`It's dull, dull, dull. My God, it's dull! It's so desperately dull, and tedious, and stuffy, and boring, and desperately dull!'
---Michael Palin, in `Vocational Guidance Counsellor'
(Monty Python's sketch)両方[高級な快と低級な快]を等しく知り、 等しく感得し亨受できる人々が、 自分のもっている高級な能力を使うような生活態度を断然選びとることは 疑いのない事実である。 畜生の快楽をたっぷり与える約束がされたからといって、 何かの下等動物に変わることに同意する人はまずなかろう。 馬鹿やのろまや悪者のほうが自分たち以上に自己の運命に満足していることを 知ったところで、頭のいい人が馬鹿になろうとは考えないだろうし、 教育ある人間が無学者に、親切で良心的な人が下劣な我利我利亡者 になろうとは思わないだろう。 こういう人たちは、 馬鹿者たちと共通してもっている欲望を全部、 もっとも完全に満足させられても、 馬鹿者たちより余分にもっているものを放棄しないだろう。 (中略) 高級な能力をもった人が幸福になるには、 劣等者よりも多くのものがいるし、 おそらくは苦悩により敏感であり、 また必ずやより多くの点で苦悩を受けやすいにちがいない。 しかし、こういった数数の負担にもかかわらず、 こんな人が心底から、より下劣と感じる存在に身を落とそうなどとはけっして 考えるものではない。
--J・S・ミル、「功利主義論」
(『ベンサム、J.S. ミル (世界の名著49)』
関嘉彦責任編集、中央公論社、1979年、469頁)
実はまだ二本目のエッセイが一字も書けていない。 一本目のエッセイも、某君から厳しい批判をいただいた(感謝。 しかし残念ながら提出前に修正できそうにない)。 ううむ。なんとかなるんだろうか。
「ええと、ベンタムは政府の圧政を牽制するための手段として、 選挙とともに世論の役割を重視したんですよね。 それで、世論を代表するものとして、新聞に非常に期待をかけたわけです」
「新聞? 当時はパンフレットとかもあったんじゃないのか」
「ええ、日刊新聞が流通する前は、 パンフレットが世論の形成に重要な役割を果たしていたようです。 フランス革命のころも、 新聞ではなくパンフレットが飛びかっていたもの理解していますが、 ここらへんはちゃんと調べる必要があります」
「しかし、新聞とかテレビやラジオの報道とかが 必ずしも健全な世論を形成するわけじゃないんじゃないの。 英国のタブロイドとかさ。中国とかロシアとかじゃ公平な報道がなされているのか わからないわけだし。 歴史をさかのぼれば、ナチのプロパガンダとかだってそうじゃん」
「まあそうですよね、 新聞にかけるベンタムの期待はちょっと楽観的にすぎる気もしますが。 しかし、早くから情報公開を謳い、 新聞の役割に着目したのはすごいと思います」
「なるほど。 それでそのベンタムの話とこの会話のタイトルとはどういう関係があるの」
「ああそうでした。それで、ベンタムは新聞に求められる性質として 6つの性質を挙げてるんですよね (Securities Against Misrule, p. 46)」
「ふんふん」
「どんなに優れた新聞でも、たくさんの人に読んでもらわないと、 最大多数の最大幸福には役立てないわけですから。それで、 その六つはどういうものかというと、 一つめは定期的に出ることです(constancy)」
「なるほど。発刊したり休刊したりしてたら誰も読まなくなるもんな。 お日様が毎日昇るようにいつも売店に並んでないと」
「次は頻繁に出るということです(frequency)」
「それももっともだ。定期的は定期的でも、76年に一回出る新聞とかじゃ困るわな」
「まあ、一時間に一回出たりしてもちょっと困りますが。 それで三つめは、内容が多様であることです(variety)」
「まあそれも妥当だろう。 多くの人に読んでもらうためには総合的でないとな」
「ええ、それに、 ぼくの経験からしても、いろいろな内容があると、 はじめは読まなかった経済欄とかスポーツ欄とかも、 だんだん読むようになりますからね。 この過程によって、スポーツ欄やテレビ欄から新聞に入った人も、 そのうち文化欄とか政治・経済欄とかも読むようになるかもしれません」
「なるほど。ベンタムはそんなことまで書いているのか」
「ええ、 『専門書に書かれていたならば絶対に手を出さなかったような内容でも、 その記事が自分の読む新聞に載っているという単純な事情から、 ついつい読んでしまうということがいかに多いかは、 ほとんどの人が経験上知っていることである』って言ってます」
「なるほど。それで四つめはなんだ」
「安さです(cheapness)」
「まあ当然だろう。 新聞がハードカバーの専門書のように高ければだれも買わないだろう」
