児玉聡 (倫理学、D1)
本論文で、著者は、インターネットを含むコンピュータ技術によって必要な情 報の入手が飛躍的に容易になった一方で、個人情報の流出の危険も加速度的に 高まっていると指摘する。そこで著者は、プライバシーがなぜ必要であるのか という根本的な問いから論じ始め、さらに進んでプライバシーとは何なのかと いう議論がなされる。以上のプライバシーに関する理論的な問題が検討された 後に、プライバシーを保護するための実際的な指針が提案されている。[もう ちょっと詳しく説明すること]
[段落ごとの見出しは児玉が付けたもの。文中の[--]は独り言。 段落ごとに話をまとめたのでかなり量が多くなったが、 結論を除いて翻訳ではない]
1. [情報のコンピュータ化の利点と欠点] プライバシーはコンピュータに関わ る倫理的問題の典型である。コンピュータ化社会では情報に油が差さ れる。これによって必要な情報の入手がますます容易になる一方で、 個人情報の流出を抑えることが困難になる。われわれの課題は情報がコン ピュータ化されたときの利点を残しつつ、欠点を除去することである。
2. [油が差されたデータの例: 電子電話帳] ムーアの家の電話番号はインター ネット上の電子電話帳によってすぐに調べられる。
3. [コンピュータによる情報の蓄積が生み出す問題] 人間の記憶力に制約があ ることは、情報の蓄積を妨げる働きをするので、プライバシーの保護に役立つ。 しかし、情報がコンピュータ化されると蓄積された情報は半永久的に失われる ことがないので、プライバシーが脅かされる可能性が高くなる。たとえば、スー パーに来る買い物客が何を買ったかは電子的に記録され、在庫の補充に役立て られるだけでなく、個人の嗜好を調べるのにも使われる可能性がある。
4. [宅配ピザの陰謀] スーパーの場合は情報が収集されていることは明らかで あるが、もっと巧妙にわれわれの知らないところで情報が集められている可能 性もある。たとえば、新しい客からピザの宅配注文を受けると、ピザ屋はその 客の電話番号とピザの好みを結び付けてデータベース化する。二度目からはそ の客から電話がかかって来ただけでその客の嗜好のデータがわかる仕組みになっ ている。
5. [個人情報の流出をどう防ぐのかが問題] このように、一度データが何らか の目的でコンピュータに入力されると、データには油が差され、あら ゆる目的のために使われる可能性が出てくる。そこで、コンピュー タにおけるプライバシーの問題は、個人情報の行き先を適切に監視することと 言える。
6. [プライバシーの基礎理論の必要性] プライバシーの必要性は当然に思われ るが、必ずしも直観的理解が正しいとはかぎらない。そこで、この論文では、 プライバシーの必要性を示すために、プライバシーとは何か、プライバシーは どのように正当化されるか、そしてプライバシーが倫理的状況においてどのよ うに適用されるか、を明確にする。
1. [プライバシーはなぜ重要か] プライバシーは、非常に重要な価値を持つと 考えられる一方で、個人の好みの問題で、文化ごとに異なるもので、一般的に 正当化するのは難しいものとも考えられる。そこで、プライバシーは主要な価 値なのか、また、プライバシーの重要性を正当化あるいは根拠づけるにはどう すればいいのか、という問いを考察する。
2. [道具的価値と内在的価値] 以下では、まず、プライバシーを正当化する二 つの標準的方法を議論し、次に、それらより優れていると思われる第三の方法 を提示する。プライバシーを正当化する標準的な二つの方法を説明するために は、道具的価値と内在的価値という哲学でよく用いられる区別を紹介する必要 がある。あるものが道具的価値を持つとは、それがなんら かの目的を達成するための手段として有用であるということである。他方、あ るものが内在的価値を持つとは、それがそれ自体として望 ましいということである。たとえば、論文を書くという目的のためにコンピュー タは手段として有用であるから、そのかぎりにおいてコンピュータは道具的価 値を持っている。しかし、コンピュータを使うことによって得られる楽しさは、 なんらかの目的の手段として有用というのではなく、それ自体として望ましい ので、楽しさは内在的価値を持っている。また、健康のように、なんらかの手 段として有用であると同時に、それ自体望ましいものもある。
