H-11.
胚細胞腫瘍
1.概要(疾患概要および疫学)
胚細胞腫瘍は、精子や卵子になる前の未熟な細胞が腫瘍になったものと考えられ、女性では卵巣、男性では精巣という生殖器に一番多く発生します。
生殖器以外の発生部位としては、頭蓋内、胸部(縦隔)、腹部(後腹膜、仙骨部)などがあります。
脳や脊髄にできた胚細胞腫瘍は、中枢神経系胚細胞腫と呼ばれます。
中枢神経系胚細胞腫瘍は、原発性脳腫瘍の約3%、小児脳腫瘍の約16%を占めています。
中枢神経系胚細胞腫瘍は、組織により@ジャーミノーマ、A奇形腫(成熟・未熟)、B卵黄嚢腫瘍、C絨毛癌、D胎児性癌、更にこれらの組織を持つ腫瘍が単独ではなく各々の成分を混じる混合性胚細胞腫瘍に分類されます。
10〜19歳の患者さんに発生することが多く、女性よりも男性に多くみられます。
頭蓋内では、松果体部発生が最も多く(60〜70%)、次いで神経下垂体部(トルコ鞍上部:20〜30%)、大脳基底核(5〜10%)の順となっています(図1)。
また松果体部と神経下垂体部の両方に、同時に発生することもあります。発生部位と頻度には性差があり、松果体部の腫瘍は特に男性に多く女性には少ないですが、
神経下垂体部では差はありません。
◆ 医療者向け ◆
中枢神経系原発胚細胞腫瘍の発生頻度は、欧米に比べて日本を含む東アジアに多いとされています。
その発生率は欧米に比べて3〜8倍で、さらに北米においてはアジア系移民に発生率が高いことより、
遺伝学的要素の関与が示唆されています(参考文献:1)。
分子生物学的解析においては、ジャーミノーマではc-Kitの高発現や遺伝子変異、
KRASの遺伝子変異を含めたいくつかの遺伝子や染色体異常の報告があります(参考文献:2,3,4)。
さらにエピジェネティックな解析では、他の胚細胞腫瘍に比べてジャーミノーマは、
DNAのメチル化が極端に低いということも報告されています(参考文献:5)。
【参考文献】
- Makino K, et al. Kumamoto Brain Tumor Research Group. Incidence of primary
central nervous system germ cell tumors in childhood: a regional survey in
Kumamoto prefecture in southern Japan. Pediatr Neurosurg. 49:155-8, 2013.
- Wang L, et al. Novel somatic and germline mutations in intracranial germ cell
tumours. Nature. 511:241-5, 2014.
- Terashima K, et al. Genome-wide analysis of DNA copy number alterations and
loss of heterozygosity in intracranial germ cell tumors. Pediatr Blood Cancer.
61:593-600, 2014.
- Ichimura K, et al. Intracranial Germ Cell Tumor Genome Analysis Consortium.
Recurrent neomorphic mutations of MTOR in central nervous system and testicular
germ cell tumors may be targeted for therapy. Acta Neuropathol. 131:889-901, 2016.
- Fukushima S, et al. Intracranial Germ Cell Tumor Genome Analysis Consortium
(The iGCTConsortium). Genome-wide methylation profiles in primary intracranial
germ cell tumors indicate a primordial germ cell origin for germinomas. Acta
Neuropathol. 133:445-462, 2017.
2.症状
症状は、腫瘍の出来た部位、腫瘍の大きさなどによって異なります。以下のような症状が1つでも認められた場合には、
医師の診察を受けることをお勧めします。
- 非常に喉が渇く
- 透明か,ほとんど透明な尿が大量に出る
- トイレに行く回数が多い。夜間も排尿の為に起きる
- 物が二重に見える。眼の動きがおかしくなる(眼が上を向かない)
- 食欲不振
- 原因不明の体重減少
- 低身長(通常よりも背が低い)
- 思春期の早発および遅延
- 頭痛,吐き気や嘔吐
- ひどい疲労感
- 学業成績不振
◆ 医療者向け ◆
腫瘍の発生する部位によって、それぞれ特徴的な症状を認めます。
1)松果体部
- 中脳水道閉塞による水頭症(図2):頭痛、嘔吐、意識障害などの脳圧亢進症状。
- 中脳四丘体の圧迫または同部への浸潤:パリノー徴候(共同上方注視麻痺)、アーガイルロバートソン瞳孔
(対光反射は消失するが調節に伴う瞳孔収縮は保存)など。
2)神経下垂体部
- 尿崩症、視力・視野障害、下垂体前葉機能不全をその3徴とします。
- 尿崩症は、この部位の腫瘍の80〜90%に発症します。
- 無月経:10歳以上の女児(女性)では、最初の自覚症状であることが 多いといわれています。
- 下垂体前葉ホルモン:GH、FSH、LHの低下と刺激試験による低〜無反応が、
多くの症例で観察されるとの報告があります(参考文献:1)。
3)大脳基底核部:大脳高次機能の低下、錐体路障害による片麻痺、知的機能の障害などを生じます。
【参考文献】
- Saeki N, et al. Long-term outcome of endocrine function in patients with neurohypophyseal germinomas. Endocr J. 47:83-9, 2000.