「その点は専門書も勉強してほしいところですね。 まあそれはそれとして、 五つめは公平であること、あるいは不偏不党であることです(impartiality)」
「意見は偏らない方がいいということか。 しかしこれはなかなか難しいだろう。実際、英国の新聞にしても、 どれも保守党寄りだったり、労働党寄りだったりするわけだし」
「ええ、 ベンタムも少なくとも新聞間に意見の多様性があれば それで結構だろうと言っています。 そういえば、聞くところによると、 スイスなんかでは政府が新聞間の競争を奨励するために助成金を出している そうですね」
「スイスはちっちゃいから大変だろう。 シンガポールも国営新聞が一つあるだけだと聞いたぞ」
「ええと、しかしまあ、 各新聞が賛成意見と反対意見を載せるとより望ましいわけで。 ベンタムは、保守党寄りの意見と労働党寄りの意見を両方載せれば、 購買層が二倍になってもうかるとか言ってます。いや、 もちろんベンタムのころには労働党はありませんでしたが」
「まあ双方の見解が載っていた方がおもしろいという人も多いだろうしな」
「あ、それも言っています。 もちろん中には自分と異なる見解が載っている新聞など読みたくない、 という狭量な人もいるでしょうけど」
「まあそれにしても公平を目指すというのは望ましいということは同意できるな」
「しかし、不偏不党というのは言うが易し行なうは難しなので、 いっそのこと見解が正反対の編集長を二人雇って、 交代交代に仕事をさせたらいいどうかと提案しています。 ただし編集長が日変わりになると、 一日おきに新聞を買う人々が出てくるだろうから、 不規則に交代させるべきだと言っています」
「こまかいな、考えることが」
「最後に、表現が穏当であることです(moderation)」
「え、『基地外』とか『死根死根』とか書いた方が売れるんじゃないのか」
「まあタブロイドなんかは刺激的な表現を使って販売数を増やそうとするわけで、 その意見にも一理ありますが、ただそういうのを嫌う人も多いですからね。 とくに現代では『政治的に正しい表現』 をしないと総すかんを食う可能性もありますから。 また、悪態をつくと、相手と喧嘩になったり、はては裁判沙汰になったりと、 けっきょく損をすることにもなりかねません」
「まあタブロイドはそのあたりを承知しつつ、 きわどいところで勝負してるんだろうけどな」
「そうですね。ええと、それでまあ、予想がつくでしょうが、 これらの性質、すなわち定期性、頻度、多様さ、安さ、 公平さ、表現の穏当さ、というのはウェブページ、 とくにウェブ日記に求められる性質でもあるわけで」
「なるほど。 しかしきみの日記は定期的でもないし、更新頻度も落ちているし、 ときどきデカい写真を載せたりして一部の人に余計な負担をかけているし、 対話形式にして公平を装っているにしても、実際はそれほど公平なわけでもないし、 表現も穏当でないし。自己批判する必要があるんじゃないのか」
「いや、厳しいですね。しかしあるていどはその通りなので、 言い返せません」
「こんな風に長々と書くのもよくないんじゃないのか」
「いや、それがわかってるんだったら、 余計な合いの手をいれないで、 さっさとぼくにしゃべらせてくださいよ。 とりあえず、結論を言うと、 更新頻度が落ちると誰も読まなくなって 最大多数の最大幸福を促進できなくなると思うので、 更新頻度を増やそうと思います。 当面の目標は一日5回更新です。 他の点も前向きに検討するということで」
「なるほどなるほど。 しかし、そんなこと言ってないでエッセイ書いたらどうだ。 あともう一日半ぐらいしかないだろう。30時間だとしたら、 一時間に100字書かないと間に合わないぞ」
「うっ。そうでした。では勉強します」
う。まだぜんぜん書けてないが、寝ないと死ぬ。
起床。朝食。眠い。
イントロをほぼ書き終えたところで昼食。まだ250語。
もっと歴史を勉強しなければならない。 世論についての文献を集めること。
ウェブ日記の場合は、 七つめに「他人のコメントに反応する」という性質も求められる気がする。 これも最近は不合格だな。要修業。
やっとイントロが書けた。400語。眠い。
一時間ほどきもちよく寝ていたところ、某に起こされる。 中華街で買ってきた饅頭をもらう。勉強勉強。
夕食を抜かしてしまった。
約800語。残り2200語。睡眠時間を5時間とすると、 明日の12時まであと11時間あるから、1時間に200語か。
う〜ん。なんでこんなことになってしまったのか。 あいかわらず自愛の思慮に欠ける。
あれっ、もう日付が変わる。 あと半日しかないのにまだ1300語しか書いてない。やばい。 とても寝れそうにない。
だいぶ引用したおかげで、1700語になった :-)。 前半が書けたので一段落。寝るべきか寝ざるべきか。
ええと、あと11時間で1300語。3時間寝ると、8時間で1300語。 なんとかなるかなあ。
「それにしても某姫の妊娠によって経済が(すこし)回復するってすごいですね。 もっとポコポコ産んでくれるといいんですが」
起きた。あと7時間。
2300語。あと5時間。
