染色体や遺伝子の変化が原因で発症する疾患のことを遺伝性疾患と呼びますが、その中には腫瘍ができやすいものがあり、
遺伝性腫瘍といいます。
「遺伝性」というと両親から引き継がれたもの、という印象を持つかもしれませんが、必ずしもそうではありません。
遺伝性疾患については正しい知識を持つことが大切です。
遺伝性腫瘍では、腫瘍以外の様々な病気を発症することも多く、その場合には単一診療科のみでは十分な対応ができません。
また、遺伝子検査などの十分に理解することが難しい検査もありますので、様々な診療科及び遺伝カウンセラーなど多職種が関わりながら診療を進めることがあります。
小児脳神経外科診療で多くみられる疾患として、神経線維腫症1型、2型、他に結節性硬化症が挙げられます。ここではこれらの疾患について解説いたします。
@ 神経線維腫症1型 (NF1,フォン-レックリングハウゼン病)
カフェオレ班と呼ばれる、ミルクコーヒー様から濃い褐色に至る様々な色調の、楕円形で隆起を伴わない色素斑が見られるのが特徴的で、
皮膚・神経に神経線維腫が多発する疾患です。
出生約3000人に1人の割合で生じると言われており、大きな男女差はありません。常染色体優性遺伝形式をとる遺伝性疾患で、
原因となる遺伝子異常として、第17番染色体に存在するNF1遺伝子が判明しています。
NF1は遺伝子産物としてneurofibrominを産生し、ras遺伝子機能を抑制するがん抑制遺伝子です。
生下時からカフェオレ斑、思春期から皮膚及び神経に多発する神経線維腫が見られます。
神経線維腫は通常は指先大ほどの柔らかい腫瘍ですが、中には大きな柔らかい膨隆になるびまん性神経線維腫や、
神経の神経線維腫がつた状に繋がる結節性神経線維腫が生じることもあります。
中枢神経系では視神経膠腫(optic glioma)が比較的頻繁に見られます(約15%)。知的発達障害やてんかんを伴うこともあります。
この病理学的所見はほとんどの場合で毛様細胞性星細胞腫ですが、NF1の患者さんには脳の他の部位にも毛様細胞性星細胞腫の発症が多いことが報告されています。
小児期に脳MRIを撮影すると、基底核、脳幹、小脳、大脳皮質にT2高信号の所見が見られることが多いですが、
これらはunidentified bright object (UBO)と呼ばれており、症状の原因になることは通常はないと考えられています。
また、これらの画像初見は成長ともに自然消失し、成人以降に残存することは少ないです。
このUBOの数、局在、大きさなどが疾患重症度や学習障害と関連しているかどうかにつきましては、まだ結論は出ていません。
遺伝性疾患ではありますが、診断は通常は遺伝学的検査ではなく臨床基準により行われます。
NIHの診断基準:以下の所見のうち、2つ以上を有すること。
これらの疾患の特徴から、NF1患者のスクリーニング検査として、
A 神経線維腫症2型 (NF2)
両側聴神経腫瘍及び皮膚・神経の神経鞘腫が多発する、常染色体優性遺伝形式をとる遺伝性疾患です。
本邦の患者数は約3000人と推定されており、男女差はありません。
関連遺伝子は第22染色体(22q12)に存在し、merlinと呼ばれる細胞骨格タンパクに類似した構造を持つタンパク質を産生します。
患者さんの40%程度に生まれつき皮膚褐色斑、10代から両側聴神経腫瘍による難聴、耳鳴り、平衡感覚障害が見られます。
その他、皮膚の神経鞘腫が多発し、約50%に髄膜腫、上衣腫などの脳腫瘍、脊髄腫瘍が発生し、それによる頭痛、
痺れ、感覚障害、麻痺を伴います。
若年性白内障による視力障害が見られることもあります。
遺伝性疾患ではありますが、診断は通常は遺伝学的検査ではなく臨床基準により行われます。
NIHの診断基準:以下の所見のうち、1つ以上を有すること。
腫瘍に対する治療は摘出術が適応になることが多いですが、腫瘍がいつ拡大するのかの予測や、
機能保存や生命予後を考慮した治療時期の決定は困難ですので、個別に検討されなくてはいけません。
NF1に比べ生命予後は悪いと報告されています。聴神経腫瘍に対しては、腫瘍切除術以外にガンマナイフ療法も行われています。
B 結節性硬化症(プリングル病)
全身の過誤腫、顔面の血管線維種、てんかん、精神発達遅滞を主な症状とする疾患です。
常染色体優性遺伝形式をとる疾患で、原因となる遺伝子異常としてTSC1、TSC2遺伝子が判明しています。約60%の患者さんについては、
両親に結節性硬化症がない孤発例です。
10,000出生に一人の割合で生じると言われており、男女差や地域性はありません。
皮膚症状として、生下時にすでにある葉状白斑、5歳ごろより発生してくる顔面血管線維腫、粒起革様皮膚、爪囲線維腫があります。
中枢神経症状として乳児期からのてんかん発作、精神発達遅延が挙げられます。また、心、肺、腎など様々な臓器に過誤腫を生じることがあります。
過誤腫は良性腫瘍で、悪性化は極めて稀です。
てんかんの精査で行われる画像診断にて、脳室内に上衣下巨細胞神経膠腫(Subependymal giant cell astrocytoma: SEGA)という脳腫瘍が発見されることがあります。
診断方法としては、臨床的診断方法と、遺伝学的診断方法の二通りがあります。
臨床的診断は、特徴的な皮膚症状や腫瘍などで総合的に行われます。(小児慢性特定疾患 結節性硬化症診断の手引きを参照)
遺伝学的診断ではTSC1またはTSC2遺伝子の病因となる変異が正常組織からのDNAで同定されれば、
結節性硬化症の確定診断となります。しかしながら結節性硬化症患者の10〜25%では一般的な遺伝学的検査にて変異が同定されていませんが、
臨床的診断基準に当てはまる場合には結節性硬化症との診断になります。
皮膚症状やてんかんに対して皮膚科・形成外科的治療や薬物療法が行われます。脳神経外科が大きく関わる病態として、SEGAが挙げられます。
SEGAに対しては、占拠性病変となった場合や、正常な髄液流路が保てなくなった場合には、
治療が必要になります。過去には開頭もしくは内視鏡を使用した摘出術が第一選択となっておりましたが、
近年はTSC遺伝子経路であるmTORの阻害薬であるエベロリムスのSEGA縮小効果が報告されており、
この治療により手術を必要とする症例は大きく減少すると考えられています。
以上、遺伝性腫瘍疾患の代表例として、神経線維腫症1型、2型、結節性硬化症の解説を記載させていただきました。
これらの疾患に限らず遺伝性腫瘍の一般的な特徴として、単純な腫瘍切除術や一度の化学療法だけでは治療が終わらないものもあります。
しかしながら、長期にわたる診療方針を明確にすることによって、各ライフステージに支障の少ない治療計画が可能なことも多いと思われます。
遺伝性疾患の患者さんは、担当の先生とよく相談し、疾患と上手に付き合っていくことが大切です。
また、症状は単一臓器に出現するわけではありませんので、担当医は適宜それぞれ専門診療科と相談し、チーム医療を心がけることが大切です。
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