モリニュクス問題

(もりにゅくすもんだい Molyneux's problem [Molyneux question])


アイルランド人ウィリアム・モリニュクス(1656-98)が、 Bibliotheque Universelleという雑誌および ロックに当てた手紙で提起した知覚に関する問い。 ロックの『人間知性論』(第2版)で引用されて一躍有名になった。 以下、岩波文庫の大槻訳からそのまま引用する。

「生まれつきの盲人が今は成人して、 同じ金属のほぼ同じ大きさの立方体と球体を触覚で区別することを教わり、 それぞれに触れるとき、どちらが立方体で、 どちらが球体かを告げるようになったとしよう。 それから、テーブルの上に立方体と球体を置いて、 盲人が見えるようになったとしよう。問い。 盲人は見える今、触れる前に視覚で区別でき、 どちらが球体で、どちらが立方体かを言えるか。」(第2巻第9章)

モリニュクスとロックはこの問いに対して否定的な答を与える。 その理由は、要するに、立方体や球体についての触覚による経験は得ていても、 それを視覚による経験と結びつける経験は、 まだしたことがない、ということによる。 「私はこのことを記して、読者が経験とか[知識の]改善とか 既得の思念とかをすこしも利用しないと、 いいかえればそうしたものにすこしも助けられないと、 考えているとき、どれほどそれらのもののお陰を受けているか、 これを考える機会とする」。 つまり、一般的に言って、 感覚から得られた未加工のデータはそのままでは理解不能なものであり、 経験によって加工されて初めて理解できるものになる、というわけである。 この問いは、バークリ(否定的見解)や ライプニッツ(肯定的見解)などにも取り上げられた。

もともとロックによってこの問題が取り上げられた文脈は、 彼の生得観念説批判であるが、 その後この問いは元の文脈をやや離れて、 感覚の相関関係(たとえば触覚空間と視覚空間との関係) に関する知覚一般の問題として考えられるようになった。 また、実証的データによっては今日なお はっきりした答えがでていないと言われている。

ちなみに、上の記述をするにあたって『人間知性論』 を参照したほか、Cambridge Dictionary of Philosophy, Oxford Dictionary of Philosophy, Penguin Dictionary of Philosophyを参考にした。 研究室にある他の英語の哲学事典にはこれに関連する項目がなかった。 また、平凡社や岩波の哲学事典にも項目がなかった。 け、けしからん。 (11/25/99)


KODAMA Satoshi <kodama@ethics.bun.kyoto-u.ac.jp>
Last modified: Fri Jan 28 06:59:29 JST 2000