3. [プライバシーの道具的価値] プライバシーが道具的価値を持つというのは 明らかである。プライバシーはわれわれを害悪から守るのに役立つ。しかし、 つまようじでも道具的価値を持つ。したがって、プライバシーの保護を正当化 するためには、プライバシーが高い道具的価値を持つこと を示さなければならない。よく知られているのはジェイムズ・レイチェルズの 試みである。彼によれば、プライバシーが重要であるのは、他の人々と多様な 関係を持つことを可能にするからである。すなわち、自分の情報をどの程度あ る人に教えるかによって、その人とのつきあいの距離を決めることが可能にな る、というのである。しかし、この議論は、他の人々と多様な関係を持つこと を望まない人や[目的が普遍的でない]、プライバシーがなくてもその目的を達 成できると考えている人[絶対に必要な手段ではない]には、プライバシーの重 要性を説得できないという難点がある。
4. [プライバシーの内在的価値] プライバシーに内在的価値があることを示せ れば、プライバシーの正当化はよりしっかりしたものになるだろう。この試み は、デボラ・ジョンソンが行なっている。彼女は、自律に内在的価値があるこ とを前提にして、プライバシーは「自律の本質的側面」であり、自律という内 在的に価値あるものが成立するための必要条件であるとみなす。こうすること により、プライバシーは内在的価値があるとまでは言えないまでも、次善の価 値をもつものであると言えることになる。しかし、問題は、「プライバシーが なければ自律は想像できない」という彼女の主張が正しいのか、という点であ る。
5. [デボラ・ジョンソンの主張の反駁: プライバシーがなくても自律は想像で きる] ムーアは、ジョンソンの主張が誤っていることを示すために、「機械お たくの覗き屋トム」という思考実験を提案したことがある。トムはコンピュー タと電子機器の使い手であり、あなたのことを--あなたのすべてを--知りたがっ ている。トムはコンピュータを使い、あなたの知らないうちに、あなたのこれ までの財政、医療にかかわる記録や犯罪歴などを調べている。トムはあなたの 生活に魅了されてしまったので、秘密カメラを使ってあなたの動きをすべて見 つめている。あなたはこのことについて何も知らないが、トムはあなたを見る のを本当に楽しんでおり、何度も再生して見ている。トムの行動には反感を感 じる人が多いだろうが、いったい何が問題なのだろうか。トムはあなたを直接 傷つけるつもりはないし、この情報を使ってあなたを傷つけようとも思ってい ない。彼は誰かにこの情報をもらすつもりもない。さらに、あなたはプライバ シーは持たないが、完全な自律を有している。だとすると、プライバシーは自 律の必要条件ではないことになる。ジョンソンの主張とは反対に、プライバシー がなくても自律を想像することはできるのである。[しかし、トゥルーマンズ・ ショーにおけるトゥルーマンは自律しているか? トゥルーマンが自分の置かれ ている状況に気付けば、自分は自律していないと考えるだろう。この例でも、 トムに覗かれている人間が、その事実を知っているなら、自律していないと感 じるのではないか。ジョンソンが「プライバシーがなければ自律は想像できな い」と言うのは、より正確には、「自分のプライバシーが失なわれていること を知っているかぎり、自分が自律していると考える人はいない」ということだ ろう。それに対するムーアの主張は、「自分のプライバシーが失なわれている ことを知らずに、自分が自律していると考える人はいる」ということだから、 論点がかみあっていない]