この調子で最後まで書くと、 あとで削らないといけなさそうだ。
とにかく精神を集中して批判的になること。
わー、もう2850語。どっかばっさり削らないと。
つ、ついに最後まで書いた。 ごごご語数は。ひっ。4300語。 てことは今から1300語削らないと。
あと2時間(見直しの時間を3時間取っておいた)でなんとかしなければ。
や、やった。泣きながら切りに切って、ついに2990語。
提出期限まであと1時間しかない。やばい。 走れメロス(大学のコンピュータルームへ)。
大学のコンピュータルームは混雑が予想されたので、 寮のコンピュータルームを使ってプリントアウト。 インクジェットの遅さに気を失ないそうになる。
イライラしながらもなんとか打ち出し終えたので、 スタコラ走って大学へ。 研究科のデジタルコピー機でコピーさせてもらい、 10分前に提出。ばんざい。
「Curzon SohoでビートルズのA Hard Day's Nightを観てきました」
「まだ観てなかったのか」
「ええ、実は。ヘルプは観たんですけどね」
「それでおもしろかったのか」
「ええと、リバプール訛りの英語でジョークを言われるとけっこう わからないところもありましたが、まあ音楽を楽しむ作品ですし。 印象的なシーンもあって、こじんまりとしながらもよくできた映画でした。
「白黒だと印象に残るだろう」
「ええ。ときどき見ると、白黒は印象的ですね。 もとのタイトルはA Day in the lifeでしたっけ? そういうタイトルの方がしっくりきますね」
「それできみの評価は。有名どころだからといって甘くつけるんじゃないだろうな」
「ええとまあ、やはり名作だし、Bといったところですか」
生活に色気、じゃなくて、うるおいを出すために、
近くのスーパーで植物を買ってみました。
ラヴェンダーというそうです。
たまっている新聞を読まないといけない。
今日の法哲学の授業は、法的推論の妥当性とかを問題にするらしい。 ハバマス、トイプナー (Teubner)、ドゥオーキンなどが扱われるらしい。 ぜんぜん知らない領域なのですこしは予習すべし。朝から図書館に行くか。
土曜日に買った本。
あと、The Philosophers' MagazineからCD-ROMが届いた。 発刊から第10号までが収録されている。なかなかおもしろい。
ねむいが起きた。朝食。
午前中の貴重な時間は、たまっていた新聞を読むのについやされた。 南アでの製薬会社の訴訟の顛末、ケベックでのプロテスト (反グローバライゼイション派の言い分を勉強すること)、 ロシアのメディア規制、自民党総裁選など。
30分ほど寝る。う。すでに法哲学の授業に遅刻している。やばい。 走れメロス(昼食のスープを飲んでから)。
今月は学振の振りこみがないのでお金がない。 したがって無駄使いは現金。じゃない、厳禁。
法哲学の授業に30分遅れで出席。反省。 ドイツ系のディスコースの話。 法的推論の妥当性、正当性が問題らしい。 今夜復習すべし。
小雨の降る中、ULUでファイルと新聞を買ってから帰ってきた。
明日のベンタムの授業はミルの『功利主義』と`Remarks on Bentham's Philosophy'についてのようだから、これも今夜勉強しないといけない。
夕食。洗濯。たまっていた新聞をまだ読んでいる。
さまざまな職業の平均的な給料が新聞に載っていたので参考に。 なお、1ポンドは175円で計算してある。
あああ。新聞を読んでたら日付が変わってしまった。
授業の予習をしなければ。ミル、ミル。
「みなさん、こんにちは。完全自由党の野軸です。 さて、先日の朝日新聞の記事によると、民主党は、 ホームレスの人たちの自立を図る法案を準備しています。
「民主党によれば、この法案の趣旨は、ホームレスの生命や人権を守り、 社会参加を図ることだそうで、 政府は人々がホームレスにならないようにすることや、 ホームレスの支援に『責任』があり、 国民もホームレス自立に『協力義務を負う』そうです。 また、この記事によれば、ホームレスの人たち自身の『責務』として、 自立への努力規定も設けるそうです。
「しかし、貧しい人を助けるという大義はけっこうですが、 なぜ政府はホームレスを助ける『責任』があるのでしょう? 民主党の幹部は『好きでホームレスになっているわけでなく、支援が必要だ』 と言っていますが、 公平な競争の結果、負け組に入ってしまったのであれば、 あるいは、みずから望んでホームレスの生き方を選んだのであれば、 政府が手を出すのはおかしいのではないでしょうか。
「そもそも政府がホームレスを支援するためのお金や資源はどこから出るのでしょうか? もちろん、みなさんやわたしが払う税金からです。 しかし、 なぜ市民はホームレスを助けるために税金を払わなければならないのでしょう? なぜ『協力義務』を負うのでしょう? 貧しい人を助けるかどうかは個人の良心の問題で、 政府に指図されて行なうものではないはずです。 考えてみてください、 いやいやながら援助する人々を、ホームレスの人々はありがたがるでしょうか?
