紫外線によるextrachromosomal arrayの染色体への挿入方法 

 

I. 染色体へのDNA挿入の意義と方法の選択

 マイクロインジェクションによって線虫のトランスジェニック動物を作った場合、ほとんどの動物では注入されたDNAは染色体外に存在する.このようなDNAは細胞分裂の時にある程度の確率で一方の娘細胞にのみ移行して、他の細胞の娘細胞およびその細胞系譜では失われてしまう.発現解析や、導入遺伝子の機能解析を行うためには、どの細胞に導入遺伝子が残っているのか不明のモザイク状態は好ましくないことがある.また、生殖系列で染色体外DNAの脱落が起こるので、子孫に伝わらないことが多く放置すると結果的にはストレインを失うことになる.一方、導入遺伝子が染色体内に組み込まれれば、いくら細胞分裂を行っても失われることはないので、調べたい個体についてすべての細胞が同じ遺伝子型を持った状態で実験が行える.

 染色体内への導入の方法は、先ず染色体外にDNAを導入したトランスジェニック動物を作出し、それに組み換えを起こさせて染色体内に挿入する方法が取られている.この方法の初期には137Cs60Co線源からのガンマ線照射が一般的であったが、特殊な照射装置が必要であり、しばしばそのような装置を管理する他の研究者に依頼して照射してもらう必要があった.本解説では分子生物学的研究を行っている普通の実験室でルーチンワークとして染色体挿入ができる紫外線照射法を紹介する.経験的には、ガンマ線照射法よりも効率が良いとこともメリットと思われる.紫外線照射法では、照射そのもの以外には基本的にガンマ線照射法とほぼ同様の手順で行う.

 

II. 紫外線照射装置

Spectronics社のspectrolinkerという紫外線照射装置を使用しているが、恐らくナイロンメンブレンに核酸を固定するための同様の機械を用いれば良い.照射装置は、通常照射モードが選択できるようになっている(energytimeintensity等).その中のenergy設定のモードを使用すると、X 100 μJ/cm2などという単位がついており、チェンバー底面に試料を置いて照射した場合、全照射エネルギーが設定された値になると自動的に照射を終了することができる.

 

III. 挿入ストレインの分離方法

1)extrachromosomal arrayを持ったparent strainの元気な成虫を適当数(2030匹位)新しいシャーレに移し、蓋を開けた状態で紫外線照射を行う.このときの照射線量は300 J/m2= 30000 μJ/cm2)が最適である(ナイロンメンブレンに核酸を固定する線量の4分の1量).この時の照射量が実験の成否に重要なので、きちんと設定できる機械を使用することが必要である.

2)シャーレの蓋をして、20 ?Cで数時間程度放置する.この間にすでに受精していた卵が産卵される.これらはうまく染色体挿入されていない可能性が高いので、ここで紫外線照射した成虫を新しいシャーレに移す.紫外線を受けた変異体バクテリアを少なくするメリットもある.

3)紫外線照射した成虫は20 ?Cで飼育を続ける.温度が高いと、染色体中の他の部位にしばしば入ってしまう温度感受性の致死、不妊の変異のために染色体挿入したストレインを失うことが多いので大切である.従って、温度感受性変異によるマーカー遺伝子は不適当で、Rolなどの温度に関係無く導入遺伝子の存在を確認できるものを使用する必要がある.

4)F1が生まれてきたら、Rol(など)を目安にして、一匹ずつ別々のシャーレに移す.数十匹程度拾えば良く、多くとも100匹位で充分のはずである.実験がうまく行けば、染色体への挿入の頻度はF1数に対して凡そ5%位である.