6. [第三の方法: 中心的価値アプローチ] 第三の方法は、わたしが「中心的価 値」と呼ぶ一組の諸価値があることを前提にする。これらの価値は、みなに共 有されており、人間が価値判断をするさいに欠かせないものである。ある価値 が中心的価値であるかどうかのテストは、その価値がすべての文化に見い出さ れるかどうかによる。ムーアが考える中心的価値は、以下のものである。 生命、幸福、自由、知識、能力、(食糧などの)資源、安全。 この主張は経験的なものである。[ほんまに確かめたんか?] とはいえ、すべて の文化においてこれらの価値が尊重されているからといって、これらの善いも のが公平に配分されていると主張するわけではない。ムーアが主張しているの は、存続可能な文化であればどの文化でも、これらの価値を選好するというこ とであり、これらの価値を完全に放棄する文化は存在を放棄するに等しいとい うことである。
7. [プライバシーは中心的価値ではない] そこでプライバシーが中心的価値か どうかを考えてみると、プライバシーにまったく価値を認めなくても存続およ び繁栄可能な文化を想像することは容易である。まったくプライバシーを持た ないカップルを想像することは可能であり、同様に、まったくプライバシーに 価値を認めない家族や部族を想像することも可能である。プライバシーという 概念は明確に文化に依存する側面を持っているため、プライバシーを中心的価 値とみなすことはできない。
8. [中心的価値の表現形] しかし、中心的価値を用いてプライバシーを正当化 することができる。中心的価値とは、すべての通常の人間と文化が生存のため に必要とする価値である。わたしが中心的価値を強調する理由は、中心的価値 が、異なる人々や文化の活動を評価する共通の価値の枠組を与え、異文化間の 判断を可能にするからである。しかし、すべての人間や文化が中心的価値を共 有するとはいえ、個々人や文化は、環境に応じて、中心的価値を異なった仕方 で表現する。たとえば、知識は中心的価値であるが、知識の内容は必ずしも同 じではない。共通の価値の枠組があるものの、枠組の内部で多様性が認められ るのである。そこで、ある個人や文化による中心的価値の表現の仕方のことを、 「中心的価値の表現形」と呼ぶことにする。
9. [プライバシーは安全という中心的価値の表現形] プライバシーは中心的価 値ではないが、安全という中心的価値の一表現形である。社会が大きくなり、 相互作用が活発になり、しかも他人との親密さが失われてくると、プライバシー は安全という価値の自然な表現となる。とりわけ、高度にコンピュータ化され た巨大な社会においては、プライバシーが安全という中心的価値の表現形とし て現われることは不可避といってよい。
10. [プライバシーは道具的価値と内在的価値を持つ] 先の道具的価値と内在 的価値という二分法に結び付けて考えると、プライバシーはすべての中心的価 値を保護する手段であるから、高度にコンピュータ化されたわれわれの社会に おいては、高い道具的価値を有する。さらに、プライバシーは安全という中心 的価値の表現形であるので、少なくともわれわれの社会においては、内在的価 値を持つと言うことができる。機械おたくの覗き屋トムは、彼のエモノを傷つ けることはしないが、プライバシーを侵害することによって安全を侵害してい るので、内在的に不正なことをしているのである。[プライバシーの侵害は 常に安全を侵害することになるのか? 警察によるビデオカ メラの設置はどうだろうか?]
11. [中心的価値は基礎付け関係にあるのではなく、相互に支えあっている] このように、中心的価値という枠組を使えば、プライバシーは道具的(=すべて の中心的価値を保護する)にも内在的(=安全という中心的価値の表現形)にも基 礎付けることができる。ただし、伝統的な道具的価値と内在的価値の二分法は いくらか誤解を招くおそれがある。従来、この分析を押し進めると、もはや手 段とならない目的である最高善に辿りつくものとされるが、上で述べた複数の 中心的価値はそのような基礎付け関係にあるのではなく、お互いに支えあうと いう関係にある。[結論は、要するに、米国のようなコンピュータ化された巨 大な社会では安全の保障のためにプライバシーが不可欠であるということ。わ ざわざ中心的価値などというものを出してくる必然性はあるのか? また、コン ピュータ化社会においてプライバシーの保護は安全を保障する不可欠の手段だ という主張は本当に正しいか? また唯一の手段と言えるのか?]
