こだまの(新)世界 / 文学のお話

A.E.ヴァン・ヴォークト『宇宙船ビーグル号の冒険』


原題は The Voyage of the Space Beagle, (1950) で、C.ダーウィンのZoologe of the voyage of H.M.S.Beagle 1840-43(『ビー グル号航海記』)が、タイトルと内容の両方の下敷になっている。創元SF文庫 第6作目の作品だそうな。

内容

一千人もの乗員を載せた宇宙船ビーグル号は、さまざまな銀河系を探検し ている。途中で、他の惑星や銀河系の生物と出会い、宇宙船とその成員は何度 も危機に陥る。

知性と超能力をもつ巨大猫型生物ケアル(クァール)、テレパシーによって 集団精神を作り上げている鳥型星人リーム、「寄生宿主(グール)」を求めてビー グル号に侵入して来た不死身の怪物イクストル、銀河系ひとつを自分のからだ の内部に抱えこんでしまった巨大ガス状生命アナビス。

ビーグル号の選りすぐりの科学者たちは専門知識を駆使して彼らの攻撃に 立ち向かう。(「立ち向かう!」の方が感じが出て良いかな?)

感想

とりわけ科学者たちとイクストルとの戦いが圧倒的。手に汗にぎる。イク ストルは人間の体に卵を産む寄生生物で、エイリアンの原型を見る思い。だが、 物語全体の最後の部分は、いささか尻切れトンボの観がある。

しかし、物語はこれ(=冒険活劇)だけに尽きるのではなく、「人間文明の縮 図(男性しかいないが)」であるビーグル号内部における人間模様にも照明が当 てられている。この人間関係を描いた部分がなければ、このSFは古典とはなら なかったのではないだろうか。

主人公のグローヴナーは、総合人間学ならぬ「総合科学(ネクシャリズム)」 という新しい科学の専門家で、他の伝統的な科学者たちからは、「いったいこ の若憎になにができるというんだ」という目で見られている。--新しい学問分 野は往々にして差別を受けるのである。

・しかし、グローヴナーは優れた解決策を次々に生み出すことにより、他 の科学者たちから一目を置かれるまでになる…。

名セリフ(今回は思わず録音したくなるような名セリフがたくさんあった)

考古学者の苅田:「発展というものは、つねに漸進的なゆっくりしたもので、 まず第一歩に、かつて聖なるものとしてあがめられていたことを、すべて容赦 なく疑うという時期がやってくる。内的な安定感が消滅してしまいます。今ま では疑問の余地なしとされていた信念が、科学的な、分析的な精神によって、 遠慮会釈なくメスを入れられ、その結果雲散霧消することになる。懐疑派こそ、 人間最高のあり方とされる時期になるのです」(p. 27)

化学部長のケント:「いったい、この事態の恐ろしさがわかる奴はひとりも おらんのかね?ジャーヴィーが死んでからまだ数時間しかたっていない。しか も下手人はこの化け猫だということは、だれだって知っているくせに、こいつ は鎖にもつながれずに、しゃあしゃあと寝そべっている。次にだれを殺すかた くらんでいるにちがいない。ここにいるだれかが殺られるかもしれんのだぜ。 どうしたというだね、われわれは?そろいもそろって阿呆なのか、それとも世 をすねてるのか、それとも鬼なのか?それとも、あまり文明が理性化してしまっ て、殺人までが同情の目で見られるのか?」(p. 36)

ケント:「檻に入れよう。人殺しは檻の中が当然だ」(p. 39)

グローヴナー:「現在のところは、もっと小さい目的を立てればすむ。人間 を懐疑的にすることです。無学文盲ではあるが、機転のきく農民、具体的な証 拠を目のあたりにしなければ気のすまぬ農民--これが科学者の精神的祖先なの だ。悟性のあらゆる次元において、懐疑主義者というものは、たとえ特別な知 識はなくても、それを自分の心がまえで補う。《実証してくれ!ぼくは広い心 を持ってはいるが、きみの言うことだけでは納得できかね る》という心がまえです」(pp. 298-9)

グローヴナー:「人は道義に反するとか反しないとかいいますが、それはそ の場での思いつき、あるいは思い出をたどりながらある問題を考えているだけ のことです。もちろんすべての倫理体系が、全然無意味だといってるわけでは ない。ぼく自身で申せば、ぼくの倫理の尺度は、最大多数の利益ということで す。ただしこれは、多数に同調しない人々を絶滅しようとしたり、拷問にかけ たり、権利を剥奪したりせぬかぎり、という条件がつきます。社会は、病気や 無知に悩む人間を救い、活用してゆく道を学ばなければいけないのだ」(pp. 306-7)


メモ

著者のヴァン・ヴォクト(1912-)は、1939年にこの小説の前半部分を発表し、 SF界にデヴュー。アシモフやハインラインとともに、アメリカSF40年代の黄金 時代を築いた立役者の一人なんだそうだ。他の著作には『スラン』、『武器製 造業者』、『イシャーの武器店』などがある。

11/01/97-11/17/97

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Satoshi Kodama
kodama@socio.kyoto-u.ac.jp
Last modified on 10/13/97
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