論されたが結論が出なかった旨主張する。しかし,検察側証人であり,当時,市立病院事務局係員としてレジデント委員会に出席していた・・・・(以下「・・」という。)は,・・歯科医師レジデントの麻酔科研修がレジデント委員会で決定されたと証言しており(第7回公判の・・・・の尋問調書13頁),検察官の主張は根拠がない。

     確かに,平成7年7月21日に開催されたレジデント委員会の議事録の記載上は,中西副院長が藤原部長を通して歯科麻酔学会の見解を確認する旨発言しているように見えるが,実際には藤原部長は誰からも学会の見解を確認するよう指示されていない(第7回公判の藤原敏勝の尋問調書16頁)。

     さらに,上記レジデント委員会の議事録の記載によれば,同委員会の席上岡村が見学しかできないとの意見を述べたものの,河東委員らが麻酔科での研修を認めるべきである旨意見を述べ,他の委員からも積極的な反対意見が出なかったことが明らかである。これらの記載からは,むしろ,レジデント委員の大勢は歯科医師レジデントが麻酔科を研修することについて問題ないと考えており,レジデント委員会は,歯科麻酔学会の見解を確認しないまま,歯科医師レジデントの麻酔科研修を決定したと考えるべきである。

ハ、藤原部長から被告人に対する救急研修の申し入れ

  1. センターでの歯科医師レジデント受け入れの経緯

    a 藤原部長は,平成8年10月ころ,・・歯科医師レジデントからセンターで研修したいとの要望を受け,そのころ被告人に対して「歯科医師レジデントが救急での研修を希望しているので,研修させてもらえるだろうか。」と依頼するとともに,歯科医師の救急研修の必要性及び他の施設の救急部において歯科医師を受け入れている実例があることを説明した(第7回公判の・・・・の尋問調書10頁,第12回公判の被告人の公判供述調書2頁)。

    b 藤原部長の上記申し入れに対して,被告人は「ちょっと待ってほしい」と回答した。被告人が即答しなかった理由は,センターで歯科医師レジデントを受け入れたことがなく,センター内の医師らの了解を得るとともに,レジデント委員会の承認がなければ,センターで受け入れることはできないと考えたためであった(第12回公判の被告人の公判供述調書3頁)。

    c 被告人は,同月ころ,藤原部長の申し入れを受けて,いわゆる年寄り会議と呼ばれるセンター内部の会議において,「歯科医師レジデントが救急研修を行いたいと言っているがどうか」と述べて,センターの上級医師の意見を求めた。これに対し,上級医師らから受け入れ自体に反対はなく,歯科医師レジデントを受け入れてよいとの意見であった。

    d 被告人は,上記年寄り会議に先立ち,河東から麻酔科では歯科医師レジデントを医師レジデントと区別しないで研修させているとの報告を受けており,さらに被告人自身が医療従事者は広く緊急事態に対処する救急の知識・技術を身につけなければならないとの考えを持っていたため,上記年寄り会議において,被告人は,歯科医師レジデントを医師レジデントと区別しないで研修させるという基本的な研修の方針を決定した(第12回公判の被告人の公判供述調書5頁以下)。

    e 藤原の上記申し入れを受けた後1週間から10日後,被告人は藤原部長に対して,レジデント委員会の了解が得られれば歯科医師レジデントを受け入れてもいいと回答し,事前にレジデント委員会に議題として挙げてほしいと頼んだ(第12回公判の被告人の公判供述調書9頁)。

     これを受けて藤原部長は,中西副院長に,歯科医師レジデントのセンターでの研修を依頼した(第7回公判の藤原敏勝の尋問調書11頁)。

     なお,藤原部長は,市立病院で歯科医師レジデントが既に麻酔科で研修をしている実績があったため,改めて歯科医師レジデントのセンターでの研修を依頼する旨の要望書を提出することはしなかった。

    f 平成8年11月15日に開催されたレジデント委員会において,・・歯科医師レジデントがセンターでの研修を希望していることが議題になり,被告人は,麻酔科での研修と同じように研修させたい旨意見を述べた。

     被告人の上記意見に対して,他の出席委員から反対意見はなく,歯科医師レジデントがセンターで研修することがレジデント委員会で正式に承認された(第12回公判の被告人の公判供述調書10頁)。

     なお,同日付けのレジデント委員会で,併せて・・・・医師が平成9年1月から3月まで整形外科からセンターにローテーションを変更することが承認された(第13回公判の被告人の公判供述調書10頁)。

    g 同年11月中旬から下旬にかけて,被告人は,藤原部長に対して,レジデント委員会で反対意見がなかったので平成9年1月から3月まで歯科医師レジデントをセンターで受け入れることが決まった旨報告した(第12回公判の被告人の供述調書16頁)。なお,この点に関する鈴木歯科医師レジデントのローテンション表は残っていない。しかし,前述したとおり同年1月以降も救急部において研修を継続した鈴木研一医師についてもローテーション表は残っておらず,ローテーション表が残っていないということから,直ちにレジデント委員会での協議自体がなされなかったということはできない。

    h その結果,鈴木歯科医師レジデントは,平成9年1月から同年3月までの間,センターで研修をした。

     被告人は,鈴木歯科医師レジデントがセンターで研修を開始した後,日本救急医学会に出席し,佐賀医科大学の瀧教授らに歯科医師レジデントを研修させているか尋ねたところ,受け入れているとの回答を得た(第12回公判の被告人の公判供述調書8頁)。

  2. センターでの研修についてレジデント委員会の承認を得たこと

     以上のとおり,被告人は,藤原部長から歯科医師の救急研修の必要性を説明され,歯科医師レジデントの受け入れを申し込まれたことをきっかけとして,歯科医師,特に口腔外科医が救急研修をする高度の必要性があると考え,レジデント委員会の承認を得たうえで,歯科医師レジデントの受け入れを了解した。

ニ、レジデント委員会の決定を経て歯科医師レジデントが受け入れられたこと

  1. 歯科医師レジデントのセンターでの研修が平成8年11月15日開催のレジデント委員会で認められたことは以下の事実から容易に認められる。

    a 鈴木研一医師がセンターに残ったため,平成8年11月ころには人手不足は完全に解消されていた。

    b 平成8年4月9日に開催されたレジデント委員会で歯科医師レジデントの麻酔科研修が認められている。

     仮に,検察官が主張するとおりセンターが人手不足であったとしても,既にレジデント委員会が歯科医師レジデントの麻酔科研修を認めていた以上,同委員会が救急研修を認めない理由は見当たらず,被告人がレジデント委員会を通すことなく・・歯科医師レジデントの救急研修受け入れを独断で決める理由は存しない。

     百歩譲って,被告人が人手不足に悩み,かつ,・・歯科医師レジデントの救急研修がレジデント委員会で認められないと考えたのであれば,正式なレジデントとしてではなく,手当の出ない自主研修などの形で歯科医師レジデントを受け入れる方法を取ることも可能であった。敢えてこの方法を採らず,被告人が独断で・・歯科医師レジデントをレジデントとして受け入れを決めることはありえない。

    c 平成7年4月17日に開催されたレジデント委員会で中西副院長が「今後ローテーションに変更が生じた場合,必ず委員会を通して下さい」と述べ,周知徹底を図っており,レジデント委員会の委員でもあった被告人が,これを無視してレジデント委員会を通さずに・・歯科医師レジデントのローテーション変更を強行することはありえない。

    d センターで当直した医師には事務局職員係を通して当直手当が支給されるため(第2回公判の岡村龍一の尋問調書36頁),歯科医師レジデントがセンターで当直した場合,市立札幌病院の事務局がこれを把握できるはずであり,レジデント委員会を通さずに鈴木歯科医師レジデントのローテーション変更を強行したとしても必ず発覚することは目に見えている。被告人は平成6年からレジデント委員会の委員を務めており,レジデント委員会を通さないでローテーションを変更したことが発覚すれば責任を追及される立場にあったから,この点からも被告人がレジデント委員会を通さずに・・歯科医師レジデントのローテーション変更を強行することはありえない。

    e 仮に被告人が,ルールを侵してレジデント委員会を通さずに・・歯科医師レジデントのローテーション変更を強行したのであれば,発覚しないよう配慮するはずであるが,平成9年1月以降の当直表には,鈴木歯科医師レジデントがセンターで当直する旨記載されており(甲60・河東寛の検面調書添付資料4),さらに,・・歯科医師レジデントが市立病院で研修を開始した平成10年4月以降,歯科医師レジデントがセンターで研修する旨明記されたローテーションスケジュール表がレジデント委員会に提出されていた。

    f 歯科医師レジデントがセンターで研修を開始した後,市立病院内で歯科医師の救急研修が問題とされることはなかった(第2回公判の・・・・の尋問調書39頁)。

     なお,平成11年ころ,医局会において耳鼻科の吉村医師から歯科医師がセンターで研修することはいいのかという問題提起がされたが,中西副院長は問題ないと発言した(第3回公判の牧瀬博の尋問調書56頁,第9回公判の・・・・の尋問調書33頁)。

    g 本件について,保健所の報告書が厚生労働省に提出された平成13年8月ころ,中西副院長は,被告人に対し,「いい研修をやってたよな」と述べて歯科医師に対する研修を認め評価していた(第12回公判の被告人の公判供述調書23頁)。

  2. 以上のとおり,歯科医師レジデントの麻酔科研修はレジデント委員会で正式に承認されており,また,被告人がレジデント委員会を通さずに歯科医師レジデントの受け入れを決定する理由は見当たらない。仮にレジデント委員会を通していなければ,無断で歯科医師レジデントを受け入れた事実が容易に発覚する結果,かえって責任を追及されるおそれすらあるのだから,被告人がその一存で歯科医師レジデントの受け入れを決めることはありえない。

     なお,検察官は,被告人がセンターでの人手不足を解消するため,レジデント委員会を通さずに歯科医師レジデントの受け入れを決めた旨主張するが,仮に被告人がセンターでの人手不足に悩んでいたのであれば,むしろこれを打開し歯科医師レジデントを受け入れるためにレジデント委員会の承認を得ようと努力するはずである。検察官の主張は実情を無視しているといわざるを得ない。

