わっ、リンリー教授にまた出会ってしまった。しかも京大のそばでばったり。教授はぼくの顔を見ると「ニタリ」。
「あ、児玉君やないか。お、児玉君やないか。探しとったんやで。おもろ いもんがあるんやがな。最近おれもコンピュータ使うようになってな、それで ちょっと機械翻訳のソフト買って遊んでるんやこのごろ。おもろいでぇ、機械 翻訳は。けけけ。これをけなす奴はアホや。役たたんことないでぇ。こんなに 笑えるもんほかにおれ知らんわ。けけ、けけけ。ほれ、君の好きなベンタムの 『序説』の頭の部分も訳してみたったでえ。ちょっとまってや、(黒の大きな リュックサックを逆さにして荷物を全部路上にぶちまけて)これや、このフロッ ピーにはいっとるがな。読んでみてホームページにものせといてや。そやなぁ、 タイトルは「機械翻訳で笑おう(1)--ベンタムの場合」にしといてや。ほした ら頼んだでおれ忙しいからもう行くわ」
といってぼくに一言もしゃべらせないうちに、しかも通行人がみんな振り返るような大声でぼくに用件を伝え、リンリー教授は肩で風を切って出町柳の方へダッシュしていった。なんなんだいったい。コンピュータ買ったんだったら自分でホームページ作れっての。それに、機械翻訳の使用目的が明らかに間違ってるだろうっての。いやけどまあ、頼まれた手前、やらないわけにもいかないので、あずかったものをここに掲載しておく。確かにちょっと(ベンタムの『序説』を知ってる人には)面白い。なお、強調部分はリンリー教授。
Nature has placed mankind under the governance of two sovereign masters, pain and pleasure.
自然が2人の最高権威のマスターの統治、痛みと楽しみの下で人類を置いた。
It is for them alone to point out what we ought to do, as well as to determine what we shall do.
我々が、同様に我々が何をするべきであるか決定することに関して、するべきであることを指摘することは単独で(彼・それ)らのためである。
On the one hand the standard of right and wrong, on the other the chain of causes and effects, are fastened to their throne.
一方では権利の標準と誤りは、他、目的と効果の鎖、の上に、(彼・それ)らの王位に締められる。
They govern us in all we do, in all we say, in all we think: every effort we can make to throw off our subjection, will serve but to demonstrate and confirm it.
(彼・それ)らは我々がするすべてで、我々が言うすべてで、我々が心に抱くすべてで我々を管理する:我々が我々の従属を振り捨てるために作ることができて、デモをして、そしてそれを確認する以外に仕えるであろうすべての努力。
In words a man may pretend to abjure their empire: but in reality he will remain subject to it all the while.
言葉で男が(彼・それ)らの帝国を放棄するふりをしてもよい:けれども実際は彼はその間中ずっとそれを受けやすいままでいるであろう。
The principle of utility recognizes this subjection, and assumes it for the foundation of that system, the object of which is to rear the fabric of felicity by the hands of reason and of law.
公益事業の原則はこの従属を認識して、そしてそのシステムの基礎、理由のそして法律のいずれが勝負までに至福の生地を持ち上げるはずであるかについての対象のためにそれを仮定する。
Systems which attempt to question it, deal in sounds instead of sense, in caprice instead of reason, in darkness instead of light.
それを問題にして、光の代わりにセンスの代わりに、理由の代わりの気まぐれで、暗闇で音を扱おうと試みるシステム。
But enough of metaphor and declamation: it is not by such means that moral science is to be improved.
比喩と declamation の十分以外: それは道義的な科学が改善されるはずであるほど手段までにない。