こだまの(新)世界 / 文学のお話

井上ひさし『吉里吉里人』

ハードカヴァーの初版は、1981年(新潮社)、 文庫版の初版は上中下巻とも、1985年。


内容

(上巻)ある六月上旬の早朝、 上野発青森行急行「十和田3号」を一ノ関近くの赤壁で緊急停車させた男たちがいた。 「あんだ旅券ば持って居だが」。 実にこの日午後六時、 東北の一寒村吉里吉里国は突如日本からの分離独立を宣言したのだった。 政治に、経済に、農業に医学に言語に ……大国日本のかかえる問題を鮮やかに撃つおかしくも感動的な新国家。 日本SF大賞、読売文学賞受賞作。

(中巻)吉里吉里国の独立に日本国政府は仰天、 自衛隊が出動し、 国民の眼はテレビに釘付けとなった。 防衛同好会が陸と空から不法侵入者を監視する吉里吉里国では、 木炭バスを改造した「国会議事堂車」が国内を巡回、 人々は吉里吉里語を話し、 経済は金本位制にして完全な自給自足体制。 独立を認めない日本国政府の妨害に対し、 彼らは奇想天外な切札を駆使して次々に難局を切り抜けていく。

(下巻)独立二日目、 吉里吉里国の通貨イエンのレートは日本円に対して刻々上昇、 世界中の大企業が進出した。 だが国外から侵入した殺し屋や刑事らも徘徊、 ついに初の犠牲者が出る。 さらに日本国自衛隊も吉里吉里国最大の切り札四万トンの金の奪取に乗り出した。 SF、パロディ、ブラックユーモア、コミック仕立て ……小説のあらゆる面白さ、言葉の魅力を満載した記念碑的巨編。
(すべてカヴァーの裏表紙から引用)


感想

傑作。国家論(政治論)、言語論、文学論、医学論など、 さまざまなアイディアがこれでもかこれでもかというくらい、 惜し気もなく投入されている。 著者の博学さにただただ驚かされるばかり。 しかも、難しいことを述べるにしても、 気さくな登場人物たちがくだけた調子で語っているため、 いやみなところがない。 この作品を読めば、読者は楽しみながら、 少数民族の独立問題、 方言の問題、医学の問題などを考えるきっかけを得ることになるだろう。

小説の終わりぎりぎりまで、楽天的なムードで進行するため、 この独立の試みはうまく行くのではないかと期待させられるが、 「厄病神」古橋のせいで、事件はあまりにもあっけない破局を迎えてしまう。 また、最後の記録係の語りは、幕が引かれた後の独白として、 非常に効果的な「落ち」となっている。 喜劇が一転して悲劇に変わり、 今の今までかたずを呑んで舞台での惨劇に見入っていた読者は、 視点が古橋から記録係(メタな視点)に移ると共に、 記録係とともにこれまでの出来事全体を俯瞰できる高みへすっと引き上げられる。 そこで記録係の感想が述べられ、記録係が退場して全てが終わる。 う〜ん、かっこいい。なかなかこういう結末は書けないよなあ。

難を言えば、少々長すぎる。 それはそれで悪くはないかもしれないが、 一話完結型の連載ギャグマンガを読んでいるようで、 とても一気に読む気にはなれない。 また、最後の破局は、筒井康隆の『俗物図鑑』の終わりを思わせたが、 筒井康隆のようにもっと残酷にやった方が、 それまでの喜劇調のムードとの対比が鮮やかになったのではないか、 という気がする。

しかし、以上のような要望が少しあるとは言え、 全体としては非常に楽しめた。傑作。天才。 日本文学についてそれほど知識があるわけではないが、 このレベルの作品がごろごろしているとは思えないので、 古典ないし名作として語り継がれることになると思う。

ズーズー弁を勉強してみたい人、 小説を読んで笑いたい人、 SFが好きな人、 健全な猥褻が好きな人、 独立問題が好きな人、 等にお勧め。


名セリフ

トラキチ東郷
「俺達ァ男だ。男だがら女子(おなご)ば好ぎだ。 出来れば世界中の女子ば全部この手さ抱いでみでえ。 それがならずばひとりでも多ぐの女子とひとつ蒲団さ寝でみでえ。 それもならずば出来るだげ沢山の女性器(べちょこ)ばこの眼(まなご) で確かめてみでえ。……とまぁこう思ってんだっちゃ」(上巻169頁)

ゴンタザエモン沼袋老人が朗読したドイツ語の詩:
ダス トモネ
ハインリッヒ・ハイネ
イッヒ アッテ アイネ メッチェン アルヒハイデルベルヒ。 ウント ヒトメボレルン ダス メッチェン、 ヤーボール ツレコムシュタット ヤス ホテルン。イッヒ オシタオシテーン ウーバー フートンシーテン、 ウント トリンケン パンティッヒ。 イッヒ フンバルト ディッヒ ノケゾルレン ウーバー マットレス、 ウント ゲザークト コンメコンメ イッヒ モルテ。 アイン ツバイ ドライ クリカエシテット ダス メッチェン ナキダシテン、 イッヒ ヤバイケン ニゲタッテン。 バッテン メッチェン=ムッター ソク コンメ、 ウント セマリケン ハイラーテン。 ……マイン カンプ エンデ。
(上巻445頁)

古橋
「しかしぼくはおふくろの厚顔無恥そのものの話し方を聞いていると、 まるで自分が大勢の見ている前で大便をしているような、 矢も楯もたまらぬ恥ずかしさを感じてしまうのだ。 このたとえが穏当を欠くというなら、 そう大鏡の前で裸で自慰行為を……、 えへん、とにかくたまらない……」(中巻336頁)

アカヒゲ先生
「人助け? 買いかぶりだっちゃ。 医者づものは人でなしの最たるものす」
「考えてもみろて。 医者は他人を裸にし、触ったり、押したり、 撫でたりします。 他の人間が同じことをやってごらんなさい。 即刻ブタ箱行きです。 ときには無理矢理、胃カメラを口の奥へ押し込み、 性器や尻の穴に指や棒を突っ込む。 また他人の皮膚や臓器に切りつけ、もぎ取ったりする。 果ては他人の生理現象にまで干渉して自然の摂理にさからう。 受胎調節、人工妊娠中絶、 人工受精、人工造膣、処女膜再生、 すべて自然の法に反すっぺ。 わしは君に新薬を投与しようとしている。 人間を何かの実験に供する……、 こんなことは鬼のやっことス。 そしてしまいには、 死すべき人までも生かして人口過剰という異常を招き寄せてしまう。 人口過剰はやがて人類の存続を危くすっぺよ。 つまり少数を救って多数を危険に突き落す。 古橋君と言って居(え)だたけな、 良い(えー)すか、これが医者の正体でがすと」(下巻41-42頁)

古橋
「だとしても、脱糞恐怖症とはわびしい病名じゃないか。 どうせならもっとこう花のある病気になりたかったな。 知恵熱とか、腎虚とか、流行性作家症とか、 正当性立腹炎とか。 エートそれから、慢性もてもてカタル、急性蓄妾症、 愛人過多症、加害性愛咬炎、ヒモ性ぶらぶら病、 先天性長寿病、後天性美顔症、無病性息災炎、 一過性小吉病、多発性大吉炎、散髪性禿頭病、 連発性打止め症、先発性完投症、後発性セーブ炎、 乱発性ダジャレ症、大発声大音声……」(下巻224頁)


08/22/98-09/06/98

B++


KODAMA Satoshi <kodama@ethics.bun.kyoto-u.ac.jp>
Last modified: Sat Aug 22 21:31:37 JST 1998