日本医学サイエンスコミュニケーション学会
第2巻 第1号

特集号のご案内
SNS・ネット・書籍などを活用した 一般の人への医療科学コミュニケーションの最前線

市川 衛1,2)

1)広島大学医学部(公衆衛生学)
2)一般社団法人メディカルジャーナリズム勉強会

2023年 10 月に開催された 第 2 回日本医学サイエンスコミュニケーション学会学術集会のシンポジウムでは、 「 SNS 、ネット、書籍などを活用した一般の人への医療科学コミュニケーションの最前線」をテーマに、デジタルメ ディアの進化と医学情報の伝達方法に関する新たな挑戦が紹介され、医学と一般市民とのコミュニケーションの重要性が強調されました。 本特集では その 3 つの講演内容をもとに、各講演の演者による総説を掲載します。 「医学サイエンスコミュニケーション」の領域として 、 以下の三点が示され ています 。
――
・医学者が市民に医学を伝え、市民の医学リテラシーを高めること。
・市民が自身の医学に関する考えを医学者に伝え、医学者の社会リテラシーを高めること。
・医学者と市民が、医学と社会の関係について共に考察すること。
――
1 つ 目 の総説 では、 忽那賢志氏(大阪大学) に 、 SNS やインターネット記事を用いた医学情報の効果的な伝達方法 について 解説頂いています 。特にインフォデミックの時代における正確で信頼性の高い情報の伝達の必要性を指摘 し、 SNS とインターネット記事を用いたコミュニケーション戦略の重要性 が 強調 されています。 2 つ 目 の総説では、 山本健人氏(北野病院、京都大学) により 、書籍「すばらしい人体」を例に挙げ、医学情報 の書籍を通じた伝達の有効性について 解説頂いています 。専門的な知識を一般の人々にわかりやすく伝える際に、 そのいわば「翻訳者」である「編集者」や「出版社」の協力を仰ぐことの重要性を浮き彫りにしました。 3 つ 目 の総説では、 若宮翔子氏(奈良先端科学技術大学院大学) により 、 Twitter (現 X )の ツイートの言語的特 徴を用いた指向性推定の可能性を 解説 いただきました 。 SNS 上の情報の流れとその影響をより深く理解 し、 言語的 特徴を分析することで 、ツイートの指向性や影響力を予測する新たな方法論の可能性 が示されています。 本シンポジウムの内容、および本特集号の総説は、 医学と社会の関係を深める、より良い医療コミュニケーショ ンの実現に向けた重要な論点 を 明らかに しています。今後も、 医学サイエンスコミュニケーション の普及発展、そ して研究や実践へのご協力、ご指導を頂ければ幸いです。

コロナ禍における情報発信

忽那 賢志

大阪大学大学院医学系研究科 感染制御学

2019年12月に中国武漢市で報告されたCOVID-19の集団感染から始まり、この新型コロナウイルスは世界中に急速に拡散し、社会や医療情報のシステムに甚大な影響を与えた。2022年3月28日時点で、PubMedには「COVID-19」または「SARS-CoV-2」を含む241,717件の論文が掲載され、その数は日々増加している。情報の急増と共に、プレプリントサーバーを通じた新知見の急速な公開が一般化している。一方、SNS時代の到来は、専門家だけでなく一般市民も情報発信者となる環境を提供したが、科学的根拠に基づかない情報の拡散も見られるようになった。ファビピラビルやイベルメクチンの使用推進がその一例で、これらの情報が広まったことで社会的な混乱を招いた。日本では感染症リスクコミュニケーションの専門家が不足しており、異なるメディアを通じて多様な層に情報を正確に伝えるための戦略が求められている。COVID-19は情報発信のあり方に新たな課題を提示し、専門家による適切な情報提供の重要性を再確認させた。今後も正確で信頼できる情報源を提供することが、パンデミックに対処する上で不可欠である。

さまざまな媒体を用いた医学サイエンス コミュニケーションの実践
~私の経験、SNSから書籍まで~

山本 健人1,2)

1)公益財団法人田附興風会医学研究所北野病院 消化器外科・腫瘍研究部
2)京都大学消化管外科

医療現場においては、患者が誤った医療情報に惑わされ、適切な治療を受けられないケースが少なくありません。自身の経験から患者への情報発信を行う必要性を感じた筆者は、2013年頃から新聞への投書、医療情報Webサイトの開設、X(旧Twitter)等のSNS、有志のグループでのYouTube市民公開講座など、さまざまな媒体を活用して発信を続けてきました。また、2019年以降は書籍執筆に取り組み、2021年からは啓発本から教養本への転換を図り、自著『すばらしい人体』『すばらしい医学』でシリーズ累計23万部のベストセラーを記録しました。本稿では、これらの経験を通じて、医療従事者が情報発信する上でのノウハウを提供します。

そのツイートは誰の目に留まるのか? 言語的特徴を用いた指向性推定

若宮 翔子

奈良先端科学技術大学院大学

リアルタイム性と拡散性に優れたソーシャルメディアを用いた情報発信の重要性が増している.東日本大震災やCOVID-19を機に,多くの機関がソーシャルメディアを重要なインフラとみなし,一般市民への情報発信に活用している.しかし,様々な属性(年齢,性別など)の人々の目に留まるような情報発信は難しい.そのため,リスクコミュニケーションに配慮した情報配信を実現するために,ソーシャルメディア上での情報発信の工夫が求められている.我々は,マイクやスピーカーの指向性のアナロジーで,情報発信者が想定する受信者像を「指向性」と呼び,どの対象(年代や性別など)に向けて発信されたのかというメッセージの「指向性」を言語的な特徴をもとに推定する.具体的には,Twitter(現,X)から政府や公的機関等のアカウントによるツイートや,雑誌のようにターゲット層が明らかなアカウントによるツイートを収集し,クラウドソーシングにより得られた回答に基づく属性ラベルを付与し,指向性ツイートデータセットを構築した.このデータセットを用いて,ツイートがどの対象(年代や性別など)に向けて発信されているかを推定するモデルを構築し,そのモデルの性能やラベル付けされたツイートの分析結果を報告する.

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