ホ、岡村龍一証言について

  1. 岡村証言の内容

     岡村は,公判廷において,レジデント委員会は鈴木歯科医師レジデントがセンターで研修することを承認していないと証言し,その理由として,レジデント委員会で議論されているならば概要録に記録されているはずであるが,記録上は記載がないことから議論はされていないと考えられ,また,・・歯科医師レジデントがセンターで研修する旨変更されたローテーションスケジュール表は存在しないと証言する。

  2. 岡村の記憶が極めて曖昧であること

     しかし,岡村は,当時開催されたレジデント委員会のそれぞれの内容について概要録を示されないと証言できず,また,レジデント委員会で議論された内容について個別に詳細に記憶していないと繰り返し証言した(第2回公判の岡村龍一の供述調書14頁,19頁,29頁,40頁)。同人は,レジデント委員会の内容について全く記憶がないのである。

  3. レジデント委員会の概要録について

     さらに,岡村は,概要録を起案する担当者はレジデント委員会に出席して委員会の内容の要点のみをメモして概要録を起案し(第2回公判の岡村龍一の尋問調書27頁),しかも概要録には逐語調に作成されたものと箇条書きで作成されたものがあり,その作成方法は担当者の判断に委ねられているため(第2回公判の岡村龍一の尋問調書8頁),レジデント委員会の議題として挙がっていても,特段議論がなかった場合には概要録を作成しないことがあり得ると証言している(第2回公判の岡村龍一の尋問調書14頁,27頁,40頁)。

     すなわち,概要録にはレジデント委員会の内容が漏れなく記載されているわけではなく,議題に挙がっても特段議論がなかった場合には記載されない場合があった。

     例えば,平成7年6月9日及び平成7年11月28日に開催されたレジデント委員会では,議題が予め決められており(甲59・岡村龍一の検面調書添付資料4の2,4の4),その議題について議論されたはずであるが,上記各レジデント委員会の概要録そのものが作成されていない。

     加えて,平成8年5月9日に開催されたレジデント委員会の概要録は,議論された内容の記載が全くない(甲59・岡村龍一の検面調書添付資料5の2)。

     以上のとおり,概要録がレジデント委員会の内容を忠実に反映しているとは言い難く,概要録に記載がないからといって議論の対象とならなかったと断定することは到底できない。

     例えば,甲第59号証添付の資料2の1においては,4月25日に提出されていたローテーション表によると16番の・・・・は平成7年の1月からは麻酔科研修の予定であった。ところが,甲第59号証添付2の2によると平成6年6月3日のレジデント教育委員会概要録の記載からすると「・・Drは後期研修なので麻酔科には行かないことになる」との被告人の発言に対し,河東委員は「わかりました」と回答し,尾形医師のローテートが変更されているにもかかわらず,直後の変更された事務連絡表などはない。

     また,甲第59号証の資料4の1によると,平成7年4月のレジデント委員会の通知書に残っていたローテーションのうち,4月17日に開催されたレジデント教育委員概要録を見ると・・医師が7月以降の研修について決まっていなかったところが,7月から9月は麻酔科,10月から12月は救急,1月から3月は放射線科と決まったにも拘らず,変更された新しいローテーション表は証拠上存在しておらず作成されていないことが容易に推認される。

     このように議論されていてもローテーション表が作成されていない例も多く,平成8年11月のレジデント委員会で変更された・・・・医師や・・歯科医師レジデントのローテーション表が作成されていなかったことも何ら不自然ではない。

  4. 上記の結果,上記岡村証言を前提にしても,平成8年11月15日に開催されたレジデント委員会において,鈴木歯科医師レジデントの救急研修へのローテーション変更が報告され,これに対し特段異論も提出されず,従って単なる報告として議論なしにレジデント委員会で承認された決定された可能性が高く,このような場合,概要録に鈴木の救急研修についての記載がないといえども,何ら不自然ではない。

     これに対して,岡村は,歯科医師の救急研修の可否については大きな問題が発生するので,当然レジデント委員会で議論されなければならない旨証言する(第2回公判の岡村龍一の尋問調書21頁,26頁)。

     しかし,岡村は,平成7年7月21日に開催されたレジデント委員会以降,歯科医師レジデントの麻酔科研修が議論されたことがなかったと証言する一方で(第2回公判の岡村龍一の尋問調書15,16頁),・・歯科医師レジデントの麻酔科ローテートが平成8年4月9日に開催されたレジデント委員会で決定されたと証言している(第2回公判の岡村龍一の尋問調書13頁)。

     このとおり,歯科医師レジデントの麻酔科研修の可否について平成7年7月21日に開催されたレジデント委員会以降特段議論されることのないまま,・・歯科医師の麻酔科ローテートが平成8年2月19日に開催されたレジデント委員会で承認されたことからすれば,同様に同歯科医師の救急研修についてもあらためてその可否がレジデント委員会で特段議論されないまま承認されたとしても,さして不思議ではない。・・歯科医師レジデントの救急研修へのローテーション変更がレジデント委員会で決定されていないという岡村の証言が,根拠も合理性もないものであって信用できないことは明らかである。

ヘ、平成8年11月15日付レジデント委員会議事録(甲59・岡村龍一の検面調書の添付資料5の5)について

 市立病院ではレジデントの定員が毎年一定ではなく,新規のレジデントの募集人数については継続するレジデントの数及び予算枠を考慮してレジデント委員会で決定されていた(第2回公判の岡村龍一の尋問調書33頁)。

 平成9年1月23日に開催されたレジデント委員会では,レジデントの定員が30名であることを前提として,新規レジデントの募集人数を20名と決定していることからすれば,その前回の平成8年11月15日に開催されたレジデント委員会において平成9年度のレジデントの定員を30名とする旨決定されたはずであるが,議事録にはその旨の記載が全くない。

 さらに,上記議事録は1枚のペーパーであるが,「5 会議の概要」として「(1)平成9年度臨床研修医選考について」と記載されており,(1)があれば(2)として何らかの議題があったはずであり,2頁以降が欠落している可能性を否定できない。

 また,上記のとおり平成7年6月9日及び平成7年11月28日に開催されたレジデント委員会では,いずれも概要録そのものが作成されていない。

 これらに加え,・・歯科医師レジデントの救急研修についてレジデント委員会で決定されながら事務局は変更のローテーションスケジュール表をそもそも作成していない,あるいは,ローテーションスケジュール表を作成したが欠落している可能性がある。

 これらの事実から,変更後のローテーションスケジュール表が甲第59号証(岡村龍一の検面調書)に添付されていないことをもって,・・歯科医師レジデントの救急研修がレジデント委員会で決定されなかったと断ずることはできず,むしろ,被告人供述の通り,平成8年11月15日開催のレジデント委員会において議論され決定されたと考えることの方が自然である。このことは同平成9年1月13日開催のレジデント委員会では,・・歯科医師レジデントのレジデント継続が話し合われており,その当時実際に同人は当直しており,このことは岡村も承知しているはずであるにもかかわらず,これに対し岡村が異議を述べた形跡は見られないことからも,裏付けられる。

 3.小括  以上述べたとおり,本件各歯科医師レジデントのセンターでの受け入れは,マンパワーの確保を目的としたものではなく,受け入れにあたっては正規の手続きを踏んでいることが明らかである。したがって,本件歯科医師レジデントを救急研修として受け入れた手続は正当なものであった。


 第3 行為の相当性

 1.本件各医行為が相当な行為であったと評価し得る要件

 (1)ところで,歯科医師の救急研修が参加型でなければ意味がないことについては前述のとおりである。その結果,研修として実際に患者に対して医行為を行うことになり,患者の生命・身体の安全に配慮する必要が出てくる。

 (2)前述の医師法17条の立法趣旨から考えると,抽象的には,医師資格を有しない者の医行為が,当該医行為を医師が行った場合と同程度の安全性が確保された状況下で行われたと評価することができれば,公衆衛生上危害を生ずるおそれはなく,社会的相当性を有する行為として,違法性が阻却されると考えて差し支えない。

 (3)厚生労働省も,医師法11条2号に関し,実地研修の性質からみて,実地研修生が,自己の配属された実地研修病院において,指導医の直接の指示の下に医業を行う場合には,違法性を阻却されるとの見解を示している(厚生省保健政策局総務課編医療法・医師法(歯科医師法)解第16版429ページの医師法17条の解説)。このような条件の下で医行為を行うのであれば医師の医行為と同程度の安全性が確保され,公衆衛生上危害を生ずるおそれがないと考えられるからである。

 (4)ところで,医師資格を有しない者の医行為が,当該医行為を医師が行った場合と同程度の安全性が確保された状況下で行われたと評価することができるためには,1)当該医行為が研修の目的から考えて必要かつ有効なものであること,2)指導医の指導・監督の下で,安全な範囲内の医行為が行われたこと,3)当該医行為が,指導医の指導・監督の範囲内の行為であること,が必要なことは言うまでもない。しかし,如何に指導医の指導・監督があっても,その指導を実践する側にこれを実践できるだけの医学的知識・技術がなければ患者に対する危険は避けることができない。このため,これらに加えて,4)指導を受ける側(=本件では歯科医師レジデント)が,指導医の指導・監督があれば当該医行為をするために必要な程度の医学的知識・技術を有していたこと,が必要と考えるべきである。

