スフィア基準 は、世界のどの国や地域でも、人為災害でも自然災害でも使えるように編まれています。2011年版より 日本語版スフィア ハンドブックが手に入るようになり、現在は2018年版が公開されています。「内閣府の避難所運営ガイドライン」にも参考にすべき国際基準として紹介されています。一方で、 スフィア基準 と言えば、
1人当たり3.5m2のスペース
設置するトイレの男女比が1:3
と言った数が良く知られているようです。
「それぞれの国の大きさや豊かさは様々なのに、スペースやトイレの数が同じでもいいの?」
と思ったあなたはスルドイ。
結論から述べます。
これらの数は、スフィア基準ではありません。
スフィアハンドブックに書かれてはいますが、最低基準ではないのです。
スフィアハンドブックには、「基本となることが書かれている4つの章(人道憲章、権利保護の原則、CHS:人道支援の必須基準、行動規範)」と、「技術的なことが書かれている4つの章(給水、衛生および衛生促進 (WASH)、食料安全保障と栄養、避難所および避難先の居住地、保健医療)」から構成されています。その構成を人間の身体に例えると、下の図のようになります(スフィアパーソンと呼ぶこともあります)。
スフィアハンドブックの構成内容や、「基本となることが書かれている4つの章」の重要性については、下の記事で述べました。詳細は下記リンクからご参照ください。
話を本題に戻すと、スペースやトイレの数は「技術的なことが書かれている4つの章」に書かれていることですが、最低基準ではありません。
技術的な章の構成
ここで、技術的なことが書かれている章の構成を紹介します。1つの最低基準は4つの構成要素から成り立っています。
- 最低基準
- 基本行動
- 基本指標
- ガイダンスノート
最低基準
最低基準は、尊厳ある生活への権利に基づいています。最低基準には数量が含まれることはありません。なぜなら、どのような災害であっても達成されるべき状況だからです。
基本行動
基本行動は、最低基準を達成するためのプロセスにおける、具体的な取り組みが書かれています。
基本指標
基本指標は、最低基準が達成されているかを確認する目安です。数量の指標は許容範囲の下限です。
ガイダンスノート
ガイダンスノートは、基本行動に取り組むときに、考えた方がいい項目へのアドバイスです。
これらの説明については、ハンドブックにも記載されています。詳しくは 日本語版スフィア ハンドブック 6-7ページ を参照してください。
トイレの男女比を例に
今回は、みなさんがよく耳にする トイレの男女比 、が書かれている最低基準を紹介します。基本行動、基本指標、ガイダンスノートは、ハンドブック内では少しかたい表現なので、言い換えてみます。原文は 日本語版スフィア ハンドブック 115-118ページ を参照してください。
し尿管理基準 3.2:
トイレへのアクセスと使用についての最低基準
人びとは十分な数の、適切かつ(心理的にも)受け入れられる(種類の)トイレを、安心で安全に、いつでもすぐに使用することができる。
これが、最低基準です。「みんながしたい時に安心して、安全に使える、慣れ親しんだ種類のトイレを使える」と言い換えることができるかもしれません。
基本行動
基本行動は5つあります。
- 地域の特性や、災害後の状況で、その時に使える技術で用意ができる、トイレの種類を決めましょう。
- 公衆衛生上のリスク、文化や習慣、トイレに関する水の調達と保管方法を踏まえた上で、トイレの数を、影響を受けた人びと自身が決めます。
- みんなで使うトイレの場所、設計や設置は、あらゆる使う人たち(老若男女、障がい者、移動が不自由な人、性的あるいはジェンダーマイノリティの人など)の代表者に、意見を求めましょう。
- 手洗い施設、生理用品や使用済みおむつを適切に廃棄する設備を、トイレスペースの中に作りましょう。
- 持続して流す水の確保ができなければ、水洗式トイレはあきらめた方がいいかもしれません。
基本指標
基本指標は5つあります。
- 共用トイレの割合は、20人につき、最低1つ設置します。
- 住居と共用トイレの間の距離は、50メートル以内にします。
- 内側から施錠でき、適切な照明がついているトイレの割合は、高い方が理想的です。
- 女性や少女が、安全だと感じることのできるトイレの割合は、高い方が理想的です。
- 女性と少女が、いつも使うトイレのうち、生理用品へのアクセスや処理に満足している割合は、高い方が理想的です。
ガイダンスノート
ガイダンスノートには8つの項目があります。
- 適正で、適切かつ受け入れられるトイレについて。
- アクセスのしやすさについて。
- 安心で安全なトイレ施設について。
- トイレの要件を定量化する必要について。
- 家庭用、共用、もしくは共同にする選択について。
- 水と肛門清拭用品について。
- 手洗いについて。
- 使用済み月経と女性衛生用品について。
1:3 という数字はいったいどこに書かれているのでしょうか?
実は、ガイダンスノートの4つめ、「トイレの要件を定量化する必要について」、に書かれています。
男女比を 1:3 にするよりも、5つの基本行動に書かれているように、使う人の意見を聞いて反映させていくことが大切である、とスフィアには書いてあります。
男女比が 1:3 でなくても、基本指標に書いてあるように、女性や女の子が、「ここのトイレは安心して使える」と言ってもらえるトイレを設置、運用していくことが大切である、とスフィアには書いてあります。
残念なことに、まだこのような正しいスフィア基準の知識を持っている人は多くありません。ですので、自治体が避難所運営マニュアルを作る際に「スフィア基準は理想論だから、うちは無理」とスフィア恐怖症になったりいるとも聞いたりします。このサイトをここまで読んだあなたは、次からはスフィア恐怖症に掛かっている人に、正しいスフィア基準からのアドバイスを教えて恐怖症を治すお手伝いをしてください。
もう一点、
スフィア基準が日本で当てはまるのか?
という疑問について。まず、スフィア基準は、紛争地だけのものではありません。あらゆる国と地域で起こる、基本的人権が脅かされるような事象を経験した人びとへの、支援に関する最低基準が書かれています。
そしてスフィア基準は、「コンテクスト化」の重要性も述べています。コンテクスト化とは、起きた災害の種類や規模、そして起きた国や地域の特性や文化に即してスフィア基準を使うことです。ですから、男女比が1:3 のような数にとらわれず、地域の80代90代の人生の大先輩も、留学中の外国人の方も、みんなが「いつでも安心して使える」と言うようなトイレを設置する努力を続けることが「日本のコンテクストに合わせた」「スフィア基準に基づいた」災害対応の1つ、と言えるのではないでしょうか。
より深く、スフィア基準を学びたい方は下のリンクをご参照ください。