「みなさん、 わたしは決して貧しい人に親切にすることを否定しているわけではありません。 困っている人々に親切にすることは大切であり、 わたしも日々努めていることですが、 わたしたちはお金の出所をはっきりさせる必要があります。 民主党の幹部を含め、 良心的な人が集まってボランティア団体を作るというのなら美談ですが、 なぜわれわれが強制的にその団体に加入させられなければならないのでしょう? 民主党の幹部はまさに公私を混同しているのではないでしょうか。
「福祉国家の理想はけっこうですが、 そんなお金があるのなら、 結果の平等を目指すよりも、 小学校、中学校の教育を充実させるなどの、 公平な競争を目指した法案を提出してもらいたいものです。 これこそ本来の税金の使い道だと信じます。 ご静聴ありがとうございます」
「みなさん、平等党の同尾金です。 わたしはこれから今の野軸議員に反対する議論を述べたいと思います」
「まず、 国家は憲法にあるように最低限の文化的な生活を国民の全員に保障する義務があり、 ホームレスの人々は当然国家によって助けられるべきグループに入るわけです。
「もちろん、この場合、好きでホームレスになったのであろうと、 事業に失敗してなったのであろうと、関係ありません。 最低限の生活はみなが亨受する権利があります。
「野軸議員は、 なぜわれわれの一人一人にホームレスを助ける『義務』 が存在するのかと言っていましたが、 みなさん、自分がホームレスの立場に立ったときのことを考えてみてください。 もしみなさんが同じ状況になったら、 国家にどうしてもらいたいですか? 他の人々にどうしてもらいたいですか? きっと援助があってしかべきだと思うでしょう?
「もし『ホームレス保険』なるものがあり、 ホームレスになるまえにあらかじめ保険に入ることができたとしたら、 みなさんもきっとこのような保険に入っておけばよかったと思うでしょう?
「みなさんは万一のために一定の保険金を払い、 苦境にあるホームレスは保険金を受けていると考えてください。 みなさんはホームレスを助けるかわりに、 万一自分が同じ境遇に陥った場合には、 同様の助けがあることが保障されるわけです。 実際にはみなさんはホームレスにはならないかもしれませんが、 それはちょうどみなさんが火災保険や生命保険に入るのと同様です」
「たしかに、火災保険や生命保険は任意加入であるのに対し、 この仮想的な保険は国民が一律に加入しなければなりません。 しかし、このような最低限の生活を保障する保険は、 よく考えればどんな人でも入りたいと思うにちがいありませんから、 私企業ではなく、 倒産の可能性のない政府が税収を用いて実施するわけです。
「というわけでみなさん、野軸議員の無責任な議論には耳を貸さず、 今回の法案を支持しようではありませんか」
起きて朝食。眠い。
予習予習。
遅刻せずに出席。 ミルの`Remarks on Bentham's Philosophy'と 『功利主義』について。 学生が少なかったせいか、 あるいはトピックが親しみのあるものだったせいか、 めずらしくよく発言した。
再来週に『代議政治論』について発表することになった。 要修業。
授業のあと、突如降ってきた大雨にやられる。 走ってユーストン駅そばのマレーシア系中華料理屋で昼食。 ここは安くてそこそこうまいのでときどき使っている。
食事のあとに外に出たら、すっかり晴れていた。
2時間ほど寝る。 最近、早起きがつづき寝不足気味なのでつかれているらしい。
夕食のあと、友人らと映画を見に行く。 英国で記録的ヒット中のBridget Jones's Diary。
「どんな内容かと言われると説明しにくいんですが、 ロンドンに住む30代前半の独身女性が主役のラブコメといったらいいですかね。 この女性がスタイリッシュじゃないし、 場の雰囲気がつかめなくて変な発言をしたりするので笑えるわけですが、 その要素を抜けば普通の恋愛物語です」
「しかし、その要素を抜いたらほとんど内容がなくなるだろう」
「まあそうなんですが。男性にはそれほど受けてないようなので、 きっと同じ世代の女性が共感するんでしょうね。 いや、ところどころ大爆笑できる映画なので、英国と米国だけでなく、 きっと日本でもはやるんじゃないかと思いますが」
「ふ〜ん、どうもあんまりおもしろくなかったようだな」