 (5)上記1)に関しては,研修の目的が明らかで,そのために必要かつ有効な行為であるか否かが検討されなければならず,上記2)に関しては,研修病院の物的・人的充実度,指導・監督等の方法・内容,研修プログラムの充実度,レジデントに対する評価の客観性,レジデントの評価レベルに見合ったレベルの医行為であったか等が検討されなければならない。上記3)に関しては,研修生が行った医行為が指導医の指導・監督の範囲外の行為であれば,それだけで違法性が認められる。上記4)に関しては,レジデントの資格並びに経歴,医学的知識や技術のレベル,研修における評価レベルや当該医行為に関する習熟度等が客観的に検討され評価されなければならない。なお,上記2)と3)の要件は相関関係を有している。すなわち,医行為を行う時点におけるレジデントの能力が未だ低い場合には,安全な医行為のみが許され,指導・監督は個別具体的でなければならず,かつ,レジデントの医行為は指導医の可視的範囲において行われなければならない。その後,レジデントの能力が高まるに連れて,次第により高いレベルの医行為を行うことも認められるようになり,指導・監督は一般的・総括的なものとなり,かつ,レジデントの医行為は指導医の可視的範囲に止まらず異変があれば直ちに指導医の指導や援助を受けることが可能な場所的範囲で行われれば足りることとなる。そして,研修の到達目標が指導医の指導・監督に従って「ほぼ単独で当該医行為ができる」ようになることにあることを考えると,研修の結果レジデントの能力が高まり,上記到達目標に達したと評価できるレベルに達した場合には,研修に必要な範囲の医行為であれば,指導医の指示により,必要に応じて指導医と連絡がとれ,その指導・監督を受けることができる体制下であれば指導医と場所的に離れた状況下において限定された時間医行為を行うことも認められるべきである。要するに,指導医の指導・監督とレジデントの能力とが相俟って,医師が行った場合と同程度の安全性が確保された状況下で当該レジデントの医行為が行われたと評価することが可能な状況になければならず,かつ,それで足りるのである。

 (6)なお,これに関連して,前述の医学生の卒前研修ガイドライン並びに歯科医師の医科麻酔研修ガイドラインは,いずれも研修として為し得る医行為を限定したうえで,個々の医行為の難易度に応じて指導医の指導・監督下にできるもの,指導医の介助の下にできるもの,指導医の補助としてできるもの,見学に止めるべきもの,等に分類し,これらの分類は研修開始時から終了時まで変わらないものと考えている。

 (7)しかしながら,前述のように研修の到達目標が指導医の指導に従って「ほぼ単独で当該医行為ができる」ようになることにあることを考えると,最初から最後まで見学や補助・介助に止まるような研修ではその目的は到底達し得ない。その意味において,上記各ガイドラインが定める要件は不合理である(第8回公判の瀬戸皖一の尋問調書45頁)し,現場の実態に合わない(実際には,医療現場でも厳格にはガイドラインの要件は守られていない)。もっとも,前述のように医学生の場合は,未だ6年間の医学教育すら終えておらず臨床経験も全くない状態で研修を受けるのであるから,ある程度定型的に条件を設定しなければ患者の生命・身体の安全が確保できないという理由も合理性を有するかも知れない。しかし,本件歯科医師レジデントのような経歴と能力を有する者の研修をこれと同列に論ずるのは適当でない。

 (8)さらに,上記各ガイドラインは,医師資格を有しない者が研修として医行為を行おうとする場合に,患者に医師資格を有しない旨告げて承諾を得なければならないと定めている。例えば,アメリカでは,このような場合に承諾を得ている。しかし,それは研修医に治療を受けた場合に医療費を割り引くという制度があるため患者に選択させる意味があるからである。このような割引ができない日本の健康保険制度の下ではこのような意味はない。特に,時間的制約がある救急において研修制度のこと,治療を研修医が担当すること,その安全性等について全て説明し理解を求めることは現実的ではなく,仮にこの点について患者の承諾を要件とするならば救急における研修は事実上不可能となる(第8回公判の瀬戸皖一の尋問調書43ないし48頁)。少なくとも救急研修に際し,患者に歯科医師である旨を告げて承諾を得ることを要件とすることは相当でない。

 (9)小括

 以下,前述した要件のうち,(@)医師のレベルの問題,(A)各歯科医師レジデント経歴と研修の動機,(B)大学歯学部における歯学教育の内容とレベル,(C)市立病院における麻酔科研修の実情を述べ,最後に(D)本件公訴事実の各行為を検討することとする。


 2.センターのチーム制とチームによる研修体制と指導にあたる医師のレベル

 (1)センターでは,平成8年頃から,医師,レジデントが約20名在籍し,それらをABCの3チームに配属していた。これら医師と救急の経験が3年以上にわたる医師レジデントが主として本件歯科医師レジデントの指導・監督に当たっていた。

 (2)それぞれの医師の専門分野並びに経験は別紙記載のとおりである。すなわち,指導・監督に当たっていた医師や医師レジデントは,いずれも麻酔・救急の認定医資格を取得するために必要な3年以上の救急経験を有しており,救急研修において十分に歯科医師レジデントを指導・監督できる経験と能力を備えていた。

 (3)チーム内では,監督の地位にある医師を最高責任者,リーダーの地位にある者を次順位の責任者と定め,その下に一般医師及びレジデントが位置した。各チーム内では,チーム全体でチーム所属の各医師が担当する入院患者を診るという集団診療体制がとられていた(第3回公判の牧瀬博の尋問調書75ないし78頁,第9回公判の・・・・の尋問調書2頁〜5頁,第9回公判の・・・・の尋問調書4頁〜24頁)なお,センターでは,救急専門の医師だけでなく,一般外科,脳外科,循環器科等出身の医師によっても構成されている(第9回公判の・・・・の尋問調書3頁)。

 (4)さらに,センターでは,24時間制の当直体制を別に定め,当直にファースト,セカンド,サード,フォースとして,それぞれに役割を当てていた。ファーストは,原則として,当直当日に搬入された患者の主治医の役割を担い,カルテの作成,投薬,注射,検査予約などに対応した。但し,搬入された患者数が多い場合などは,例外としてファースト以外でも主治医になることがあった(第5回公判の・・・・の尋問調書16頁,第9回公判の・・・・の尋問調書9頁)。セカンドは,ファーストを補佐するとともに,消防局から医師の出動要請があった場合にいわゆるドクターカーに乗車し,その出動要請に応える役割を担っていた(なお,ドクターカーとは,救急車に医者が乗車した状態のことを言い,市立病院においては,同敷地内に札幌市消防局の派出所があり救急車が常備されていることから,医師の派遣要請があった場合に医師を救急車に乗せて患者の元に運んで行くことができる。このような体制は,北海道内では市立病院のみであり,全国でも,他に2つの医療機関があるのみである(第9回公判の・・・・の尋問調書15頁)。サード,フォースは,ファースト,セカンドを補佐していた。そして,4人の当直のうち,最低1名は,救急経験の豊富な医師を配置していた(第9回公判の・・・・の尋問調書9頁)。なお,当直体制はチームの構成とは無関係に組まれていた。

 (5)センター内では,毎日朝9時から約30分間,医師及びレジデント全員が参加して朝カンファレンスが行われた。そこでは,当日の朝9時までの間に搬入されてきた患者や死亡した患者について,担当者から簡単な報告がなされた(第9回公判の・・・・の尋問調書50頁)。

 (6)その後,朝9時30分ころから約30分,各チームにおいて,チームのメンバーのみが参加してチームカンファレンスが行われた。そこでは,チーム全員が担当する患者について報告を行い,各診療方針について全員で協議がなされた。その後,午前10時ころから,チーム回診がなされ,チーム全員でチームの各人が担当する全患者のベットサイドまで行き,温度板の検査,問診等を行った。午前11時までには,看護婦に対して各患者に関する投薬指示が行われた。

 (7)その他,週に2回,ICU内に医師及びレジデントが集まり,入院患者全体について検討するICUカンンファレンスが行われた。

 (8)レジデントに対する指導は,まず,配属されたチーム内の上級医師によって行われ,他に当直する当直医師によっても行われた。さらに,チーム,当直に関係なく,各科の専門の上級医師の指導を受けることも稀ではなかった。


 3.各歯科医師レジデントの経歴と研修の動機

 (1)・・・・歯科医師レジデント(以下「・・」という)は平成5年3月に,・・・・歯科医師レジデント(以下「・・」という),・・・・歯科医師レジデント(以下「・・」という)は平成8年3月に,・・・・歯科医師レジデントは平成6年3月に,それぞれ北大歯学部を卒業した。・・歯科医師レジデント,・・,・・は,卒業後直ちに同大学歯学部口腔外科第2講座に臨床研修医として入局し,同大歯学部付属病院で各2年間研修した。その後,・・は市立病院のレジデントとなり,・・,・・は1年間他の病院で勤務した後,市立病院のレジデントとなった。・・は,大学卒業後4年間同大学歯学部大学院で学び,癌の研究で博士号を取得した。その後,同大学口腔外科第2講座に医員として5か月間勤務,さらに1年7か月市立病院歯科口腔外科に勤務した後,市立病院のレジデントとなった。従って,市立病院のレジデントになる前の歯科口腔外科での臨床経験は,・・ ・ ・・が2年,・・歯科医師レジデント・ ・・が3年であった。

 (2)上記歯科レジデント4名が,歯科口腔外科を専攻した理由は概ね共通しており,一般歯科では学べない全身との関係や様々な疾患,神経との関係を学ぶことができると考えたためである(甲62・鈴木豊典の検面調書2頁,第8回公判の・・・・の尋問調書5頁,甲28・・・・・の検面調書2頁,甲40・・・・・の検面調書2頁等)。また,口腔は全身の一部であって呼吸器の入口,消化器の入口という意味もあり,歯科口腔外科を学ぶことにより,口腔に限定されない幅広い範囲の全身を系統だって学ぶことができることもその理由であった(第8回公判の・・・・の尋問調書6頁)。

 (3)そして,各レジデントとも,歯科口腔外科の2ないし3年の経験において,単純X線写真,CT,MRIの読影,手術助手からはじまり,口腔外科,一般内科,外科,血液検査等の専門書を読み,各人症例数の差は若干あるが,下顎,上顎骨折整復固定を術者及び助手として行い,術者として,嚢胞(のうほう)の摘出手術を数例,埋伏歯(骨に埋まっている歯)の抜歯を数十例,顔面の傷縫合を数例行った。さらに,蓄膿の手術を助手として数例,腫瘍摘出を助手として数例行っており,4人とも歯科口腔外科一般で要求される手技等は習得していた(第8回公判の・・・・の尋問調書7ないし10頁,第9回公判の・・・・の尋問調書1頁,第5回公判の・・・・の尋問調書28頁)。


 4.大学歯学部における歯学教育の内容とレベル

 (1)歯科医師は,大学歯学部において医学生と同じ6年間の医学専門教育を受けている。・・の証言によれば,例えば,本件歯科医師レジデント4人が卒業した北大歯学部における医学教育の内容は下記のようなものである(第8回公判の・・・・の尋問調書1ないし5頁)。