3.検査・診断
診断は、この腫瘍が若年者に多いこと、発生部による特徴的な症状(水頭症やホルモン異常など)を呈することなどに加えて、
CT(コンピューター断層撮影法)やMRI(磁気共鳴画像法)などの画像検査と腫瘍が作るタンパク質(腫瘍マーカー)を血液および
脳脊髄液から測定することで行います。
中枢神経系原発胚細胞腫瘍に典型的な画像所見は、造影剤(ガドリニウム)を用いたMRIで松果体、神経下垂体またはその両部位に
造影効果を伴う病変が存在することです(図3)。またCTにおける石灰化病変は、奇形腫の存在を疑う所見です。
しかしながら、画像所見のみから鑑別診断は困難です。その場合、腫瘍マーカーが診断に有用なことがあります。
卵黄嚢腫瘍を含む場合は、αフェトプロテイン(AFP)が高値になり、絨毛癌を含む場合には、βヒト絨毛性ゴナドトロピン(βHCG)が高値を示します。
奇形腫では、AFPとβHCGが種々の程度で混在します。一方、ジャーミノーマではAFPは上昇せず、βHCGが軽度に高くなることがあります。
画像検査や腫瘍マーカーで診断が確定しない場合には、手術で組織を採取して、組織診断を行います。
◆ 医療者向け ◆
血清中の腫瘍マーカーと産生組織要素の関係は、AFPが2,000ng/mL以上であれば卵黄嚢腫瘍成分を含む可能性が高く、
HCGが2,000mIU/mL以上であれば絨毛癌成分を含む可能性が高いので予後不良群と考え、
必ずしも組織診断を必要とせずに治療を開始します(参考文献:1)。
【参考文献】
- Matsutani M, et al. Primary intracranial germ cell tumors:
a clinical analysis of 153 histologically verified cases. J Neurosurg. 86:446-455, 1997.
4.治療
胚細胞腫瘍は、組織型により治療法や治療効果、予後(今後の病状についての見通し)が異なり、
日本では3群に分けて治療を行っています。予後良好群はジャーミノーマ、成熟奇形腫、予後中間群はジャーミノーマと成熟型奇形腫の混合、
奇形腫の悪性転化型、未分化奇形腫、予後不良群は卵黄嚢腫瘍、絨毛癌。胎児性癌。およびこれらの3腫瘍成分が主体となった混合性胚細胞腫瘍が相当します。
画像検査や腫瘍マーカーの検査で確定出来ない場合には、手術により診断を確定することが必要になります。
その為に定位的生検術(CT検査やMRI検査をもとにして、コンピューターによる誘導の下での針による組織採取)や神経内視鏡を使った
観察下での生検術により組織採取を行います。
随伴する水頭症による頭痛、嘔気などの頭蓋内圧亢進症状に対しては、脳室ドレナージ術や神経内視鏡を用いた第3脳室底開窓術
(閉塞した脳室に穴を空けて、髄液を流す手術)が行われます。
各群の治療法についてまとめます。
1)予後良好群
- ジャーミノーマ:放射線や抗がん剤が効きやすい腫瘍です。多くの腫瘍が抗がん剤投与だけで消失しますが、
抗がん剤治療だけによる治療効果をみた臨床試験では、再発する割合が高いとの報告があるので、全脳室をカバーし
た放射線治療との併用が必要です。
大脳基底核部のジャーミノーマに対しては、脳実質
への浸潤の可能性が高いので脳全体をカバーした全脳照射を行います。
- 成熟奇形腫:手術により、腫瘍摘出を行います。
2)予後中間群
- ジャーミノーマと成熟型奇形腫の混合型、奇形腫の悪性転化型、未熟奇形腫、奇形腫:初期治療として抗がん剤と全脳室をカバーした放射線照射に加え腫瘍局所への追加照射を行います。
さらに初期治療終了後に維持療法(地固め治療)として、追加で抗がん剤治療を3〜4ヶ月毎に5回行います。
化学放射線療法を行った後に、腫瘍が残存する場合は残存腫瘍に対して摘出術を行います。
3)予後不良群
- 卵黄嚢腫瘍、絨毛癌、胎児性癌、およびこれらの3腫瘍成分が主体となった混合性胚細胞腫瘍:
この腫瘍群は脳脊髄液の中に腫瘍細胞が広がったりする(播種)ことも多く、特に集中的な治療が必要になります。
初期治療は、抗がん剤と同時に全脳および腫瘍局所に全脊髄への放射線照射を行います。
さらに初期治療終了後に維持療法(地固め治療)として、追加で抗がん剤治療を3〜4ヶ月毎に5回行います。
化学放射線療法を行った後に、腫瘍が残存する場合は残存腫瘍に対して摘出術を行います。
