海綿状血管腫 (cavernous angioma) とは?

海綿状血管腫は字面から腫瘍のような印象を受けますが、血管奇形の一種です。血管の塊のような病気で、ぶどうの粒が集まったような見た目をしています。最近では脳ドックが普及した影響もあり、などで無症状の状態で発見されることも多く、経過観察とされることも多いです。腫瘍のように細胞が増えて増大するわけではなく、出血を繰り返すことでかさが増し、大きくなることで周辺の脳を圧迫、さまざまな神経症状を出すことがあります。時にてんかんの原因となることもあり、治療が必要となることもあります。
このページでは脳に発生した海綿状血管腫についての情報をお伝えいたします。

目次

海綿状血管腫の発生頻度は?

海綿状血管腫は一般人口の0.4~0.5%に認められるとされています1)。家族性(遺伝性)の海綿状血管腫も存在しますが、比較的稀です。家族性海綿状血管腫は常染色体優性遺伝を示し、海綿状血管腫が多発することが多いとされます。家族性海綿状血管腫であっても約半数は終生無症状で経過します2)。

1. Choquet H, Pawlikowska L, Lawton MT, Kim H. Genetics of cerebral cavernous malformations: current status and future prospects. J Neurosurg Sci. 2015;59(3):211-220.
2. Morrison L, Akers A. Cerebral Cavernous Malformation, Familial. 2003 Feb 24 [Updated 2016 Aug 4]. In: Adam MP, Everman DB, Mirzaa GM, et al., editors. GeneReviews® [Internet]. Seattle (WA): University of Washington, Seattle; 1993-2022. Available from: https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK1293/

海綿状血管腫の特徴・症状


多くは無症候性ですが、出血を繰り返すことで周辺の脳を圧迫し頭蓋内圧亢進症状(頭痛、吐き気など)が出たり、血管腫の場所によって麻痺、言語障害、記憶障害を来す可能性があります。出血後しばらく経過すると血腫が吸収されることにより症状が改善することもあります。
出血を繰り返さなくとも、脳の表面近くに存在する場合にはてんかんの原因になることもあります。

海綿状血管腫の診断と検査

近年では脳ドックなどで発見されることが多くなっています。脳ドックで発見されるものは多くが無症状であるため、治療や検査を急ぐ必要はありません。脳神経外科を受診していただき、より詳しいMRI検査を追加すると良いでしょう。
CT検査:サイズが大きかったり、出血直後のものだったり、石灰化を伴うものだったりと若干特殊な状態でないと見つけることが難しいです。確実な診断にはMRI検査が必要となります。
MRI検査:通常の検査に加えてT2*(T2スター)という撮像方法が必要です。T2*は微小な出血を強調することができるので、他の撮像方法では発見できないような小さな海綿状血管腫も同定することが可能になります。
造影MRI検査:静脈奇形を発見するのに有用です。海綿状血管腫ではしばしば静脈奇形を合併しますが、本病変との立体的位置関係を掴むのに造影MRIが非常に有用です。
血管撮影(カテーテルによる血管撮影):よほど大きな静脈奇形を合併していないかぎり不要と考えています。

海綿状血管腫の治療 
ーどの状態なら経過観察なのか?治療が必要なのか?ー

・無症状の海綿状血管腫の場合

症状のない海綿状血管腫の場合には基本的に経過観察が行われます
サイズが大きく、周辺に浮腫を伴う場合は神経症状なども加味して治療の要否を検討する必要があります。しかし、海綿状血管腫は時間経過とともに内部の血腫が吸収されサイズが小さくなり、周辺の脳浮腫が改善することも多いです。このため、比較的大きなものであっても無症候性であれば、急いで治療に飛びつく必要はない可能性があります。主治医と十分に相談してください。

・症状のある海綿状血管腫の場合

出血を繰り返しサイズが大きくなるもの
頭蓋内圧亢進症状の強いもの
・薬物治療ではコントロール出来ない“てんかん”の原因となる血管腫
などが治療の適応となります。
治療の選択肢としては手術治療放射線治療があげられます。

手術治療

手術治療はこの疾患の第一選択の治療法で、全摘出することにより根治することが出来ます。部位に応じて開頭を行い顕微鏡下に摘出を行うことが一般的です。

放射線治療

海綿状血管腫に対する放射線治療は合併症率が高いとされ基本的には選択されません
一定の効果は得られる反面、治療が必要なほどのサイズの海綿状血管腫には適応しづらく、放射線による悪化の危険性も示唆されています。ガイドライン上でも”外科的治療が困難な場合にのみ考慮される”とされています(ご興味があればこちらを御覧ください)。