 (2)北大歯学部における3,4年次の一般基礎医学については,医学部も歯学部も同様の教育が行われている。一般基礎医学とは,生化学,生理学,薬理学,病理学,公衆衛生学,微生物学,解剖学である。そして,歯学部においても,解剖については全身解剖を行うのであって,学生3,4人でグループを組み,1回約5?6時間をかけて週に2,3回の割合で約半年間行い,これにより,内臓,骨,筋肉,血管,神経の構造を習得している。5,6年次では,歯科領域特有の分野の講義に加えて,一般医科領域における臨床医学として内科,外科,その他関連臨床医学の講議がある。ここに関連臨床医学とは,臨床心理学,精神医学,産婦人科学,耳鼻科学等を言う。

 (3)歯学部で内科を学ぶ目的は2点ある。1点は,歯科治療に来る患者には内科的疾患を持つ患者も多いため,内科的疾患を把握する必要があるからであり,他の1点は,逆に患者自身が認識しない内科的疾患が口腔内に現れることも多く,内科の医師とともに治療を行う必要が発生することがあるからである。内科では,一般基礎内科,呼吸器内科,消化器内科,膠原病,内分泌,腎疾患,感染症等を学ぶ。

 (4)歯学部で外科を学ぶ目的は,歯科は外科から発生したものであって,機械・器具を用いて行う歯科治療には外科的知識が不可欠であるためである。このような観点から,外科では,脳神経外科,泌尿器科,胸部外科,消化器外科,整形外科,形成外科等を学ぶ。

 (5)さらに歯学部で関連臨床医学を学ぶ目的は,口腔全体が全身の一部であり多くの臓器と「隣接」し「関連」しているため,歯科医療を行うに当ってこれら領域について十分な知識を有している必要があるからである。ここに,「隣接」するものには,眼科,皮膚科,耳鼻咽喉科学がある。「関連」するものとしては,精神医学,臨床心理学,産婦人科学などがある。これらの中で,精神医学について学ぶのは,患者には精神疾患を持つ者もおり,歯科の症状との混乱を避ける必要があるためである。また,臨床心理学を学ぶのは,患者と良好なコミュニケーションを確立するためにその心理状態を理解する必要するがあるためである,さらに,産婦人科学を学ぶのは,妊娠している女性に対する歯科治療に当って胎児への影響を考えなければならないためである。

 (6)これら歯学部における医科の臨床科目は,5,6年次における履修科目の約20パーセント程度を占め,講議は1週間に5,6時間,年間で,200時間から300時間にも上る。しかも,すべて必修科目とされている。・・と同期生として北大歯学部に入学したのは60人であるが,同期入学で共に卒業したのはわずか45人のみである。このように学生の4分の1が落第していることから,北大歯学部における教育が厳正に行われていることと共に,このような教育を受けて同大学歯学部を卒業した本件各歯科医師が一般基礎医学及び内科,外科,関連臨床医学を十分に理解していることが伺われる。


 5.市立病院における麻酔科研修の実情

 (1)・・歯科医師レジデントは6か月,・・ ・ ・・は4か月,・・は歯科口腔外科常勤嘱託医として勤務しながら自主研修として約10か月,同病院の麻酔科で研修を受けている。その間,各人によって若干の違いはあるが,約200から300例の全身麻酔をかけ,ほぼ同数例の気管挿管を行い(第9回公判の・・・・の尋問調書6頁,第8回公判の・・・・尋問調書15頁,第9回公判の・・・・の尋問調書1頁,甲40・・・・・の検面調書4頁),中心静脈路確保も約10例前後経験している(第9回公判の・・・・の尋問調書11頁,第8回公判の・・・・の尋問調書15頁,第9回公判の・・・・の尋問調書1頁,第5回公判の・・・・の尋問調書38頁)。さらに,中心静脈路からのカテーテル抜去を数例,動脈ラインからのカテーテル抜去も約100例経験している(第8回公判の・・・・の尋問調書16ないし17頁)。

 研修開始から1週間は見学から始まって指導医師による手取り足取りの指導を受けた。その後指導医により,約1か月間は指導医が側にいながら常時付きっ切りの状況でレジデントが手技をやって見せ,これらによって指導医の了解が得られれば,その後は上級医師が手術室内におり目の届く範囲内にいる状況でレジデントが単独で麻酔をかけていた(甲40・・・・・検面調書4頁)。


 第4 本件公訴事実各記載の行為の内容検討

 1.公訴事実第1・別紙一覧表1記載(・・)

(1)・・の研修内容

 ・・は,平成10年8月1日より,センターで研修を開始し,Aチームに配属された。

 同チームには,監督として・・・医師,リーダーとして・・・・医師,そのほかに上級医として・・・・医師,・・医師がいた。

 ・・が研修を開始後,1週間で約20例の交通事故による心肺停止患者がセンターに運ばれて来て,・・は上級医から,気管挿管による気道確保,心臓マッサージ,中心静脈路確保について指導を受けた。

 ・・は,これら各手技について麻酔科研修でいずれも単独でできる程度の技術を習得していたが,はじめは上級医が行うのを見学した後,上級医の指示を受けながら上級医の目前で各手技を行った(第8回公判の・・・・尋問調書17,18頁)。

 その後,約40人の心肺停止患者の処置に関与し(第8回公判の・・・・の尋問調書19頁),同月26日には,気管挿管,中心静脈路確保等の心肺停止患者に対して行うべき基本的手技を単独で行えるまでに達していた。

 また,ドクターカーについても,上級医とともに1・2回乗車していた。

 (2)上記番号1(患者名・・・・に対する行為)について

イ、・・が行った行為は,上級医のいないドクターカー内において,患者に対し気管挿管及び右大腿動脈路確保を行ったというものである。

 同月26日,・・は,当直のサードとして配属されていた。ファーストは,レジデントの・・医師,セカンドは,・・医師であった。

 同日午前3時10分ころ(甲11・・・・・の検面調書添付の「活動概要」),札幌市消防局指令課から,ドクターカー派遣の要請がセンターに対してなされた。交通外傷の患者が3名おり,いずれも心肺停止の状態とのことであった。

 センターでは,原則として,当直のセカンドがドクターカーに乗ることとなっていたが,セカンドの・・医師は脳神経外科が専門であり,ICUで処置していた患者が脳外科疾患であって病院を離れることができなかったことから,・・医師,・・医師,その他,同時刻にセンターにいた・・・医師(以下「・・医師」という)が話し合い,・・をドクターカーに単独で乗車させて派遣することを決定した。

 そして,・・医師は,・・に対し,「心肺停止患者が3人いる。いつもの処置をするように。2人まで連れて来れてきてもよい」との指示を出した(第8回公判の・・・・の尋問調書20頁)。

 ・・は,同日午前3時30分ころ,市内白石区北郷4条8丁目の事故現場に到着し,心肺停止状態の患者3名を確認し,2名については,胸や腹が潰れた状態であったが,・・・・(以下「・・」という)については,救助隊から脈があるとの報告を受けたことから,同女が収容されていた救急車に乗車し,同日午前3時35分ころ,小林に対し,気管挿管を行って気道を確保した。

 救急車は,同日午前3時43分ころ,現場を出発し,同日午前3時46分ころ,・・はドクターカー内で,左大腿静脈路を確保し,同日午前4時市立病院に到着したが,同日午前4時10分ころ,小林の死亡が確認された。


 ロ、上記基準に照らして,本件公訴事実に関する・・の行為を検討すると,1)、気管挿管及び中心動脈路確保は,麻酔及び救急の基本的手技であって,医師にとってさほど難しい手技ではなく,しかも,これらは,いずれも歯科口腔外科においても行われる手技であって,口腔外科としての臨床経験を有し,また,事前に市立病院の麻酔科研修で気管挿管,中心静脈路確保等の経験を十分に積んだ・・が,これらの手技を単独で行えるレベルに達していたことは明らかであり,指導医の指示に従って指導医が行うのと同じレベルでこれら手技を行うことができたものと評価することが可能である。

 2)、また,本件・・の単独乗車派遣を決定したのは,・・医師,・・医師,・・医師であるが,・・医師は,他病院の麻酔科で2年,センターで1年4か月の経験を経て,当時は,市立病院の常勤嘱託医であり(第11回公判の・・・の尋問調書調書証言添付経歴),・・医師は,循環器専門の4年目のレジデントであり(甲10・・・・・の検面調書2頁),・・医師は,認定医資格を有する経験豊かな脳神経外科医(甲10・・・・・の検面調書2頁)であって,いずれも,歯科医師レジデントの力量を正しく判断し指導する能力を有していた。

 これら上級医が・・の力量を見極めた上で,その単独乗車派遣を決定したことからも,・・の能力が,これらの手技を単独で行えるレベルに達しており,上級医の指示に従って医師が行うのと同じレベルでこれら手技を行うことができたことは明らかである。

 3)、本件では,上級医はドクターカーに乗車しておらず,・・のみが乗車して処置を行った。しかし,本件のような心肺停止患者に対する処置は,世界標準マニュアルとされている2000年ACLSガイドラインによって,気管挿管,中心静脈路確保,心マッサージ等の定型的な処置のみとされており(第12回公判の被告人の供述調書30頁),前述のように,・・は,心肺停止患者に対して行うべき基本的手技を単独で行えるレベルに達していた。また,ドクターカー内における処置は,本件では,開始から病院到着まで約30分の間であり,万一,その間に非定型的事態が発生すれば,携帯無線電話及び救急隊の無線を通して,二重の方法で市立病院の上級医と連絡をつけることが可能であった(第12回公判の被告人の尋問調書32頁)。実際,・・は,これらの行為を適切に行っている。これらの事情によれば,本件では,医師が行うのと同じ程度の安全性は確保されていると評価することができるから,当該医行為は指導医の指導監督下において,指導監督に従って行われたと考えるべきである。


 ハ、なお,・・は,救急隊から,・・の脈が触れたとの報告を受けており,・・・・の検面調書(甲11号証)添付「活動概要」において,3時18分「脈拍60回」との記載があるが,同時刻の記載として,「心電図モニターで心停止を確認した」との記載がなされている。心電図モニターで心静止状態になった場合には脈は触れないのであって,脈拍60回との記載は,・・・・が述べているように,脈拍を確認した者の間違いである(同号証3頁)。

