日本医療通訳学会
第1巻 第1号

概要

日本医療通訳学会の設立と学会誌創刊にあたって

木内貴弘

日本医療通訳学会会長・運営委員長、東京大学大学院医学系研究医療コミュニケーション学分野

<特集> 医療通訳の現状と今後のありかた

<特集>医療通訳の現状と今後のありかた

川内 規会彦1)、吉富 志津代2)、南谷 かおり3)

1)青森県立保健大学2)武庫川女子大学3)りんくう総合医療センター

医療通訳の現状と今後のありかた-通訳者としての医療通訳-

服部しのぶ

鈴鹿医療科学大学

日本における医療通訳とは、日本語での意思疎通に制限のある外国人患者が母語で症状などを訴えることができ、それを日本語で聴いた医療従事者が安心・安全な医療を提供できるための仲介となる必要不可欠な専門職のことである。歴史的には1990年代に外国人集住地区でボランティアとしてその役割を果たしてきたことに始まる。来日外国人の増加、在留外国人の定住化に伴い、医療通訳者需要も高まり、通訳者数は全国に広がった。地域の各団体などに登録し、そこから派遣されたり、医療機関に常駐したり、と多様な業務形態で活躍している。通訳者の質保証については、養成講座を修了した認定者、学会認定の医療通訳資格保持者など、さまざまなレベルの通訳者が居る状態であり、資格更新制度がある中ですでに医療通訳業務を行ってきた通訳者の実務者認定をどのようにするのか、身分保障や待遇改善に関連し、今後も注視すべきであろう。このような現状を概観しながら、通訳者としてチーム医療にどのように関わるのか、ボランティア精神の上に成立している医療通訳者の業務の境界はどこなのか、など現場の声も含めて今後のありかたを考えるための問題提起とする。

外国人支援者としての医療通訳者

濱井妙子

静岡県立大学看護学部

全米医療通訳倫理規定には、正確な通訳とは、省略、言い足し、歪曲せずに伝えることと解説されている。ところが、米国でも日本でも、医療通訳者は医療通訳基準を重視している一方で、基準から逸脱する行為がみられる。例えば、正確に通訳するために曖昧な理解やなじみのない医療用語を明確にするとき、患者が理解していないサインを発したとき、患者と医療者との関係を維持するときなどである。他方、逸脱行為として通訳者が医師・患者間のコミュニケーションをコントロールするような不適切な介入もある。日本医療教育財団の医療通訳育成カリキュラム基準の行動規範には、「忠実性と正確性」とは、原発言の言語的内容を正確に理解して、反映した訳出をすること、意図や文化的文脈を正確に捉えた訳出をすること、意味がわからない場合は必ず確認し、内容を省略、推測して訳さないことと記され、前述の逸脱とされた行為はむしろ必要な介入とされている。 「患者」という弱い立場である上に言葉の理解が不十分で不安を抱えている外国人への配慮も必要な外国人支援者の立場としては、通訳者の役割として必要な介入の範囲や根拠について、議論が必要と考える。

医療者としての医療通訳

押味貴之

国際医療福祉大学医学部 医学教育統括センター

医療現場において一定の品質が保証された医療通訳者の需要が高まったことに伴い、2014年に厚生労働省は「外国人患者受入れ環境整備推進事業」として、医療通訳者およびコーディネーターの配備による拠点病院構築を開始した。2017年に同省は一般社団法人日本医療教育財団に委託して「医療通訳育成カリキュラム基準」を作成した。この「医療通訳育成カリキュラム基準」で定められている「医療通訳者の行動規範(職業倫理)」の12番目の項目として「他の専門職との連携」があり、医療通訳者には「チーム医療の一員として他の専門職と情報共有、連携を図ること」が求められている。この「チーム医療の一員として他の専門職と情報共有、連携を図ること」を可能とするために、筆者は「医療機関に勤務する医療通訳者を育成する教育者」の立場から、医療機関で求められる医療通訳者として下記の3つの要素を期待する。1) 医療・言語・通訳の研鑽を続ける。2) 通訳業務以外にも外国人受入業務に関する十分な知識を有し、必要で可能な場合には受入業務を補助する。3) 「どう伝えるか」よりも「どう伝わったか」を重視し、患者と医療者の対話を成立させる責任を持つ。

Copyright © Japan Society for Healthcare Interpreting Studies