1. [プライバシーの概念の発展] プライバシーは米国独立宣言にも米国憲法に も明示的に言及されていない。プライバシーの概念は米国の文化の変化に応じ て、不侵入の概念から不干渉の概念を経て、限定的な情報アクセスという概念 へと発展してきた。今日ではプライバシーの概念はさらに発展し、通常プライ バシーと言えば、情報に関するプライバシーを指すようになっている。
2. [自然的プライバシーと規範的プライバシー] プライバシーの本質を誤解し ないために、自然的プライバシーと規範的プライバシーという区別を導入する ことが役に立つ。自然的プライバシーとは、自然的ないし 物理的事情によって侵害や観察から守られているような状況を指す。たとえば 洞くつを独りで探検している人は、自然的にプライベートな状況にある。それ に対して、規範的なプライバシーとは、倫理的、法的、慣 習的規範によって保護されている状況を指す。たとえば、弁護士や医者との相 談は、(これらの専門職には守秘義務が課されているので)規範的にプライベー トな状況で行なわれる。なお、自然的にプライベートな状況が同時に規範的に プライベートな状況である場合もある(たとえば郵便封筒)。[また、自然的プ ライバシーは「失われる」が、規範的プライバシーは「侵害される」と言われ る。]
3. [プライバシーの定義] 発展してきたプライバシーの概念と自然的、規範的 プライバシーという区別を用いて、プライバシーの定義を与えることができる。 「一個人あるいは集団がある状況で他人に対する規範的プライバシーを持つの は、その状況において当該の個人あるいは集団が他人による侵害、干渉、情報 アクセスから規範的に保護されている場合であり、その場合に限る。」ここで、 「状況」という言葉は、プライベートな場所、プライベー トな関係、プライベートな活動などを指 す広い意味で用いられている。
4. [規範的にプライベートな状況は場所と時代によって異なるが、これはプラ イバシーの基準が恣意的であることを示さない。情報を保護するという目的は 同じである。]
5. [プライバシー領域の設定] 重要な個人情報を保護するために、プライバシー 領域の設定、すなわち様々なプライベートな状況の区別を行なう必要がある。 こうすれば、異なるプライバシー領域ごとに、どの程度個人情報を公開するか を設定することができる。ムーアのプライバシー理論においては、プライバシー の概念は情報そのものではなく状況や領域に結びついている点に注意せよ。同 じ情報に対するアクセスであっても、状況が違えばプライバシーの侵害になる ときもならないときもある。
6. [プライバシーの制限アクセス理論とコントロール理論] ムーアの理論は一 種のプライバシーの制限アクセス理論である。制限アクセ ス理論に対立する考え方として、プライバシーのコントロール理論 というのがある。これはわれわれが自分の情報がどこに流れていく かを管理するという考え方であるが、米国のような高度にコンピュータ化され た文化においては不可能である。そこで、個人情報の保護のためには、むしろ 情報へのアクセスを制限することに焦点を合わせる方が好 ましい。ただし、ムーアの制限アクセス理論はコントロール理論の一つの目的 であるインフォームドコンセントを最大限に達成するので[ほんまか?]、プラ イバシーの「コントロール/制限アクセス」理論と呼ぶのが適切である。
7. [ムーアのコントロール/制限アクセス理論は融通の効くプライバシー理論 である]プライバシーのコントロール/制限アクセス理論においては、プライ バシーは「わたしだけが知っているか、みなが知っているか」という有るか無 いかではなく、状況ごとにプライバシー領域の設定ができるため、プライバシー に関するきめの細かい指針を作ることが可能である。
8. [コントロール/制限アクセス理論は、変則的なプライベートな状況も説明 できる] 通常、プライバシーについて考えるときは、人が他人に知られたくな い個人情報を持っているという状況が念頭に置かれるが、これ以外にも変則的 にプライベートな状況が存在する。それはたとえば、大勢の客がいるレストラ ンの中である夫婦が口論を始め、お互いが性生活の不満について大声でつまび らかにまくしたてるので、我慢できなくなったウェイターが「お客さま、失礼 ですがわたしがご相談に乗りましょうか」と尋ねると、夫婦が口をそろえて 「ほっといてください。これはプライベートな問題ですから!」と言うような 場合である。
9. [情報の制限アクセスは双方向的なものである] この夫婦の発言はコントロー ル/制限アクセス理論によって説明できる。一つに、夫婦は自分たちの個人情 報は垂れ流しにしておきながら、ウェイターからの情報提供は拒んだのだが、 このように、プライベートな状況では、(入力と出力の)両方向からの情報の制 限を行なうことができる。さらに、われわれの文化では、夫婦の性生活のよう な話はプライベートになされるよう要求される。それは、プライバシーが個人 だけを守るのではなく、一般市民をも守るものだからである。[それゆえ、ムー アの理論では、レストランの客は自分のプライバシーを理由に口論していた夫 婦を止めるよう説得することができる]