そして,・・は,同日午前3時18分にすでに心停止状態となっており,・・が到着した3時30分までに12分も経過していたから,すでに蘇生の可能性はなかったと考えられる(第12回公判の被告人の供述調書34頁)。

  (3)上記番号2(患者名 ・・・・に対する行為について)

イ、・・が行った行為は,単独でドクターカーで患者宅に赴き,そこで患者に対し気管挿管及び静脈路確保を行ったというものである。

 平成11年1月10日,・・は,当直のセカンドとして配属されていた。ファーストは,・・医師,サードは・・医師,フォースが・・医師であった。

 同日午後4時ころ,札幌市消防局指令課からドクターカー派遣の要請がセンターに対してなされた。自宅で心肺停止状態になっている患者がいるとのことであった。

 ファーストの・・医師及びサードの・・医師は,・・をドクターカーに単独で乗車させて派遣することを決定し(第11回公判の・・・の尋問調書9頁),・・に対し,「心肺停止患者だからいつものように」との指示をした(甲16・・・・・の検面調書3頁)。

 その意味するところは,心肺停止患者への定型的な処置である気管挿管による気道確保,心臓マッサージ,中心静脈路確保等を行うことである(第11回公判の・・・の尋問調書9頁)。

 ・・は,同日,午後4時15分ころ,・・・・の自宅内において,気管挿管を行い気道を確保するとともに,同日午後4時29分ころ,救急車内において,大腿静脈路を確保し,輸液を開始した。救急車は,同日午後4時30分ころ発車し,同日午後4時37分ころ,センターに到着した。・・は,センター到着時において心拍を再開した(甲16・・・・・の検面調書7頁)。

 なお,大城吉春は,同日午後9時6分ころ,延髄出血により死亡している。


 ロ、上記基準に照らして,本件公訴事実に関する・・の行為を検討すると,1)、本件各手技もまた,麻酔及び救急の基本的手技であって,医師にとってさほど難しい手技ではなく,しかも,これらは,いずれも歯科口腔外科においても行われる手技であるから,・・が既に十分な経験を積んでいて,これらの手技を単独で行えるレベルに達していたことは上記(2)と同様である。従って,本件においても,・・が,これらの行為を,指導医の指示に従って指導医が行うのと同じレベルで行うことができたものと評価することが可能である。

 2)、また,本件ドクターカー乗車を決定し指示したのは,山崎医師,古根医師らであったが,山崎医師の経験は上記(2)で述べたとおりであり,古根医師は,Aチームの監督で,医師免許取得後15年を経て,当時,センター副医長であった(甲64号証古根の検面調書1頁)ことから,いずれも,歯科医師レジデントの力量を正しく判断し指導する能力を有していた。

 これら上級医が・・の力量を見極めた上で,その単独乗車派遣を決定したことからも,・・の能力が,これらの手技を単独で行えるレベルに達しており,上級医の指示に従って医師が行うのと同じレベルでこれら手技を行うことができたことは明らかである。

 3)、本件でも,傍に上級医はおらず,・・のみが処置を行っている。しかし,本件行為もまた心肺停止患者に対する処置として2000年ACLSガイドラインに定められているものであり,・・がこれら手技を単独で行えるレベルに達していたことは上記(2)と同じである。また,本件においても,大城吉春宅で処置を開始してから,病院到着まで約22分の間であり,その間,非定型的事態が発生すれば,上級医師と連絡をつけることは可能であった。さらに,実際,・・は,これらの行為を適切に行い一時は心拍が再開した。これらの事情によれば,本件も,医師が行うのと同じ程度の安全性は確保されていると評価することができるから,当該医行為は指導医の指導監督下において,指導監督に従って行われたと考えるべきである。

(4)上記番号3(患者名 笠島に対する手術説明同意について)

 イ、・・が行った行為は,センター内で,手術及び輸血の同意を得る目的で,患者の親族に対し手術の目的危険性等を説明し,同意を得たというものである。

 平成11年2月13日,・・は,当直のファーストとして配属されていた。

 セカンドは大山医師,サードは・・隆医師(以下「・・医師」という),フォースは松尾医師であった。同日午後零時23分ころ,笠島誠一(以下「笠島」という)が,フォークリフトで両大腿部付け根付近を挟まれたた負傷したため,センターに搬入された(甲20・・・・・の検面調書1・2頁)。

 ・・は,ファーストであっため,笠島の主治医となった。しかし,診療方針については,・・医師,・・医師,久保医師が話し合い,骨盤,下肢の血管造影を・・医師及び久保医師が行い,大腿動脈の血管内にある血栓除去手術を小濱医師が行うこととなった(甲20・・・・・の検面調書2頁)・・は,・・医師から,血栓除去手術の前に,下大腿静脈フィルターを設置する必要があること,骨盤,下肢造影,下大腿静脈フィルター設置に関して手術内容を説明し,同意書を取り付けるよう指示を受けた(甲20・・・・・の検面調書3頁)。

 そして,・・は,・・医師から,手術の必要性,今後の予定について説明を受けた上で,これに従って手術同意書を作成し,あらかじめその内容につき・・医師に確認を受けてから,笠島の長男に対し・・医師の説明を伝え,手術同意書及び輸血同意書を徴した(甲20・・・・・の検面調書3頁)。


 ロ、上記基準に照らして,本件公訴事実に関する・・の行為を検討すると, 1)、上級医の指示・説明の通りに手術の目的・内容,手術の危険性等を患者側に説明する行為は,いわばメッセンジャーとしての行為であって,そもそも医行為と言えるかどうか疑問がある。仮に医行為性があったとしても,危険や困難を伴うものではあり得ない。さらには,治療や手術の目的・内容・危険性を患者側に説明し同意を得る行為自体は医療全体に共通するインフォームドコンセントの考え方に基づくものであって,歯科医療においても行われている。・・も,口腔外科医として臨床の現場で当然のように行ってきた行為である。

 2)、また,・・に対し本件説明と同意書の取り付けを指示したのは,・・医師であったが,・・医師は,Aチームのリーダーであり,医師免許取得後7年,センターで2年半勤務していた(甲66・・・宏治の検面調書1頁)のであって,歯科医師レジデントの力量を正しく判断し指導する能力を有していた。

 このような上級医が,・・がこれら説明内容を理解し説明を患者側に伝達する十分な能力を有していると評価したうえで指示を出したのであるから,・・にはそのような能力があったことは明らかである。

 3)、本件で・・は,指導医の立会いなく手術内容等を患者の親族に説明し同意を取付けている。しかし,前述のように,・・は,このような行為を行う能力があったし,しかも,事前に・・医師の説明に従って同意書を作成したうえで,その内容を・・医師に確認を受けており,当該行為は・・医師自身の行為と評価して差し支えないとも考えられる。その実態は同医師のメッセンジャーというべきものであって・・の主観的判断が混入する余地はなかった。また,・・医師は当時センター内にいたものであり(甲25・・・宏治の検面調書3頁),センター内であれば1分以内にかけつけることのできる位置関係にあるから(第9回公判の・・・・の尋問調書17頁),仮に笠島の長男から予定外の質問があれば,ただちに・・医師に確認することが可能であった。これらの事情によれば,本件も,医師が行うのと同じ程度の安全性は確保されていると評価することができるから,当該行為は指導医の指導監督の下において,指導監督に従って行われたと考えるべきである。

 ハ、なお,検察官は,公判において,・・が作成した手術同意書中の「手術しない場合の症状の程度」の欄に,「脳障害の可能性あり」との記載があることについて,大腿静脈にある血栓は肺に飛び,大腿動脈にある血栓は足の先に飛ぶので,血栓が脳にとぶ可能性はなく,「脳障害の可能性あり」という表現は誤りではないかとの質問を,実際に当該医療行為には携わらなかった牧瀬証人及び被告人に対し執拗に繰り返しているほか,被告人に対しても,捜査段階で不正確な記載であると述べていたのではないか,その旨述べた調書があるのではないか等と質問している(第13回公判の被告人の供述調書52頁)。

 しかし,笠島に対しては,骨盤造影を右上腕から行っており(甲26・小濱卓朗の検面調書添付看護記録・21時45分欄),それにより,カテーテルは脳への栄養血管である総頚動脈の分岐部を通ることになり,血管内にあった血栓や,カテーテル挿入により形成された血栓が脳へ飛ぶ可能性は十分にある(第12回公判の被告人の供述調書39頁,第13回公判の被告人の供述調書49ないし52頁)。

 その意味で,医学的には・・の記載が正しいのである。検察官の質問は,この基本となる事項を捨象して行われたものであって,誤導尋問も甚だしいばかりか,訴訟経済上の無駄であった。


 (5)上記3(笠島)の手術助手について

 イ、・・が行った行為は,センター内で,右大腿動脈血栓除去手術において,第1助手として筋鉤を用いる等して手術を補助したというものである。

 平成11年2月13日,・・医師,・・医師,久保医師の上記診療方針に従い,同日,午後5時30分ころより,・・医師及び久保医師が,骨盤造影の手術を行い,その後,午後6時20分ころより(甲26・小濱卓朗検面調書添付「市立病院救急医療部外来看護記録2号用紙」),小濱医師が血栓除去手術を行い,・・は,チームリーダーの・・医師の指示に従って(甲25・・・宏治の検面調書5頁),手術助手を行い,筋鉤を使用して鉤引きを行い,術者である小濱医師の術野を確保したり,血液をガーゼやピンセットで取り除いたり,ぬぐいとったりした。

 ロ、上記基準に照らして,本件公訴事実に関する・・の行為を検討すると,1)、・・が行った行為は,筋鉤を用いて術野を確保したり,血液をガーゼやピンセットで取り除いたりぬぐったりしたというものである。これらは,全くの補助的行為であって,到底危険を伴うようなものではない。さらに,口腔外科における手術においても,筋鉤を用いて手術を補助することは頻繁に行われており,・・も,歯科口腔外科医として筋鉤を用いて手術をした経験が200例以上もあり,十分に習熟していた。

 2)、また,・・に対して本件行為を指示したのは,・・医師であったが,・・医師の経歴等は前述のとおりであり,同医師は歯科医師レジデントの力量を正しく判断し指導する能力を有していた。