◆ 医療者向け ◆
1)予後良好群
- ジャーミノーマ:カルボプラチン+エトポシド(CARE)3コースに全脳室照射(24Gy)を行い、維持化学療法は行いません。
照射野の設定に関しては、播種のないジャーミノーマに対しての治療成績を検討した2つの臨床試験(SFOP TGM-TC-90試験1、SIOP CNS GCT96試験2)
において(参考文献:1,2)、腫瘍局所のみの照射では照射野外の脳室内再発を認めたことより全脳室をカバーする範囲が必要です。
- 成熟奇形腫:奇形腫に対して摘出術を行った治療成績は、成熟奇形腫8例において平均9年の経過観察で87.5%の生存率を得た報告や、
16例の手術症例で10年生存率が78.3%であった報告があり(参考文献:3,4)、摘出により良好な予後が得られることから、摘出術が奨められます。
2)予後中間群
- 初期治療:カルボプラチン+エトポシド(CARE)3コースに全脳室系照射(拡大局所照射30Gy)に加えて腫瘍局所照射(20Gy)を併用します。
- 補助化学療法:初期治療終了後にカルボプラチン+エトポシド(CARE)を3〜4ヶ月毎に1コースずつ5回行います。
3)予後不良群
- 初期治療:イホスファミド+シスプラチン+エトポシド(ICE)と放射線治療(全脳照射30Gy+腫瘍局所照射30Gy+全脊髄照射30Gy)
を同時に開始します。
- 補助化学療法:初期治療終了後、3〜4ヶ月毎にイホスファミド+シスプ ラチン+エトポシド(ICE)を1コースずつ5回行います。
ジャーミノーマ以外の胚細胞腫瘍に対する化学療法単独治療の臨床試験の結果では、化学療法の奏功率は良好であったが、それぞれ13例中12例、
26例中13例が再発し、長期の寛解維持には放射線治療が必要である事が示唆されています(参考文献:5,6)。
さらに全脳全脊髄照射を用いた放射線治療単独では、5年生存率は20〜45%であり、多くは18ヶ月以内に再発していることより化学療法併用が必要であると言えます(参考文献:7,8,9)。
【参考文献】
- Alapetite C, et al. Pattern of relapse and outcome of non-metastatic germinoma
patients treated with chemotherapy and limited field radiation: the SFOP experience,
Neuro Oncol 12: 1318-1325, 2010.
- Calaminus, GR. et al. SIOP CNS GCT 96: final report of outcome of a prospective,
multinational nonrandomized trial for children and adults with intracranial germinoma, comparing craniospinal
irradiation alone with chemotherapy followed by focal primary site irradiation for patients with
localized disease. Neuro Oncol 15:788-796, 2013.
- Noudel R, et al. Intracranial teratomas in children: the role and timing of surgical
removal. J Neurosurg Pediatr. 2:331-8, 2008.
- Matsutani M, et al. Primary intracranial germ cell tumors: pathology and treatment.
Prog Exp Tumor Res. 30:307-312, 1987.
- Baranzelli MC, et al. An attempt to treat pediatric intracranial alphaFP and betaHCG
secreting germ cell tumors with chemotherapy alone. SFOP experience with 18 cases.