当院における 海綿状血管腫治療の工夫

海綿状血管腫は腫瘍ではなく、血管の奇形です。悪性ではありませんので可能な限り周辺の脳に傷を付けないように治療を行うことが重要であると考えています。上記の通り無症状の海綿状血管腫、経過観察でも症状改善の見込める海綿状血管腫に対しては手術治療に飛びつかずに経過観察をおすすめします。逆に、症状が強いものや増大傾向が強いものについては手術リスクをふまえてご説明し摘出手術をおすすめすることがあります。
海綿状血管腫はぶどうの房のようなものでつぶがいくつも集まってできています。海綿状血管腫の出血というのはこのつぶの中で出血を起こすということを意味します。つぶの中で出血を起こすことで、このつぶが拡大し、周辺の脳を圧排するために症状を出してしまいます。海綿状血管腫の手術では、血管腫の中の血腫を除去するだけでなく、このつぶをしっかりと摘出することが求められます。つぶを残すことで再発の原因となりますので、内部をしっかりと観察して摘出を行う必要があります。

海綿状血管腫に対する内視鏡治療

・海綿状血管腫治療における内視鏡の役割は?

名古屋大学では内視鏡を用いた摘出術を海綿状血管腫治療の第一選択としています。海綿状血管腫は脳の浅いところにできることもありますが、脳深部に発生することも多いです。深部発生の海綿状血管腫の摘出では脳の表面から病変までの脳を切開し病変に到達する必要があります。内視鏡は脳深くに存在する海綿状血管腫の治療に非常に有効であると考えられます。
内視鏡は深部でも広く、明るく、近接して観察可能であり、脳の切開が小さくても病変の視野を十分に確保することが可能です。我々は脳深部に存在する海綿状血管腫に対して、6mmもしくは10mmの円筒(シリンダー)を利用した手術を主に行っています。シリンダーを病変に向けてナビゲーションという位置を把握する道具を利用して最小限のルートで直線的に挿入し、内部を内視鏡で確認しながら、シリンダーの中で摘出を行います。摘出操作はすべてシリンダーの内部で行いますが、内視鏡であれば術野を確認することは容易であり、正常脳を傷つける範囲はその筒の部分のみですみますので、従来の脳を切って入る手術に比べて低浸襲であると言えます。以下の画像は手術に使用するシリンダー及びシリンダーの挿入時のイメージ画像です。

脳に挿入するシリンダー
内視鏡手術に使用するシリンダーです。右側は10mm、左側は6mm径です。ほとんどの症例で6mmで治療可能です。6mmでの手術は世界最小と思われます。
シリンダー手術の概要
脳にシリンダーを挿入して手術を行います。図のように挿入し内部を内視鏡で観察しながら手術します。

海綿状血管腫はぶどうの房のような形をしており、そのつぶを摘出していくと空間が出来ます。ある程度空間ができた状態で、シリンダー内を人工髄液(脳の周りに生理的に存在する髄液を人工的に模したものです)で満たして、水の中で手術を行います。水中でも視野が得られるのは内視鏡の最大のメリットであり、水中下手術は顕微鏡手術では出来ない治療です。また、脳はもともと水の中に存在するものですので、より生理的な状態で手術を行うことが出来ます。摘出した空間に水を注入すると、摘出した空間は自然な水圧で広げられます。一般的に奥まった部位にある病変を摘出する際には、脳を圧排して視野を確保しなくてはなりませんが、水圧(10cmH2O程度)であれば脳に余計な負担をかけることなく、奥に入り込んだ海綿状血管腫をしっかり確認できますので、取り残しも減らすことができます。術野を水で満たすことで摘出腔を広げることができます。脳への負担をかけることなく脳全体を観察可能であり、病変の取り残しや止血の確認に非常に有効です。水中での視野は顕微鏡では得られないため、内視鏡の特徴的利点と言えます。

脳海綿状血管腫 の手術治療例:1

徐々に増大する海綿状血管腫の症例です。当初は経過観察をしていましたが、増大してきたため手術治療となりました。
左図は手術前のMRIですが、房状の海綿状血管腫が写っています。
内視鏡を用いて4cmほどの皮膚切開、2cmほどの小さな開頭、1cmの筒を利用して海綿状血管腫を摘出しました。
右図は術後のMRIです。海綿状血管腫が全摘出されていることがわかります。周辺の脳へのダメージは最小限です。

大脳海綿状血管腫のMRI画像です。
大脳海綿状血管腫のMRI画像です。左前頭葉深部に病変を認めます。
大脳海綿状血管腫に対する内視鏡治療後の画像です。
海綿状血管腫と診断し、内視鏡でアプローチを行い手術しました。 良好な摘出が確認されています。