「いや、かなり笑えたんですが、ごくふつうのハッピーエンドだし、 見終わったあとにあまり高揚感がなかったので。 でもいい映画だと思いますよ。大ヒットしてるのもわかります。 というわけで、B-」
「いつもB-ばっかりじゃないか」
「名作じゃないけれど見ればまあ楽しめる、ということで」
「たまには某師匠の日記にコメントでもするか」
「あんまり変なことを言わないでくださいよ」
「某師匠の論旨は、『女はいいよな、男はつらいよ』式の発言は、 自立の意味を理解していない、ということみたいだな」
「ええ、たとえば19世紀の米国南部の白人が 『黒人はいいよな、奴隷をやってればいいんだから。 白人は広大な農場をやりくりしないといけないから大変だよ』 とぼやくようなもので」
「しかし、それってほんとにダメなことなのか? そんなに目くじらを立てることでもない気がするが」
「やっぱりダメでしょう。ミル式に言えば、 高級な快と低級な快を味わった人間が、 低級の快の方がいいというようなもので。 いや、そもそもそういうことを言う男性は、 男性社会で生きていることがいかに恵まれており、 自分たち男性が女性をいかに虐げているかということをを自覚していないから、 もっと罪は重いでしょう」
「しかしじゃあ、 『カモメはいいよな、気苦労なく一日中空を飛んでればいいんだから』 とか、『ネコはいいよな。メシ食って寝るだけだもんな』 とかいうのも重罪なのか?」
「『カモメやネコはいいよな』とかいう発言は女性差別的じゃないので、 まだましな感じがしますが、 某師匠の論点からすれば同じ誤りを犯しているでしょう」
「しかし、たしかに自立とか選択の自由というのは人間の特権だが、 それが足枷のように感じられるときもあるわけでさ。 毎日がんばっていても、 たまには肩の荷を降ろしたくなるもので、 そういうときに責任のより少ない生き方をうらやましく思うのは 無理からぬことなんじゃないのか」
「なんだか実存くさくなってきましたね」
「いや、もともと実存の話なんだろう、これは」
「そうでしたそうでした。あ、すいません、もう寝ないといけないので、 今夜はこのへんで。おやすみなさい」
「おやすみ」
朝食を見逃す。ノドが痛いのを言い訳にして、お昼までえんえんと寝てしまう。
非生産的な午後の一時を過ごす。これから勉強すべし。
夕食後、火災警報がなる。 いつものように誤作動だと思ったが、 いちおうパスポートその他をポケットに入れて外に退避。 しばらく待ったあと、 やはり誤作動だという情報が入ったので、 寮内に戻った。
しかし、さて部屋に戻ろうとすると、 部屋の近くの共用キッチンから煙が出ている。 息を止めて見に行ってみると、 プラスチックの湯沸かし機から煙が。 急いでコンセントを抜いて流しに放りこみ、水をかける。
あとから湯沸かし機をつけたままどこかに行っていた女性が キッチンに戻ってきたので、顛末を説明すると、 「わたしはちゃんと水を入れてわかしていた」と声を荒げて言い張るので、 めずらしく「そんなこと知るか。けむりが出てたのはたしかなんだから、 ちゃんとそばについてないお前が悪い」と怒鳴ってしまった。 あとでちょっと反省。
日本では小泉新内閣が発足したようだ。 朝日の意見は厳しいが、読売は好意的に見える。
ところで、厚生労働とか行政財政とか見たことがない省庁名が並んでいて驚く。 そういえば去年、大蔵省が財務省になるとか言ってたっけ。
が、「財務」「経済産業」「金融」「経済財政」 の四つはいったいどういう役割分担をしているのか、 名前からはよくわからない。要研究。
ミルの功利主義について勉強中。
英国のポテトチップス(こちらではcrispsと言う。 chipsはフレンチフライのことを指す)はもうれつに塩辛い。 とくにsalt and vinegarは強烈。 おいしくてついバリバリ食べてしまうんだけど、 このままでは味覚が麻痺してしまう。
部屋にあるのを食べ切ったら、食べてはいけないリストに追加しよう。バリバリ。
「ミルの高級な快と低級な苦の区別を認めた場合、 『高級な苦と低級な苦』という区別も立てる必要があるんでしょうか」
「高級な苦と低級な苦ってなんだ?」
「う〜ん、なんでしょうね。 豚や犬や馬鹿やのろまや悪者でも感じるような苦、 たとえば殴られたり蹴られたり、 お腹が減ったり疲れたりしたときの苦は低級な苦ですよね、きっと。 とすると、 やっぱりまともな人間にしか感じられないような高次の能力が要求される苦痛が 高級な苦でしょうか」