Societe Francaise d'Oncologie Pediatrique J Neurooncol. 37:229-39, 1998.
- Balmaceda C, et al. Chemotherapy without irradiation--a novel approach for newly
diagnosed CNS germ cell tumors: results of an international cooperative trial. The
First International Central Nervous System Germ Cell Tumor Study. J Clin Oncol. 14:2908-15, 1996.
- Matsutani M, et al. Primary intracranial germ cell tumors: a clinical analysis of 153
histologically verified cases. J Neurosurg.. 86:446-455, 1997.
- Matsutani, M. "Combined chemotherapy and radiation therapy for CNS germ cell
tumors--the Japanese experience." J Neurooncol 54:311-316, 2001.
- Jennings MT, et al. Intracranial germ-cell tumors: natural history and pathogenesis.
J Neurosurg. 63:155-67, 1985.
5.予後
本疾患の予後(今後の病状についての見通し)を左右する因子には、以下のものがあります。
- 胚細胞腫瘍の種類
- 検出された腫瘍マーカーの種類と値
- 脳や脊髄の内部で拡がっているかまたは体内の他の部位へ拡がっているか(転移や播種の有無)
- 新たに診断された腫瘍か治療後に再び現れた腫瘍(再発腫瘍)か
それぞれの因子では、ジャーミノーマと成熟奇形腫以外の腫瘍、AFPの値が高い症例、脊髄播種を伴う症例、
再発腫瘍の場合には、予後が悪いと考えられています。
ジャーミノーマ以外の悪性成分を含んだ腫瘍では、再発する場合には5年以内に起こることが多いと言われています。
またジャーミノーマでも10年以上経過してから、再発する場合もあります。また放射線治療および抗がん剤治療により、
二次的に新しくがんを生じることや脳梗塞などの脳血管障害を生じることもあります。
その為、長い期間にわたって経過を見る必要があるので、担当医と相談の上、外来受診を継続するようにして下さい。
◆ 医療者向け ◆
1)再発治療に関して
- ジャーミノーマ:再発までの期間の中央値が50ヶ月の晩期に再発したジャーミノーマ25例に対する治療成績の報告があります(参考文献:1)。
治療により救命されたのは17例(68%)で、13例は放射線と化学療法の併用で治療され、8例は全脳全脊髄照射を受けたとの報告でした。
再発腫瘍に対する標準的な治療方針は確定されていませんが、救命治療により治癒可能な症例もあるので、治癒を目指した治療を考慮します。
- ジャーミノーマ以外の腫瘍:再発時の予後は厳しく、救命治療による救命例の報告は少ない状態です。大量化学療法を用いた治療成績の報告
もありますが、導入化学療法による完全寛解の有無が予後を決定すると解析されています(参考文献:2,3)。
しかし、救命治療による生存率は高いとは言えず、新規治療法の開発が待たれます。
2)長期フォローに関して
- 1973年から2005年の間に報告されたジャーミノーマ405例を追跡した米国のデータベース解析結果があります(参考文献:4)。
5年以上の生存者405例中に46例の死亡があり、その内16%ががん死で、またその約半数が再発による死亡、さらに再発死亡例の死亡までの
中央期間は、9.1年との報告でした(参考文献:4)。
腫瘍再発以外の死因では脳卒中が多く,脳卒中による死亡危険率は正常人と比較すると59倍であり、
脳卒中による死亡までの期間中央値は23.8年とのことでした(参考文献:4)。
- 治療に伴う認知機能障害や内分泌機能障害は、長期生存者にとって重要な問題です。
長期フォローは、QOLや社会的なサポートにおいてとても大切です。
【参考文献】
- Kamoshima Y, et al. Late recurrence and salvage therapy of CNS germinomas.
J Neurooncol. 90:205-11, 2008.
- Modak S, et al. Thiotepa-based high-dose chemotherapy with autologous stem-cell
rescue in patients with recurrent or progressive CNS germ cell tumors. J Clin Oncol. 22:1934-43, 2004.
- Baek HJ, et al. Myeloablative chemotherapy and autologous stem cell transplantation
in patients with relapsed or progressed central nervous system germ cell tumors:
results of Korean Society of Pediatric Neuro-Oncology (KSPNO) S-053 study. J Neurooncol. 114:329-38, 2013.
- Acharya S, et al. Long-term outcomes and late effects for childhood and young
adulthood intracranial germinomas. Neuro Oncol. 17:741-6, 2015.
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