 このような上級医が,・・にこれら説明内容を理解し説明を患者側に伝達する十分な能力を有していると評価したうえで指示を出したのであるから,・・にはそのような能力があったことは明らかである。

 3)、前述のように,・・はこのような行為を行う能力があったし,外科医であり医師免許取得後5年半,市立病院救急10か月目の(甲67・小濱卓朗の検面調書1頁)小濱医師の面前で,同医師が執刀する手術の助手として本件行為を行ったものである。実際,・・は,これらの行為を適切に行っている。これらの事情によれば,本件も,医師行うのと同じ程度の安全性は確保されていると評価することができるから,当該医行為は指導医の指導監督の下において,指導監督に従って行われたと考えるべきである。

 2.公訴事実第2・別紙一覧表2記載(・・)

(1)・・の研修

 ・・は,平成11年8月1日より,センターで研修を開始しAチームに配属された。

 同チームの監督は古根医師,リーダーは・・医師であって,・・の研修の時と変わりなく,そのほか上級医師として,・・医師,・・医師,・・医師,・・医師,レジデントの・・医師がいた(甲28・・・・・の検面調書14頁)

 (2)上記番号1(1)(患者名 ・・大腿静脈カテーテル抜去について)

 イ、・・が行った行為は,センター内において,右大腿静脈からカテーテルを抜去したというものである。

 平成11年9月25日,・・(以下「・・」という)が,接着剤を飲んでセンターに搬入された。

 同日,当直のファーストが・・,セカンドが・・医師,サードが・・医師,フォースが・・医師であった(甲32・・・・・の検面調書1頁)・・は,当直のファーストが担当医師となるとの原則に従い,・・の担当医となった。

 ・・は,・・にとってセンターでの11番目の担当患者であり(第9回公判の・・の尋問調書5頁),同年9月30日に退院するまでの入院期間中・・が担当していた患者は・・のみであった(第9回公判の・・・・の尋問調書7頁)。

 ・・に関しては,入院後,Aチーム内において,他の患者と同様にチームカンファレンス,チーム回診が行われ(甲32・・・・・の検面調書4頁),診療方針が決定されていた。また,それ以外にも適宜,チーム内の監督,リーダー,上級医から指示を受けたり,チーム外でも,・・が搬入された際に指示を出していた・・医師からも指示を受けた(甲32・・・・・の検面調書3頁)。

 そして,同月27日のチームカンファレンス,チーム回診の際に・・の状態をチーム全体で検討し,気管挿管の抜管に向けて準備を行うことが決定され(第9回公判の・・・・の尋問調書5ないし6頁),看護婦に対し,翌朝午前6時30分に全身麻酔薬ディプリバンの投薬を止めるよう指示がなされ,指示通りに実行された(甲32・・・・・の検面調書添付看護記録記載)。

 同月28日朝のチームカンファレンスの際に,・・の血中酸素PaO2と酸素濃度Fio2が検討され,午前10時のチーム回診の際に,監督古根医師もしくはリーダー・・医師が,血中酸素が121.4であり,酸素濃度が0.35(甲32・・・・・の検面調書9・10頁)であったため,気管挿管を抜管することを決定した(甲32・・・・・の検面調書9・10頁)。

 抜管を行う準備行為として,・・の右大腿静脈に挿入されているカテーテルを抜去する必要があり,上級医師の指示に従い(甲33・・・・・の検面調書1頁),同日午後2時30分ころ,・・は,看護婦の文室こずえ(以下「文室」という)の補助を受けて行った。


 ロ、上記基準に照らして,本件公訴事実に関する・・の行為を検討すると,1)カテーテル抜去は,中心静脈路確保を行った場合に必ず行われる麻酔及び救急の基本的手技で,医師にとってさほど難しい手技ではない。また,中心静脈路確保は歯科においても行われる手技であるから,当然,カテーテル抜去もまた歯科において行われる手技である。加えて・・は,既に麻酔科研修において十分に経験を積んでいて,これらの手技をほぼ単独で行うことができる程度にまで習熟していた(第9回公判の・・・・の尋問調書1頁,第8回公判の・・・・の尋問調書15頁,甲33・・・・・の検面調書2頁)。

 2)、また,・・は,本件研修時Aチームに配属され,監督,リーダー,その他の上級医から指導を受けるとともに,当直時においては,配属チーム以外の上級医から指導を受けていた。前述のように,本件については前日のAチームカンファレンス,チーム回診において抜管を行うことが決定され,その準備行為として,中心静脈路からカテーテルを抜去することが決定されていた。

 Aチームの構成は,上記で述べたとおりであり,また,監督古根医師,リーダー・・医師の経験も既に述べたとおりであって,これら上級医は歯科医師レジデントの力量を正しく判断し指導する能力を有していた。

 このような上級医が,・・の力量を見極めた上で,上記行為を指示していることからも,・・の能力が,これらの手技を単独で行えるレベルに達していたことは明らかである。

 3)、前述のように,・・は,このような行為を行う能力があったし,実際,・・は,指示通りに,右大腿静脈からのカテーテル抜去を何ら問題なく行っている。さらには,センター内はさほど広くなく,その中に多数の上級医や看護師らが常駐していたから,万一の際にはこれらの者に連絡し,あるいは指示を受け,応援を求めることができる状況下にあった。これらの事情によれば,本件も,医師が行うのと同じ程度の安全性は確保されていると評価することができるから,当該医行為は指導医の指導監督の下において,指導監督に従って行われたと考えるべきである。


 ハ、ところで,証人文室は,・・が上級医に相談なく本件カテーテル抜去を決定し実行したかのように供述し(甲35・文室こずえの検面調書5頁),本公判廷においても,同様の趣旨のことを証言している(第5回公判の文室こずえの尋問調書8頁)。

 しかし,反面で,抜管する経緯について,・・が単独で決定したのかチームカンファレンスで決めたのか分からないと検察官に対し供述し(甲35・文室こずえの検面調書1頁),本公判廷でも同様に証言している(第5回公判の文室こずえの尋問調書24頁)。

 これら供述並びに証言から,文室は,上級医の・・に対する指示について全く理解していないと考えられるのであり,・・が上級医に相談なく本件カテーテル抜去を決定したという文室証言は,信用できない。


(3)上記番号1(2)(・・気管挿管チューブ抜管)

 イ、・・が行った行為は,センター内において,気管挿管したチューブを抜管したというものである。

 同日,午後4時ころ・・は,上級医の監視下で,文室の補助を受けて,・・の気管挿管の抜管を行った。

 ・・は,気管挿管に際して,咽頭浮腫などのため再挿管が必要な場合もあるため,必ず上級医を呼ぶようにしていたのであり,本件挿管も上級医に見てもらっている状況下で行っている(甲32・・・・・の検面調書10頁,第9回公判の・・・・の尋問調書7頁,32ないし34頁)。

 また,当時,・・の担当患者は・・のみであり,抜管を特に遅らせる理由はなかったが,抜管が午後4時なったのは,立会いをした上級医の都合に合わせたためである(第9回公判の・・・・の尋問調書7頁)。

 これに対して,文室は,「側には医師はいなかった」と検察官に対して供述し(甲35・文室こずえの検面調書7頁),当公判廷においても,同様の趣旨のことを証言している。

 しかし,同証言の趣旨は,・・のベットサイドには上級医師がいなかったというに過ぎないのであって(第9回公判の文室こずえの尋問調書9頁),・・が主張する上級医立会いの意味は,横で監視している状況下という意味ではなく,可視的な範囲にいる上級医が見ている状況下という意味であって,下記のように本件ではそれで足りるというべきであるから(第9回公判の・・・・の尋問調書34頁),文室の上記証言は,・・が上級医の指示を受けることなくこれらの行為を行ったことを意味するものではない。

 ロ、上記基準に照らして,本件公訴事実に関する・・の行為を検討すると,1)、気管挿管の抜管は,挿管を行った場合に必ず行われる麻酔及び救急の基本的手技で,医師にとってさほど難しい手技ではない。のみならず,気管挿管は歯科においても行われる手技であるところ,気管挿管の抜管は挿管を行った際に必ず行うものであって,同様に歯科においても行われる手技である。さらに・・は,既に麻酔研修において150〜160例の気管挿管を経験し,同程度の抜管も経験していて,これら経験により単独で行うことができる程度にまで習熟していた(甲28号証・・の検面調書4頁)。

 2)、また,本件抜管については,当日のチームカンファレンス,チーム回診において最終決定されたものであり,具体的な気管挿管の抜管時間は,当日午前10時のチーム回診の際に,監督である古根医師ないしリーダーである・・医師によって決定され,・・に指示されている。これら上級医の経験については既に述べたとおりであって,これら上級医は歯科医師レジデントの力量を正しく判断し指導する能力を有していた。

 このような上級医が,・・の力量を見極めた上で,上記行為を指示していることからも,・・の能力が,これらの手技を単独で行えるレベルに達していたことは明らかである。

 3)、前述のように,・・は,このような行為を行う能力があったし,これを受けて,予め上級医に抜管する旨伝え,上級医が傍で見ている状況下で抜管を行っている(甲32・・・・・の検面調書10頁,第9回公判の・・・・の尋問調書7頁,32〜34頁)。もちろん,何ら問題なく気管挿管の抜管を完了している。加えて,センター内はさほど広くなく,その中に多数の上級医や看護師らが常駐していたから,万一の際にはこれらの者に連絡し,あるいは指示を受け,応援を求めることができる状況下にあった。これらの事情によれば,本件も,医師が行うのと同じ程度の安全性は確保されていると評価することができるから,当該医行為は指導医の指導監督の下において,指導監督に従って行われたと考えるべきである。


(4)上記1(3)(・・動脈ライン抜去)

 イ、・・が行った行為は,センター内において,左橈骨動脈からカテーテルを抜去したというものである。

 翌日同月29日のチームカンファレンス,チーム回診において,・・の動脈ラインの抜去が決定され(第9回公判・・の尋問調書11頁),同日,午後3時ころ,・・は,上級医の指示を受けてから(甲33・・・・・の検面調書1頁)

