脳外科医 澤村豊のホームページ

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多層性ロゼットを有する胎児性腫瘍 Embryonal tumor with multilayered rosettes, ETMR

ETMR 多層性ロゼットを有する胎児性腫瘍

  • これらは古い病名ですが同義のものです
  • ETANTR embryonal tumor with abundant neuropil and true rosettes
  • CNS PNET primitive neuroectodermal tumorの一部
  • ependymoblastoma  上衣芽腫
  • medulloepithelioma  髄上皮種

大まかなこと

  • 2000年にはじめて記載されました
  • すごく珍しい乳幼児にできる悪性脳腫瘍です
  • 水頭症で発症することが多いです
  • 年齢中央値は2歳で,ほとんどが4歳未満です
  • 大脳,脳幹部,小脳どこにでも発生します
  • 胎児性脳腫瘍の中でも,治療抵抗性で予後が極めて悪いものです
  • PNETAT/RTととても良く似た臨床像を示します
  • 生存期間中央値は1年未満の報告が多いです
  • 5年全生存割合は25%ほどです
  • MRI上での特徴は,浸潤性の増殖を示すびまん性胎児性腫瘍とは異なり, ETMRは塊となって周囲の脳を圧迫するように増大します (Amamek D 2013)
  • 確立された治療法はありません
  • でも,治療は手術後にすぐに計画して開始します,分子病理確定診断を待ってはいけません
  • なぜなら2−3週間のうちに取り返しがつかないくらい進行してしまうからです
  • 25%ほどで髄液にのって播種転移しています
  • でも,他の胎児性脳腫瘍 (髄芽腫,AT/RT) よりは播種性格は低いといえます
  • ですから局所制御を目的とした治療選択がなされます
  • 初発時から播種があると治療適応がなくて,緩和ケアのみをします
  • 通常化学療法ではコントロールができません
  • 治癒可能と考えられる治療 curative intent を受けられた子供で全生存期間は,2年で29%,4年で27%という多数例報告があります
  • 精一杯の治療ができても4人のうちの3人は4年以内に命をなくします
  • 手術で全摘出できて,術後に大量化学療法と放射線治療が可能であった子供での長期生存の報告があります
  • WHO基準に従って,C19MC増幅を調べるのに1ヶ月も時間をかけていると,手術後残存腫瘍の急激な増大に遭遇することがあります

画像診断

  • 悪性神経膠腫の特徴を示す画像所見です
  • 腫瘍内出血,多房性のう胞をみることがあります
  • 周囲脳浮腫が強いことが多いです
  • MRIT1強調画像で低信号,T2で高信号
  • ガドリニウムで部分的に増強されます,全く増強をみないものもあります
  • 細胞密度が高いのでCTで高密度,MRSでcholineが高くなります
  • 鑑別対象は,AT/RT,膠芽腫,退形成性上衣腫,他の胎児性腫瘍です,後頭窩であれば髄芽腫です

2021 WHO 診断基準

  • ETMRは,C19MC amplificationがあるものと定義されました
  • ETMRと組織診断だけで判断されるものは,embryonal tumor with multilayered rosettes, NOS と診断して記載し治療します
  • 病理は難しいので英語の記述を借りると,This tumor has features of ependymoblastoma and neuroblastoma, demonstrating areas of fine fibrillary neuropil intermingled with ependymoblastic rosettes and zones of undifferentiated neuroepithelial cells
  • 他の胎児性腫瘍との大きな鑑別点は,striking abundance of neuropilです

治療

  • まず,手術全摘出できないと救命できる確率はとても低くなります
  • 進行が極めて早い腫瘍なので,組織診断で術後治療を開始します
  • 分子診断を待ちません,ETMR NOSとして治療開始をします
  • 播種しているものでは治療適応となりません
  • 大量化学療法をまず検討します
  • 大脳発生であれば局所放射線治療を積極的に考慮します
  • その後に,alterations of the C19MC microRNA locusの結果を見て確定診断するというのが,現時点では妥当な臨床的対応です
文献

ETMRの大規模共同研究

Clinical phenotypes and prognostic features of embryonal tumours with multi-layered rosettes: a Rare Brain Tumor Registry study
159例の臨床経過分析です。年齢中央値は26ヶ月 (18-36ヶ月)。他の胎児性脳腫瘍に比べれば転移は少なく,128例中34例 (27%)に生じていました。154例中84例 (45%)が大脳,70例は他の部位でした。Hallmark C19MC alterationsは91%にみられ,9%はETMR NOS (not otherwise specific)でした。治癒可能と考えられる治療 curative intent を受けられた子供で,6ヶ月無増悪生存割合は57%,2年割合は31%でした。全生存期間は,2年 29%,4年 27%でした。生存例に関連した要素は,転移がない,脳幹部以外,全摘出例,大量化学療法,放射線治療でした。放射線治療を加えない通常化学療法を受けた例での2年全生存割合は0%でした(たとえ全摘出できていても0%)。一方,全摘出を受けた後,放射線治療をせず大量化学療法施行例では21%でした。全摘出を受けて,大量化学療法と放射線治療を受けた患児の2年無増悪生存割合は66%で,亜全摘出で44%でした。これらのmultinodal therapyは patient-specific risk featuresに応じて決められるもの tailored therapy でした。

ETANTRの剖検例

Adamek D: Embryonal tumor with abundant neuropil and true rosettes: an autopsy case-based update and review of the literature. Childs Nerv Syst, 2013
MRI所見がDIPGに酷似した脳幹部 ETMRの症例報告です。浸潤性格を示さず,塊 expanding massとしての増殖が特徴だとしています。

LIN28A抗体で診断ができる

Korshunov A, ey al.: LIN28A immunoreactivity is a potent diagnostic marker of embryonal tumor with multilayered rosettes (ETMR). Acta Neuropathol 124: 875-881, 2012
LIN28AがETMRの特異的な分子マーカーであるとの報告です (The encoded protein binds small RNA and has been implicated in stem cell pluripotency, metabolism and tumorigenesis. ) LIN28A特異抗体での染色では,ETMR37例の全ての検体で強い染色性が得られた,一方,50例のAT/RTでは6例で部分的な染色が得られたのみでした。800例の小児脳腫瘍で検索されましたが他の腫瘍型では陽性例がなかったとのことです。

長期生存例

Manjila (2011) は治療後7年の生存例を報告しました。4歳の時に発症して,右の頭頂葉腫瘍であったので幸いにも手術で全摘出できています。上矢状洞壁に浸潤があったとの記載があります。脳脊髄照射 (6 weeks, with 36 Gy) と腫瘍床には55.8 Gy,化学療法はChildren’s Cancer Group Protocol 99701が使用されました。具体的には,The patient received carboplatin at the maximum tolerated dose (cumulative dose 1050 mg/m2) and vincristine concurrently with radiation therapy. This was followed by cis-platinum (cumulative dose 450 mg/m2), vincristine (cumulative dose 30 mg/m2), and cyclophosphamide (cumulative dose 11.5 mg/m2) over a period of 6 months (Arm B).
この患児が長期生存できた理由は,手術で腫瘍が完全摘できたことと,ETMRとしては放射線治療ができる年長児であったこととです。この化学療法の有効性のためであったとは考えづらいです。

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