脳幹部海綿状血管腫、脳幹部海綿状血管奇形とは?

海綿状血管腫は異常な血管が集まって塊を作っている病気です。ぶどうの房のような見た目をしており、その粒の内で出血をおこすことでサイズが増大します。周りの神経組織を圧迫することで、神経の機能に異常を来し様々な症状が出ます。
海綿状血管腫のうち、脳幹にできたものを脳幹部海綿状血管腫といいます。脳幹部は他の部位に比較して出血率が高く、神経症状を出しやすいという特徴があります。
脳幹は神経が密集した場所であるため、血管腫が増大することで多彩な神経症状を呈します。場合によっては生命に関わる可能性もあるため、十分に注意して治療法を選択する必要があります。
脳幹は中脳、橋、延髄の3つに分けられます。このうち海綿状血管腫のもっとも発生する部位はです。

脳幹以外の部位にできたものについては”海綿状血管腫”のページにまとめてありますので、そちらをご参照ください。


目次(脳幹部海綿状血管腫)


脳幹部海綿状血管腫の特徴・症状

他の部位の海綿状血管腫同様に無症候性(症状がないもの)で発見されることも多いです。
他の部位の海綿状血管腫との違いは、脳幹という重要な神経が密集しているところにできる点です。
小さな出血でも症状を呈する可能性があります。また脳幹部海綿状血管腫は再出血率が高いことでも知られています。

出血を起こすことで徐々に周辺の神経組織を圧排し破壊していくことで手足の麻痺複視(ものが二重にみえること)、嚥下障害(飲み込みがわるくなること)、失調症状(手足は動くけどスムーズに動かせない)、感覚障害(手足のしびれる感じや痛み、手足がどこにあるのかわからない感じ)などが起きます。これらの症状は部位によって違います。延髄にできる延髄海綿状血管腫では呼吸障害を引き起こすことがあります。
症状が出ていたとしても軽いものであれば、海綿状血管腫内部の血腫が吸収されることにより保存的治療(手術を行わずに経過観察をする)で改善が見られることも多いです。
しかし、再出血を繰り返すことで致命的となることもありますので、治療の時期については主治医と十分な検討を行ってください。

脳幹部海綿状血管腫の検査

CTおよびMRI検査を基本として精密検査を行っていきます。
MRIは撮影の仕方が複数あります。撮り方によって得られる情報が大きく異なります。
・まずT2*というとり方を行うことで他の部位にも血管腫が多発していないか検査を行います。
・脳幹は非常に細かい部位ですので、MRIの撮像も細かく撮影する必要があります。
・造影MRI検査では静脈奇形という病気を合併していないかどうか検討を行っていきます。
・神経の構造を把握するためMRI-DTIという撮り方を行います。手足を動かす錐体路という神経の束がどこに走っているのかなど、通常のMRI撮像方法では把握できない情報を得ることが可能になります。

脳幹部海綿状血管腫 の治療

無症候性の場合には経過観察として問題ありません。
また症状が軽い場合も経過を観察していると、徐々に内部の血腫が吸収されて症状が改善することがあります。
このため、むやみに治療を選択する必要は無いです。

どのような時に治療が必要になるのか?

治療を考慮すべき状態は以下のとおりです。

  • 症状が強いとき
  • 症状の悪化傾向が強いとき
  • 出血を繰り返しているとき

治療の効果とリスクのバランスが非常に重要です。

手術治療について

手術による摘出が海綿状血管腫治療の基本です
のリスクをいかに低減させるかが重要です。
少し専門的な話ですが、Two point methodという方法で手術のアプローチルートを決めるのが一般的です。これは海綿状血管腫の中心部に1ポイントを、脳幹表面に近い部位にもう1ポイントを置き、その2点を通るルートで手術を行うのが良いという考え方です。我々はこの方法に基づいて手術の方法を考えています。