1. [簡単なまとめとこの章の主題] ここまで論じてきたのは、コンピュータ化 が情報に対して持つ潤滑油の効果と、コンピュータ化がプライバシーに対して 持つ潜在的問題である。プライバシーを、中心的価値の一つの一表現形として、 コンピュータ化社会の価値の中心的枠組の不可欠の要素として正当化しようと 試みた。プライバシーの本質を発展的概念として特徴付け、これはコンピュー タの発展に伴って情報的側面が強調されることになったと論じた。また、プラ イバシーはコントロール/制限アクセス理論によってもっともよく説明される と論じた。最後に、遺伝子検査を例にとって、プライバシー保護に関する実践 的指針を考える。遺伝子検査は情報技術の発展によってはじめて可能になった ものであり、また、個人のプライバシーに対する大きな脅威となりうるもので ある。
2. [遺伝子検査の例] ある女性の患者が乳癌になる可能性を調べるために遺伝 子検査を受ける。結果は陽性である。その結果はカルテに記載される。情報は コンピュータに入力され、州内の医療関係者はすべてその情報を手に入れるこ とができる。患者が加入している健康保険会社もその情報を手に入れられる。 この種の情報は、患者にとって生命保険や新しい健康保険に加入するさいに不 利に作用する。また、患者の子供たちにとっても、保険に入ったり就職するさ いに不利に働くことがある。
3. [どのような指針を作ることができるか] 指針を作るにあたっては、余分な 害悪や危険を最小限にするよう心掛けるべきである。カルテを内密に扱うだけ では足りない。記録がコンピュータに入力されていれば、第三者が情報を手に 入れる可能性があるからだ。遺伝子検査の結果に基づいて差別をすることを禁 じる法を作ることも考えられよう。また、病院は、現在の病気の診断のためで はなく、予防のために遺伝子検査を受ける患者に関しては、プライバシー領域 を設定し、予防的検査の結果は通常の医療ファイルには記録されないようにす ることができる。その結果はコンピュータに入力されてもよいが、一般的なカ ルテにアクセスできる人の全員がアクセスできるわけではないようにする。こ のようにして患者のプライバシーを守るためのアクセス条件を調整する。これ らのことは当然、患者に知らされるべきである。
4. [公開原理] プライバシーに関する指針を作るときに守るべき原理の一つに、 公開原理がある。これは、「プライベートな状況を律する ための規則および条件は、明確であり、それらによって影響を受ける人々に知 られているべきである」というものである。
5. [公開原理はインフォームドコンセントと合理的な意思決定を促進し、プラ イバシーの保護をより効果的にする]
6. [例外正当化原理] 指針に例外を作ることはなるべく避けるべきであるが、 指針を守るよりも守らない方が害悪が小さいという例外的状況は起こりうる。 そこで、「プライベートな状況の侵害が正当化されるのは、個人情報を公にす ることによって生じる害悪が、防ぐことのできる害悪よりもずっと小さく、不 偏な立場にいる人ならば、その状況や他の道徳的に類似した状況において侵害 を認めるだろうと考えられる場合であり、その場合に限る」という例 外正当化原理が必要になる。
7. [修正原理] このような例外的状況は秘密にされるべきではなく、指針の中 に順次組み込まれるべきである。そこで、「特別な事情によってプライベート な状況の条件に対する変更が正当化された場合は、その変更はプライベートな 状況を規定する規則および条件の一部として、明示的かつ公然と組み込まれる べきである」という修正原理が必要とされる。
8. [遺伝子検査の例に修正原理を適用すると] 予防的遺伝子検査を引き続き受 ける人は例外として規定されている状況においてどのような情報が公にされる のかを知ることができるので、この検査を受けるという決定がどのような帰結 を持ちうるのかを知り、それに応じて計画をすることができる。コントロール/ 制限アクセス理論においては、個人は自分のコントロールを超えたところでの 情報の流れについて関心を持ちながら、しかも可能な限り個人的選択を行なう ことができる。
コンピュータ化社会では、情報には油が差されている。情報は電光石火のごと く動き、はじめにコンピュータに入力されたときには思いもつかなかったよう な適用、再適用を受ける。コンピュータ化社会では、プライバシーの心配はもっ ともでありしっかりした根拠がある。プライバシーは安全という中心的価値を 表現する一方法である。安全の保障がない個人と社会は繁栄も長続きもしない。 したがって、市民が合理的に心配なく人生計画を立てることを可能にするプラ イバシー領域を作り出す必要がある。プライバシー領域に含まれるプライベー トな状況には、異なる個人に対して異なる種類とレベルのアクセスが付与され る。プライバシーをコントロール/制限アクセス説によって理解することが重 要であるのは、この考え方によってインフォームドコンセントが可能な限り促 進されるからであり、また、プライバシーが保護されていない場合には、プラ イバシーの保護に関する実践的で、きめの細かく、配慮の行き届いた指針の発 展を促すからである。