書誌学的情報: Richard Bach, Jonathan Livingston Seagull,
1970.
五木寛之の翻訳は1974年に出されたもの。
文学者の手になる翻訳だけあってさすがに読み易い。
もっとも当人は、解説のところで、
「これはいわば創作翻訳=創訳とでもいうべきもの」(140頁)と断わっている。
重要なのは食べることではなくて、
飛ぶことだ。
いかに速く飛ぶかということだ
----飛ぶことの歓びを味わうために、
自由と愛することの真の意味を知るために、
光り輝く蒼穹の果てまで飛んでゆく一羽のかもめジョナサン・リヴィングストン。
群れを追放された異端のジョナサンは、
強い意志と静かな勇気をもって、
今日もスピードの限界に挑戦する。
夢と幻想のあふれる現代の寓話。
(裏表紙から引用)
この物語は3部構成になっている。
第1部は、 飛ぶことそのものに意義を見い出したジョナサンが、 「そのような行ないは不敬にあたる」 と非難され群れから追放された後も自己完成に努め、 ついには老いて昇天するまで。
第2部は、 ジョナサンが優れた能力をもつかもめたちの棲まう「より高い世界」 においてさらに修行をつみ、ついに最終的な自己完成を遂げ、 自分の知りえたことを昔の仲間に伝えるべく、 元の世界へ戻っていくまで。
第3部は、 ジョナサンが、 「食べるために飛ぶ」狭量なかもめたちの非難を浴びながらも、 より高い世界を目指すかもめたちを指導することで、 徐々に共感を勝ち得て、 優れた弟子たちを残し、 彼のことを必要としている別の場所へと去って行くまで。
第1章は非常におもしろかったが、 第2章と第3章は書かれなかった方がよかったと思われるほど、 嫌な印象を受けた。
なんていうのかな。 キリスト教と(スピノザ的)神秘主義と選民思想とヒッピー文化を混ぜ合わせたような、 なんとも気持ちの悪い世界。
ジョージ・ハリソンの`Within You Without You'にあるような、 「すべてが自分の内にある」という思想、 本来の自分は無限である、悟りを開けば自由になれる、 という繰り返し述べられる主張が鼻について嫌い。死ね死ね死ね。
といっても、 自己完成という主題が嫌いなのではなく、 それを神秘主義と結びつけるところが嫌い。 「本当の自分を見い出す」という考え方、 自然法思想的な考え方が嫌い。死ね死ね死ね。
この作品に現われる「アガペーとしての愛」の思想や、 精神の解放ないし自由の思想は、非常にヒッピー的で、 この作品が最初ヒッピー文化圏において圧倒的な支持を得た、 というのは納得できる話である。 しかしおれはそのどちらにもついていけない。
というわけで、そういう神秘主義思想、 ヒッピー的思想の色合いが薄い第1部は 非常に良くできた物語だという印象を受けたが、 その後は読むべきでなかったと思った。 決して出来が悪いわけではないのだが。
五木寛之も解説で、この作品の気持ち悪さを述べているが、 おれの感じた気持ち悪さとは少し異なるようだ。 たとえば彼はこの作品が「食べるために飛ぶ」ということ (すなわち、食べること、セックスすることなど) を不当なまでに軽視していることに不満を述べていたり、 また、この作品が米国で爆発的に流行したのは、 アメリカ人がジョナサンのような英雄を渇望している証拠と考えられる、 という趣旨のことを述べている。
しかし、当時のアメリカ人がこの作品に共感したのだとすれば、 それは彼らがジョナサンのような英雄を待望していたからというより、 彼ら一人一人が、 「自分のもつ無限性を悟る」 ことによってジョナサンの高みに昇りたいと欲していたからではないのだろうか。 つまり、彼らはこの本を英雄の出現を予言する書というより、 自己啓発の書として捉えていたのではないか。 (いや、よく知らないけど。)
などなど、結局はいろいろ考えさせられてしまった。 やはり名作なのだろう。 少なくとも第1部は絶品なので、ここだけでも読むことをお勧めする。 え? こんなに有名な本をまだ読んでないのはおれだけだって?
ジョナサン「骨と羽根だけだって平気だよ、かあさん。 ぼくは自分が空でやれる事はなにか、 やれない事はなにかってことを知りたいだけなんだ。 ただそれだけのことさ」(11頁)
チャン「天国とは、場所ではない。時間でもない。 天国とはすなわち、完全なる境地のことなのだから」(65頁)
ジョナサン「正しい掟というのは、自由へ導いてくれるものだけだ」 「それ以外にはない」(113-4頁)
ジョナサン「なぜなんだろう?」 「一羽の鳥にむかって、自己は自由で、 練習にほんのわずかの時間を費しさえすれば自分の力で それを実施できるんだということを納得させることが、 この世で一番むずかしいなんて。 こんなことがどうしてそんなに困難なのだろうか」(124-5頁)
01/30/99
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