5)それぞれのシャーレから、F2を拾い、一匹ずつ別々のシャーレに移す(各F1に対して5匹ずつ行う).シャーレ内の線虫のマーカーの保持の状態から、ある程度染色体挿入ストレインが取れそうかどうか分かることもある.つまり、F1で、染色体挿入していると、マーカー遺伝子(Rol)が優性遺伝するとして、少なくとも4分の3はRolのはずだから、F2が半分以下しかRolで無い場合は期待薄である.反対に、20 ?Cで飼っておいて、1週間位経過してシャーレの中の線虫が全てRolであるときはかなり有望である.時々、紫外線照射のために、extrachromosomal arrayの子孫への伝達効率が上がっていると思える場合がある(一見9割以上).このような場合には、Rolでないものがほんの少し出るので、もう少し待っていると親株の比率が上がってくるので捨てる.

6)全ての線虫がRolの場合、後述のような理由ですぐにストレインを凍結保存しておく.

 

IV. 染色体挿入ストレインの維持と使用上の注意点

1)不必要な染色体内突然変異を最小限にするためにoutcrossを行う.この時に注意すべきことは、染色体挿入された動物がしばしばextrachromosomal arrayも持ち続けている場合があることである(Is#; Ex#の状態).そのようなストレインをN2雄と掛け合わせると、Is#/+; Ex#ができることが多い.この子供を拾うと、高い確率で、Is#/+; Ex#+/+; Ex#を拾ってしまい、たくさん拾っているにも関わらず、homozygoteがでてこないことになる.そもそも染色体挿入は一種の突然変異であるわけだから、Rolで選択した場合、どうしてもIs#/Is#よりIs#/++/+のほうが期待値より高い確率で出てくる危険がある.これにEx#が存在すると、表現型では区別が出来ないので失敗することになる.確実な方法は挿入ストレインができてから暫く待つことである.大抵のextrachromosomal arraysの伝達の効率は半分程度なので、紫外線によって少し上昇したとしても世代交代の内に殆ど消失する.我々は、1ヵ月位植え継ぎを行った後、outcrossをすることにしているが、実験の進行上、必要であればこの半分でも良いかも知れない.そうすることにより、Is#ホモの確率がたとえ4分の1より低くても少し多めにIs#/+F1を拾えば確実にIs#/Is#が取れると思われる.

2)ストレインの維持のための植え継ぎの操作には注意が必要である.線虫のトランスジェニック動物の場合、同じ遺伝子がtandemに繋がった状態になっている可能性が高い.染色体に挿入されると、これが二本の染色体内で向き合いhomologous recombinationが起こりやすい状態にある.従って、例えばRol表現型のみを指標に少数の個体を頻繁に拾い上げて植え継ぐと、ストレインは急速に増殖するので、低確率で起こった組み換え体のうち、Rolは維持しているが、肝心の遺伝子の大部分を欠失しているものを拾ってしまう可能性がある.対策としては、トランスジェニックストレインはできたら、随時凍結保存を行い、組み換えが起こってしまった場合には元のストレインに戻って実験を続けられるように心がけておくべきである.

3)Rolなどの表現型を持つ動物の他の変異体との交配は、mut/+の雄をトランスジェニック動物と掛け合わせればよい.興味ある変異体の遺伝子がX染色体上にあり、かつ交配がうまく行かない場合、トランスジェニック動物の雄(rol/+)を使っても良い.また、最近GFP観察用の実体顕微鏡なども市販されているようなので、今後はRol表現型の代りに、既知の発現パターンを示すGFP融合遺伝子をマーカーとして使用できるようになる可能性も高い.

 

V. 参考文献

1)ガンマ線による染色体への挿入法:Mello, C. and Fire, A. (1995) “DNA Transformation” in Methods in Cell Biology Vol. 48. Caenorhabditis elegans: Modern Biological Analysis of an Organism. pp451-482. Epstein, H.F. and Shakes, D.C. ed. Academic Press.

2)紫外線による染色体への挿入法:Mitani, S. (1995) Genetic regulation of mec-3 gene expression implicated in the specification of the mechanosensory neuron cell types in Caenorhaabditis elegans. Dev. Growth & Diff. 37, 551-557.