脳外科医 澤村豊のホームページ

様々な脳腫瘍や脳神経の病気について説明しています。

脳腫瘍の分子診断・遺伝子診断

組織診断,形態的診断 histological phenotypic diagnosis
分子診断,遺伝子診断 molecular genetic diagnosis

2016年までは,グリオーマは病理診断医が,顕微鏡を覗いて診断していました。これを組織診断(形態学的診断)といいます。でもこれからは,分子解析による遺伝子診断になります。


WHO 2016年分類による大混乱


  • 一番の理由は,この数十年間積み重なってきた世界の脳腫瘍の治療データが見えなくなってしまうことです
  • 新しい分類は他のページに書いてあるので見てください(ここをクリック)
  • これまでも多少の病理診断の定義の変化はあったのですが,今回はあまりに激変 drastic change でした
  • たとえば,顕微鏡で覗いて「乏突起膠腫」と診断していたものが,遺伝子診断しなおすと「びまん性星細胞腫」に変わってしまうということです
  • 免疫組織診断で「退形成性乏突起膠腫」であったものが, FISHで「膠芽腫」に変わってしまうということも頻度としては高いでしょう
  • その逆もあります
  • 文献で調べて,乏突起膠腫の臨床成績とされているものに,びまん性星細胞腫や膠芽腫が大量に混じっているということになります
  • 新しい分類を採用すると,過去の文献のデータによる根拠に基づく医療 EBMができなくなってしまいます
  • ではどこに,その腫瘍のことが書いてあるかといえば,英語で世界の文献情報を探っても何にも出てきません
  • なぜなら,この分類による治療成績や患者さんの予後は,今後20年くらいかかって徐々に明らかになってくるからです
グリオーマの根拠なき治療 non-EBM が始まります

 

わかりにくいので例をあげましょう

退形成性乏突起膠腫 グレード3を遺伝子診断で見直してみたら

Dubbink HJ, et al.: Molecular classification of anaplastic oligodendroglioma using next-generation sequencing: a report of the prospective randomized EORTC Brain Tumor Group 26951 phase III trial. Neuro Oncol 18:388-400, 2015

ヨーロッパで行われた大きな臨床第3相試験(EORTC 26951)を,遺伝子診断で再分析したものです。グレード3オリゴ AO, AOAと診断されて臨床試験された126例を遺伝子解析で見直したら,20例が IDH mutation, “astrocytoma“,49例が1p/19q codeletion, “oligodendroglioma”,55例が7+/10q- or TERTmut and 1p/19q intact, “glioblastoma”だったというのです。
なんのこっちゃ!!
結論は同じで,PCV化学療法が有効か否かはやはりMGMTメチレーションで決まるそうです。

退形成性乏突起膠腫の病理組織診断の半数近くが,分子診断で膠芽腫に変わったということでしょうか。これからは病理組織診断なんて,全く不要?ということに結論されます。
じゃあ今までのは何だんったんだ(;_;)

英語の論文を読むのにさらに深い知識と注意力が必要となります

日本においての現実問題

  • 遺伝子診断は日本でも可能です
  • でも,普通の脳神経外科医は,どこでこんな診断をしているのかわかりません
  • グリオーマの専門家というのは数少ないし,そこに患者さんが集まるわけでもありません
  • 保険診療で認められていないので,患者さんに数万円以上の自費がかかります
  • グリオーマで入院して手術して放射線化学療法しても,自己負担は普通の人で1ヶ月あたり9万円弱です
  • そこに余分に数万円以上の医療費が重なります

なぜ勝手な治療,根拠なき治療が始まるのか

  • どこにもデータがないので,基づく根拠なし
  • これからスタートというわけです
  • だから遺伝子診断(分子診断)に基づいて私の大学はこの方針で治療をしているという説明がなされます
  • もうすでにかなり多くの日本の施設でこのような治療方針が始まっています

現状で遺伝診断をしても患者さんにメリットが少ないわけ

  • 暗い話をするようで申し訳ありませんが,選択肢となる治療方法がないからです
  • グリオーマに使用できる信頼できる治療法は,放射線治療とテモダール化学療法のみです
  • 2014年にアバスチンは生存期間の延長さえできないとされてしまいました
  • もちろん,とても細かい微調整はできます
  • 遺伝子診断に基づく腫瘍の治りやすさに応じて,放射線の照射範囲と線量を増減したりする微調整です
  • また腫瘍によってはアバスチンで腫瘍体積を大きく減らすことも可能です
  • でも遺伝子診断に応じる,新たな治療方法が開発されたかというと,ありません

 

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