Two point methodの一例です。脳幹部海綿状血管腫治療で手術方法を決定するのに利用されます。病変中心部に一点(赤点)、脳幹表面に最も近いところに一点(青点)を置き、この二点を通るルートが安全とする考え方です。脳の内部の病変ですので、病変に到達するまでの脳損傷をいかに抑えるかが重要です。

脳幹は重要な神経が密集した部位です。
脳幹部海綿状血管腫は脳幹の内部に発生しますので、血管腫の周辺には本来そこにあるべき重要な神経組織が圧排された状態で存在しています。
海綿状血管腫の摘出の際には、脳幹に切開を加えて病変まで到達する必要がありますが、圧排された神経組織を損傷しないように注意する必要があります。
海綿状血管腫が脳幹表面に露出している場合は、この突出している部位から内部に侵入できるため、病変に到達するまでに脳幹組織を損傷する可能性は低くなります。
しかし、多くの脳幹部海綿状血管腫は脳幹の中に埋もれるように存在しているため、脳幹の一部を切開して海綿状血管腫に到達し摘出する必要があります。前述の通り脳幹は重要な神経の密集帯ですので、脳幹のどの場所を切開して病変に到達するかが重要になります。
脳幹部には種々のSafe Entry Zoneと言われる、一部切開しても症状が出にくい部分があります。Two point methodを用いておおよその侵入ルートを決定し、その近くのSafe Entry Zoneから脳幹の中に入ります。
手術中に静脈奇形をみることが多いですが、この静脈奇形は正常の脳幹の血流にも関与しますのでできる限り温存する必要があります。

当院における脳幹部海綿状血管腫手術の工夫

脳幹部海綿状血管腫は手術のリスクが非常に高いこともあり、症状が軽い場合には経過観察を選択させていただくことも多いです。
これは海綿状血管腫内の血腫が徐々に吸収され、症状が自然に改善する可能性もあるからです。
脳幹部海綿状血管腫は再出血の率が高いとはされていますが、必ず起こるとも言えないものであり、直近の出血から時間がたっているようであれば再出血の率が下がるからです。
出血が頻発するものや静脈奇形を伴っているものについては再出血率が高いとされています。このため画像を拝見し、再出血による神経障害が起こる可能性が手術リスクを上回ると判断されたときには手術治療をおすすめしています。

手術の前には様々な画像診断を行います。中でも神経組織の位置を把握することが重要と考えています。MRI撮影のなかで、DTI(diffusion tensor image)という撮影法があり、運動神経などの重要な神経組織がどの位置に走っているのか把握することができます。また静脈奇形の有無や周辺の正常構造を細かい画像撮影で確認します。これらを組み合わせて、術前に3D画像を作成しシミュレーションを何度も行います。予想される手術リスクを手術前に十分に把握することが手術成功の鍵となると考えています。

手術では可能な限り全摘出を目指します。手術は全身麻酔で行いますが、全身麻酔中でも神経の状態が把握できるように電気生理を駆使します。頭蓋骨を経由して神経を刺激して神経を傷つけていないかどうかを確認したり、脳幹表面、内部を直接刺激して近くに手足を動かす神経がないかどうかを確認しながら摘出を行っていきます。

当院では内視鏡を用いた手術法を行っています。脳幹は頭蓋内でももっとも深い部位に存在しています。脳幹部海綿状血管腫はその脳幹のさらに奥に存在しているため、非常に深い術野になります。内視鏡は深い術野であっても非常に明るい視野を得ることが可能であり、脳幹部海綿状血管腫の取り残しや細かな静脈奇形を把握するのに有効であると考えるからです。
また内視鏡は水中でも視野を得ることが可能です。脳は本来水中に存在する組織であり、摘出操作を水中で行うことは脳の環境を大きく変えないことにつながると考えられます。また、水中にすることで脳幹内部を十分に観察できるため、これも海綿状血管腫の取り残し予防につながると考えられます。