「それってたとえばどんな苦痛なんだ?」
「共感の苦痛とかでしょうか。犬がいじめられているのを見て苦痛を感じるとか。 また、名誉の苦痛とか、恋愛の苦痛というのもありますね。 あと、ハードディスクが飛んでデータがすべて失なわれたときに感じる苦痛なんかも、 そうかもしれません」
「しかし、その高級と低級の区別は経験によって決まるのか? 指の先を一本一本ペンチでつぶされる苦痛と、 死ぬほど辛い失恋の両方を体験した人は、 どっちを選ぶわけ?」
「ええと、それやっぱり、 選ばれた方が低次だということになるんじゃないですか、おそらく」
「ということは、みな指先をペンチでつぶされる苦痛を選ぶわけか」
「う〜ん、失恋の度合にもよると思いますけど…」
「あれ、しかしすると変なことにならないか」
「え、どうしてですか」
「だって、快については、 ミルは高次の快を感じられるように教育すべきだと言うわけだろう」
「ええ」
「とすると、高次の苦についてはどういうわけ? やっぱりこういう人間独特の苦を感じられるように 陶冶されるべきだというんだろうか」
「そういうことになりますね、ソクラテス」
「だれがソクラテスだ」
「いや、すいません、つい」
「しかし、高次の苦は、 低次の苦とはくらべものにならないくらい辛い苦痛なんだろう」
「そうです」
「とすると、そんな苦痛はそもそも感じない方が、 功利主義的にはいいんじゃないのか」
「あれ、そうですね。なんか相づちがわざとらしくなってきましたが」
「しかし、他方でミルは高次の能力を陶冶すべきだと考えているわけで、 ここには矛盾があるんじゃないのか」
「あれ、どうもそんな気がしてきました。 ひょっとすると、快と苦の関係は非対称で、 苦痛には高次も低次もないんですかね。 あ、もう寝る時間なのでそろそろここらへんで。おやすみなさい」
「またそれか。おやすみ」
うう。猛烈に寝不足だが、 某物理学者の研究を手伝うために(写真を撮る)、早起き。
ひさしぶりに図書館に来て勉強。 『功利主義論』、第四章まで。
邦訳の書きこみを見ると、3年前に一生懸命読んだ形跡があるが、 そのときよりもいくらか理解が深まっているようだ。 学びて時にこれを習う、亦た説ばしからずや。(注)
(注: 勉強したことをあとでおさらいする。ひゃあ楽しいや)
「友人に借りっぱなしになっていたLife Is Beautiful をようやく観ました」
「あ、一年前ぐらいに話題になったイタリア映画か。 どんな話なの」
「ええと、手元に情報がないので正確じゃないかもしれませんが、 映画を見たかぎりではこんな話だと思います。 ごほんごほん。
「あ〜、第二次世界大戦前夜にイタリアで結婚したユダヤ人男性とイタリア人女性は、 男の子を一人もうけ、貧しいながらも幸せな生活をしていました。 しか〜し、戦争がはじまってユダヤ人差別が激化し、 ついにある日夫と息子は列車に乗せられて ドイツの強制収容所に連行されることになり、 妻も自発的に列車に乗ることに。 収容所の生活はまさに地獄のようですが、 ユダヤ人男性は持ち前のユーモアとウィットで息子を楽しませ、 ついに戦争が終わる日が来る…」
「戦争の話か。題名からはわからんな。それで君の感想は」
「たしかに最初はなんの映画だと思うくらいのどかな始まりをしたので (ジョークも古典的だし)、どうなるのかと思ってましたが、 強制収容所に舞台が移ってからは最後まで息を飲む展開でした。 いつ息子が殺されるのかとひやひやし通しで。 そんな中でもお父さんがけっしてめげず、 こっけいなまでにユーモアを保ちつづけるところが、 子供と妻への愛情を感じさせ、胸を打つんですよね。 この、なんていうのか、 平和な状況が一変して悲劇的状況になっても夫が変わらず ユーモアを保ちつづけるところに、この映画の醍醐味があると思うんですよね。 できませんよ、普通は」
「ということは夫が主役か」
「ええ、そうですね。 しかし、妻もいい役で、 とくに、自分から進んで強制収容所行きの列車に乗るところなんかは、 胸を打たれました。 ああいう徳高い行為が自分にできるかどうか不安ですよね」
「夫も徳高いんだろう」
「ええ、ほんとに子供と妻思いで。地獄のような強制収容所生活を、 息子に最後までゲームだと思わせるのに苦心して。息子から見たら、 あんなに辛い状況にあったのに、 お父さんのおかげでまさにLife is beautifulなんですよね。 エンディングには泣かされました」