脳幹海綿状血管腫 の手術治療例:2

脳幹部海綿状血管腫を含め海綿状血管腫治療に対し内視鏡治療は安全、低侵襲かつ確実な治療法といえます。

脳幹部海綿状血管腫の患者さんのMRI画像です。脳幹前方方向に血管腫が位置しています。

手術前の検査で左右に錐体路(手足を動かす神経線維)が分かれているのがわかりました。

【左図】白く写っているのは静脈性奇形であり、損傷すると脳幹部に静脈梗塞をきたしますので注意が必要です。

これまでこのような脳幹部海面状血管腫に対しては頭蓋底アプローチ法をもちいた手術が一般的でしたが、内視鏡技術の進歩により鼻からより低侵襲に、かつ脳幹損傷を抑えたアプローチが可能となりました。

脳幹海綿状血管腫 手術画像
脳幹部海綿状血管腫 に対して経鼻内視鏡手術を行っているところです。鼻から皮膚を切ることなく脳幹の前にある硬膜に到達したところです。これを切開すると脳幹が露出します。
脳幹部海綿状血管腫 の経鼻的手術中画像です。
脳幹が露出されているところです。画面中央付近のやや黒いものが海綿状血管腫です。画面左側にみえる筒状のものが脳底動脈という大事な動脈で、そこから細い血管が何本も出ています。これを損傷することで麻痺の原因になるため温存しなくてはいけません。
脳幹部海綿状血管腫 摘出後の水中画像です。
摘出後に水中下にして残存のないことを確認します。水中にすることで摘出腔を広げることができますので、出血リスクを軽減できると考えられます。 上面にあるのは静脈奇形でありしっかり温存ができているのがわかります。

術後3ヶ月後の写真です(本人様に了承を得て掲載しております)。術前は歩行が難しい状態でしたが片足立ちできるまでに回復しています。

脳幹部海綿状血管腫 術後の患者さんです。
術後3ヶ月後の写真です(本人様に了承を得て掲載しております)。術前は歩行が難しい状態でしたが片足立ちできるまでに回復しています。
海綿状血管腫 経鼻手術後
脳幹部海綿状血管腫 摘出後の画像です。良好な摘出と静脈奇形の温存が両立されています。

脳幹部海綿状血管腫について別ページに纏めました。こちらをご参照ください。

名古屋大学脳神経外科の海綿状血管腫についての論文報告

テント上海綿状血管腫に対して内視鏡治療の安全性、有効性を示した論文を発表しました。
本論文では内視鏡の最大の利点である水中での手術を主に紹介しています。脳はもともと髄液という水中に存在する臓器であるため、この環境を維持することで、より脳へのダメージを減らすことを目的としています。加えて、水中にすることで脳が水に浮くため、摘出腔内全体を観察することが可能になります。今後他疾患にも応用可能な、非常に有効な治療法となり得ると考えられます。
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Takeuchi K, Nagata Y, Tanahashi K, et al. Efficacy and safety of the endoscopic “wet-field” technique for removal of supratentorial cavernous malformations. Acta Neurochir (Wien). 2022;164(10):2587-2594.

海綿状血管腫、脳幹部海綿状血管腫のご相談

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海綿状血管腫についての細かい情報

ここからは海綿状血管腫についての診療にはあまり関係ないかもしれない情報について書いていく予定です。順番に増やしていきたいと思います。

家族性海綿状血管腫にまつわる遺伝子異常

家族性海綿状血管腫にはいくつかの遺伝子異常が報告されています。
・CCM1(KRIT1):53~65%
・CCM2:20%
・CCM3(PDCD10):10%-16%
これらの発生頻度については人種差があるとされています。日本人における発現率については明らかにされていません。

テント上海綿状血管腫に対する内視鏡摘出術

小脳テントという大脳と小脳を分ける膜よりも上方に存在する海綿状血管腫に対する低侵襲な内視鏡手術をまとめた論文です。
内視鏡を用いる利点として水中手術が紹介されています。脳はもともと髄液中(水中)に存在しているため、この環境を変えずに手術を行うことで脳へのダメージを減らすことが可能ではないかと提唱されています。
症候性の海綿状血管腫に対する有効な治療法の一つとして今後発展が期待されます。

Takeuchi K, Nagata Y, Tanahashi K, Araki Y, Mizuno A, Sasaki H, Harada H, Ito K, Saito R. Efficacy and safety of the endoscopic “wet-field” technique for removal of supratentorial cavernous malformations. Acta Neurochir (Wien). 2022 Oct;164(10):2587-2594. doi: 10.1007/s00701-022-05273-z. Epub 2022 Jun 22. PMID: 35732840.