 文室の補助を受けて,左撓骨動脈からカテーテルを抜去した。この点について,文室は,中心静脈路からのカテーテル抜去と同様に・・は,本件カテーテル抜去も・・が上級医に相談なく,本件カテーテル抜去を決定し実行したかのように供述し(甲35・文室こずえの検面調書5頁),本公判廷においても,同様の趣旨のことを証言しているが(第5回公判の文室こずえの尋問調書10頁),文室が,上級医の指導の実態を理解していないことは,上記?で述べたとおりである。

 ロ、上記基準に照らして,本件公訴事実に関する・・の行為を検討すると,1)、カテーテル抜去は,動脈ライン確保を行った場合に必ず行われる。動脈ラインの確保は,全身麻酔をかける際に常時血圧を計測する必要性がある場合に行う。これらは,麻酔及び救急の基本的手技で短時間で行うことができ,医師にとってさほど難しい手技ではない。また,歯科においても全身麻酔が使用され,その際動脈ライン確保が行われる。カテーテル抜去は,動脈ライン確保を行った際に必ず行うものであって,当然歯科においても行われる手技である。さらに,既に麻酔科研修において十分に経験を積んでいてほぼ単独で行うことができる程度にまで習熟していた(第9回公判・・の尋問調書1頁,甲33号証・・の検面調書2頁)。

 2)、前述のように,本件気管挿管の抜管は前日のチームカンファレンス並びにチーム回診において決定され,具体的な気管挿管の抜管時間も当日午前10時のチーム回診の際に監督である古根医師ないしリーダーである・・医師によって決定され,その際,本件カテーテル抜去も決定され,合わせて・・に指示された。さらに実際の抜去に先立ち,・・は上級医の指示を受けており,これら歯科医師レジデントの力量を正しく判断し指導する能力を有している上級医が,・・の力量を見極めた上で,上記行為を指示していることからも,・・の能力が,これらの手技を単独で行えるレベルに達していたことは明らかである。

 3)、前述のように,・・は,このような行為を行う能力があったし,・・は,実際に抜去する際にも予め上級医に報告し指示を受けている。実際にも・・は,これらの行為を何ら問題なく完了している。加えて,センター内はさほど広くなく,その中に多数の上級医や看護師らが常駐していたから,万一の際にはこれらの者に連絡し,あるいは指示を受け,応援を求めることができる状況下にあった。これらの事情によれば,本件も,医師が行うのと同じ程度の安全性は確保されていると評価することができるから,当該医行為は指導医の指導監督の下において,指導監督に従って行われたと考えるべきである。

(5)上記2(1)(遠藤脳圧センサー設置説明同意)

 イ、・・が行った行為は,センター内において,脳圧センサー設置術等の同意を得る目的で,親族に対し,手術内容,手術の目的,手術の危険性を説明し,同意を得たというものである。

 平成11年10月3日,遠藤峻之介,当時6才(以下「遠藤」という)が,自転車に乗っている際に乗用車とぶつかって,脳挫傷,外傷性クモ膜下出血でセンターに搬入された。

 同日,当直のファーストが・・,セカンドが平井医師,サードが・・医師,フォースが大山医師であった(甲38・・・・・の検面調書1頁)。

 ・・医師もしくは他の上級医が,遠藤に対し,脳低温療法,脳圧センサーを設置することを決定した(第9回公判の・・こずえの尋問調書13頁)。

 そして,同医師は,・・に対し,上記処置を行うこと,同処置は,脳が腫れているからこれ以上腫れないように頭を冷やして保護することを目的とし,肺炎になる危険性があり,効果はやってみないとわからないことを両親に説明し,同意を得ることを指示した(甲37・・・こずえの検面調書2頁,第9回公判の・・こずえの尋問調書13頁)。

 ・・は,同日午後4時30分から午後5時ころ,遠藤の母・・・・・に対し,上級医から説明を受けたとおりに,上記脳低温療法及び脳圧センサー設置の内容並びに手術は脳外科医が行ことを説明した(甲37号証・・検面調書2頁)。

 ・・・・は,手術に同意するとともに,脳低温療法については,NHKで放映された番組で知っていたので,・・の説明以上のことは,質問しなかった(甲39・・・・・の検面調書3頁)。

 ロ、上記基準に照らして,本件公訴事実に関する・・の行為を検討すると,1)上級医の指示・説明の通りに手術の目的・内容,手術の危険性等を患者側に説明する行為は,いわばメッセンジャーとしての行為であって,そもそも医行為と言えるかどうか疑問がある。仮に医行為性があったとしても,危険や困難を伴うものではあり得ない。さらには,治療や手術の目的・内容・危険性を患者側に説明し同意を得る行為自体は医療全体に共通するインフォームドコンセントの考え方に基づくものであって,歯科医療においても行われている。・・も,口腔外科医として臨床の現場で当然のように行ってきた行為である。

 2)、また,・・に対し本件説明と同意書の取り付けを指示した上級医のうち・・医師医師は医師免許取得後7年であり(甲59・・検面調書添付資料5の5.),他の上級医の経歴も既に述べたとおりであって,いずれも歯科医師レジデントの力量を正しく判断し指導する能力を有していた。

 このような上級医が,・・がこれら説明内容を理解し説明を患者側に伝達する十分な能力を有していると評価したうえで指示を出したのであるから,・・の能力にはそのような能力があったことは明らかである。

 3)、本件で・・は,指導医の立会いなく手術内容等を患者の親族に説明し同意を取付けている。しかし,前述のように,・・にはこのような行為を行う能力があったし,しかも,事前に上級医から受けた説明の通りに患者の家族に伝えただけであって(甲39号証・・・・の検面調書2頁),当該行為は上級医自身の行為と評価して差し支えないとも考えられる。その実態は同医師のメッセンジャーというべきものであって・・の主観的判断が混入する余地はなかった。また,脳圧センサーの設置術は救急の現場でも行うが,その詳細は,脳神経外科の専門知識であるから(第9回公判・・の尋問調書14頁),救急の現場での説明としては,・・の説明で十分であったといえる。さらに,・・医師ら上級医は当時センター内にいたし(甲37号証・・の検面調書添付「ICU入床」で始まる文書参照),センター内であれば1分以内にかけつけることのできる位置関係にあるから(第9回公判・・・・の尋問調書17頁),仮に患者の親族から予定外の質問があれば,・・はただちに上級医に確認することが可能であった。これらの事情によれば,本件も,医師が行うのと同じ程度の安全性は確保されていると評価することができる。よって,当該医行為は指導医の指導監督の下において,指導監督に従って行われたと考えるべきである。


(6)気管切開術の説明及び同意

 イ、・・が行った行為は,センター内において,気管切開術の同意を得る目的で,親族に対し,手術内容,手術の目的,手術の危険性を説明し,同意を得たというものである。

 同月5日,・・は,遠藤の両親に専門を聞かれた際,口腔外科と答え,遠藤の父親は薬剤師であり医療に関する知識があり,口腔外科が歯科の分野に属するものであることを知っていたため,同日,遠藤の両親は,・・が歯科医師であることを知った(第9回公判・・の尋問調書14ないし15頁,32頁)。

 そして,遠藤については,チームカンファレンス,チーム回診に基づき,気管切開を行い,気道確保をすることがチーム内で決定され(甲38号証・・の検面調書5頁),同月6日,・・は,同意書を作成の上,チーム内の上級医から確認を得てから(同号証同頁),遠藤の両親に対し,長期間気管内挿管しておくと汚れるので挿管しておく訳にはいかない,局所麻酔で行い,のどを切ってチューブを入れると説明し(同号証6頁),同意を得た。

 ロ、上記基準に照らして,本件公訴事実に関する・・の行為を検討すると,1)、本件がいわばメッセンジャーとしての行為であって,そもそも医行為と言えるかどうか疑問があるうえ,仮に医行為性があったとしても,危険や困難を伴うものではあり得ないこと,治療や手術の目的・内容・危険性を患者側に説明し同意を得る行為自体は歯科医療においても行われていること等は前(5)と同様である。

 2)、・・は,上級医から本件同意書の取付を指示され,その際上級医が,・・にこれら説明内容を理解し説明を患者側に伝達する十分な能力を有していると評価したうえで指示を出したこと,実際に・・にはそのような能力があったことは,前(5)と同様である。

 3)、本件でも・・は,指導医の立会いなく手術内容等を患者の親族に説明し同意を取付けている。しかし,・・はこのような行為を行う能力があったし,しかも,上級医から受けた説明の通りの内容の手術同意書を作成し,内容について事前に上級医の確認を得ている(甲38・・・こずえの検面調書5頁)。当該行為は上級医自身の行為と評価して差し支えないと考えられること,その実態は同医師のメッセンジャーというべきものであって・・の主観的判断が混入する余地はなかったこと,上級医がセンター内におり,仮に患者の親族から予定外の質問があれば,・・はただちに上級医に確認することが可能であったこと等の事情は前(5)と同様であり,これらの事情によれば,本件も,医師が行うのと同じ程度の安全性は確保されていると評価することができる。よって,当該医行為は指導医の指導監督の下において,指導監督に従って行われたと考えるべきである。

 なお,上記で述べたように,本件では,・・は,歯科医師であることを遠藤の両親に告げた上で説明行為を行ったものである。


(7)補 足

 なお,前述の証人文室は,気管内挿管を抜管する際のラシックス投与,Tピース交換等についても,・・が上級医の指示を受けず単独で決定したかのごとき供述をし(甲35・文室こずえの検面調書3ないし4頁),本公判廷においても,同様の証言をしている(第5回公判の文室こずえの尋問調書3ないし4頁)。

 しかし,文室が,上級医の指導の実態を理解していないことは,上記で述べたとおりである。

 また,文室は,本公判廷において,・・もしくは特定されない歯科医師レジデントが基礎的医学的知識が劣っていた趣旨の証言をしているが(第5回公判の文室こずえの尋問調書15頁なし17頁),文室自身,血圧を上げる薬と下げる薬を間違えている(甲35・文室こずえの検面調書8頁,第5回公判の文室こずえの尋問調書3頁)。

 昇圧剤と降圧剤を取り違えることは生命の危険を伴うのであって(第9回公判・・の尋問調書8頁),そそも文室は,医療従事者としての基本的能力に欠けており,・・ほか歯科医師レジデントを語る資格はないというべきである。