「まあ戦争っていうのは徳の見せどころだからな。 うまくやれば感動する映画はいくらでも作れるわけでさ。 シンドラーのリストとか」
「またまた、口が悪いですね」
「そしたら今回の評価は高いのか」
「そうですねえ。 こういう映画自体を作るイタリア人のセンスもすごいし、 映像はそこそこですが音楽もいいし、 ストーリーも抜群なので、B+ですか。 必見ということで」
最近は9時頃まで明るいので、夕方がやたらに長い。
映画を見てから1時間ほど寝る。
昨夜、友人宅でイタリア家庭料理をごちそうになる。感謝。
覚えたイタリア語: Grazie, Prego, Quanto costa?, `E troppo, Dove `e il bagno, Ci vediamo.
なんとか朝食に間に合う時間に起きる。
すっかり春。
友人に誘われたので、午前中はスクワッシュ。つかれた。
「機会の均等と公平な競争社会というのが英国労働党の政策の一つのようですが、 よく考えるとこの、英語がデフォルト標準化している国際的な研究社会においては、 日本人のような第二外国語としてしか英語を使っていない人々は 相当なハンデを背負ってますよね」
「なんだ今ごろ。そんなことあたりまえやないか」
「あたりまえやないかって、なんで大阪弁なんですか」
「そんなこと言ってへんで、英米の連中に負けんように勉強したらええやろ」
「いや、たしかに現状ではそうするしかないわけですが、 機会の均等、公平な競争という理想を考えたとき、 われわれはかなり不公平な位置から出発しないといけないわけですよね」
「そんなん日本人だけとちゃうやないか。韓国人も中国人も、 みんなハンデ背負ってるんやから」
「けど、たしかにアジア人はほとんど同じだとしても、 英米人はシード選手みたいなものじゃないですか。 競争において、人種による不公平が許されるべきでなければ、 言語による不公平だって許されるべきじゃないでしょう、 理想的には」
「けどどうしたらいいわけ、そしたら?」
「う〜ん、それは難しいところですね。レベリングダウンの議論を用いるなら、 英米人は日本語か中国語でしか論文を書いてはいけないというルールを作るとか」
「んなアホな」
「それはまあ無理でしょうけど、現実的には、 やはり日本の英語教育をもっとしっかりするしかないですかね。 あるいは、もうすこし理想を言えば、 EUがすべての文書を11ヶ国語に翻訳しているように、 国連が各言語で書かれた主要な論文を 10ぐらいの主要な言語に翻訳して出版するとか」
「そんなんできるかいな」
「じゃあ、 文部科学省かバベルなんとか学院が日本語の主要論文を…」
「むりむり。よっぽど高性能の翻訳・同時通訳機械ができれば、 かなり公平な競争が達成されるかもしれないけど、 そんなん100年後の話や」
「なるほど、平等への道はまだまだ長いわけですね…」
「そんなこと言ってへんで勉強せなあかんで」
ちょっと昼寝。 星新一のショートショートのようなシュールレアルな夢を見た気がしたが、 起きたらオチ以外すっかり忘れてしまった。
勉強はかどらず。 英国の国勢調査の書類に個人情報を記入しながら、 テレビでやっていたブルース・スプリングスティーンの ニューヨーク・コンサートの様子を見てしまう。
左下の親しらずのあたりが痛む。 どうも英国にいるあいだに抜くことになりそうだ。
死ぬかも。
げ。歯が痛くて寝れない。これはやばいことになった。
前にも書いたが、この親しらずはほぼ水平に生えているので、 順調に成長すれば、 手前にある歯をすべて破壊して顔前面に突き出ることになる。
この親しらずが一つ手前の歯を圧迫するまでにはまだ時間があると見ていたが、 甘かったようだ。下手をするとこの歯を抜くことになるかも。
ああ。死ぬかも。
寝れないので学振の書類を書くことにした。 今後3年(あるいはそれ以上)の人生がかかっているので、 真剣にやらないといけない。
それにしても歯が痛い。 以前に書いたかもしれないが、 英国では親しらずを抜くのに局部麻酔と全身麻酔のいずれかを選べるらしい。 しかし、全身麻酔は毎年数人の死者が出ているそうだ (原因は忘れたが、 たしか脊椎に麻酔注射するときに失敗するとかそういう理由だったと思う)。
笑い話があって、全身麻酔を選んだ患者が、 手術が無事に終わり意識を取り戻したところ、 胸のところに大きな靴の底のあとがあるのを発見したっていう。 あれ、これ前にも書いたっけ?