このように内視鏡を用いた手術を基本とし、術前、術中に考えられる限りのツールを有効活用して手術に望んでいます。

脳幹部海綿状血管腫の実症例について

現在まとめています。徐々に充実させていきます。一例、海綿状血管腫のページに提示してありますのでよろしければそちらもご参照ください。

脳幹部海綿状血管腫の入院期間について

脳幹部海綿状血管腫では手術前に綿密な検査が必要です。通常のMRI検査に加えて神経線維の走行を把握できるMRI-diffusion tensor imaging、周辺の血管構造を把握するために造影剤を用いた造影MRI検査を追加で行います。また骨の状態や、周辺の血管との位置関係などを把握するため3D-CTA(造影剤を使ったCT検査で非常に細かく撮影することで3D画像を作成するのに役に立ちます。これらの検査を行った上で術前に3Dモデルを作成し、手術戦略を練る必要があります。

脳幹部海綿状血管腫症例におけるdiffusion tensor imagingです。手術治療前に手足を動かす運動神経と病変との位置関係を立体的に把握します。
脳幹部海綿状血管腫症例におけるdiffusion tensor imagingです。手術治療前に手足を動かす運動神経と病変との位置関係を立体的に把握します。

症状にもよりますが、上記の検査におよそ2日程度を要します。(症状が強い海綿状血管腫の場合には一部の検査を省略し準緊急的に手術を行わせていただくこともありますが、できるだけ情報を集めるべきと考えています。)

術後はICUに1〜2日間の入室をしていただきます。多くの場合手術直後に全身麻酔を覚まさずに挿管状態(気管に管をいれて人工呼吸器につないでいる状態)でICUに入室します。おおむね翌日午前中まで全身麻酔をかけた状態で脳を休めます。術翌日のCTで特に問題のないことを確認し麻酔薬の投与を中止し、全身状態や神経の状態を把握していきます。

術後3日目に一般病棟に移ります。通常はこの段階でリハビリを開始します。食事については神経症状に応じて開始しますが、飲み込みに問題ないことが確認された段階でできるだけ早期に開始します。

この後は神経症状に応じて入院期間が前後します。もっとも早い方で約7日の入院後自宅退院された方もみえますが、1ヶ月程度当院での入院の後、リハビリ病院を経て自宅に帰られる方もおられます。
術前の症状、海綿状血管腫の部位に応じて術後の治療は大きく変わります。実際の診察をさせていただいたときに概ねの予定がお伝えできると思います。

海綿状血管腫、脳幹部海綿状血管腫のご相談



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脳幹部海綿状血管腫治療に関するお勉強

ここでは脳幹部海綿状血管腫治療に関する論文を紹介していきたいと思います。順に増やしていく予定です。

脳幹部海綿状血管腫の治療成績をまとめた論文

Outcomes of Surgery for Brainstem Cavernous Malformations: A Systematic Review.
Kearns KN, Chen CJ, Tvrdik P, Park MS, Kalani MYS.
Stroke. 2019;50(10):2964-2966.

脳幹部海綿状血管腫に対する外科的治療の治療成績をまとめた論文です。
期間:1986年から2018年まで
対象:脳幹部海綿状血管腫に外科的摘出術を施行し、follow情報がある論文
結果:86論文、2493症例が対象となった。
  全摘出率 92.3%
  残存病変からの再出血率 58.6%
  術後合併症率 34.8%
    (運動障害11%、感覚障害6.7%、気管切開・胃瘻6.0%、脳神経障害29.4%)
  最終follow-up時の神経症状
    改善:57.9%
    不変:25.9%
    悪化:11.6%
  死亡率:1.6%
結論: 手術治療により高い治癒率と最終follow-up時点での改善が認められることが多い。再出血を避けるために完全摘出を目指すべき。


感想: 非常に多くの論文をまとめている報告であり、平均的な治療成績を知ることができる。 しかしながら期間が長過ぎることもあり、治療方法や成績もばらつきがあることが予想される。


色々デバイスが発展した最近だけのものをまとめると成績が向上しているのではないかと推察される。