 念のため,付言すると,文室が主張する・・の能力欠如を表すものとして主張するピープの問題,投薬の問題等は,いずれも文室の勘違い,理解不足であることが明白であり(第9回公判の・・こずえの尋問調書12ないし13頁,9ないし10頁,第10回公判・・・・・の尋問調書証言19頁,21頁),文室は,歯科医師は医師より劣っているとの偏見からこのような事実を述べているのである。


 3.公訴事実第3・別紙一覧表3記載(・・)

(1)・・の研修

 ・・は,平成12年8月1日より,センターで研修を開始し,Cチームに配属された。

 同チームは,同年9月まで監督は・・医師,同年10月から牧瀬博医師(以下「牧瀬医師」という),リーダーは山崎医師であり,その他医師として,小野沢医師,・・医師,納谷医師,田口医師,宮田医師がいた(甲40・・・・・の検面調書11頁)。

 Cチームにおいても,他のチームと同様に朝のカンファレンスの後,チームの医師が担当する全員の患者について,チームカンファレンスが行われ,その後,チーム回診が行われていた(甲40・・・・・の検面調書12ないし13頁)。

 なお,・・については,センターにおいて,当直のファーストに配置しないことが決定され,同年12月までは同人記載の当直表が市立病院の事務局に提出されていなかった。しかし,実際には当直も行い,当直に際しての超過勤務手当の支給は受けていたから(第5回公判の・・・・の尋問調書18頁),事務局においても,・・が当直をしていたことは把握していた。その後,平成13年1月からは,当直表に記載されていた。また,当直のファーストにならなくても搬入された患者の担当医となることはあり,研修期間中約10人の担当医となった(第5回公判の・・・・の尋問調書4頁)。


(2)上記1(患者名 長谷部に対する腹部触診)

 イ、・・が行った行為は,センター内で,患者の腹部を触診したというものである。

 平成12年8月10日,腹部をはさみで刺した長谷部ヨシ子(以下「長谷部」という)がセンターに搬入され,チームカンファレンスにおいて,刺傷が内臓に達しておらず,重症度が低かったことから,上級医であった・・医師は,・・に対し,当該患者について「一緒に見ていこう」と述べ,・・医師が・・を担当医とすることを決定した(甲44・・・の検面調書1頁)。

 ・・は,その後,患者の病態を確認して結果を・・医師に伝え,同医師の指示を仰いでおり,長谷部の腹部の状態を確認するために,1日1回は腹部触診を行っていた(第5回公判の・・・・の尋問調書6頁)。

 なお,・・は,長谷部を担当する以前から,センターで,腹部触診に関する研修を牧瀬医師,古根医師から受けていた(第5回公判の・・・・の尋問調書19頁)。

 同月14日,・・は,HCU内で腹部触診を行い,また,温度板を見て,4日間便が出ていないことを確認し,・・医師に浣腸することを提案し(第5回公判の・・・・の尋問調書8頁),動医師も自ら触診して,・・に浣腸施行を看護婦に命じるよう指示した(第5回公判の・・・・の尋問調書12頁)。

 ロ、上記基準に照らして,本件公訴事実に関する・・の行為を検討すると,1)、・・の行為は,腹部の皮下を鋏で刺した重症度の低い患者につき,傷口を縫合した後の回復具合を確認するため,腹部の縫合部を触ってみたというものである。このような行為は,看護師も一般的に行っており(第10回公判の・・・・・の尋問調書3頁),それ自体危険を伴い,あるいは特段高度な判断を要するものではない。のみならず,歯科口腔外科においても行われている行為であって,・・も口腔外科医として経験している(第5回公判の・・・・の尋問調書18頁)。

 2)、前述のように,・・を本件患者の主治医として,患者の病態を確認し結果を報告させていたのは上級医である・・医師である。同医師の経歴等は前述のとおりであって,十分に歯科医師レジデントの力量を正しく判断し指導する能力を有していた。

 このような上級医が,・・の力量を見極めた上で,上記行為を指示していることからも,・・が,上記行為を単独で行えるレベルに達していたことは明らかである。

 3)、前述のように,・・は,上級医の指示に従ってこのような行為を行う能力があった。実際にも・・は,触診と温度板の情報から患者が4日間便が出ていないことを確認し上級医である・・医師に浣腸施行を提言している。加えて,センター内はさほど広くなく,・・医師ら上級医が常駐している状況であったから,万一の際にはこれら上級医に連絡し,あるいは指示を受け,応援を求めることができる状況下にあった。これらの事情によれば,本件も,医師が行うのと同じ程度の安全性は確保されていると評価することができるから,当該医行為は指導医の指導監督の下において,指導監督に従って行われたと考えるべきである。


(3)上記2(患者名 ・・に対する右大腿静脈路確保等)

 イ、・・が行った行為は,ドクターカー内において,右大腿静脈路確保を行ったというものである。

 平成13年2月4日,・・は,当直のセカンドとして配属されていた。その際のファーストは・・・医師,サードは・・医師,フォース,・・・・医師であった。

 同日午前0時35分ころ(甲48・・・・・の員面調書添付「活動概要」から推測),札幌市消防局指令課からドクターカー派遣の要請が,センターに対してなされた。心肺停止の状態の患者がいるとのことであった。

 ・・医師は,・・に対して,「・・,行け」と指示し,約30秒で出発した(第5回公判の・・・・の尋問調書13頁)。そして,ドクターカーに乗車後,同日午前0時43分ころ,救急隊からの要請により,・・医師が特定行為の指示を救急隊に行い(甲48・・・・・の員面調書添付「活動概要」,同調書添付「CPR特定行為実施票」及び甲47・・・・・の検面調書5頁),患者・・仁(以下「・・」という)宅において救急隊が,気道確保,静脈路確保,除細動を開始した。

 その後,同日午前0時58分救急車が発進し,午前1時3分ころ,市内清田区平岡2条1丁目で,・・は,救急車に乗換え,市立病院へと向かった(甲48・・・・・の員面調書添付「活動概要」)。

 そして,乗車後直ちに,右大腿静脈路を確保し,ボスミンを投与したところ心拍は再開したが,心室頻拍VTの一種であるトルサルデポワンツが発生したため,・・医師にPHS電話をかけ,センターと繋がっている心電図を互いに確認し合い,キシロカインを投与することの了解を同医師から得た。

 そして,・・は救命士に対し,除細動の再開を了解するとともに,キシロカインを投与したところ,救命士は,「対光反射がでてきた」と語っていた(甲47・・・・・の検面調書13頁)。

 同日午前1時36分に救急車は,センターに到着し,・・医師に引き継ぎがなされた。

 ロ、上記基準に照らして,本件公訴事実に関する・・の行為を検討すると,

 1)、大腿静脈(中心動脈)路確保は,いずれも麻酔及び救急の基本的手技で医師にとってはさほど難しくない行為である。のみならず,専門分野である歯科においても行われる手技である。さらに,・・は,既に麻酔研修において十分に経験を積んでいて単独で行うことができる程度にまで習熟していた。

 2)、前述のように,本件・・の単独乗車派遣を決定したのは上級医の・・医師であったが,同医師は経験8年目のレジデントで脳外科の専門医であり,歯科医師レジデントの力量を正しく判断し指導する能力を有していた。

 このような上級医が・・の力量を見極めた上で,その単独乗車派遣を決定したことからも,・・の能力が,これらの手技を単独で行えるレベルに達しており,上級医の指導監督に従って医師が行うのと同じレベルでこれら手技を行うことができたことは明らかである。

 3)、本件では,上級医はドクターカーに乗車しておらず,・・のみが乗車して処置を行った。しかし,本件のような心肺停止患者に対する処置は,2000年ACLSガイドラインによって,気管挿管,中心静脈路確保,心マッサージ等の定型的な処置のみとされていることは前述のとおりであって,・・は,心肺停止患者に対して行うべき基本的手技を単独で行えるレベルに達していたうえ,それまでにドクターカーに乗って現場に行ったことが20〜30回はあり,単独でも,2,3回あった(第5回公判の・・・・の尋問調書14頁)。また,本件では,ドクターカー内における処置開始から病院到着まで約38分の間であり,万一,その間に非定型的事態が発生すれば,PHS及び救急隊の無線を通して,二重の方法で市立病院の上級医師と連絡をつけることは可能であった(第12回公判の被告人の供述調書32頁)。実際,・・は,これらの行為を適切に行っている。これらの事情によれば,本件では,医師行うのと同じ程度の安全性は確保されていると評価することができるから,当該医行為は指導医の指導監督下において,指導監督に従って行われたと考えるべきである。


 4.小括

 (1)以上述べたところから明らかなように,本件救急研修において歯科医師レジデントが行った医行為は,いずれも歯科口腔外科においても行われる手技や技術であって,歯科医師レジデントにとって初めて経験するようなものではなかった。

 (2)加えて,これらの手技や技術は,救急における手技・技術としては極めて基本的なものばかりである(第10回公判の・・・・・の尋問調書7頁)。例えば心臓カテーテル検査とか脳血管造影等専門性が高く高度な処置はレジデントには行わせておらず,専門医が担当している(第10回公判の・・・・・の尋問調書6頁)。救急の基本的知識技術を修得するという歯科医師レジデントの研修目的から考えて必要がないからである。また,基本的手技であっても,喘息の患者に対する気管挿管等患者の生命に直結する行為は,レジデントに行わせることなく,専門医が担当している。これらの場合,レジデントは専門医の横にいて見学するのみであった(第10回公判の・・・・・の尋問調書6頁ないし7頁)

 (3)また,いずれの行為も,レジデントの能力に応じた適切な指導・監督のもとで,指導・監督の範囲内において行われており,当該医行為を医師が行う場合と同程度の安全性が担保された状況下で行われ,実際に事故は発生していない。

 (4)これらの事実から,本件歯科医師らが研修として行った公訴事実記載の各行為は,いずれも社会的正当行為として違法性が阻却されるというべきである。

 (5)なお,以上に述べたところは,別表に要約して記載してある。


 第5 違法性の結論

 以上のとおりであり,いずれも正当な目的であり,行為も相当であって,本件各行為は正当行為として違法性が阻却されることは明らかである。


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