痛い痛いと泣きながら寝てしまう。 起きると痛みはだいぶ引いていた。
朝食を見逃す。なんてことだ。
昼食が豚のエサのようにまずくて死にかける。もういやだー。
学振の書類、遅れてます。すいません。今書いてます。
友人に誘われて、 コリアン・フィルム・フェスティヴァルの初日に参加する。 初日は映画の前に簡単な韓国料理が食べられる。
今回観た映画は、 朝鮮の南北の国境のあたりで起きる事件を めぐるJoint Security Areaというもの。
ある夜、南北国境(帰らざる橋だっけ)で発砲騒ぎが起き、 北朝鮮の兵士が警備小屋で死んでいるのが発見される。 中立国のスイスから調査に来た女性が事件を調べていくうちに、 この事件は、 ちょっとしたきっかけで仲良くなった 南と北の兵士たちによって引き起こされた悲劇であることがわかる、 という話。
構成もふくめて物語はよく出来ているし、 ユーモアもよい (原語がわかればもっとおもしろいと韓国人の友人が言っていたが)。 役者もよく、とくに北朝鮮の人情味あふれる役を演じるSong Gang-Hoがよい。
先日観たLife is Beautifulと比べると、 あっちは親子の愛、こっちは友情がテーマになっているようだ。 サスペンス、美しさ、 感動の大きさからいうとLife is Beautifulの方に軍配が上がるが、 今回の映画の方がなまなましさを感じさせる。 終わり方も同程度によい。
というわけでこれも必見。B+。
ちなみに、映画が終わってから監督があいさつに現れた。 Song Gang-Hoも来る予定だったが、かなり遅れるというので、 あきらめて途中で帰ってしまった。ちょっともったいなかったか。
やっと学振の下書きを書いた。 といっても、完成敲ができるまでにはまだまだ労働力を投入する必要があるが。
しかし、明日明後日と授業があるので、 とりあえずいったん寝て労働力を回復させ、 起きたらしばらく予習に労働力を投下することにしよう。
朝、寮の住人に眠りを妨げられるが、めげずにお昼まで睡眠。
親知らずは(お金もないので)もう少し様子を見ることにした。
明日の法哲学の授業の予習。判例を読まないといけないのでたいへん。 わからん。
ちょっと寝る。風邪気味。
「友人と一緒にレスタースクエアに行き、 Thirteen Daysを観てきました」
「また映画か。たまにはオペラとかもう少し高尚なものを観てきたまえ。 それでどういう物語なんだ」
「一言でいうと、 いかにして米国がキューバ危機を乗り越えたか、という話です。 ケネディ兄弟とかれらの片腕のケニー・オドンネルの手腕によって、 ソ連と米国が戦争を回避した経過がわかります。 もちろん完全に史実であるわけではないですが」
「といっても、米国の一方的な視点から描かれた物語だろう。 ソ連あるいはロシア側から言わせれば、 ぜんぶ嘘っぱちということになるんじゃないのか」
「まあ公平かどうかは保証できないでしょうね。 人間関係を描いた物語のわりには、 ケネディ兄弟の印象が薄かったのも今ひとつですね。 ケヴィン・コスナーの演じるケニーに一番照明が当たっているのも 理解できない気がします」
「そりゃ、ケヴィン・コスナーが一番有名な俳優だからだろう」
「そう言ってしまうと身も蓋もないですが。 ま、そういうわけで、 キューバ危機に興味がある人以外にはあまりお勧めできませんね。 C+ということで」
「今回はきびしいな」